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しおりを挟む――シロは死にそうになったけど、死ななかった。
――クロは、その手をもう離さなかった。
シロは、町医者の元で手当てを受けることが出来た。
幸運なことに、医師は薄汚れた彼を拒むことなく受け入れてくれたばかりか、歩けるようになるまで根気よく面倒を見てくれた。
心身ともに大きな傷を負ったシロは、あれから一言も喋ることはなく、ガラス玉のような瞳には何の感情も灯さなかった。
それでも、清潔なベッドとあたたかな食事、たっぷりの睡眠がとれる生活を毎日積み重ねていくうちに、表情に少しずつ生気が戻っていった。
そのそばには、いつもクロがいた。
奴隷商の店先にいた頃から、すでにシロの意識は混濁し、夢うつつをさ迷っていた。
それがようやく現実に帰ってきたとき、最初に焦点が合ったのは、自分のそばで揺れる黒いふさふさのしっぽで、懐かしさに顔を上げれば、そこには大人の黒い狼獣人がいた。クロの面影があった。
シロは、そんな都合のよいことがあるはずはないと思った。今まで裏切られてばかりの人生で、期待することすら怖かった。
それなのに、言葉が口をついて漏れてしまった。
「……クロなの?」
クロは呼び掛けられて、シロが自分をまっすぐに見つめているのに気がついた。その瞳に感情が灯る瞬間を見た。それはかすかな期待とかすかな喜びと悲しみだった。
クロはシロの手を両手でやさしく包み、それに答えた。
「……そうだよ。君はシロかな?──」
「!!!」(……クロ!)
シロはうれしくて胸が詰まってしまい、言葉が出なかった。代わりに何度も頷いた。クロの手をぎゅっと握り返した。
ずっと探していたクロに出会えたというよろこびは、シロが体を治す、大きな励みになった。
シロは病院に運ばれる前のことをほとんど覚えていなかった。
それが、クロにとっては、救いであり――罰でもあった。
奴隷商の檻から助け出して、看病までしてくれたクロに、シロの感謝の思いは尽きることなく、心の底から彼を信頼しきっていた。
クロは思った。
それは違わないけど、違うのだ。
本当は、自分がやったことを、シロに暴力をふるったことを、言葉に出して謝りたかった。
でも、怖くてできなかった。
なにも覚えてないシロが、無邪気な笑みを向けてくれることで、ついほっとしてしまう自分がいる。
シロに嫌われたくない、思い出してほしくない。
そのことは、クロの胸の奥に棘となって、ずっとひっかかり続けた。
このどうしようもない後悔と生ぬるい安寧を抱えながら――
クロは、シロを、いっそう大切にした。
大人になったふたりの姿は、夢の中で見たものとは少し違っていた。
けれど、あの夢の中の姿――それこそが、きっと本来の魂のかたちだったのだ。
共に過ごすうちに、シロとクロは、少しずつあの頃の自分を取り戻していった。
汚れてしまった世界の中で、それでも消えなかった、まっすぐでやわらかな心を。
それから──
ふたりは同じ家で暮らし、クロの冗談に笑いあったり、シロが作る料理に舌鼓を打ったり、鼻歌を歌いながら散歩をしたりして、夜がくればひとつのベッドに寄り添って眠った。
そんな日々が続いていくうちに、ふたりの心には静かな変化があった。
子どもの頃には無邪気に交わしていた、友だちに向ける「好き」が、胸がきゅんと切なくなる甘酸っぱい「好き」に変わってきたのだ。
簡単に言葉にはできないこれは「愛してる」ってことだ。
ふたりとも、自分の気持ちに気づいていた。
―――――
「今日も会えたな!」
「クロ!かけっこしよう!」
「楽しかったね!」
「明日も会えるといいな!」
「クロ大好き!」
「俺もシロが好き!」
―――――
ふたりはひとつのベッドで眠りながら、なつかしい昔の夢を見ていた。
目を覚ましても、お互いの姿がそこにあった。
あの夢の世界は終わってしまったけど、今こうしてふたりはいっしょにいる。
そのことにシロはうれしくなって、クロの胸にぴたりと寄り添った。
今の自分が一番安心できる場所だった。
「……クロ」
「なんだ?」
「呼んでみたかっただけ……」
クロは小さく笑って、シロの額にキスをした。
「……シロ。これからは……」
――ずっといっしょにいような――
それは、昔、夢の中で交わした約束の続き。
──とても小さな幸福がそこにあった。
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この話、凄く好きです〜!夢の中は未来の形と繋がっていたのかしら…だって心がある神様だから。
色んな苦難が乗り越えて幸せになって欲しいですね〜
モトさん、感想ありがとうございます!
アルファポリスで初めて感想いただきましたよ!
わーい!わーい!
このお話を好いてくださり、ありがとうございます。
ちいさな幸せを感じながら生きていってほしいです。きっとシロなら出来ます。クロは、どうだろうなあ?あは!