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9》着地
しおりを挟む無言でハンカチを綱引き…。
力では敵う訳がないのに拮抗してる。手加減してくれてる状態で宙に浮くハンカチはぴくりとも動かない。
ハンカチと静司さんのお顔を目で行き来…。彼は…考えておられる…。
考えてくれてるって事はこの縁は切れないかもしれない。押してしまうかどうするか…。
買いか売りか…相場に似てる。ここは……。
ハッ!
ハンカチが自分側へ動いた。
自分でも分かる。この浮ついた気持ち。きっと香りも湧き上がってるが、抑えられない。
「そのハンカチは、お渡ししますが「ありがとうッ、よろしくお願いしますッ」
離れていく彼の大きな手を即座にハンカチを掴んだままの手で、両手で包むように掴んだ。ハンカチをくれるって事は了承ですね。
握った手をブンブンと振りたいんだけどビクともしないので、目一杯力を込めて握った。何か言いたげだけど、嬉しいので気にしない。気持ちは高揚してるが、気分は落ち着いてる。
「お友達だね。嬉しいなッ」
満面の笑みだと思う。ソファからお尻が離れてる。中腰のままニコニコ。小兄さまが私を支えてと言うか掴んでるが気にしない。目の前のこの人との縁が繋がって私は嬉しいのだ。嬉しいッ。
彼の片手が口と鼻を咄嗟に覆ったが、すぐに外し膝の上に拳になってる。
眉が僅かに動いてるだけ。気分は落ち着いてきてるから一瞬は強い香りが広がったかもだけど、もう大丈夫だと思う。でも、凄い精神力だと他人事のように思った。
「あ、あの……よろしく、お願い、しま、す…」
背中をトントンしてるのは大兄さま。気にしない。静司さんの声をうっとり聞き入っていた。なんだか歯切れが悪く語尾は消えそうなんですけど……気にしない。
「静司くん、すまない」
父が何か言ってるが、気にしない。気にしないったら気にしないのだッ。
パンッと軽く手を打つ音が響く。
「さぁ、カステラをいただきましょう。お茶を替えましょうかしらね。五鈴、なんなら静司さんのお隣りに移動したら?」
仕掛けられたお見合いもどきは終了したらしい。
母が立ち上がると場の空気が変わった。母はいつも私の味方だ。父や兄たちは困った顔をしているが気にしないぃ~。
兄たちの手を解いて静司さんの横に腰を据える。半分彼の方を向いて座った。お顔を間近で見たい。見上げてます。大兄さまと高さは同じぐらい。身体の厚みは静司さんの方が胸だけじゃなくて腕も下半身もどっしり。どうやって鍛えてるんだろう…。
それにしても、膝が彼に接触する勢いで近づいたのに、僅かに隙間が出来るようにいつの間にか移動してるッ。
私としては少しでも接触してる方が落ち着くんですがッ。
「五鈴…それは恋人の距離感だ…」
大兄さまがため息まじりに指摘してきた。
「いいじゃない。親睦を深めてるんだから、そんな風に言わないの」
母がやんわりと言ってくれた。母は味方ッ。
「「「「親睦…」」」」
母と私以外の男衆が異口同音で呟いた。そうです、親睦です。目を逸らされてる気がするんですけど、じっくり観察です。
慣れてきた気がします。変な動悸も少し波打つぐらいになってきてます。ふんすッ。
母がお茶を配膳してます。
「この紅茶は母のお気に入りなんです。静司さんは普段どんなお茶を、というか好みは?」
「ふ、普段は、番茶を。好みは煎茶ですかね…」
出された茶器を一礼で手にして、私の質問に真面目に答えてくれる。真面目さんだ。
「静司さんは甘いのは好みですか?」
静かにカップ口をつけてるその唇から目が離せない。この唇が動いてあの声が発せられる。もっと聴きたい。
「好きですよ。最近、あれはどこだったか、あそこの豆大福が良かったですね。焼いても美味いんです」
手が熱い餅を摘んでひっくり返すような仕草でちょいちょい動き出した。
話しやすい。さっきまで緊張してただけかも。とっても静かで低いけどよく通る声が心地良い。目尻に笑い皺かな…ちょっとクシュとなるんだ。
「カステラも好きなんですか?」
目の高さに銘々皿を持ってニッコリしたら、こっちを向いて話してくれてた静司さんの顔が急に曇った。
「あ、それは…旦那さまに言われて…もう旦那さまでもなくなりますが…」
ん?
「静司さん、追い出されちゃった?」
やっぱりと思いながらもあの家門に腹が立つ。
「あ、いえ、ま、まだ…」
嘘のつけない人。だから黙ってるんだ…。
「ごめん。私の所為で追い出されちゃうんだね…」
パクリとカステラを頬張る。カステラを睨みつける。憎たらしい家門の当主というか次期当主野郎にも腹が立つが、食べ物に罪はない。美味しいのに悔しい。玄関で怒鳴り散らしてた奴が当主だったか。プンプン。
もぐもぐ…
待てよ…静司さんの縁を持ってくれたのは、次期当主のあの男って事か? そうだな、名前も忘れたが許してやろう。
「五鈴、百面相になってる…」
小兄さまに指摘された。
「だって、美味しいのに悔しいし、許せないけど、嬉しい事を運んで来てくれたから、許そうって思ってね。静司さんも食べよう、美味しいよ」
静司さんを見上げたら、キョトンと私を見てくれてる。
「食べよう?」
もう一度言った。
「はい」
食べてる。
美味しいねってニッコリしたら微笑み返してくれた。ちゃんと目を見れる。大きな身体を小さくして私の目の高さに出来るだけ合わせようとてくれてる。優しい人なんだ。
みんなの香りが静かに広がってる。心地良い…。
コーヒーの香りだと思ったけど、香ばしいお茶の香りのようにも感じた。ほっこりする。
秘密のお手紙交換をする事にした。今日話したような事を書こうと提案して了承を得た。勝ったぁ~ッ。万歳したい気分。
帰り際、静司さんは腕を引かれて父と二人だけで少し話をしてた。父はどこかでまた会うような約束を取り付けているようだった。お仕事の話のような雰囲気なので、口は挟まない。褒めて欲しい案件ですよ。
自分で褒めてやるッ。仲間はずれとかズルイとかは思わないけど、ちょっと拗ねちゃうゾ。
「静司くん、機会があれば筋肉について語ろう。美味い酒も用意するよ」
大兄さまが帰る静司さんに約束を取り付けようとしてる。私の静司さんは人気者だ。
「あーもー、みんなしてッ。私の静司さんですッ」
腕に抱きついて大兄さまにベーっとしてやった。みんな私より仲良くなり過ぎです。めちゃくちゃ笑われた。静司さんまで笑ってる。
静司さんの腕は思った以上に固くて太かった。大兄さま、負けてます。
「次の機会に」
静司さんがにこやかに承諾してる。固さが取れて自然体な感じです。
これは…私が約束を取り付ける前に会える機会がわんさかという事では?!
ありがとうございますッ!
文句を言ってごめんなさい。謝り納めです。
そんなこんなで手を振り見送る。門に消えて行くまでじっと見送った。
===============
歩み寄り(⌒-⌒; )
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