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番外編

未来へ

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 ミシェルが六歳になった頃、ミレールは男の子を出産した。
 この子の名前はルシード。黒髪に紫色の瞳。産まれた当初はノア寄りの顔立ちだった。
 待望の跡継ぎだった為、オルノス侯爵家の皆が大いに喜んでいた。
 ただ、その影でミシェルが一人で不貞腐れていることをミレールは把握していた。
 弟が産まれた時は笑顔で喜んでくれていたが、屋敷の皆がルシードの誕生に沸いていてミシェルは寂しさを感じてしまったようだった。

「なんでみんなルドばっかなのっ……? なんでミシェのことかまってくれないの?」

「そんなことありませんわ。あなたのお父さまもお祖父様もお祖母様も……みんなミシェルが大好きですよ。もちろん母さまもミシェルのことが大好きです!」

 眠っていたルシードをアルマに預けて、ミレールは自分の部屋で椅子に座り、ミシェルを膝の上で抱きしめていた。
 ぎゅうっと抱きしめてくる柔らかな体に、この上ない愛しさを感じる。

「ほんとに? ルドよりすき?」

「えぇ、ミシェルが一番ですわ」

 泣いた顔を上げていたミシェルの瑠璃色の目元にキスをし、ミレールはにこりと微笑んだ。
 途端にパァーッとミシェルの顔に満面の笑みがあふれる。

「ミシェもかあさまが一番すき!」

「母様もミシェルをとても愛してますわ」

 親にとって子供とは、一番も二番もなく皆可愛いものだ。だが今はミシェルが不安を感じているので、あえてこう言っている。
 小さな体をぎゅうっと抱きしめ、不安を取り去るように惜しみない愛情を注ぐ。

「父さまもミシェルが大好きだぞ!」

「あ、とうさま!」

 いつから帰って来ていたのか、唐突に扉からノアが入って来た。ノアの帰宅にさらに笑顔になったミシェルが膝からピョンと飛び降りると、ノアの元まで一目散に走って行く。

「ノア?! おかえりなさい……」

 いつもより随分早いノアの帰宅にミレールは驚いていた。

「ハハッ、帰ったぞ。ミシェルに会いたくて早く帰って来たんだ」

 ミレールは椅子から立ち上がり、ゆっくりと扉から入って来たノアの元へと歩いていく。
 ミシェルを軽々抱き上げ、ノアはミシェルを愛しそうに抱きしめながら話している。

「ほんと?」

「あぁ。父さまは嘘つかないからな。それにミシェルに会いたいって来てくれた人がいるぞ」

「え? だれ?」

「ミシェル!」

「あっ! ジャスだぁ~!」

 ひょこっと扉から現れたのはレイリンの息子、ジャスティンだった。ジャスティンは第一王子で未来の王太子。
 銀色の髪にルビーのような赤い瞳。ミシェルと同じ六歳なのだが、すでに顔付きが大人びており、話し方もしっかりしていた。レイリンに似た美少年で、ミシェルのことを気にかけてくれている。
 
「遊びに来たよ」

「わぁ~、嬉しい! やった~! 遊ぼ、遊ぼっ!」

 先ほどまでの悲観な感情などどこかへ消えてしまったようにノアの腕から降り、ミシェルははしゃいでジャスティンの手を引っ張っている。

「ノア、さぁ出ましょう」

「いや、だが……未婚の男女を二人きりにさせるのはっ――」

 いつも遊んでいるおもちゃセットを引っ張り出しているミシェルとジャスティンの傍らで、ノアはよくわからない嫉妬のような感情を露わにしていた。

「何を言ってますの? まだ子供ですのよ?」

「ミレールはわかってない! 王子殿下はミシェルを狙ってるんだ! あんなに可愛いミシェルに何かあったらどうするんだ?!」

 親バカ全開の発言に、ミレールは呆れて言葉を失っていた。

「とりあえず、入り口からそっと見てろって」

「あっ……」

 腕を引っ張られ、開いた扉から二人の様子を見守っている。たとえ子供でも男女が二人きりになるときにはこうして扉を開けて置かないといけない。

「じゃあ、ミシェが奥さん役ね!」

「わかったよ。じゃあ僕が旦那さん役だね」

 マットを敷いたおままごとのテーブルや椅子を出し、楽しそう遊んでいる子供たちの様子をノアとミレールは遠くから隠れて見ていた。

「ほら、奥さん。僕の膝の上に乗って」

「は~い」

 ミレールはここですでに飛び出していきそうなノアの腕を掴んで止めた。

「なっ……!」

 ノアがバッとミレールを見ていたので、無言で首を横に振る。
 思い留まったノアは眉間に皺を寄せながら、再び扉の近くで二人の様子を観察していた。

「奥さんは僕が好き?」

「うん! ミシェはジャスが好きだよ」

 もうすでにおままごとなのか実際のやり取りなのか、曖昧になってしまっている。

(まぁ……、随分ジャスティン殿下は積極的に行動されてますわね。ミシェルはまだわかっていないのか、遊びだと思っているのか。ですが、はたから見たら普通に恋人のやり取りをしてますわ)

 チラッとノアを見ると、二人を見ながらギリッと歯軋りをしている。

「そっか、良かった! 僕と一緒だね。じゃあ早めに結婚して、子供もたくさん作ろっか」

「こども? 結婚するとこどもができるの?」

「んー……、ちょっと違うね。好きな人同士が結婚して、また僕たちみたいな子供を作るんだ」

「ふ~ん、そうなの? ジャスってものしりだね! じゃあジャスと結婚してミシェもこどもつくる!」

 段々とやり取りが生々しくなってきて、ノアが掴んでいた扉を破壊しそうな勢いで手に力を込めている。

「約束だよ、奥さん。僕と婚約するって」

「わかった~!」

「ちょっと待ったーー!!」

 ここまでの会話でついにノアが切れたのか、二人が遊んでいる部屋までズカズカ乗り込んでいく。

「あっ、ノア!」

 ノアの行動を止めることができなかったミレールも慌てて後を追う。

「殿下……、これはおままごとですよね?」

「そうだよ?」

 未だにミシェルを膝の上に乗せて話しているジャスティンに、ノアは引き攣ったような笑顔で話している。

「ミシェルはまだ子供なんです。遊びに乗じて約束事を取り付けるのはおやめくださいッ」

「何を言ってるの? これはおままごとだよね。ノアは子供の遊びを本気にとってるの? 大人なのに?」

「……くっ!」

 やはりミシェルと同い年でも王族は格が違うのか、ノアを手玉に取るように話を優位に進めていっている。

「ノアッ! ジャスティン殿下、わたくし達は席を外しますので、ごゆっくり遊んでいってくださいませっ」

「ミレール、まだ話は終わってない!」

 ノアの親バカな行動に痺れを切らしたミレールがノアの腕を引っ張り、再び扉へとどうにか連れ出そうとしている。

「いい加減にしてください! ほら、行きますよ」

「待てって……!」

 なんとか部屋の外に連れ出して、興奮しているノアを諌めて背中を押していく。

「もう! 子供の遊びに口を出すのはいけません。二人はまだ六歳なんですよ?」

「……同じ男としてわかる。殿下はミシェルを狙ってるんだ!」

 親になってからノアも変わった。
 色恋沙汰に鈍感だったノアが、ミシェルのことに関しては随分敏感になっているように思う。

「はぁ…………、だとしても、それはミシェルが決めることですわ。幼い頃に婚約する貴族も少なくありませんし、まだ二人は友人関係なのですから」

「ミレールはいいのか?! ミシェルが王族と一緒になれば、いらない苦労をしなければいけないんだぞ!」

 ノアにもノアの考えがあるのか、やはりミシェルを心配して行動しているであろうことはよくわかった。

「……ノア」

「俺はマクレイン殿下をずっと見てきたからわかる。王族は華やかなだけじゃないんだ」

 それはミレールとて理解していた。ノアの言いたいことももちろんよくわかる。
 親として子供の行く先には小石の一つも落ちていてほしくない、というのが本音だ。
 しかし、本当に子供の幸せを願うのならば、それだけではダメだということもよくわかっていた。

「それでも、よろしいのでは?」

 ミレールの記憶もすべて吸収した今では、ノアの言いたいこともわかっているつもりだ。

「それを決めるのは貴方でもわたくしでもなく、ミシェル自身ですわ。婚約したからと、すぐに婚姻に結びつくわけでもありませんでしょう? 王太子妃になることが大変なのは、わたくしが一番よくわかってますわ」

「っ」

 ノアの腕を掴み、ミレールも切実にノアへ訴えていく。
 これまでのミレールの経験があってこそ言える言葉の重みに、ノアも言い淀んでいるようだった。

「人生どうなるかなど、誰にもわかりませんわ。いつどこで運命の相手に出会うのかも、予測などできませんもの」

 これは、今まで様々なことを経験してきたミレールの言葉だ。

「わたくしも数奇な運命を送ってきましたが、そのおかげでノアと出会えました」

 ノアの凛々しい顔を見ながら、落ち着かせるように笑顔で話していく。

「良いことも悪いことも、すべてがミシェルのために存在してますの。ですから親のエゴで、あれもこれもダメだと決めつけるのはいけませんわ」

 にこりと優雅に微笑むミレールに、ノアも少し落ち着きを取り戻してきたのか、ミレールの肩を掴んで深いため息を吐いていた。

「――はぁ……、あんたには、敵わないな。まぁ、たしかに俺達の馴れめも、褒められたもんじゃなかったな」

「ふふふっ、仰る通りですわ。けれど今となっては後悔など一つもしていません。ノアと一緒になれて、この上なく幸せですもの」

 素直に自分の気持ちを語っていくミレールに、次第にノアの瑠璃色の瞳にも熱が籠もっていく。

「っ、ミレールっ……」

「もちろん、なんでも行き過ぎはよくありません。親として正すべきことは正し、見守るべきところは見守らなければいけませんわ」

「……わかった」

 肩を掴んでいたノアの手がミレールの顎を捉え、ぐいっと上を向かせた。

「ノア?」

 凛々しい顔が近づき、瑠璃色の瞳をゆっくりと閉じている。

「んっ……!」

 しっとりと重なった唇にすぐに舌も入り、頬に添えられた手に温もりを感じる。

「んぅっ……、はっ、……んんッ」

 ノアの気持ちを代弁するように腔内を蹂躙する舌の動きに、ミレールの劣情も次第に刺激されていく。

「はぁ……、あんたが好きだ。ずっと、愛してるっ」

「わたくしもっ……、ノアだけですわ」

 ノアの言葉がミレールの心に心地良く響く。
 乱れた呼吸を整えながら離れた唇がまだ足りないミレールは、熱に浮かされた潤んだ瞳でノアを見ていた。

「なぁ、せっかく早く帰って来たし、俺達も部屋に行かないか?」

「そ、それは……、どういう……」

「俺は兄弟がいなかったから、もう一人くらい子供が欲しいと思ってるんだけどな」

 ノアも熱の籠もった瑠璃色の瞳で不敵に笑いながらミレールをジッとみつめている。

「~っ!」

 意図せず、ドクンッと心臓が大きく跳ねた。 
 この台詞は、最近のノアのベッドへの誘い文句でもあった。

「イヤか?」

 カァーっと頬が赤く染まっていく。
 嫌なわけがない。
 ルシードが生まれて三ヶ月が経つが、すでに早い段階でノアと濃厚な夜を過ごしていた。

「い、いえ。わたくしも……ノアとの子供なら、何人でもほしいですわ」 

「ホントか! じゃあ、決まりだな」

「――はい。わかりましたわ」

 恥ずかしさに伏し目がちに返事を返していると、またノアの唇が重なり、今度はさらに激しく奪われていく。
 これから訪れるであろう情事を想像し、ミレールの心も身体も甘い期待で満たされていく。


「いい、ミシェル。あれがお手本だからね」

 ジャスティンとミシェルは扉の影からノアとミレールのやり取りを密かに覗き見ていた。

「父さまと母さまが? おばあさまとおじいさまも、いつもあぁしてるよ?」

 当たり前のことのように首を傾げながらジャスティンの隣で話している。

「オルノス侯爵家は素晴らしいな。僕たちも見習わないとね」

「う~ん? そうなの?」

「うん。ミシェルも僕とあんなふうにしたいでしょ?」

「わかんないけど……、ジャスはミシェが好きなの?」

「もちろん! ミシェルは僕のお嫁さんにするからね。絶対にっ――」

 ルビーのような赤い瞳が怪しく光り、まだ物事がわからないミシェルに向かい無害な笑顔を向けている。

「んー……、わかった! じゃあ、ジャスはミシェだけのものだからね!」
 
「――ッ! ……はははッ! 約束するよ、僕はミシェルだけのモノだ」

 この後、王室からジャスティンとミシェルの婚約を取り付ける書簡が届くことは言うまでもなかった。



                   完
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