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愛宕山公園・青山灯里と速水沙織①
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◆愛宕山公園・青山灯里と速水沙織
旅館に戻るなり、
第一声、「明日の夜は外に出るのはやめときましょうね」と池永先生が言った。
そんな先生の言葉に誰も反対しなかった。
もう観光地の夜はこりごり、誰もがそう思っていた。
夜の町に出てよかったのは和田くんくらいだろう。自分の恋した小清水さんの姿を見ることが出来たのだから。
さっきの小清水さんのことを、池永先生と速水さんが懸命に誤魔化していたが、小清水さんが時折豹変することを全く知らないのは青山先輩くらいで、僕も見たことがあるし、和田くんも知っている。
だが、当の小清水さんはその時の記憶が曖昧らしい。
それはいつものこと・・
そう速水さんはさりげなく僕に言った。
「沙希さんは、心が繊細過ぎるのよ」
速水さんの言った「繊細」が何となくわかるような気がする。
・・繊細過ぎてもろく壊れやすい。
その原因が何かの抑圧によるものなのか?
何かからの逃避なのか、その原因はわからない。
いずれにせよ、
・・それは何らかの病気だ。
そうわかっても僕にはどうすることもできない。僕だけでなく、速水さんや池永先生もそれは同じだ。
今日一日、大変な目に合ったが、楽しいこともあった・・そう考えながら明日のために寝ることにした。
僕の横で眠れない和田くんのことは放っておいた。彼の頭の中は小清水さんのことで一杯なのだろう。
朝早く起きた僕は、朝食の前に、何かで読んだ小説のように、人の少ない温泉地の通りを一人で歩いた。朝の散歩だ。
これが結構気持ちがいい。
僕は有名な「ねね橋」を渡り川伝いに歩いた。
空気全体が澄んでいるのが感じられ、そんなに良くもない頭が冴え渡っていくようだ。昨晩の喧噪が嘘みたいだ。
だが、そう思っていたのは僕だけではないようだった。
「あら、君も、出てきたのね」
そう僕に声をかけてきたのは、
長身、長い黒髪の青山先輩だった。今朝は細身のジーンズにTシャツというカジュアルな服装だ。
癪だけど、何を着ても絵になる人だな。
文豪の愛した女性・・とか、文芸アルバムにはまっていそうなイメージだ。
それに比べて僕は絵になるどころか、青山先輩と並ぶとかなり見劣りがしているのがわかる。
「朝は気持ちがいいわね」と言って「昨夜のことが嘘のようね」と笑った。
ごもっともです。
僕が「他の人はまだ寝ているんですか?」と訊くと、
「沙織は起きて、縁側で本を読んでいたわね・・沙希ちゃんはまだ寝ていたわ。疲れていたみたい・・池永先生はまだぐっすり寝ていたわよ。寝る前にまた飲んでいたもの」と説明した。
そして、「そちらの彼は? 沙織が影が薄いって言っていた彼は?」と訊かれたので、「まだ寝ています」と答えた。「和田くんは合宿とか、団体行動に慣れていないようです」と付け加えておいた。
気がつくと一人歩きが二人になった。
女性との朝の散歩は初めてだ。
「この先を上がると、見晴らしのいい公園があるらしいわ。鈴木くん、どうせならそこまで歩きましょうか?」
青山先輩は「食事までには戻れるわ」と言って先導した。
青山先輩のいう公園は愛宕山公園と言って上まで登れば展望台があり、有馬の温泉街を一望することができる。
先を行く青山先輩は何だか頼りになるお姉さんという感じだ。青山先輩は後ろを付いていく僕の方を振り返らずに歩いていく。
緩やかな勾配をしばらく歩いて、展望台へはすぐに着いた。朝早い時間なので、上には誰もいなかった。それに暑くもない。
確かに見晴らしは良い。有馬温泉の旅館街、川などが見える。
青山先輩は傍にあったベンチにジーンズの形のいいお尻をのせた。
青山先輩は自分が腰かけると、「君もかけなさい」と上司が部下に言うように自分の横を顔で指した。
言われた通りに僕は青山先輩の真横に座った。少し照れ臭い。
青山先輩には申し訳ないが僕は別のことを考えていた。
僕の隣に座っている女性が。水沢さんだったら・・と。
青山先輩、ごめんなさい。決して、青山先輩の魅力が薄いとかじゃないんですよ。
「君は本が好きかい?」
二人並ぶなり、青山先輩はそう訊ねた。
青山先輩は女性らしい言葉の中に男のような言葉づかいが混ざる。不思議な話し方をする人だ。
目の前の風景よりも、そんな青山先輩の魅力が僕の中に自然と入ってくる。
僕が「このサークルに入って・・少し好きになりました」と答えると、青山先輩は少し笑顔を見せて、
「私に本の魅力を教えてくれたのはね」
青山先輩は前に広がる景色を見ながら話し始めた。
「・・沙織なんだよ」
青山先輩はそう言った。
それは美しい響きを伴う言葉に聞こえた。青山先輩が話すせいだろう。
僕は「文芸部時代のことですか?」と訊ねた。
下級生の速水さんが青山先輩に本について語ったのだろうか?
「そうだと良かったのだけれど・・」
文芸部の時ではないのか・・
「沙織とも、昔、色々とあったからね」
「昔・・ですか?」
昔とは、いつの頃を指すのだろうか? 十年一昔・・速水さんが、7、8歳の頃?
二人はそんな頃からの知り合いだったのか。とてもそうは見えない。
どちらかというと、速水さんが青山先輩を遠ざけている・・そんな風に見える。
高台の上を風が過ぎると、青山先輩の長い髪がさらさらと流れた。
「あの・・青山先輩の・・その・・口調っていうか・・」
僕が青山先輩の話し方・・男性風をどう訊いていいのかわからないでいると、青山先輩は、
「私の、この話し方のことかい?」と笑って、
「これが本来の私のしゃべり方なんだよ」と答えた。
これが通常の青山先輩の口調・・
旅館に戻るなり、
第一声、「明日の夜は外に出るのはやめときましょうね」と池永先生が言った。
そんな先生の言葉に誰も反対しなかった。
もう観光地の夜はこりごり、誰もがそう思っていた。
夜の町に出てよかったのは和田くんくらいだろう。自分の恋した小清水さんの姿を見ることが出来たのだから。
さっきの小清水さんのことを、池永先生と速水さんが懸命に誤魔化していたが、小清水さんが時折豹変することを全く知らないのは青山先輩くらいで、僕も見たことがあるし、和田くんも知っている。
だが、当の小清水さんはその時の記憶が曖昧らしい。
それはいつものこと・・
そう速水さんはさりげなく僕に言った。
「沙希さんは、心が繊細過ぎるのよ」
速水さんの言った「繊細」が何となくわかるような気がする。
・・繊細過ぎてもろく壊れやすい。
その原因が何かの抑圧によるものなのか?
何かからの逃避なのか、その原因はわからない。
いずれにせよ、
・・それは何らかの病気だ。
そうわかっても僕にはどうすることもできない。僕だけでなく、速水さんや池永先生もそれは同じだ。
今日一日、大変な目に合ったが、楽しいこともあった・・そう考えながら明日のために寝ることにした。
僕の横で眠れない和田くんのことは放っておいた。彼の頭の中は小清水さんのことで一杯なのだろう。
朝早く起きた僕は、朝食の前に、何かで読んだ小説のように、人の少ない温泉地の通りを一人で歩いた。朝の散歩だ。
これが結構気持ちがいい。
僕は有名な「ねね橋」を渡り川伝いに歩いた。
空気全体が澄んでいるのが感じられ、そんなに良くもない頭が冴え渡っていくようだ。昨晩の喧噪が嘘みたいだ。
だが、そう思っていたのは僕だけではないようだった。
「あら、君も、出てきたのね」
そう僕に声をかけてきたのは、
長身、長い黒髪の青山先輩だった。今朝は細身のジーンズにTシャツというカジュアルな服装だ。
癪だけど、何を着ても絵になる人だな。
文豪の愛した女性・・とか、文芸アルバムにはまっていそうなイメージだ。
それに比べて僕は絵になるどころか、青山先輩と並ぶとかなり見劣りがしているのがわかる。
「朝は気持ちがいいわね」と言って「昨夜のことが嘘のようね」と笑った。
ごもっともです。
僕が「他の人はまだ寝ているんですか?」と訊くと、
「沙織は起きて、縁側で本を読んでいたわね・・沙希ちゃんはまだ寝ていたわ。疲れていたみたい・・池永先生はまだぐっすり寝ていたわよ。寝る前にまた飲んでいたもの」と説明した。
そして、「そちらの彼は? 沙織が影が薄いって言っていた彼は?」と訊かれたので、「まだ寝ています」と答えた。「和田くんは合宿とか、団体行動に慣れていないようです」と付け加えておいた。
気がつくと一人歩きが二人になった。
女性との朝の散歩は初めてだ。
「この先を上がると、見晴らしのいい公園があるらしいわ。鈴木くん、どうせならそこまで歩きましょうか?」
青山先輩は「食事までには戻れるわ」と言って先導した。
青山先輩のいう公園は愛宕山公園と言って上まで登れば展望台があり、有馬の温泉街を一望することができる。
先を行く青山先輩は何だか頼りになるお姉さんという感じだ。青山先輩は後ろを付いていく僕の方を振り返らずに歩いていく。
緩やかな勾配をしばらく歩いて、展望台へはすぐに着いた。朝早い時間なので、上には誰もいなかった。それに暑くもない。
確かに見晴らしは良い。有馬温泉の旅館街、川などが見える。
青山先輩は傍にあったベンチにジーンズの形のいいお尻をのせた。
青山先輩は自分が腰かけると、「君もかけなさい」と上司が部下に言うように自分の横を顔で指した。
言われた通りに僕は青山先輩の真横に座った。少し照れ臭い。
青山先輩には申し訳ないが僕は別のことを考えていた。
僕の隣に座っている女性が。水沢さんだったら・・と。
青山先輩、ごめんなさい。決して、青山先輩の魅力が薄いとかじゃないんですよ。
「君は本が好きかい?」
二人並ぶなり、青山先輩はそう訊ねた。
青山先輩は女性らしい言葉の中に男のような言葉づかいが混ざる。不思議な話し方をする人だ。
目の前の風景よりも、そんな青山先輩の魅力が僕の中に自然と入ってくる。
僕が「このサークルに入って・・少し好きになりました」と答えると、青山先輩は少し笑顔を見せて、
「私に本の魅力を教えてくれたのはね」
青山先輩は前に広がる景色を見ながら話し始めた。
「・・沙織なんだよ」
青山先輩はそう言った。
それは美しい響きを伴う言葉に聞こえた。青山先輩が話すせいだろう。
僕は「文芸部時代のことですか?」と訊ねた。
下級生の速水さんが青山先輩に本について語ったのだろうか?
「そうだと良かったのだけれど・・」
文芸部の時ではないのか・・
「沙織とも、昔、色々とあったからね」
「昔・・ですか?」
昔とは、いつの頃を指すのだろうか? 十年一昔・・速水さんが、7、8歳の頃?
二人はそんな頃からの知り合いだったのか。とてもそうは見えない。
どちらかというと、速水さんが青山先輩を遠ざけている・・そんな風に見える。
高台の上を風が過ぎると、青山先輩の長い髪がさらさらと流れた。
「あの・・青山先輩の・・その・・口調っていうか・・」
僕が青山先輩の話し方・・男性風をどう訊いていいのかわからないでいると、青山先輩は、
「私の、この話し方のことかい?」と笑って、
「これが本来の私のしゃべり方なんだよ」と答えた。
これが通常の青山先輩の口調・・
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