婚姻適齢限界(過ぎたら無理矢理って…嫌に決まってる)

アキノナツ

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5》書簡

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「まぁ、そうなんだが……それで良いのか?」

 父が腕組みして悩んでる。

五鈴いすずはΩだが、男性だし慣例から外れてないと思うよ」

 ちい兄さまが頭の中を確認するように言葉を繋いでる。

 何やら複雑な事になってる(?)ようだ。3人が難しい顔をして話している。自分の事だが他人事にような不思議な気分で眺めていた。

 どうやら文箱を送る方向で話が進んでる。女性から求婚や見合いの申し込みなんて今まで聞いた事はないから、悩んでるのはその辺りの事なのだろうか…。

 えーと、女性が申し込む時は…、他家を挟んで打診するんだったか?
 ウチには女子は居ないから慣例を詳しくは知らない。男ばかりの家だったから、必要性を感じなかった。私がΩだと確定してからは悩ましい事案ではあったが…。母は士族の出だし、両親のは参考にさえならない。

 いきなり文箱で求婚した父だから…。まったく慣例無視だね。大体の体面は保ってる感じかな。自由にやってる気がする。そもそも私が嫁に行く事態にならないように動いてた人たちだ。

 婚約の申し出などあちこちあったらしいが、当の私が引き篭もって家を出ていく意思を示してなかったのが問題だった気もする。全然そんな気が起きなかったのだ。申し訳ない。

「名前や家の方の調べはついてる。五鈴と番えばアイツの方が筆頭になると思うから、総宮そうぐうの家の仕来りだと、次期の座が変わる事になるな。あー、これって揉めるかな…」

 おお兄さまが先の心配を口にしてる。なんの話だろう…。ピンとこないな。また変わっちゃうってお家騒動?

 私としては、送って良いんだったら準備したいなぁ…。

 ザワついてた気持ちも落ち着いて来て、残った羊羹を完食し、お茶で一服してると母が小さく手招きしてるのに気づいた。
 コソッと四つん這いで兄の後ろを通って母のところへ。

「明日、お買い物に行きましょう」

 耳元で囁くようにお誘いのお言葉。くすぐったいけど、ときめいた。母は私がしたい事を察してくれてるらしい。彼の手に触れる紙は、どんなのがいいだろう。明日が楽しみだ。

 私たちを他所に話は進んで…否、停滞、迷走していた。




「お母さま、あっちじゃないのですか?」

 お目当ての品物がある商店はあっちなのだが、ハイヤーを降りてテクテクと歩いて行く先は百貨店だ。私は反対方向を指差したが、母は意に介していない。

「いいから、いいから」とニコニコと私の手を引いて向かって行く。
 母が浮かれてる。だって、さっき何もないところで躓いていた。咄嗟に支えたが、「あらぁ~」と誤魔化してたが、終始笑顔だ。私にお礼を告げながらも鼻歌でも歌いそうな上機嫌。

「さぁ、どれにしましょうかねぇ」

 連れて来られた売り場の品々を目の前に私は立ち尽くしてしまった。私は透かしのあるようなふみの紙を買いに来たつもりだったのに、そこにはカラフルな便箋と封筒。書く物に変わりはないのだが…。

「万年筆は持ってたわよね」

「持ってるよ…」
 愛用の万年筆はあるけど…。

「私も一度使ってみたかったのよ。使うのは、あなただけど…あら、これ良いわね。買っちゃおうかしら」

 絵が描かれた物を手にしている。封筒は封をする部分がレースのように波型に縁をカットされた物や型押しで薔薇の形が浮き出た物など様々…。

 インクも色とりどりで…心踊る売り場だった。店員さんも微笑み見守ってくれている。声を掛けるまではそこで控えてくれてるようだ。

「あの…文箱で、ではないのですか?」

 あまりの事態にオロオロと動揺していた。

「あら、あなたまでそんな事を言うの? 私は文を送れば良いって言ったでしょ? ハンカチをお返ししたいとかなんとか書いて、お手紙を送れば良いのよ」

 母は品定めに忙しそうだ。手元から目を離さず話してる。

 そうか…。確かにそれで良いような気がする。お礼のお手紙か。そうだねッ。

 彼は分家の人間だったみたいだし、外聞的には本家云々で面倒なんだろうが、個人的な事なら大丈夫じゃないか。

「ほら、彼氏さんに送るならどれ?」

 なるほどね、と納得して気もそぞろの私の袖を引っ張られた。

「か、彼氏って…ッ」

 ボンッと顔から火が出る勢いで熱が上がった。気持ちが緩んだところへの衝撃の単語を投げられて、動揺してしまう。
 手で顔を扇ぎながら、誤魔化すように便箋を眺めた。

 母とあれこれ話しながら、封筒と便箋、店員に勧められたインクも購入した。
 書く前から気分が高揚する。

 帰宅してすぐに机に向かった。朝早くに出かけてカフェにも寄らずにまっすぐ帰って来たので、まだ日も高くもなってないから、急いで書けば今日中に届ける事も可能だ。

 新しいインクを使い、初めての便箋に文字を書き入れていく。埋まる文字に気持ちを込めて書き綴って、選びに選んだ封筒にそれを入れ、封をして胸に抱いた。

「急がないと…」

 帰ってすぐに兄にあの人の住所と名前を教えてもらった。宛先の文字を指でなぞる。

総宮そうぐう静司せいじ

「静司さん…」
 そっと呟く。

 財布とそれを学生時代に使っていた帆布製の雑嚢ざつのうに入れて斜め掛け。

 部屋を飛び出し自転車を引っ張り出した。人力もハイヤーも呼ぶ時間が勿体ないというか待てない。後ろで誰かが呼び止めるような声がしてたが気の所為だろう。



「おや、藤堂とうどうの坊ちゃん。どうしました?」

 午前は終わってしまったが、まだ間に合うだろうか。

「お願いが…んっ、ハァハァ、郵便をッ、今日中に、ハァハァ、届けて、欲しいッ」

 その場にいた人が皆見ている。恥ずかしいなんて言ってられない。自転車を飛ばして来て息が切れてる。久々に飛ばした。昔はもっと飛ばせたはずだったが、引き篭もってからは、たまに乗っても全力で飛ばした事はなかった。あの頃は息切れなんて起こさなかったのにッ!

「取り敢えず、はい、お水」

 湯呑みに入った水を一気に呷った。手の甲で口を拭う。生き返ったぁ~。

「ありがとうございます」
 空の湯呑みを返して礼を告げた。

 この郵便局は昔からお世話になってる。家業などの書簡や書籍の取り寄せでココ留めにしたりもしてた事もあって出入りしてたので知り合いも多い。
 彼の住所ならここからの配達になるはずだ。

「どちらへのですか?」

 こぢんまりとした局の中は人は少ないが忙しく配達の準備がされてるようだ。できればあの中に入れて欲しい。早くあの人に届けて欲しい。

 肩から下げた鞄から手紙を出す。

「ここへ。本人に必ず渡して欲しんだ」

 あの人以外に渡したくない。『静司さん』に渡して欲しい。まかり間違えて、あの見合い相手に渡ったら嫌だ。住所は別だが、近い。間違って届けられる事はないだろうけど、回り回って届いたら嫌だ。

 封筒の裏書きは本来なら住所と名前を書くんだが、誰かに見られて何か言われるのは嫌だし、変な気を回されてアイツに渡ったりしたらと思い、住所なしでイニシャルを組み合わせたような物にしてる。

 幼い頃、持ち物に母が書いてくれてたのを真似て書いてみた。
 中を見れば誰だか分かるが…。百貨店からの帰りに色々考えての結論。

 今、父が正式な断りの文を遣いを立てて送ってるはずだ。もしかしたら、多分、側仕えと思われる彼は本家に行ってるかもしれない。配達員が本人に渡すなんて不可能なのに、私は気持ちが逸ってどうにも判断がおかしくなっている。

 本当は自ら行きたいんだが、兄が宛先を教えてくれる時に釘を刺して来た。刺されてなかったら行っていた。

「んー…では、『親展』としてお出ししましょうね」

 ああ、そうすれば良かったんだ。そんな事も忘れていたなんて恥ずかしい。

 封書を受け取って住所を確認したり裏書きを見たりしてた局員が手続きを始めてくれた。事情を察してくれたようだ。

「ごめんなさい。慌てて…失念してた」

 切手などのお金を払う為に財布を準備しながら謝る。やっと落ち着いてきた。

「あはは、大丈夫ですよ。坊ちゃんが慌ててるなんて。珍しいのが見れました。えーと、当日便だから…金額は…今の便で配達できるので、夕刻前には届きますね」

 しょんぼりしている私に昔から知ってるおじさんはカウンターの向こうで忙しく手を動かしながら、温和な笑顔で対応してくれる。
 諸々の費用を計算して明細を記入した紙を差し出しながら予定を告げてくれた。本来なら午後の便に回されるのに、割り込ませてくれるようだ。感謝。

「ありがとうッ」

「いえいえ、きっと届けますからご安心を」

 夕刻には彼は家に帰ってるはずだから、今日中に彼の手に届く…多分。…もしかして、住み込みだったりする?
 疑問が湧いてきて、彼の事を何も知らない事に不安になる。兄たちに尋ねれば分かるだろうか…。

 礼を告げて郵便局を出た。自転車が横倒しで転がっていた…。きちんと停めたつもりだったが…。
 みっともなさに顔を伏せて、自転車を立て直し乗る。

 私はどんなに慌てて来たんだ…恥ずかしいなぁ…。





===============


恥ずかしいが積み重なっていく~( ̄▽ ̄;)

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