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はじまりの章
竜に守られた国②
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胸の痛みを抱えたままファルファラを見ても、彼女の瞳に自分の姿は写っていなかった。
自分がまるで透明人間になったかのようで、グロッソは今度は胸がねじれるように苦しかった。
けれどグロッソは立ち去らない。
貴族の挨拶は女性の手の甲に口付けを落として完了する。だからファルファラが手を差し伸べてくれるのを待っている。
しかしファルファラの手は己の膝に置かれたまま。一向に、こちらに差し出す気配は無い。
(そんなにも私のことが嫌なのか)
グロッソは片足を後ろに引いた状態で、苛立ちとやるせなさを覚えてしまう。
でもどの面下げて、彼女に怒りを向けられるというのか。
あんな犯罪まがいの訪問をしたのだ。逆ににこやかに迎えられたら、それこそ彼女の神経を疑わなくてはならない。
なにより自分は現在進行形で<慧眼の魔術師>を騙している。いや国王陛下にすら虚偽報告をしている。
騙して、欺いて、北方の領地へと誘っているのだ。北の領民を守るために。
そんな自分には、彼女に対して怒りも苛立ちも不満も持っていい権利はない。あるとするなら罪悪感だけ。
***
竜は全ての生き物の頂点に君臨する、神の化身。
そしてナラルータ国は5匹の竜の守りを受けた国。
東の湖には青竜ブレ。西の森には緑竜シノス。南の火山には赤竜リロス。北の雪山には白竜エイデス。最後に王都の中央ーー王城の真下には黒竜メランがこの国を絶え間なく守護している。
つまりナラルータ国は神の祝福を受けた国であり、竜名をミドルネームとする一族は代々<竜の守り人>として、竜神に仕えている。
エイデスの名をミドルネームとするグロッソも<竜の守り人>の一人だ。
竜は人など簡単に凌駕する力を持っているが、その力を維持する為にはそれぞれの竜にあった快適な環境が必要となる。
自然豊かで、その土地に住む人間の負の感情がごく少ない場所。
これが竜にとって快適な環境である為、<竜の守り人>は必然的に辺境伯や侯爵という広い領土を治める高い地位の人間が担うことになる。
グロッソが治める領地は、白竜が住む雪山を含めた北方地域全て。
一年の半分以上雪に閉ざされたここは、国境でもあるため他の領主より多くの権限を与えられており、その中の一つに独自の騎士団を持つことが許されている。
そのため他の領地に比べ干渉を受けない独立した領地であるが、実はこの北方領土にて現在不可解な現象が起こっているのだ。
新種の魔物ーーしかもナラルータ国の魔法とは異なる魔力を帯びており、日に日に襲撃してくる数が強くなっている。
北方は好戦的なメラン帝国に隣接している。過去、幾たびも小競り合いをしてきた。今も停戦中であり、いつ攻められてもおかしくない状況だ。そのため魔物への早めの処置が必要だった。
<竜の守り人>であるグロッソは、聖剣の持ち主でもある。
聖剣は魔を打ち払う為に創られたもの。だから討伐ならば得意分野であるが、調査となると門外漢。北方でも魔術師は多数いるがそれらの知識を合わせても解析不能なのだ。
だからこそグロッソは、王都に足を向け国王陛下に<慧眼の魔術師>に調査をしてもらうよう嘆願した。
結果として、それは叶えられた。
だがしかし、本当の目的はそうじゃない。
<慧眼の魔術師>に直接雪山まで来てもらわないと、伝えられないモノなのだ。
(……それにしても人伝に聞いていた話とは大違いだ)
礼の姿勢のままグロッソは、一向にこちらに視線を向けてくれない<慧眼の魔術師>を盗み見る。
彼女の噂は王都から遠く離れた北方領地にも届いている。そして耳にするものは、あまり良いものでは無かった。
無論、それがやっかみや嫉妬からくるものも多少含まれているのはわかっている。わかってはいるが、そんな話しか耳に入らなければ、悪いうイメージを持ってしまうのも当然で。
だがしかし、今ここに居る<慧眼の魔術師>は、そんな噂とは程遠い姿だった。
表情豊かで少し口が悪くて。でも口を噤んだ瞬間、水色の瞳は不安げに揺れるーー儚い雰囲気を持つ、ただただ美しい女性でしかなかった。
自分がまるで透明人間になったかのようで、グロッソは今度は胸がねじれるように苦しかった。
けれどグロッソは立ち去らない。
貴族の挨拶は女性の手の甲に口付けを落として完了する。だからファルファラが手を差し伸べてくれるのを待っている。
しかしファルファラの手は己の膝に置かれたまま。一向に、こちらに差し出す気配は無い。
(そんなにも私のことが嫌なのか)
グロッソは片足を後ろに引いた状態で、苛立ちとやるせなさを覚えてしまう。
でもどの面下げて、彼女に怒りを向けられるというのか。
あんな犯罪まがいの訪問をしたのだ。逆ににこやかに迎えられたら、それこそ彼女の神経を疑わなくてはならない。
なにより自分は現在進行形で<慧眼の魔術師>を騙している。いや国王陛下にすら虚偽報告をしている。
騙して、欺いて、北方の領地へと誘っているのだ。北の領民を守るために。
そんな自分には、彼女に対して怒りも苛立ちも不満も持っていい権利はない。あるとするなら罪悪感だけ。
***
竜は全ての生き物の頂点に君臨する、神の化身。
そしてナラルータ国は5匹の竜の守りを受けた国。
東の湖には青竜ブレ。西の森には緑竜シノス。南の火山には赤竜リロス。北の雪山には白竜エイデス。最後に王都の中央ーー王城の真下には黒竜メランがこの国を絶え間なく守護している。
つまりナラルータ国は神の祝福を受けた国であり、竜名をミドルネームとする一族は代々<竜の守り人>として、竜神に仕えている。
エイデスの名をミドルネームとするグロッソも<竜の守り人>の一人だ。
竜は人など簡単に凌駕する力を持っているが、その力を維持する為にはそれぞれの竜にあった快適な環境が必要となる。
自然豊かで、その土地に住む人間の負の感情がごく少ない場所。
これが竜にとって快適な環境である為、<竜の守り人>は必然的に辺境伯や侯爵という広い領土を治める高い地位の人間が担うことになる。
グロッソが治める領地は、白竜が住む雪山を含めた北方地域全て。
一年の半分以上雪に閉ざされたここは、国境でもあるため他の領主より多くの権限を与えられており、その中の一つに独自の騎士団を持つことが許されている。
そのため他の領地に比べ干渉を受けない独立した領地であるが、実はこの北方領土にて現在不可解な現象が起こっているのだ。
新種の魔物ーーしかもナラルータ国の魔法とは異なる魔力を帯びており、日に日に襲撃してくる数が強くなっている。
北方は好戦的なメラン帝国に隣接している。過去、幾たびも小競り合いをしてきた。今も停戦中であり、いつ攻められてもおかしくない状況だ。そのため魔物への早めの処置が必要だった。
<竜の守り人>であるグロッソは、聖剣の持ち主でもある。
聖剣は魔を打ち払う為に創られたもの。だから討伐ならば得意分野であるが、調査となると門外漢。北方でも魔術師は多数いるがそれらの知識を合わせても解析不能なのだ。
だからこそグロッソは、王都に足を向け国王陛下に<慧眼の魔術師>に調査をしてもらうよう嘆願した。
結果として、それは叶えられた。
だがしかし、本当の目的はそうじゃない。
<慧眼の魔術師>に直接雪山まで来てもらわないと、伝えられないモノなのだ。
(……それにしても人伝に聞いていた話とは大違いだ)
礼の姿勢のままグロッソは、一向にこちらに視線を向けてくれない<慧眼の魔術師>を盗み見る。
彼女の噂は王都から遠く離れた北方領地にも届いている。そして耳にするものは、あまり良いものでは無かった。
無論、それがやっかみや嫉妬からくるものも多少含まれているのはわかっている。わかってはいるが、そんな話しか耳に入らなければ、悪いうイメージを持ってしまうのも当然で。
だがしかし、今ここに居る<慧眼の魔術師>は、そんな噂とは程遠い姿だった。
表情豊かで少し口が悪くて。でも口を噤んだ瞬間、水色の瞳は不安げに揺れるーー儚い雰囲気を持つ、ただただ美しい女性でしかなかった。
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