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しおりを挟むクロは旅を続けていた。
彼は、生家から追い出されるときに、それなりのお金を受け取っていた。
余裕があるほどの金額ではないが、働かずに旅を続けることが出来ていた。
ある街で、クロは奴隷商の店の前を通りかかった。
店の外に置かれた檻に、薄汚れた小さな塊がうずくまっていた。
小柄ではあるが、体つきから大人の奴隷なのがわかる。
ぼさぼさの毛は薄汚れた灰色、ところどころ抜け落ちている。
骨と皮に瘦せこけた身体、死に近い者の臭気が漂う。哀れな奴隷。
それはほんの好奇心だった。
「そいつ、どうするんだ?」
クロが何気なく尋ねると、奴隷商は言った。
「こんなガリガリで売れるわけねえ。
元はそれなりにきれいだったのにさ。ははっ。
もう死ぬだろ。
こんなの、ただのゴミでしかねえ。」
その後の死体の処理が面倒だと喋り続ける、情の欠片もない奴隷商に不快感を覚えつつ、クロは檻に目を向けて奴隷を見つめた。
何故だろうか、胸の奥にざらつく違和感があった。
「……いらないなら、くれよ。ゴミなんだろ?」
奴隷商は肩をすくめ、下卑な笑いを浮かべた。
「お前さんも物好きだな。せいぜい楽しんでくれよ。」
――そうして、クロは死にかけの奴隷を引き取った。
***
ある街で、シロは仕事を探していた。
旅を続けるお金が少なくなっていた。
シロは、もう自分の体を売るようなことはしたくなかった。
忌まわしい過去を忘れたかった。
宿で住み込みで働いたり、職業紹介所で短期の仕事をもらったりと、各地で真面目に働きながら旅を続けていた。
ひとつの場所に落ち着くことのない暮らしは、不安定で慌ただしくはあるが、毎日食事がとれてあたたかいベッドで眠れる暮らしは、シロの心と体を少し丸くした。
この街でも仕事がもらえるだろうか。
初めて訪れた街で、シロは人の良さそうな老婆に職業紹介所への道を尋ね、路地裏の奥まったところにあるその店の扉を開けた。
その瞬間から、意識はもうなかった──
シロが目を覚ましたのは、後ろから自分を抱え込む男のペニスが後孔に入ったときだった。
ずぶ……ぐちゅ……ぐちゅ……
耳元に響く男の生臭く荒い吐息、体内の痛み、下腹部に感じる懐かしい疼き。
ぬちゅ……ぬちゅ……
「ハァハァ……ハァ……、やわらかくて抱き心地がいい体だな。
これは上玉がひっかかった!」
「……ひっ……やめて!
やめてよぅ!
やだっ!
こんなのはもうやだっ!
……あっ……やっ!
あっ……あっ……っ、あぁん……あんあん――」
男によって、シロは絶頂に導かれた。
望んでいないはずの行為なのに、自分の体が勝手に応えてしてしまったことが悲しく、深く絶望した。
もうあんな過去から抜け出したつもりだったのに――やはり自分は汚れたままなのだ。
男は抵抗しなくなったシロの体を飽きるまで弄び、そのあとで無造作に奴隷商に引き渡した。
─────────
クロは、死にかけの奴隷を担いで、重い足取りで宿に戻った。
臭く、汚れきった、自分で歩くことすらできない獣人。
そう、檻から出してみたら、奴隷は立ち上がることすらやっとだったのだ。想定外だった。
背中からただよう臭気に、何度放り出したいと思ったことか。
こんなお荷物を引き取ってしまったことに、あのときの自分に大きく後悔していた。
宿の主人は不潔な奴隷を部屋に入れるのを拒んだため、クロは仕方なく井戸のそばで頭から水をぶっかけた。
弱りきった奴隷は、冷たい水に震えながら、諦めるように目を閉じた。
宿の部屋まで引きずるようにして運び入れ、暖炉の前の床に寝かせた。
自分の寝るベッドが汚れるのが嫌だった。
水をかけて少し汚れが落ちた奴隷は、痩せこけてはいるが、きれいな顔立ちをしている。
灰色に汚れてはいたが、元は白い毛の猫獣人だった。
宿でもらったスープをスプーンで口に運んでやると、奴隷は少しだけ口にした。
そのままパンを柔らかくしたものも入れてやる。
奴隷はゆっくりと咀嚼して飲み込むが、いきなりの食事を体が受け付けず吐いてしまった。
クロの服に吐瀉物が散った。
「うっ、ごほっ……ごほっ……」
「なにしやがる!っ、汚ねぇな!」
クロの胸に怒りと苛立ちが沸き上がった。
これまでのわずかな善意を、仇で返されたように感じたのだ。
怒りのまま奴隷の頬を殴りつけ、さらに立ち上がって腹を蹴り飛ばした。
勢いよく転がり、体を壁に打ち付けた奴隷は、ずるずるとに床に崩れ落ちた。
どこか遠くを見るようなぼんやりとした瞳で、儚い笑みを浮かべる。
吐瀉物にまみれた口元から、かすかな声が漏れた。
「……クロ……今日も楽しかったね……」
そのまま、奴隷は意識を失った。
─────────
クロはその言葉に混乱した。
この痩せ細り、薄汚れた猫獣人は、シロなのだ。
奴隷を引き取ってからずっと感じていた、胸の奥のざらつく違和感――それは、これだった。
夢の中のふわふわで、美しい白猫獣人。
あの姿は幻で、現実のシロは、自分と同じように、いや自分以上に辛い目にあい苦しんできたのだ。
自分が怒りにまかせて暴力をふるった相手は、ずっと探していた愛しい人。
クロの目からは、涙が滂沱と流れ落ちた。
ずっと再会を夢見て、旅を続けてきたのに――
「……シロ……俺は……最低だ……」
─────────
クロは震えながら、シロの体を抱きしめた。
あの夢の中で、柔らかくふわふわだった白い毛は、今は薄汚れて、体に貼り付いている。
いつもにこやかだった顔は痛みに歪み、たった今出来た傷からじくじくと血が滲み出していた。
「なんで?……なんで、こんな……俺……」
クロは自分が殴った手を見つめる。
夢の中で長い時を共に過ごした、大切な人に――自分がどれほど酷いことをしてしまったのか。
今さらになって、胸を抉るように突き刺さる。
「ごめん、ごめん、ごめん……!」
何度も何度も謝りながら、クロはシロの体を抱きしめ続けた。
その温もりに、シロはほんの少しだけ目を開け――そしてまた、意識を失った。
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