時々、僕は透明になる

小原ききょう

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最強の休部員①

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◆最強の休部員?

「そんなわけなのよ・・みんな、ごめんねぇ」
 放課後、部室に入ってきた学園のマドンナ、池永先生は申し訳なさそうにそう言った。
 池永先生によると、わが文芸サークルの合宿は顧問の先生も入れて、5人以上の参加がないと、学校の許可が下りないそうだ。
 僕は、
「いや、先生、ごめんも何も、この企画って、元々、池永先生が立案したものだから、謝らなくてもいいんじゃないですか」
 正直助かった。
 これで、夏休みはよけいなことを考えずにすむ。
 恋に勉強に打ち込める・・いや、恋は・・ダメだ。水沢さんに会うことはない。
 それが夏休みというものだ。
 仕方ない。夏休み期間中は瞑想・・いや、妄想に耽るしかない。

 だが、他のメンバーはそうは思っていなかったようだ。
 上座で話を聞いていた速水部長が、
「それは困ったわね」と言った。
 それに対して僕は「合宿は中止でいいんじゃないか?」と言った。
 だが速水さんは「鈴木くん、何を言っているの・・今が部員集めの時よ!」と言った。
 冗談だろ。
 こんな部・・いや、それは言い過ぎだが・・
 まず健全な高校生はこんな場所に・・いやこれも言い過ぎだ。
「速水さん、少なくとも、こんな夏休み前の時期に、新入部員なんて望めないだろ」
 一応釘を刺すように言った。
 僕の言葉に速水さんは「それもそうね」とあっさりと折れた。
 ・・これでこの話は終わりだな。

 ところが、それまで黙っていた小清水さんが口を開いた。
「速水部長・・幽霊部員・・いえ、休部中の先輩をお誘いするのはどうでしょう?」
 いつもの小清水さんの雰囲気、仏の小清水さんだ。
 先日見かけたカップル、あの時の別人のような小清水さんの雰囲気は微塵もない。
 やはり、僕の気のせいだったのか?

 そして、小清水さんの提案に、速水さんがすかさず、
「沙希さん、それは名案だわ・・鈴木くんとは大違いよ」と言った。「鈴木くんの後ろ向きな態度にはいつもうんざりするわ」と皮肉交じりに言った。
 悪かったな、後ろ向きで。
 池永先生も「本当ね・・休部中の部員という手があったわね」と大喜びだ。先生にとっては傷心旅行だからな。絶対に行きたいところだろう。
 けど、それまでに先生に新しい恋が実ったりしたらどうする気だよ。

 速水さんは「誰も異論はないわね?」と僕と小清水さんの顔を見て言った。
 異論はないが、
「そもそも幽霊部員・・いや、休部中の部員、その先輩って誰だよ」
 僕はその部員を全く知らない。先輩ということは、3年生?・・男か、女か?
「その人、休部してるんだったら、合宿なんて興味がないんじゃないか?」
 僕の言葉に速水さんは、はあっと深く息を吐き、「本当に鈴木くんって、前を見ないのね」と言った。
 重ねて悪かったな。前を見なくて。
 すると、池永先生が、「でも、あの子、やっぱり無理だと思うわ」と少し落胆の表情を見せる。
 そんな先生を見ていた速水さんはこう言った。
「そうね・・だったら、先輩は鈴木くんにまかせることにしましょう」
 えっ、僕に・・任せる?
「速水部長、その考え、いいと思います!」
 小清水さんが一段と明るい表情を見せ、そう言った。
「僕、無理だよ・・その先輩に一度も会ったことがないんだから」
「これは部長命令よ」
「いや、命令と言われても、僕、消極的な性格だし」と消極的に必死の抵抗を試みる。
 そこへ池永先生が、
「鈴木くんは、ちっとも消極的じゃないと思うわよ・・時々・・何だかすごく頼りになる感じがするし」
 え? 時々って、どんな時だよ。 僕と先生との間に何かそんな状況があったか?
 確かに、あの厭らしいつきまとい男は追い払ったが、それは先生の知らぬところだ。

 でも、そう言われて悪い気はしない。例の中一の時の担任の女先生だったら、こんなことは言わないだろう。
 あの先生は、僕を無口、影が薄い・・イコール、友達がいない、と決めつけていた。
 先生の知らない所で、友達が一杯いるかもしれないじゃないか。

 ・・が、今はそんな過去のことよりも、
「速水さん、その先輩って人・・どうやって誘うんだよ? 第一、僕はそんな人に会ったこともないし」
 そうささやかな抵抗を試みる僕を3人の女性が見ている。
 池永先生、速水部長、小清水さん。 
 そう見られると、僕の声も自然と小さくなっていく。
 こうなってくると、僕がその先輩とやらを誘い込む仕事は、僕に決定だな。

「小清水さんは、その先輩を知ってるのか?」
 僕は正面にいる小清水さんに聞いた。
「ええ・・青山先輩・・青山灯里(あかり)さん・・この春まで来ていましたから」
 女の人・・僕とすれ違いで、来なくなった人なのか。

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