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しおりを挟む毎晩、夢を見るんだ。
果てしなく広がる緑の草原と、どこまでも高い青空。心地よい風が毛を揺らす。
そこには、ぼくの友だち――黒い狼獣人のクロがいる。
ふたりで駆けまわって、笑い合って、ぼくたちだけの世界で、いっぱい遊ぶんだ。
今日、叩かれて青あざができた腕も。
火傷の痕でまだらになった背中も。
夢の中ではすっかりきれいになって、真っ白でふわふわな毛並みに戻っている。
ぼくはシロ。
***
夢の中だけで会える友だちがいる。
陽の光が降り注ぐ草原を、思いきり駆けていくと、
そこには大事な友だち、白い猫獣人のシロが待っている。
現実の俺は、すぐに息が切れて、ベッドから出るのもやっとなほど弱い。
でも、夢の中では、いくらでも走れる強靭な脚と、
艶やかな黒毛と、しなやかで誇らしい太い尾を持つ――黒狼になれる。
俺はクロ。
***
夢の中でだけ、シロとクロは会うことが出来る。
名前以外のことは何にも知らない。
現実のことは何もわからない。
どこに住んでいるのかも、どんな毎日をすごしているのかも。
――――――――――
「おーい、シロ!」
草原の向こうから、クロがぶんぶん手を振ってやって来る。
ふさふさのしっぽも、元気に揺れている。
シロは耳と尻尾をぴんと立てて、嬉しそうに駆け寄った。
「今日も会えたな!」
「クロ!かけっこしよう!」
「楽しかったね!」
「明日も会えるといいな!」
「クロ大好き!」
「俺もシロが好き!」
草の上を転げまわって、笑って、歌って。
草の冠を作って、頭にのせ合って。
──夢の中でだけは、二人とも"普通の子供"でいられた。
シロの毛並みは、真っ白でふわふわ。
クロの毛並みは、黒々と艶やかに輝いていた。
夢の中の二人は、いつも幸せだった。
しかし、現実の彼らは違った。
――――――――――
シロは、娼婦の母から生まれた私生児だった。
母は気分次第で手をあげ、連れてくる男たちも面白がってシロを殴った。
傷つき、薄汚れた痩せっぽっちの子供。いつもおなかをすかせていた。
ごみ溜めのような街に生まれた、美しい白い子供を――
大人たちは汚して楽しんだ。
初めて客を取らされ、犯された夜。
母は笑いながら金を数えていたし、
周りの男たちはシロの悲鳴と痴態を、娯楽のように見物していた。
***
クロは生まれつき病弱で、強さを誇りとする狼族の恥さらしとされ、屋敷の中に閉じ込められていた。
年の離れた兄との仲は険悪で、使用人からもないがしろにされていた。
狼族にはたまに黒い毛並みを持つ子供が生まれる。
純血種に近い強い力と統率力を備え、一族のリーダーに望まれる存在とされる――黒狼。
クロは一族の中で唯一の黒狼として生まれた。
母は出産とともに亡くなり、年の離れた兄は弟の黒い毛並みに嫉妬し厭っていた。
父や他の家族も、黒狼として生まれながら病弱で力を発揮出来ないクロに、失望を隠せなかった。
生活に不自由はなかったが、誰にも愛されない日々が、未来への希望を少しずつ削いでいった。
──幸せで美しいのは、夢の中だけだった。
本来なら、辛い日々にひしゃげて、潰れてしまったろう小さな魂は、
夢によってかろうじて生きる力をもらっていた。
――――――――――
──十五歳の成人を迎えた日、ふたりは夢で会えなくなった。
獣の神様は、子どもたちが成人するまでのあいだ、生き抜くためのささやかな加護を授けてくれる。
シロとクロが夢の中で出会えたのも、孤独な二つの魂を憐れんでのことだった。
そして、成人を迎えた瞬間、前触れもなくその加護は消え去った──
二人がそれに気づいたのは、もう夢で逢えなくなってからだった。
シロとクロを、現実の辛さと、会えない寂しさが襲う。
しかし、もう大人になった魂は、現実を受け入れ、諦めることが出来た。
夢の中の友だちに、ただひたすら思慕を募らせながら。
――――――――――
──シロは男娼として街に立っていた。
彼が十八歳になったとき、母は借金を残して、どこかに消えた。
愛されていたとは思わない。でも、同じ家に住み、共に過ごした存在に、情を感じてはいた。
だからこそ、母がいなくなった今、この街にとどまる理由も、嫌な仕事を続ける理由もなかった。
シロは、男たちに捕まる前に、逃げた。
シロには、夢の中でだけ会えた友達がいた。
やさしくて、美しい黒狼。
本当に存在したのか、夢だったのかも、今となってはわからない。
でも、彼だけがシロにやさしくしてくれた。
大好きだった。
いつか会いたかった――。
***
クロは十五歳から家を離れ、寮のある学校に入れられた。
弱かったはずの体は、寮で暮らすうちにみるみる回復し、遅めの成長期が訪れた。
黒狼の体はすくすく育ち、知識も貪欲に吸収していった。
そしてクロは、自分が病弱だったのは、小さな頃から毒を盛られていたせいだと気づいた。
十八歳になり、学校を卒業すると同時に、後継ぎとなっていた兄はクロを家から追い出した。
血がつながっていても、信用できない家族だった。
縁がきれたことに、クロはむしろせいせいした。
恨みよりも、諦念のほうが強かった。
クロには、夢でしか会えなかった愛しい人がいた。
ふわふわで、無邪気に笑う美しい白猫。
神様の加護について調べる機会があり、シロがこの国のどこかに実在していたのだと、確信した。
会いたかった――。
どこにも居場所がなくなった二人は思った。
──クロを探そう。
──シロを探そう。
二人は旅に出た──
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