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2 ニール

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 ニール・フィカス侯爵令息はステラマリス・クラスの中で最も権力を持つ生徒の一人だ。

 彼の父方の祖母は降家してきた元王女で、フィカス家は国内有数の名家である。

 加えて彼の社交的な人柄と世の中の女性達の大半から美男子だと太鼓判を押してもらえるルックスにより、同年代のご令嬢達から絶大な人気を誇っている。

 そういうわけで彼は ちょっと微笑みかけたり、足場の悪い所で優しく手を差しのべたりするだけでどんなご令嬢も夢中にさせてきたし、それが彼女達の自分に対する当たり前の反応だと思っていた。

 だから意地悪なご令嬢に肩をぶつけられてよろけたサフィニアに
「大丈夫?」
 と声をかけた時に、ろくにニールの顔も見ずに
「いえ、別に」
 とだけ言って立ち去ったサフィニアの声のトーンが、
『お前もあっち側の人間のくせに、なにを善人ぶっているのだ』
 とでも言いたげに聞こえた時には、せっかくの好意を無下にされたことに少なからず怒りを覚えた。

 だから移動教室の時にわざとぶつかられたサフィニアが床に筆記用具をばらまき、

「あら、ごめんなさいね」
 
と薄ら笑いを浮かべるご令嬢に感情のこもらない声で

「大丈夫です」

 と、しゃがんで拾おうとしたペンをご令嬢が遠くに蹴った時に、ニールが思わず周りの生徒と一緒になって笑ってしまったのも、多少は先日の仕返し的な意味合いを含んでいたかもしれない。

 その後散らばった物を拾い集めて立ち上がったサフィニアが泣きそうな顔でもしていれば溜飲が下がったのかもしれないが、彼女の表情には傷ついた様子どころか加害者への憎しみもなく、ただただ陰湿なクラスメイト達を

『相手にする価値なし』
 
と、そこらに並んでいる机やいすと同列に認定したことが見て取れて、それがニールの心をじくじくさせた。

 その後もサフィニアはヒソヒソと投げつけられる悪口に表情を変えることもなく、最前列の席で凛として勉学に勤しんだ。

 「友達もいなくて、勉強より他にすることがないんだもの。
 成績が良くても当たり前よね」

「人生の本当に大事なことは学校の勉強では学べませんのよね」

 そんな嫌味も全く聞こえていないようだった。


 教師たちの

「今回の課題の作文。サフィニア・グルーミー嬢の作品は群を抜いて素晴らしかった。
 諸君もお手本とするように」

 とか、

「化学の試験で満点を取ったのは開学以来サフィニア・グルーミー嬢が初めてです。
 記念すべき快挙です!」

 とかいう『絶賛』に対しても、謙遜どころか嬉しそうな顔ひとつしない彼女の態度は余計にクラスメイトの反感を煽った。

 クラスメイト達は優秀なサフィニアが褒め称えられるたびに苦虫を噛み潰したような顔で更なる陰口を叩くのだった。

 サフィニアは教室内で孤立を極めた。

 弁当持参が基本のこの学校では、昼休みになるとクラス全員が円くなって談笑しながら昼食を取る。

 しかし当然その輪の中にサフィニアの姿は無い。  

 前々から気になっていたニールはある日の昼休み、手洗いにいくふりをしてサフィニアの姿を探した。

 陰気なヤツは人が来ない場所で隠れるように一人寂しく弁当食ってんだろう?

 そんな考えを的中させるようにニールは裏庭でサフィニアの姿を見つけた。

 プラタナスの木陰の石のベンチに座ってサフィニアは弁当を食べていた。

 遠目でよくはわからなかったが、料理人が気合いを入れて作っているのか、さすがは成金、手の込んだ料理が入っているようだった。
 
 しかしそんな贅沢な弁当を前にしてもサフィニアの食は進まないらしかった。
 
 あんな環境に置かれて食欲が無くなるのは当たり前だとニールも思った。

 するとサフィニアは弁当のおかずを地面に投げた。

 足元にカラスが集まってきて啄みはじめる。

 警戒心の強いカラスがその場を動かずに食べているのだから相当サフィニアに慣れているのだろう。

 いやいや可憐な美少女がカラスって。

 普通ハトかスズメだろう。

 ツッコミを入れながら眺めていたニールはサフィニアの表情に心を奪われた。

 いつも人形のように動かないサフィニアの顔が、とても優しく微笑んだのだ。

 こんな顔をするんだ。

 するとサフィニアはカラスと会話を始めた。

 カアー、カアー、カラスさん、なんて生易しいもんじゃない。

 人間がそんな声出せるの?というくらいカラスそのものの声をサフィニアは発し、それに呼応したカラスと会話している。さながら魔女。

 
 アイツ、友達も話相手もいないから、とうとうカラス相手に喋りだしたんだな。

 心で半分バカにしながらも、ニールは彼女から目を離すことはできなかった。

 
 それからニールは時々サフィニアの様子を覗きに来た。
 毎日だとクラスメイト達に怪しまれるので2~3日に一度に留めたが、サフィニアの様子を盗み見れない日は禁断症状でイライラした。

 ニールはサフィニアに気付かれないように離れたところから見守っていたが、彼女が熱心に読む本の中身が知りたくてポケットに忍ばせた単眼鏡を使った。

 恋愛小説でも読んでいるのかと思っていたが、サフィニアが熱心に読んでいるのは主に哲学書の類いだった。

 彼女の思考を知りたくて、知識の共有がしたくって、ニールは彼女と同じ本を読んだ。

 本の内容について論議できたら楽しいだろうと思ったが、ニールは気軽にサフィニアに話かける資格を既に失っていた。




 
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