ＳＡＲＡという名の店と恋のお話

新しい年に

第38話 二人の回想

大晦日　貴史の部屋でシャンパンを用意して新年を待つ二人がいた。

「こんなに目まぐるしく過ごした1年は今までに無かった気がする」
香織はしみじみと言う。
「僕にとってもそれは同じかな。仕事面では部長になって会社にも部下にも責任を持たなくてはならなくなったしね。
でも一番は片思いしていた香織とこうしていられるようになり一番責任を持ちたいと想う人が出来たこと」
貴史は香織の肩を抱き寄せる。

「最初は貴史さんの恋人役カモフラージュでしたよね」

「ああ、あの時にはもう、香織とこうなりたいという願望があったからね。カモフラージュを言い訳に僕の存在を君の中に植え付けようと思ってた」

「えっ、じゃぁまんまとそれに乗せられちゃったって事？今思えば一緒に食事したり映画に行ったりしている頃から惹かれていたんだと思うけど、その時はまだ自覚が無くて貴史さんの事は素敵なお兄さんとしか思っていなかったのに。やっぱりあたしは、遠野ちゃんのパーティーに一緒に行ってからね。貴史さんの存在があたしの中で大きくなったのは」

「そうなってくれなきゃ困ってた。
　少し前から遠野さんには僕の気持ちがダダ洩れだったみたい。お膳立てをしてくれたので、僕もこの機会にって指輪まで買って夫婦役に徹したんだよ」

貴史は指でくるくると香織の髪を弄ぶ。

「ふふ、あんなに寄り添ってエスコートしてくれる貴史さんは相当女慣れしてると思ったのよ」
「そっちですか。女性のエスコートは親のパーティーにも出ることも多々あったので確かに慣れてはいるけど、自分的には君の隣に立てることが嬉しくて誰も傍に寄せ付けたくないと思ったんだ」

「あの時のやり取りも思い出すと少し恥ずかしい・・・でもまさか日奈ちゃんのお見合い相手が真中の息子だったなんて。。。あの時のあたし相当酷い状態だったと思う。貴史さんが傍に居てくれてなかったら。。。」
「香織があいつの本性を知らずに愛したとはいえ、本当に最低な男だったな。ＳＡＲＡにまで乗り込んできたんだから」
「あんな情けない姿で現れて、哀れだと思ったの」
「パーティーで見た自信満々て姿はどこにもなかったな。でもそれよりも君があいつとの過去を乗り越え凛として対峙する姿は輝いて見えたよ」
貴史は優しくキスをする。
「貴史さんに出会ってなかったら日奈ちゃんにも藤堂会長にも逢う事も無かったし、真中に再会する事も無かった。
　真中なんて思い出したくもなかったけど、でもあの人が現れて貴史さんとの関係も深まったんだと思う。貴史さんが傍に居てくれたから本当の意味で真中と決別することが出来たし、前に進もうって思えるようになったんだもの。運命に感謝します」
照れ臭そうに言った後、

「私の事はもういいから貴史さんの事を聞かせて。　
伯父さんからご両親をご旅行で亡くされたと。。。貴史さんご兄弟もなく寂しかったでしょう」

「ＳＡＲＡに顔を出す少し前で十分大人だったしそれなりに受け入れたよ。もともと就職をしてから家にも寄り付かないでいたから寂しいという感覚は無かった。只、離婚して数か月も経ない時期だったというのもあって色んな意味で家族を失い独りになってしまったとは思ったかな。
でも、暫くして偶然入ったSARAで香織に出会えた。きっと運命だったんだよ」

「私が引き籠っている時に貴史さんは離婚して直ぐにご両親も亡くされていたのね。
　ねぇ、もっと貴史さんの事が知りたいの。
　ご両親が社長さんで外見は素敵だし、身のこなしもスマートだから学生の頃も結婚する前もモテて大変だったでしょう」

「えっ、そんな昔の頃の話？」

「だって聞きたいんだもん」

貴史は指を組み祈るポーズで目を輝かせている香織の頭をポンポンと叩き

「参りましたね。学生のころはそれなりにね、背が高いっていうだけでもモテる条件に入るでしょう？社会人になってからは親の事を知って近づいてくる人も増えたな。お見合い話も日奈さんの様なご令嬢とか。でも僕は自由な恋愛をしたいと思っていたから色んな人と付き合ってはきた訳だけど、知っているように以前の僕は冷たかったようなので自然と相手から離れていきました・・・離婚した彼女は同じ会社で隣の部署だったんだ。バリバリ仕事をこなす男まさりって人でした。たぶん、自分の境遇に縋りついてくる女性たちよりも自立した彼女がよく見えたんだと思う。戦友みたいな気持ちで仕事に対してもお互いに高められるそんな理由で一緒になったんですが。やはり彼女も香織に言われた通り『女』だったんだなと今になって思うよ。自分はその気持ちに気づいてあげることは出来なかったけれど」

「元奥様はまだ同じ会社に？」

「いや、別れて１年後に再婚して会社は辞めて専業主婦になったと聞いてる」

「そうだったんだ。なるほどそれから面倒は嫌ってセフレを作ったと・・・」

香織は顎に手を当て頷いていている。

「ふぅ、ホントに参ったな。やはり男ですからね。でもセフレの彼女と続いていたのには前に少し話したけど理由があるんです」

「えっ、どんな？」

貴史の顔を覗き込むように聞いてくる香織を貴史はなだめるように体を戻し

「離婚したあと再婚をするつもりも無かったし、特定の人を作る気にはならなかったんだ。バーで飲んでいると女性から度々ワンナイトの誘いをかけらることがあってね。一夜限りか、あっても2，3回というのが楽だと思ってた。
　あの時も彼女から誘いを掛けられて話してみたら彼女の名前が『かおり』と知って。
香織とは字が違ったけれど、その響きにどうしようもなくなって結局一夜限りのつもりだったのがセフレ関係となった理由だよ（流石に名前の響きに性欲を掻き立てられとは言いずらいよな）」

「えっ」香織は目を見開いた。
『セフレの話も以前告白してくれた。
　ただ、セフレを続けた理由が自分と同じ名前だったからなんて』

「2年も続いててその人に少しでも愛情は抱かなかったの？」

「普通に綺麗で魅力的な女性だとは思っていたかな。でもそれ以上の感情は全くなかった。僕が彼女に求めていたのは『かおり』という名前だったから。
それに彼女にも何年も続いている腐れ縁の彼氏がいると言ってたしね」

「本当にお互い割り切った関係だったんだ」
「そうだね、信じられないかもしれないけど」

普通に考えて40歳の男性がバツイチだとはいえ、６年も女性関係が無かったというのも変な話なのだとは思ったが、少し投げやりに言ってしまう。

「世の中そういうカタチの付き合いはあるのだから・・・不倫とかではないからもういいですけど」

「返す言葉がないな」

「そういうお誘いが多いというのも貴史さんが魅力的な男性だったからと思っておきます」
香織は笑って言った。

「そういえばＳＡＲＡを始めてから誰とも付き合ってこなかったと言っていたね。まぁ、５年傍で見てきてそれらしい男の影も見られなかったけど。。。ホントの所どうなの？」
貴史があるなら白状しないという目で覗き込んでくる。
「ええ、子供が授かれないのがあまりにショックで1年近く福屋の家に引き籠って、その後ＳＡＲＡを始めた訳だけど。あたしはもう結婚出来ないのだから人を好きにならないと自分に言い聞かせていたもの。でもその気持ちを変えてくれたのは貴史さん・・・」

「信じてはいたけど何かホッとした。香織の気持ちを変えることが出来て良かった。今でも忘れないよ。好きだと言ってくれて初めて香織の事を抱いた時の嬉しさと言ったら、みっともない位に浮かれて。５年も待たずにもっと早く行動すれば良かったかも」

「ふふふ、あたしね、真中が現れなくても最終的には貴史さんの強引さと、したたかな根回しの良さに結局は負けた気がします」

「ははは、それなら四十男も頑張った甲斐があるってことだな」

二人はお互いの顔を見て噴き出した。


「そう言えば貴史さんてお金持ちなんですってね」

香織の予想もしなかった質問に貴史は苦笑した。

「まぁそこそこに」

「うふ、じゃぁ子供が居なくても老後は心配ないね」

「ちゃんと考えてるから安心して一緒に年を取って行こう」

「うん。」

「ほら、そろそろ日付が変わるよ」

「あっ、ホント！早くシャンパンを注いで。」

貴史がてきぱきとボトルの栓を開けシャンパンを注いだグラスを香織に手渡す。

「はい、はい。お姫様どうぞ」

「またそうやって茶化して、」

シュワシュワときらめく泡がライトに照らされて美しい。

「はい、５，４，３，２，１」

「ハッピーニューイヤー♪」

乾杯をして軽くチュッと触れるだけのキスをして新年を祝う。

「今年もよろしく」
「こちらこそ」

年が明けて2日にはまっちゃんの所へ二人で挨拶に行き、今年の成人の日には新居で一緒に住むことなっている。
後は席を入れるタイミング？
二人にとって新しい年の幕開けです。