軍人の寵愛、執着の檻~異質な軍人は孤高の看護婦を甘く堕とす~

扇 レンナ

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第1章

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 男――相楽を病室に送り届けたつくよは看護婦たちが待機する場に戻った。

 患者情報の書かれた紙がしまい込んである棚から、相楽の情報を探す。彼はどこも悪そうではなかった。あえて言うのならば、歩き方が少しおぼつかないことくらいだろうか。

(……相楽、相楽。あった)

 紙を取り出し、あの男の情報を読み込む。

 本来ならば相楽の担当看護婦はつくよの予定ではなかった。しかし、担当看護婦が数日前に風邪をひき、急遽休みを取ることに。結果、彼女が担当していた患者を別の看護婦で見ることに。平等に割り振り、つくよは相楽の担当となったのだ。

(相楽 史哉ふみや。年は二十三。生家は――相楽伯爵家)

 基本情報を読んでいると、つくよは相楽について疑問を持ってしまう。

(相楽伯爵家は代々政治家を輩出している。軍人を輩出した歴はないはず)

 これでもつくよは華族の娘だった。ある程度の華族の知識はあり、社交の場に顔を出したこともある。

 相楽家についても、何度か耳にしたことがある。

(どこか変な人なのよね、あの人)

 入院理由の欄には『念のための検査入院』と書かれている。詳しく検査をするらしく、一週間ほど入院する予定のようだ。

(……というか、どうして私はあの人のことが気になるのよ)

 普段ならばここまで他者に興味を持つことはないのに――と思い、紙を元の場所にしまった。

 自身の机に戻り、記録をつけていく。少しして、肩を軽く叩かれる。

「高千穂さん」

 顔を上げると、そこには後輩看護婦の石浜いしはま 嘉子かこがいた。

「突然ごめんなさい。実は一〇七号室の本木もときさんのことなんですけど――」

 嘉子が口にした名前に、つくよは内心でため息をついた。

 本木は腕を骨折したことにより入院している、三十半ばの男だ。彼は横暴であり、なにかと無茶なことを要求してくる。

 嘉子が担当しているが、経験の浅い彼女にはうまく対処できない。そのため度々つくよに助けを求めてくる。

「今度はなにかしら?」

 彼女のほうに身体を向けると、嘉子は今にも泣きそうな表情になる。

「なんか、担当看護婦を変えろって喚かれていて。私じゃ役に立たないからって……」

 鼻水をずずっとすすり、嘉子は目元を拭う。

(石浜さんは若手にしては、がんばっているほうなのだけど)

 経験値はまだまだ足りないが、彼女は真面目だし真摯に仕事に打ち込んでいる。

 それは彼女の教育係を務めたつくよが一番知っていることだ。つくよは嘉子に聞こえないようにため息をついて、立ち上がった。

「わかったわ。私が話を通してくる」

 幸いにも手は空いている。記録は後でもつけられるし、今は本木のほうが優先すべき案件だろう。

「わ、私も」
「あなたはここにいなさい。その泣き顔をなんとかするのが先」

 嘉子の今の表情は、到底人前に出られるようなものではない。強引に彼女を椅子に腰かけさせ、つくよは歩いていく。

(正直、私も本木さんは苦手なんだけど)

 どうしてああいう横暴な態度を取れるのだろうか。

 彼の実家は実業家一族だというが、彼自身は親のすねをかじっているだけの男だ。

 つくよが彼の立場ならば、横暴な態度を取ることなどできない。

 廊下を歩いていると、目の前から誰かが歩いてくるのがわかった。

 自然とごくりと息を呑む。男はつくよを見て笑う。

「高千穂さん。さっきぶりですね」

 眦を下げた、先ほどと同じ笑い方だ。

「はい。失礼いたします」

 男――相楽をまじまじと見るわけにもいかず、つくよは素早く彼の隣を通り抜けようとした。

 でも、手首をつかまれた。驚いて彼の顔を見上げると、相楽は笑みを崩していない。

「どこかに行かれるのですか?」
「……お仕事ですから」

 看護婦は忙しいのだ。急患が来たらそちらに行かねばならないし、担当患者が急変すれば休憩時間でも駆り出される。

 人が思うほど暇ではないし、腹の立つことも多い仕事だった。

「へぇ、そうですか。がんばってくださいね」

 相楽はパッと手首を離した。あまりにもあっさりと解放され、つくよは目を瞬かせる。

「……失礼いたします」

 が、動揺を悟られないように彼の隣を通り抜けた。

(やっぱり怖い。歪というか、人としてどこかが欠落しているというか……)

 年下の男にこんな感情を抱くのは、正解なのか間違いなのか。

 つくよにはわからなかった。
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