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第1章
取り返しのつかない嘘のきっかけ 1
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――嘘なんてつくもんじゃない。
それくらい理解していて、もちろんそんなつもりもなかった。
ただ、あえて言うのならば。今後、『彼』と気まずい関係になりたくなかっただけ。
「……お名前、教えてもらってもいいですか?」
その精悍な顔に、真剣な表情を浮かべて。
私からすれば見知った彼は、私を見つめる。
(どうする、どうする、どうする!?)
頭の中で「どうする?」という言葉が反復して、響いて。結局、私は口をパクパクと動かす。
彼のエメラルド色の目が、私を射貫く。……時間がない、時間が、時間が――!
「アリア、アリアって言います!」
咄嗟にこの国で一番メジャーな名前を口にする。彼がぽかんとしているのを見つめて、私は慣れないヒールの靴で踵を返して、出来る限り優雅に見える足取りで歩く。
……いや、スピードだけで見れば歩くなんてものじゃない。早足だ、全力の早足だ。
(ごめんなさいっ! けど、あなたさまに正体がバレるのはいやなんです!)
振り返ることもなく、歩く、歩く、歩く。
そして、双子の妹の待つ場所に向かって――私は、双子の妹リリーに抱き着いた。
「あ、アルス!?」
「も、もう無理! 私、もうこんな場所――絶対に無理だわ!」
そう言ってリリーに縋る。そんな私を見て、リリーはただ困惑していた。
……こうなったのは、今から二週間前に遡る。
◇
「はぁ? パーティー?」
久々に実家の男爵邸に帰宅した私は、お母様の言葉に怪訝な声を上げた。
「そうよ。いつもいつもリリーに任せっきりにしていないで、あなたもたまには参加しなさい」
ころころと朗らかに笑ってそう言うお母様。私は、自分の頬が引きつっているのがわかった。
「け、けどよ? 私、ドレスなんて持っていないわ」
それは真実。
私は昔からおしゃれとかお人形遊びとか。そういう女の子らしい趣味には一切興味を示さなかった。
その所為なのか、二十二歳になってもドレスにもアクセサリーにも強い興味を抱けていない。
ドレスを見れば「戦いにくそう」という感想を抱き、アクセサリーになんて「落としたらどうするの?」という感想を抱く。
「そんなもの、リリーに借りなさい。あなたとリリー、とてもよく体格が似ているのだから」
「う……」
その言葉には、上手い返しが思い浮かばなかった。
リリーとは私の双子の妹。昔からおしゃれとかお人形遊びとかが好きで、ザ・女の子っていう子。
年頃になってからは社交の場に度々繰り出し、情報を得てくる。口が上手くてフレンドリーで、周囲から何処か一目置かれる子。
……男勝りな私とは、まさに真逆の存在だ。
「大体、いつまでも騎士として従事できるわけではないのだから」
……お母様のおっしゃることも、もっともだった。
「二十三歳までは好きにすればいいとは言ったけれど、あなたもう二十二よ?」
「そ、それは……」
「そろそろ結婚、考えなきゃダメでしょう?」
それを言われると、辛い。
実際、このネッツァー王国では女は二十三歳までに嫁入りするのが『普通』だ。特に、貴族ともなればそれより年齢が上になると、娶ってくれる人がほとんどいなくなる。
「確かにあなたの稼ぎのおかげで、うちはある意味保たれているものよ」
「……お母様」
「だから、あなたが騎士として従事していることに、あれこれ言うつもりはなかったのよ」
お母様が、そこまでおっしゃってため息をつく。……なんだか、いろいろと考えさせてしまっていたらしい。それを反省する。
「かといって、娘の幸せを奪いたいとは思わないわ。……あなたが後ろ指をさされるのは、私も嫌だもの」
そのお言葉に、私の気持ちがグラグラと揺れた。
庶民ならばまだしも、私は腐っても貴族の生まれだ。嫁き遅れになったときの陰口とかはすごいだろう。
(それに、お母様やお父様、リリーにも申し訳ないし……)
でも、でも……。
そう思って、私の思考回路があっちに行ったりこっちに行ったりする。
私のそんな様子を見たからなのか、お母様は「はぁ」ともう一度ため息をつかれた。
「まぁ、結局どうするかはあなたの自由だけれどね。無理強いはしないわ」
「……は、はい」
「折角顔を出したのだから、リリーにも会ってあげなさい。お部屋にいるから」
お母様はそこまでおっしゃって、話は終わりだとばかりに立ち上がられる。
……私も、男爵邸の談話室を出て行くことにした。
(お母様のおっしゃることもごもっともだけど、私がドレスを着て似合うものなのかしら?)
お世辞にも見た目がいいとは言えない。リリーとは背格好は似ているけれど、顔立ちとかは全然似ていないのだ。
リリーが可愛い系だとすれば、私はきれい系……だって、領民の人が言ってた。うん、領民の人。つまり、お世辞の可能性が大きい。
多分、リリーだけを褒めることも出来ずに、ついでに私のことも褒めた感じだろう。
よくわかる。だって、私、貴族令嬢としては及第点どころか赤点の状態だもの。
「とにかく、リリーと話してみようかな……」
こういうとき、一番相談できるのはやっぱり双子の妹のリリーだ。
そう思って、私はお屋敷の階段を上るのだった。
それくらい理解していて、もちろんそんなつもりもなかった。
ただ、あえて言うのならば。今後、『彼』と気まずい関係になりたくなかっただけ。
「……お名前、教えてもらってもいいですか?」
その精悍な顔に、真剣な表情を浮かべて。
私からすれば見知った彼は、私を見つめる。
(どうする、どうする、どうする!?)
頭の中で「どうする?」という言葉が反復して、響いて。結局、私は口をパクパクと動かす。
彼のエメラルド色の目が、私を射貫く。……時間がない、時間が、時間が――!
「アリア、アリアって言います!」
咄嗟にこの国で一番メジャーな名前を口にする。彼がぽかんとしているのを見つめて、私は慣れないヒールの靴で踵を返して、出来る限り優雅に見える足取りで歩く。
……いや、スピードだけで見れば歩くなんてものじゃない。早足だ、全力の早足だ。
(ごめんなさいっ! けど、あなたさまに正体がバレるのはいやなんです!)
振り返ることもなく、歩く、歩く、歩く。
そして、双子の妹の待つ場所に向かって――私は、双子の妹リリーに抱き着いた。
「あ、アルス!?」
「も、もう無理! 私、もうこんな場所――絶対に無理だわ!」
そう言ってリリーに縋る。そんな私を見て、リリーはただ困惑していた。
……こうなったのは、今から二週間前に遡る。
◇
「はぁ? パーティー?」
久々に実家の男爵邸に帰宅した私は、お母様の言葉に怪訝な声を上げた。
「そうよ。いつもいつもリリーに任せっきりにしていないで、あなたもたまには参加しなさい」
ころころと朗らかに笑ってそう言うお母様。私は、自分の頬が引きつっているのがわかった。
「け、けどよ? 私、ドレスなんて持っていないわ」
それは真実。
私は昔からおしゃれとかお人形遊びとか。そういう女の子らしい趣味には一切興味を示さなかった。
その所為なのか、二十二歳になってもドレスにもアクセサリーにも強い興味を抱けていない。
ドレスを見れば「戦いにくそう」という感想を抱き、アクセサリーになんて「落としたらどうするの?」という感想を抱く。
「そんなもの、リリーに借りなさい。あなたとリリー、とてもよく体格が似ているのだから」
「う……」
その言葉には、上手い返しが思い浮かばなかった。
リリーとは私の双子の妹。昔からおしゃれとかお人形遊びとかが好きで、ザ・女の子っていう子。
年頃になってからは社交の場に度々繰り出し、情報を得てくる。口が上手くてフレンドリーで、周囲から何処か一目置かれる子。
……男勝りな私とは、まさに真逆の存在だ。
「大体、いつまでも騎士として従事できるわけではないのだから」
……お母様のおっしゃることも、もっともだった。
「二十三歳までは好きにすればいいとは言ったけれど、あなたもう二十二よ?」
「そ、それは……」
「そろそろ結婚、考えなきゃダメでしょう?」
それを言われると、辛い。
実際、このネッツァー王国では女は二十三歳までに嫁入りするのが『普通』だ。特に、貴族ともなればそれより年齢が上になると、娶ってくれる人がほとんどいなくなる。
「確かにあなたの稼ぎのおかげで、うちはある意味保たれているものよ」
「……お母様」
「だから、あなたが騎士として従事していることに、あれこれ言うつもりはなかったのよ」
お母様が、そこまでおっしゃってため息をつく。……なんだか、いろいろと考えさせてしまっていたらしい。それを反省する。
「かといって、娘の幸せを奪いたいとは思わないわ。……あなたが後ろ指をさされるのは、私も嫌だもの」
そのお言葉に、私の気持ちがグラグラと揺れた。
庶民ならばまだしも、私は腐っても貴族の生まれだ。嫁き遅れになったときの陰口とかはすごいだろう。
(それに、お母様やお父様、リリーにも申し訳ないし……)
でも、でも……。
そう思って、私の思考回路があっちに行ったりこっちに行ったりする。
私のそんな様子を見たからなのか、お母様は「はぁ」ともう一度ため息をつかれた。
「まぁ、結局どうするかはあなたの自由だけれどね。無理強いはしないわ」
「……は、はい」
「折角顔を出したのだから、リリーにも会ってあげなさい。お部屋にいるから」
お母様はそこまでおっしゃって、話は終わりだとばかりに立ち上がられる。
……私も、男爵邸の談話室を出て行くことにした。
(お母様のおっしゃることもごもっともだけど、私がドレスを着て似合うものなのかしら?)
お世辞にも見た目がいいとは言えない。リリーとは背格好は似ているけれど、顔立ちとかは全然似ていないのだ。
リリーが可愛い系だとすれば、私はきれい系……だって、領民の人が言ってた。うん、領民の人。つまり、お世辞の可能性が大きい。
多分、リリーだけを褒めることも出来ずに、ついでに私のことも褒めた感じだろう。
よくわかる。だって、私、貴族令嬢としては及第点どころか赤点の状態だもの。
「とにかく、リリーと話してみようかな……」
こういうとき、一番相談できるのはやっぱり双子の妹のリリーだ。
そう思って、私はお屋敷の階段を上るのだった。
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