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第2章

第22話 三日が経ったころには

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 ベラトがアルデさんに稽古を付けてもらうようになって三日が経ったころには、フォッテスわたしの目から見ても、その技量はみるみるうちに上がっていた。

 ベラトは幼い頃から、地元の警備隊員やお父さんに稽古を付けてもらっていたし、その才能も認められていたから、相当な腕前になっていたことに間違いはない。だから領主様主催の武芸大会で本戦にまで勝ち残ることが出来て、しかも予選の戦いぶりから、優勝候補の一人に名前を連ねるまでになったのだけど……

 にもかかわらず、わずか三日でさらに技量が伸びたものだから、もう本当にびっくりで……

 だからわたしは、冗談交じりでベラトに言った。

「もしかして、地元での稽古では手を抜いていたんじゃないでしょうね?」

「もう、そんなわけないじゃないか。アルデさんが凄すぎるんだよ」

「そっか。でも、それについて行けるベラトも凄いと思うよ」

「いや、ついて行けてるというか……今でもアルデさんは加減してくれてるんだけどね」

 わたしたちは、手狭なキッチンで二人並んで夕食を作りながら、そんな会話をしていた。

 地元から領都まで通うのは無理があるし、コンディション調整も難航するので、武術大会の期間中だけ借りたアパートで暮らしている。こちらの環境に体を慣らさないとだし、どんな選手達がいるのかを見定める必要もあるし。

 ティスリさんとアルデさんは旅館に宿泊しているというので驚いたけど、もちろん、わたしたちにそんなお金はない。約一ヵ月半ほどの滞在をするなら、宿屋よりアパートを借りて、そこで自炊したほうが安上がりなのだ。

 そんなことを前に話したら、ティスリさんが事もなげに「なら、わたしがお金を出すから旅館に泊まりなさい」などと言ってくれたが、さすがにそこまで甘えるわけにはいかないので丁重にお断りした。

 そんなことを思い出しながら、わたしは、隣でニンジンを切っているベラトに言った。

「ところでさ、あの二人って絶対付き合ってるよね?」

「あの二人って……アルデさんとティスリさん?」

「そうそう。付き合ってなかったとしても両思いだって」

「でも二人とも、違うって言ってたじゃないか」

「それはさぁ、何か事情があるんだよ。少なくともわたしの見立てでは、ティスリさんは絶対にアルデさんのことが好きだと思う」

「そうかな……? その割には、なんだかいつもぶっきらぼうだけど」

「もう、ベラトは女心が分かってないなぁ」

 ベラトは地元でもけっこうモテていたのに、それに全然気づかず、剣術の稽古に熱中している子供だったからなぁ。

 こういう色恋沙汰に疎いのも仕方がない……けど、実の姉としてはちょっと心配になってくる。

「ところでさ、アルデさんの凄さなんだけど」

 わたしの心配をよそに、ベラトはまた剣術の話をし出した。

 もぅ……ほんっと、恋愛には興味ないみたいね……

「ぼくは今の実力で限界だと思ってたんだけど、ぜんぜんそんなことなかったんだよ」

「それはアルデさんの教え方が上手だから?」

「それもあるけど、それ以上にアルデさんの実力かな」

「どういうこと?」

「いくら『早く動け』と言われたって、練習相手の速度以上に動けるはずなかったんだよ。だけどアルデさんは、驚くほどの速さで体さばきをするでしょう?」

「そうね。わたしには見えないよ」

「うん、ぼくにもほとんど見えてないんだけど、それでも頑張って足掻いてるうちに、アルデさんが言った通りに『目が慣れてくる』んだ。そうすると、ある瞬間にアルデさんに追いつけるようになるんだけど、そうしたらアルデさん、さらに早くなっちゃんだよ。ほんと参っちゃうよなぁ……」

 普段は大人しいベラトが、驚くほど饒舌に言ってくる。よほどアルデさんに心酔しちゃったんだろうけど……

 ……この子、実は男性が好きだなんてこと、ないよね?

 よくよく考えてみれば、今までベラトは、お父さんを始め警備隊の男性陣によく可愛がられていて……女性と接することなんて、わたしとお母さんくらいだったんじゃ……同世代の女の子は、遠巻きにベラトを見つめていたりはしてたけど。

 ま、まぁ……だったとしても、アルデさんにはティスリさんがいるし。

 それに度量の広い姉としては、たとえベラトが男の人を好きになったとしても応援してあげるつもりだし?

 なんて考えていたら、玄関扉のブザーが鳴った。

 この領都で、わたしたちを尋ねてくる人なんていないはずだけど……

 だからわたしは不思議に思いながらも言った。

「あ、もしかしてアルデさんたちかしら?」

 何か用があって訪ねてきたのかもしれない。

「ベラト、わたしが出るからお鍋を見てて」

「分かったよ」

 火元の番を交代すると、わたしは「はーい」と声を掛けながら玄関に向かう。

 そして玄関扉を開けると──

「──え?」

 そこには見知らぬ男性が複数いて──

「ん──!?」

 気づいたときには、わたしは口元を塞がれていた。
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