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おかしい。お愛想で可愛いと言われてただけなのにドキッとするなんて

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 惚れた女性が、誰の目にも恋愛対象外だとわかる先生の暴走を止めるために腕を掴んでも、浮気。

 惚れた女性が、同じく恋愛の『れ』の字も感じさせない先生の暴言を止めるためにタックルかましても、浮気。

 そんな判定を下す狭小男ーーそれがワイアットの主であるアシェル殿下だ。

 とはいえアシェルは、ノアが警戒心を解かず、且つ、すぐに城を去ると駄々をこねたならワイアットが同じ孤児院出身だということを伝えるつもりでいた。

 盲目王子は己の計画を実現するためには、使えるモノは何でも使う。そこに罪悪感など無い。

 ……そう、無いはずだった。だがしかし、予想外にノアがあっさり仮初めの婚約者役を引き受けてくれて、そんでもって己自身がノアを愛してしまった。

 そうなるとワイアットとノアの共通点は邪魔でしかない。

 だって一向に雇用関係から進展しない自分を差し置いて、ワイアットとノアが親交を深めるのを見たくなんて無いから。

 まぁ、アシェルは盲目だ。その瞳に映すかどうか別として、二人にしかわからない会話を横で聞くのは堪らなく面白くない。

 だがらワイアットに、ノアと同じ孤児院出身だと公表することを禁じた。

 恐ろしいほどに私利私欲の命令でしかないが、ワイアットはそれを黙って受け入れた。

「ーーってか、ノア様がさっさと俺のことを思い出してくれたら、俺はこんな切ない気持ちにならなくてすむのに。あ……もしくは、殿下に惚れてくれたら解禁になるんだけどなぁ」

 嘆きなのか愚痴なのか、よくわからないことをぼやくワイアットに、イーサンはうんうんと相槌を打つ。

 ただどちらも今のところ、可能性は低い。

 なぜなら扉越しに聞こえてくるのはアシェルの「頑張れ」というエールだけ。

 脈ありの男女の会話なら、もう少し色気があるものになるはず。なのに届かぬ想いを抱えるアシェルの気持ちを知っている側近としては、聞いているこっちがなんかちょっと切なくなる。

「……ま、まぁ……最悪、グレイアス殿がスパッと解決策を見つけて……あ、噂をすれば」

 ワイアットの肩を抱きながら他力本願でしかない慰めの言葉を呟いていたイーサンは、そのままの姿勢で視線を横に向ける。

 視線の先には、魔術師のローブの裾を揺らしながらテクテク歩くグレイアスとフレシアがいた。

「ーーノア様と殿下はこの中ですか?」

 イーサンとワイアットの前でぴたっと足を止めたグレイアスは淡々とした口調で尋ねる。

「あ、はい」
「そうですか。……って、何ですか?」

 何のためらいもなくドアノブに手をかけたグレイアスに、イーサンは慌てて待ったをかける。

「ちょ、グレイアス殿……空気読みましょうや」
「は?イーサン殿、あなた勤務中なのに酒でも飲んでるんですか??」

 今ここで扉を開けたら身の危険がある為、わざわざ止めてあげたのというのにこの言われよう。イーサンの眉間に皺が寄る。

「……察しの悪い兄で、申し訳ございません」

 すぐ傍にいるフレシアは、イーサンが止めた理由をすぐに理解して深く頭を下げた。
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