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旅路と再会の章
ファルファラと使い魔の過去②
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(この女は死を望んでいる)
召喚の儀は呼び出す精霊や聖獣によって、必要となる魔力が異なる。
ラバンはこれまで一度も人間から召喚されたことはなかった。言い換えるなら、自分を召喚できる魔術師がこれまで居なかったということ。
見たところ死という言葉に目を輝かせているこの女は、魔力はかなり強い。しかし左目は包帯を巻いて、身体も良く見ればボロボロだ。何より命の根源である輝きが消えかけている。
そんな状態では満足に召喚の儀式などできないだろうに。
でも、このファルファラはやった。やり切って後悔した。つまり、己の力不足で召喚の儀式を失敗することを望んでいたのだ。
(舐め腐っていやがる)
悠久の時を生きてきて、これほどまでに腹が立ったのは初めてだった。
「……なら、さっさと死ね」
「え?」
「甘ったれるな。死にたいなら、自分で死ね」
「えっと……私も……そうしたかったんですけど……ちょっと事情があって……その」
もにょもにょと的を得ない言い訳するファルファラに、ラバンは半眼になった。
「事情?そんなもん知るか」
「……ぅう……そうですよね」
すっぱり切り捨てたラバンに、ファルファラがしょんぼり項垂れる。
その姿があまりに哀れで、ついでにこんな女に召喚された自分も哀れで、ラバンは眉間に皺を寄せて口を開く。
「で、事情とは何だ?下らない理由なら」
「殺してくれますか?」
「はんっ、今すぐ主の前から消えてやる」
「ひぇ……や、ま、待って……消えないでっ」
その時のラバンの姿は長い爪と鋭い牙を持つ獣だった。加えて従順な態度を取る気も無い。
身の危険を覚えるこの状況なら、正直、消えてもらった方が良いはずなのに、ファルファラは涙を浮かべてラバンの爪に縋りついた。
そして大声で死にたい理由を叫んだ。
「あのっ………私……失恋したんです!!」
「はぁああああ!?」
あまりにもしょーもない理由に、ラバンは素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、そんな理由でか?」
「はい。でも私が自殺したら、陛下が一族郎党根絶やしにするって脅すんですっ」
「……死んじまえば、そんなこと無関係になるだろ?気にせず」
「駄目です!弟はまだ成人前なんですっ。お母様だって、弟の成長を楽しみにしてるんです!!あと、家門が滅ぶ理由が私の失恋だなんて、あんまりじゃないですかっ」
「さあ、人間のことは知らん」
「そんなぁー……ぅうう……ふぇぇっ……ぐすん」
ラバンが嘘偽り無い気持ちを口にすれば、ファルファラはぺしゃりと地面に座り込んでべそべそと泣き出してしまった。
その姿を見てラバンが思ったことは、ただ一つ。
今にも消えてしまいそうなこの女を放って置けないという庇護欲だった。
「主は、俺の牙にも爪にも怯えないくせに、たかだか失恋したくらいで死にたいだんだなんて変な奴だ。だが、面白い。気に入った」
「………は、はぁ。あ、ありがとうございます」
「よし、どんな理由であれ呼び出されたんだ。これは何かの縁だ。俺が、主を殺してやる」
ファルファラは泣きぬれた顔を上げて、ラバンを見上げた。
「ほ、ほんとう?」
「ああ。俺は人間と違って嘘はつかない」
ぱああっと顔を輝かせるファルファラに、ラバンをしたり顔で言葉を続ける。
「ただし、主を殺すタイミングは俺が決める。それまでは自分勝手に死ぬのは許さない。もがいて、あがいて、俺に殺される時を待て」
「は、はい」
拳をぐっと握って神妙で頷くファルファラに、ラバンは満足げに頷いた。
(実際は、いいように丸め込んだだけなのだが、まぁ……一先ず良しとしよう)
これがファルファラとラバンの馴れ初め。
その後、人形となったラバンは、ファルファラの使い魔兼執事となった。
それから色んな事があった。
ただの魔術師だったファルファラは、国王陛下から二つ名を拝命して<慧眼の魔術師>として王の忠実な番犬となった。
住まいを王都の郊外に移して、コモンやクラリを召喚しメイドにした。いつかの王命での魔物討伐の帰りにドワーフを拾って庭師として雇い始めた。
その全てをラバンは、ファルファラの傍で見守り、時には手を貸し、守り、導いた。
でも、ファルファラは知らない。
ラバンは主の一番の願いを叶える気は無いことを。
そして、主に温もりを与えてくれる人間が表れてくれることを切に願っていることを。
召喚の儀は呼び出す精霊や聖獣によって、必要となる魔力が異なる。
ラバンはこれまで一度も人間から召喚されたことはなかった。言い換えるなら、自分を召喚できる魔術師がこれまで居なかったということ。
見たところ死という言葉に目を輝かせているこの女は、魔力はかなり強い。しかし左目は包帯を巻いて、身体も良く見ればボロボロだ。何より命の根源である輝きが消えかけている。
そんな状態では満足に召喚の儀式などできないだろうに。
でも、このファルファラはやった。やり切って後悔した。つまり、己の力不足で召喚の儀式を失敗することを望んでいたのだ。
(舐め腐っていやがる)
悠久の時を生きてきて、これほどまでに腹が立ったのは初めてだった。
「……なら、さっさと死ね」
「え?」
「甘ったれるな。死にたいなら、自分で死ね」
「えっと……私も……そうしたかったんですけど……ちょっと事情があって……その」
もにょもにょと的を得ない言い訳するファルファラに、ラバンは半眼になった。
「事情?そんなもん知るか」
「……ぅう……そうですよね」
すっぱり切り捨てたラバンに、ファルファラがしょんぼり項垂れる。
その姿があまりに哀れで、ついでにこんな女に召喚された自分も哀れで、ラバンは眉間に皺を寄せて口を開く。
「で、事情とは何だ?下らない理由なら」
「殺してくれますか?」
「はんっ、今すぐ主の前から消えてやる」
「ひぇ……や、ま、待って……消えないでっ」
その時のラバンの姿は長い爪と鋭い牙を持つ獣だった。加えて従順な態度を取る気も無い。
身の危険を覚えるこの状況なら、正直、消えてもらった方が良いはずなのに、ファルファラは涙を浮かべてラバンの爪に縋りついた。
そして大声で死にたい理由を叫んだ。
「あのっ………私……失恋したんです!!」
「はぁああああ!?」
あまりにもしょーもない理由に、ラバンは素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、そんな理由でか?」
「はい。でも私が自殺したら、陛下が一族郎党根絶やしにするって脅すんですっ」
「……死んじまえば、そんなこと無関係になるだろ?気にせず」
「駄目です!弟はまだ成人前なんですっ。お母様だって、弟の成長を楽しみにしてるんです!!あと、家門が滅ぶ理由が私の失恋だなんて、あんまりじゃないですかっ」
「さあ、人間のことは知らん」
「そんなぁー……ぅうう……ふぇぇっ……ぐすん」
ラバンが嘘偽り無い気持ちを口にすれば、ファルファラはぺしゃりと地面に座り込んでべそべそと泣き出してしまった。
その姿を見てラバンが思ったことは、ただ一つ。
今にも消えてしまいそうなこの女を放って置けないという庇護欲だった。
「主は、俺の牙にも爪にも怯えないくせに、たかだか失恋したくらいで死にたいだんだなんて変な奴だ。だが、面白い。気に入った」
「………は、はぁ。あ、ありがとうございます」
「よし、どんな理由であれ呼び出されたんだ。これは何かの縁だ。俺が、主を殺してやる」
ファルファラは泣きぬれた顔を上げて、ラバンを見上げた。
「ほ、ほんとう?」
「ああ。俺は人間と違って嘘はつかない」
ぱああっと顔を輝かせるファルファラに、ラバンをしたり顔で言葉を続ける。
「ただし、主を殺すタイミングは俺が決める。それまでは自分勝手に死ぬのは許さない。もがいて、あがいて、俺に殺される時を待て」
「は、はい」
拳をぐっと握って神妙で頷くファルファラに、ラバンは満足げに頷いた。
(実際は、いいように丸め込んだだけなのだが、まぁ……一先ず良しとしよう)
これがファルファラとラバンの馴れ初め。
その後、人形となったラバンは、ファルファラの使い魔兼執事となった。
それから色んな事があった。
ただの魔術師だったファルファラは、国王陛下から二つ名を拝命して<慧眼の魔術師>として王の忠実な番犬となった。
住まいを王都の郊外に移して、コモンやクラリを召喚しメイドにした。いつかの王命での魔物討伐の帰りにドワーフを拾って庭師として雇い始めた。
その全てをラバンは、ファルファラの傍で見守り、時には手を貸し、守り、導いた。
でも、ファルファラは知らない。
ラバンは主の一番の願いを叶える気は無いことを。
そして、主に温もりを与えてくれる人間が表れてくれることを切に願っていることを。
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