天狗の花嫁

明樹

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花嫁の印

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どさりと大きな音と共に背中を打ち付け、一瞬、息が苦しくなる。宗忠さんが、咳き込む俺の上に跨り、冷たい眼差しで見下ろしてきた。


「おまえ、天狗の花嫁になるんだってな。契約したんだろ?あの銀と。あいつがおまえみたいな奴とね…。どんな美人かと思えば男だし」
「違っ…、間違え、た…だけ…」
「ふ~ん、間違えたとしても、契約したのは事実だろ」


そう言うと、宗忠さんは俺の制服のシャツを掴んで、一気に両側へと引っ張った。ボタンがあちこちへ飛び跳ねる。そして、俺の身体を見て、とても楽しそうに笑い出した。


「ははっ、本当に印が付いてるじゃないかっ。傑作だ。男の平らな胸に花嫁の印ねぇ…」


俺の左胸にある桜の花びらの印を、指でぐっと押してくる。その手がするりと俺の腹に滑り下り、宗忠さんが、俺の身体を舐めるように眺めた。


「ふ~ん、おまえ、中々綺麗な肌をしてるんだな。色も白いし、顔もまあ可愛いし。銀は間違えて契約したんだろ?じゃあ、おまえは要らないって事だよな。可哀想だから俺が女にしてやるよ…」
「は…?」


ーーなんか、恐ろしい事を言われた…。い、嫌だっ。銀ちゃんならまだしも、こんな奴に触られるなんてっ。絶対にい、や…………あれ?今、俺何を思った…。


俺が恐怖に顔を引きつらせていると、宗忠さんが俺の両手を押さえて顔を近付けてくる。俺は顔を背けて、力の入らない足をめちゃくちゃに動かした。すると、偶然にも宗忠さんの身体のどこかに当たり、彼が怯んだ隙に彼の身体の下から這いずり出した。俺は、力を振り絞ってほふく前進で前へ逃げる。すぐに宗忠さんが追って来て、俺の脇腹を蹴り上げ仰向けにした。


「ぐっ、…っ、げほっ…」
「痛いよねぇ。俺も痛かったよ。あんまり舐めた真似すると許さねえぞ…」


脇腹を押さえて呻く俺の上にもう一度跨り、顔を覗き込んできた所を、今度は思いっきり引っ掻いてやる。


「このガキがっ!」


頬に鋭い衝撃を感じ、涙が滲んでくる。じんじんと熱を持って痺れてきて、殴られたんだとわかった。
宗忠さんが、引っ掻かれた顎を触って指に付いた血を見ると、鬼のような形相で今度は反対の頬を殴ってきた。俺の口の中に鉄の味が広がる。


ーー清の兄さんて、クソ野郎だな…。清の方がよっぽど出来た人間だよ。…や、待って…。銀ちゃんの事、知ってる風だった…。てことは、人間じゃ、ない…の…?


もはや怒りのあまり、人間とは思えない恐ろしい顔をした宗忠さんが、俺の胸の上に乗って、ぎりぎりと首を絞めてきた。


「ふん、どうせ、銀はおまえの事なんて要らないんだろ。ちょうどいい、俺が始末してやる。おまえが死んだら、あいつも今度こそ、いい女と契約し直すだろうよ」
「…ぎ…ち…そ、ん……」


反論したくても、苦しくて声が出せない。目からはぽろぽろと涙が溢れ、口の端からは涎が流れ落ちていく。宗忠さんの腕を掴んで離そうとするけど、力が入らなくてびくともしなかった。


ーー銀ちゃん…、俺、こんな奴の顔を見ながら死ぬのは嫌だ。どうせ死ぬのなら、銀ちゃんの傍で…。


「凛…凛…っ」


遠退く意識の中で、今一番会いたい人の声が、微かに聞こえたような気がした。


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