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はじまりの章
竜に守られた国①
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ーー時は少し遡る。
北方領地を守護するグロッソは急を要する事態のため、王の忠実な番犬こと〈慧眼の魔術師〉の力を借りるべく国王陛下に願い出た。
その結果、第一王子と〈慧眼の魔術師〉の自宅を訪問することになった。
つまり力を貸すかどうかの判断は〈慧眼の魔術師〉に委ねるということで……。
「ファルは人前に出た次の日は引きこもりになるから、強硬手段で行こう!っていうことでーーいいか、俺がお前を紹介するまで絶対に口を開くなよ」
もうすぐ目的地に到着といったところで、センティッドはグロッソに向け低く囁いた。まるでどこかに潜む悪魔を警戒しているかのように。
(何故に強硬手段?それに強硬手段とは、どんな手段なんだ??)
グロッソはそんな疑問が邪魔して頷けない。
それどころか疑問と不安はどんどん増えていく。
(魔術師殿と自分は初対面なのだ。しかも助勢を頼む立場なのだから、できれば悪い印象を持たれたくは無い。それとなぜ自分一人で会いに行こうとしていたのに、殿下がしゃしゃり出てくるんだ?こう言ってはアレだが、殿下は少々クセが強い。事と次第によったら悪い方向に進む可能性がある)
などとグロッソが頭の中でつらつらと考えていれば、隣を歩くセンディッドがギロリと睨む。
「考えるな、黙って従え」
再びセンティッドに囁かれ、グロッソは言われた通り思考を放棄して頷いた。
「よし、じゃあ行くか。ーーああ、上着は脱いで丸めて背中で庇っていた方が良いぞ」
「……?」
(はぁ?)
声にこそ出さなかったが、グロッソは思いっきり不可解な顔をした。
でもセンティッドはそれを無視して、グロッソの腕を捕んで浮上した。
「っ?……!!」
グロッソは魔力はあるが、それは聖剣を扱うためだけのもので魔法は使えない。
己の跳躍力ではない浮上は、魔物と対峙したときの何倍もの恐怖を感じる。
しかしグロッソは奥歯をグッと噛みしめて悲鳴を堪える。広大な領地を統べる辺境伯がみっともない声を上げるなんてというプライドではなく、声を出すなというセンティッドの命令があるから。
だがしかし、腕を掴まれている状態では上着は脱ぐことはできない。さりとて今ここで手を離されてしまうと、自分は真っ逆さまに地面に叩きつけられてしまう。
今、グロッソとセンティッドは樹齢百年を超える木より高い位置にいる。
受け身を取れば即死は免れるが、負傷は避けられないそんな高さだ。
(一体、殿下は何をなさろうとしておられるのか?)
無論、喋るなと言われたからグロッソは無言を貫いている。ものすごく知りたいけれど。
だがしかし、声に出す必要はなかった。センティッドの目的がすぐにわかったから。
「片手で耳を塞いでおけ」
そんな意味不明な忠告をされたと同時に、センティッドは片手を<慧眼の魔術師>の屋敷に向けた。彼の手のひらには溢れんばかりの魔力の塊があり、それは真っ直ぐに屋敷へと向かっていき、
ーーードッカーン!!!
グロッソがぎょっとしたと同時に、鼓膜が破れるほどの衝撃と共に爆風が二人を襲う。
2拍置いて気づいた。
この爆撃は完璧に計算された上での攻撃だと。
その証拠に丘の上に続く石畳の路も、まばらにそびえ立つ木々にも一切被害が無い。ただ魔術師の屋敷を取り巻いていた結界の一部が人が通れる分だけ破壊されただけ。
……だけと言っていいのか悪いのかわからないが、センティッドが的確に自分達が屋敷内に侵入できる風穴を開けた技術は素晴らしかった。
そんなふうにグロッソが神業に近い魔法技術に感服している間に、二人はふわりと魔術師の屋敷内に着地する。
無残にも破壊された花壇が視界に入り、これが自分の仕業ではないにしても胸が痛む。
そんな中、センティッドが声を張り上げた。
「おーい、我が妹殿ぉー、生きてるかーい?生きてたらーー」
おおよそ不法侵入した人間とは思えないセンティッドの失礼千万な台詞に、グロッソは冷や汗をかく。ただそれよりも、
(……は?妹??)
センティッドが紡ぐ『妹』という言葉が一体誰に向けてのものなのか、グロッソは一瞬わからなかった。
(殿下には弟君しかおられないはずだ)
記憶を探っても、思い当たる人物はいない。
だがしかし、目の前にいる今にもハンモックから滑り落ちそうな女性を指しているということはわかる。
(……つまり<慧眼の魔術師>殿は、殿下の妹??)
混乱を極めた頭で推測してみたが、それよりグロッソはこの女性に完全に目を奪われていた。
王の忠実な番犬の正体は妖精なのかと本気で思った。
それほどに<慧眼の魔術師>は美しい容姿だった。
爆風で靡くライムブロンド色の髪は陽の光を浴びてキラキラと輝き、わずかに見える素肌は雪のように真っ白だった。
サファイア色の瞳があらんかぎりに見開かれているその表情だけが唯一生きた人間の証のようで、グロッソは視線を剥がすことができなかった。
存在だけが先走りしている<慧眼の魔術師>が、醜い老婆だと思っていたわけではない。
でも、これほど美しい女性だとも思っていなかった。
「ーー殿下、わざわざお越しいただき恐れ入ります」
ハンモックからしぶしぶ降りて礼を取った彼女を見て、グロッソは我に返った。
今日ここに来たのは彼女に助力を乞こうためだ。なのにこんな訪問をされたら、さぞかし彼女はご立腹だろ。
グロッソは久しぶりに胃がキリキリした。
けれどもそれは杞憂に終わり、一応客人として屋敷内のサロンに通された。
そしてセンティッドの巧みな話術(?)で、無事、依頼を受けてもらうことに成功しーー本気で殺意を覚えるような自己紹介をされた後、ようやっと彼女に挨拶できる許可をもらった。
『お初にお目にかかります、グロッソ・エイデス・アマルと申します。以後、お見知り置きを』
先程の謝罪も込めて心から挨拶の言葉を紡げば、彼女ーーファルファラ・スタヒス・クローヴァはそっけなく「……はあ」と気のない返事をするだけ。
胸がチリっと焼け付くように傷んだ。
生まれて初めて感じる痛みだった。
北方領地を守護するグロッソは急を要する事態のため、王の忠実な番犬こと〈慧眼の魔術師〉の力を借りるべく国王陛下に願い出た。
その結果、第一王子と〈慧眼の魔術師〉の自宅を訪問することになった。
つまり力を貸すかどうかの判断は〈慧眼の魔術師〉に委ねるということで……。
「ファルは人前に出た次の日は引きこもりになるから、強硬手段で行こう!っていうことでーーいいか、俺がお前を紹介するまで絶対に口を開くなよ」
もうすぐ目的地に到着といったところで、センティッドはグロッソに向け低く囁いた。まるでどこかに潜む悪魔を警戒しているかのように。
(何故に強硬手段?それに強硬手段とは、どんな手段なんだ??)
グロッソはそんな疑問が邪魔して頷けない。
それどころか疑問と不安はどんどん増えていく。
(魔術師殿と自分は初対面なのだ。しかも助勢を頼む立場なのだから、できれば悪い印象を持たれたくは無い。それとなぜ自分一人で会いに行こうとしていたのに、殿下がしゃしゃり出てくるんだ?こう言ってはアレだが、殿下は少々クセが強い。事と次第によったら悪い方向に進む可能性がある)
などとグロッソが頭の中でつらつらと考えていれば、隣を歩くセンディッドがギロリと睨む。
「考えるな、黙って従え」
再びセンティッドに囁かれ、グロッソは言われた通り思考を放棄して頷いた。
「よし、じゃあ行くか。ーーああ、上着は脱いで丸めて背中で庇っていた方が良いぞ」
「……?」
(はぁ?)
声にこそ出さなかったが、グロッソは思いっきり不可解な顔をした。
でもセンティッドはそれを無視して、グロッソの腕を捕んで浮上した。
「っ?……!!」
グロッソは魔力はあるが、それは聖剣を扱うためだけのもので魔法は使えない。
己の跳躍力ではない浮上は、魔物と対峙したときの何倍もの恐怖を感じる。
しかしグロッソは奥歯をグッと噛みしめて悲鳴を堪える。広大な領地を統べる辺境伯がみっともない声を上げるなんてというプライドではなく、声を出すなというセンティッドの命令があるから。
だがしかし、腕を掴まれている状態では上着は脱ぐことはできない。さりとて今ここで手を離されてしまうと、自分は真っ逆さまに地面に叩きつけられてしまう。
今、グロッソとセンティッドは樹齢百年を超える木より高い位置にいる。
受け身を取れば即死は免れるが、負傷は避けられないそんな高さだ。
(一体、殿下は何をなさろうとしておられるのか?)
無論、喋るなと言われたからグロッソは無言を貫いている。ものすごく知りたいけれど。
だがしかし、声に出す必要はなかった。センティッドの目的がすぐにわかったから。
「片手で耳を塞いでおけ」
そんな意味不明な忠告をされたと同時に、センティッドは片手を<慧眼の魔術師>の屋敷に向けた。彼の手のひらには溢れんばかりの魔力の塊があり、それは真っ直ぐに屋敷へと向かっていき、
ーーードッカーン!!!
グロッソがぎょっとしたと同時に、鼓膜が破れるほどの衝撃と共に爆風が二人を襲う。
2拍置いて気づいた。
この爆撃は完璧に計算された上での攻撃だと。
その証拠に丘の上に続く石畳の路も、まばらにそびえ立つ木々にも一切被害が無い。ただ魔術師の屋敷を取り巻いていた結界の一部が人が通れる分だけ破壊されただけ。
……だけと言っていいのか悪いのかわからないが、センティッドが的確に自分達が屋敷内に侵入できる風穴を開けた技術は素晴らしかった。
そんなふうにグロッソが神業に近い魔法技術に感服している間に、二人はふわりと魔術師の屋敷内に着地する。
無残にも破壊された花壇が視界に入り、これが自分の仕業ではないにしても胸が痛む。
そんな中、センティッドが声を張り上げた。
「おーい、我が妹殿ぉー、生きてるかーい?生きてたらーー」
おおよそ不法侵入した人間とは思えないセンティッドの失礼千万な台詞に、グロッソは冷や汗をかく。ただそれよりも、
(……は?妹??)
センティッドが紡ぐ『妹』という言葉が一体誰に向けてのものなのか、グロッソは一瞬わからなかった。
(殿下には弟君しかおられないはずだ)
記憶を探っても、思い当たる人物はいない。
だがしかし、目の前にいる今にもハンモックから滑り落ちそうな女性を指しているということはわかる。
(……つまり<慧眼の魔術師>殿は、殿下の妹??)
混乱を極めた頭で推測してみたが、それよりグロッソはこの女性に完全に目を奪われていた。
王の忠実な番犬の正体は妖精なのかと本気で思った。
それほどに<慧眼の魔術師>は美しい容姿だった。
爆風で靡くライムブロンド色の髪は陽の光を浴びてキラキラと輝き、わずかに見える素肌は雪のように真っ白だった。
サファイア色の瞳があらんかぎりに見開かれているその表情だけが唯一生きた人間の証のようで、グロッソは視線を剥がすことができなかった。
存在だけが先走りしている<慧眼の魔術師>が、醜い老婆だと思っていたわけではない。
でも、これほど美しい女性だとも思っていなかった。
「ーー殿下、わざわざお越しいただき恐れ入ります」
ハンモックからしぶしぶ降りて礼を取った彼女を見て、グロッソは我に返った。
今日ここに来たのは彼女に助力を乞こうためだ。なのにこんな訪問をされたら、さぞかし彼女はご立腹だろ。
グロッソは久しぶりに胃がキリキリした。
けれどもそれは杞憂に終わり、一応客人として屋敷内のサロンに通された。
そしてセンティッドの巧みな話術(?)で、無事、依頼を受けてもらうことに成功しーー本気で殺意を覚えるような自己紹介をされた後、ようやっと彼女に挨拶できる許可をもらった。
『お初にお目にかかります、グロッソ・エイデス・アマルと申します。以後、お見知り置きを』
先程の謝罪も込めて心から挨拶の言葉を紡げば、彼女ーーファルファラ・スタヒス・クローヴァはそっけなく「……はあ」と気のない返事をするだけ。
胸がチリっと焼け付くように傷んだ。
生まれて初めて感じる痛みだった。
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