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4》あり得ない事態
しおりを挟む目が覚めたのは自室の布団の上だった。
手にはあのハンカチが握りしめられていた。
関節が白くなっている。服は寝巻きに変わっていた。身体もスッキリしてるから拭いてもくれたのだろう。
ちょっと怠い。頭もぼんやりしてる。ゴロンと横向きに転がり、ぼんやりハンカチを見遣っていた。
カフェ行きたかったなぁ…。
白くなった関節を撫でて手を緩める。手の感覚がなくなってる。着せ替えて貰ってる時もハンカチは離さなかったのだろう。
ハンカチを掴む手を手で包み口許に押し当てた。スゥッと僅かな残り香を吸い込む。
ーーーー落ち着く…。
兄たちとは違う落ち着き。
心は浮つきながらも胸がきゅっと締め付けられる様な切なさが起きるのに安堵が広がる。落ち着ける場所を見つけた気分だ。
あの文は『彼』が書いたのだろう。残念ながら、文面には彼の事は書かれてない。名も知らぬ彼。
会いたいなぁ…。
ハンカチを胸に抱きしめて身体を丸める。トクトクと穏やかだが大きな心音と振動が全身を占めていた。緩やかな眠りへ誘って行く。
次に目が覚めた時、辺りは夕闇に包まれていた。襖が開く音に布団から顔を出す。
「大丈夫か?」
兄たちが様子を見に来てくれたようだ。夕飯ができたのだろうか。夕食の香りが漂ってくる。
「大丈夫。何が起きたのかよく分からないんだけど…」
もっそり起き上がった。猫っ毛の髪は盛大にクシャクシャだろう。大兄さまが側に来てくれた。小兄さまは知らせに向かってくれたようだ。
大きな手で乱れた髪を優しく手櫛で整えてくれながら、あらましを語ってくれた。
フェロモンの共鳴が起きてしまったらしい。向こうは相性が良かったと思ってるらしく、良い返事を待ってるようだとも教えてくれた。
「共鳴? それはあの人じゃない。起きたとしたら後ろの人だよ」
枕元の水差しからガラスコップを受け取って喉を潤し、言葉を継いだ。やっと言えた。
ぼんやりと聞いてた私が興奮し出した様子に水を渡してくれたのだ。落ち着けという事だろうが、これが落ち着けるかッ。慌てて否定する。興奮してさっきは上手く喋れなかった。
あの男と共鳴?
冗談じゃない。無理ッ!
そばに兄がいてくれて良かった。あの男の舐めるような視線では間違いがありそうな雰囲気だった。後ろの男が居たから、それはなかっただろうが、断言はできない。彼らの関係性を私は知らないから…。
兄の表情が読めない。
私はとんでもないところに流されそうになってると感じて心臓が冷えた。舵を切らないと意に沿わない事になりそうだ。
きゅっと抱きしめられた。背中を優しくトントンと叩いてくれる。少し落ち着いて来た。見合い相手はあの時さっさと退室しようとしていた。気遣ってくれたのはあの人だった。
「着替えたら来なさい。父に話してくる」
話は食後という事になった。お腹が空いていたのだろうか。空腹は良からぬ事を考えさせる。空腹で考えるな。我が家の家訓のようなものだ。箸を進めていくと気分が良くなって来た。一旦問題は頭の隅に。
穏やかに夕食の時間が過ぎる。話題に見合いの話は省かれ、すっかり忘れていつもの楽しい夕食であった。
場所を移して、家族会議となった。母はお茶を淹れている。
兄から大体の話は聞いてたが、共鳴は少々危ない事態になりかけていたらしい。
見合い相手が暴走しそうになったらしいのだ。私が共鳴した相手がその男ではないから当てられただけで自制が効かないとなると、益々あの家門は駄目かもしれない。
兄のαの圧と側仕えの男の抑えで最悪の事態にはならずに、帰って来れたらしい。
「困ったな…」
報告を聞き終わった父がポツリ漏らした。
ハイヤーで兄たちに介抱されて帰ってきた私への対処で説明は後回しになっていたようだ。事の粗方しか聞けてなかったのだろう。大体の予想はしてたようだが、想像を上回っていた様子だ。
相性が悪いとなれば、『ご縁がなかった』とお断りすれば良いだけなのだが、共鳴事象があった。番う相手がそこに居る。見合い相手は気づいてるかどうかは分からないが、自分が番だと言ってるだろう。
まだ相手方から連絡はないが、良い返事を待ってるはずだ。ここで向こうから話に乗り込んで来たら作法もへったくれもない最悪の家だ。
家門的には『ご縁』が無い訳ではないのも事実で…。
お断りしてしまったら、彼に会えなくなってしまう。かと言って、このまま進めば見合い相手と婚約となる。
急激な共鳴で気を失った私を襲おうと迫ってきた最悪の相手だ。お相手にはなりたくない。次に会ったら全身で拒否反応が起きそうだ。吐くね、絶対吐くッ。
手の中のハンカチを握っていた。慌てて膝の上で皺を伸ばして、撫でていた。父と兄たちの話は続いてる。出口が見えない。
会いたい…。
「あらあら、お断りするればいいじゃない」
座卓にお茶を出しながら、やんわりと母が言って来た。切り分けた羊羹を準備してる。
ぼんやりとその手元を見てると母が大きめに切ってくれた羊羹を差し出してくれた。
私の好きなお店のだ。
お見合いの間に足を伸ばしてくれたようだ。
「だが、五鈴の番があっちに居るんだぞ?」
父が話してるので、目と口パクでお礼を母に伝える。ニッコリ返してくれた。
ハンカチをポッケに入れて羊羹の乗った銘々皿を手にする。菓子切りを手に羊羹と対峙。艶々してる羊羹に気持ちも目も釘付け。
一口サイズに切って、パクッとお口に。
美味しい…。
ほっこりと味わう。
ん?
今、とっても恥ずかしい単語を聞いたような…。
「お断りして、こちらから文をそのお相手に送れば良いじゃないですか」
母は配り終わって、自分の前のお茶を手にして、なんて事はないといった顔で宣っている。
「五鈴のお相手のお名前ぐらい、調べはついてるんでしょ?」
男衆の顔を順繰り見て、私に視線を合わせた。
ん?
「番のお方ってハンサムさん?」
「つ、番ッ!」
顔から火が出そうだ。さっき引っ掛かってた単語ッ!
言葉を交わした事もない。声は聞いたけど。名前も知らない人なんですけどぉ~。
喉に羊羹が引っ掛かった。慌てて銘々皿を置いてお茶を流し込む。
「ま、まだ番だと決まった訳ではなくて…」
あわあわとなりながら否定してるけど、否定したくない気持ちあって混乱してくる。
「ん? で?」
母は、らしくない私の様子をニッコリ受け止めて先を促してくる。質問に答えろと促してくる。
「お母さまも会ってます。後ろで控えてた大きな方です」
観念して、モジモジもごもごと答えていた。下を向きそうになりながらも、頑張って母の目を見ながら答える。
「大きくて、どっしりした四角い感じで、黒いキリッとした目をしてて、短くした黒髪がとっても似合ってて、手が大きくて、声が低くて心地よくて…」
顔が赤くなってると思う。熱い。母はニコニコして聞いてくれてるけど、何を話してるのか分からなくてなってきて、両手で顔を覆ってしまった。
恥ずかしいッ!
「うふふ、あの方ね。五鈴は、その方に会いたい?」
耳の中で心臓が鳴ってる。そこに母の穏やかな声が流れてくる。
「会いたい…」
ぽやっと口を突いて言葉が転がり出て来た。伏せた顔を覆った手の中に呟いていた。
顔を上げた。
皆が見てる。
「お会いしたいですッ」
顔を真っ赤にしながらもはっきりと宣言した。
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次、会えるかな?( ̄▽ ̄;)
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