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要請(You say!!)1
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部屋に着いて、一息つく。……間もなく、フェデルが話しかけてきた。
「次は筋トレですね」
満面の笑顔を向けてくる。
え?今からやれと?限界まで走らされた後なのに、休憩もなしで?
……頭おかしいんじゃないだろうか?
……ああ、こいつは疲れていないから、そんな事が言えるんだろうな。腹立つ。
一応、コイツは私の執事なのだから、ご主人様の様子くらい、察してくれてもよいだろうに。そんなに疲れているのが分かりにくいだろうか……?
……隠している人間が思うことではないことは、理解しているが。それにしたってこう……常識的に考えてだな。すぐに筋トレなんてさせなくても良いだろうに……。
と、こんな風に愚痴を言っていても、本人を前にすると言えないのだから、意気地がない。
これが圧力ならば、きっぱり、ノーと言えたのだが、期待だとそうもいかない。要は頼られるのに弱いのだ。これが長女の性なのか、個人の問題なのか、分からないけれど、損してるよなあ。と思う。
そうは分かっていても、やめられないのが、また難儀な性質なのである。
「何からはじめますか?」
どこを鍛えたいのか、と言うことだろう。それは決まっている。
「腹筋で」
「腹筋ですか?」
「そう、ばきばきに割ってやりたいのよ」
「そ、そうなんですか……」
私が、力を込めて言うと、フェデルは引きつった笑いを見せた。引いているのだろうか?
まあ男性として、女性の腹筋バキバキは、見ていて複雑なものがあるのかもしれない。
「腹筋……となると、私が足を押さえていた方が、よろしいのでしょうか?」
遠慮がちにこちらを伺ってくる。
……何も考えてなかった。ただ、腹筋が割りたかったので、そのまま口に出した結果がこれだ。
然し、私は筋トレに詳しいわけではない。だから、体力測定の時に行う、誰かに抑えてもらう必要のある、腹筋の鍛え方、しか、知らないわけで……。
私の弟は水泳部だった。彼ならば、違う腹筋の鍛え方も知っていたかもしれない。いや、きっと知っていただろう。ここに来る前に、聞いておけば良かったな……。
まあ、運動のうの字を見ただけで、眉を顰める私は、異世界転移にでもならない限り、筋トレの方法なんて聞かないんだろうけど。
どうにか、足を押さえてもらわずに、腹筋出来ないか、考えてみた物の、思いつかない。
頭によぎるのは、無理やり、一人で腹筋しようとして、足が浮いた挙句、起き上がれなかった思い出だ。つまりあれは、押さえる人間がいないと出来ない代物なのだろう。……筋肉がある人は出来るのかもしれないが。
たっぷりと数秒悩んだ挙句……いや、結論自体はすぐに出ていた。ただ、悪あがきの時間……というか、要は心の準備がしたかったのだ。
たった数秒では、心の準備が出来た。とは言いがたい。然し、これ以上悩んでいても、結論は変わらないのだから、さっさと終わらせてしまったほうがいいだろう。そう考えた私は、静かに頷く。
「そうだな。頼む」
私は、いつの間にか、引かれていた布の上に寝転がると、フェデルはガシッと私の両足を掴んだ。反射的に、〝やばい、逃げられない〟と言う気持ちが湧き上がり、体を震わせる。何故そんなことを思ったのかは不明だ。特に足を掴まれる事にトラウマがある、と言うわけでもないのだが……。
「大丈夫でしょうか?」
フェデルが心配そうにこちらを見つめる。
ほら、不信感をもたれてしまった。彼は何も悪くない、と言うのに……。
いつもなら、人に申し訳ない、と思うことの少ない私だが、今回ばかりは、流石に申し訳ないと、少し思わなくはない。だからといって謝りはしないけど。
「大丈夫だ」
端的にそれだけ伝えると、手をクロスさせ、大きく息を吸う。彼は申し訳なさそうな顔を引き締め、少し、私の足に体重を乗せる。
ぐっと力を込め、上半身を起こす。すると目の前いっぱいに、フェデルの顔が広がった。
彼はこちらを見て、にっこり笑っている。その顔はまるで、〝よく出来ました〟といっているかのようで……。
「やっぱ、チェンジで」
「な、何故でしょうか」
目の前の顔は、〝何か自分が悪いことをしたのだろうか〟といっているように見える。
単に腹が立つから。それだけである。然し面と向かって、そう、言う訳にもいかない。これを伝えるくらいなら、不誠実でも無視したほうが、マシだろう。
そう思ったので実行してみる。
足を押さえている手を、丁寧に引き剥がす。彼は何を思っているのか……、抵抗はしない。説明を待っているのかもしれない。私には説明する気がないというのに……。哀れな奴だ。
黙って立ち上がり、部屋を出ようとすると、ようやく彼も、説明してもらえないことに気がついたようで、物音を立てる。立ち上がったのだろう。そして、私が丁度、ドアノブに手をかけたと同時に、声を上げた。
「ど、どこへ行くんですか?」
彼の声は慌てていたがこれも無視。というか何処に行く、とは特に決めておらず、答えようがなかった……というのが正しい。
♱
部屋を出ると、特にどこに向かう、と言うわけでもなく歩く。問題は場所ではない。誰かに出会えればいいのだ。
ふらふらとしていると、こっちに向かってメイドが歩いてきた。
別に彼女はこちらに用がある、と言いたいわけではなく、ただ、純粋に、この先に行きたいのだろう、という意味である。
何故彼女が、こちらに用がない事が、分かるのかというと、そもそも、私の世話をするのは、フェデルの役割で、それ以外の使用人とは、殆ど関わらない。
そうじゃないと、専属使用人という肩書きが無駄になってしまう。
だから、彼女が用事があったとしても、フェデルに対して、であって、私に対して、では絶対にない。まあフェデルに対しても用事はなさそうだが。
何せ彼女はこちらを見向きもしない。それよりも重要な用事がある、と言わんばかりの必死さで、こちらに向かってきている。
忙しそうなところ悪いが、声をかけることにした。
クラスメイトの顔すら覚えていない私だが、彼女のことは覚えている。
何故かと言うと、小さかったからだ。
綺麗な銀髪を小動物の耳のようにツインテールにしている。
私のような歳の者がしても、あざとい、と揶揄されそうな髪型だが、彼女のような小さな子にはよく似合っていた。
この間の後ろ姿からは分からなかったが、顰めた表情をしていても顔立ちが整っていることが分かる。
彼女に声をかけたのも、記憶に残っていたことで、勝手に親近感が湧いていたのかもしれない。
目的のためには、誰かには声をかける必要があったわけだしな。それなら少しでも知っている人物を、と選んだ結果なのだろう。
「すいません、なにか急いでるんですか?」
彼女の歩くスピードは意外と早い。その小さな体でどうしたらその速度が出るのだろうか?と疑問に思うほどだが、それほどまでに急いでいる、ということなのだろう。
だからこそ、まだ遠いうちに声をかける。女性としては、はしたないかもしれないが、やむを得ないだろう。そのまますれ違ってもらっても困る。
彼女は私の声を聞くと、こちらを見上げ、立ち止まる。
その表情は、〝話しかけられてようやく気付いた〟とでも言っているかのようだった。
……真剣になりすぎて、こちらに気付いてなかったのだろうか?
そんなことは、起こり得ない。……とは言い切れないが、相当集中してないと、気がつかない。なんてことは起こらないだろう。だって真正面にいるんだからね。どう頑張っても、視界に入ってくる。
「人を探してるんです」
彼女は、目を伏せた。
そうすることによって、長かった睫毛が、より際立って見える。まるで人形のようだ。
「次は筋トレですね」
満面の笑顔を向けてくる。
え?今からやれと?限界まで走らされた後なのに、休憩もなしで?
……頭おかしいんじゃないだろうか?
……ああ、こいつは疲れていないから、そんな事が言えるんだろうな。腹立つ。
一応、コイツは私の執事なのだから、ご主人様の様子くらい、察してくれてもよいだろうに。そんなに疲れているのが分かりにくいだろうか……?
……隠している人間が思うことではないことは、理解しているが。それにしたってこう……常識的に考えてだな。すぐに筋トレなんてさせなくても良いだろうに……。
と、こんな風に愚痴を言っていても、本人を前にすると言えないのだから、意気地がない。
これが圧力ならば、きっぱり、ノーと言えたのだが、期待だとそうもいかない。要は頼られるのに弱いのだ。これが長女の性なのか、個人の問題なのか、分からないけれど、損してるよなあ。と思う。
そうは分かっていても、やめられないのが、また難儀な性質なのである。
「何からはじめますか?」
どこを鍛えたいのか、と言うことだろう。それは決まっている。
「腹筋で」
「腹筋ですか?」
「そう、ばきばきに割ってやりたいのよ」
「そ、そうなんですか……」
私が、力を込めて言うと、フェデルは引きつった笑いを見せた。引いているのだろうか?
まあ男性として、女性の腹筋バキバキは、見ていて複雑なものがあるのかもしれない。
「腹筋……となると、私が足を押さえていた方が、よろしいのでしょうか?」
遠慮がちにこちらを伺ってくる。
……何も考えてなかった。ただ、腹筋が割りたかったので、そのまま口に出した結果がこれだ。
然し、私は筋トレに詳しいわけではない。だから、体力測定の時に行う、誰かに抑えてもらう必要のある、腹筋の鍛え方、しか、知らないわけで……。
私の弟は水泳部だった。彼ならば、違う腹筋の鍛え方も知っていたかもしれない。いや、きっと知っていただろう。ここに来る前に、聞いておけば良かったな……。
まあ、運動のうの字を見ただけで、眉を顰める私は、異世界転移にでもならない限り、筋トレの方法なんて聞かないんだろうけど。
どうにか、足を押さえてもらわずに、腹筋出来ないか、考えてみた物の、思いつかない。
頭によぎるのは、無理やり、一人で腹筋しようとして、足が浮いた挙句、起き上がれなかった思い出だ。つまりあれは、押さえる人間がいないと出来ない代物なのだろう。……筋肉がある人は出来るのかもしれないが。
たっぷりと数秒悩んだ挙句……いや、結論自体はすぐに出ていた。ただ、悪あがきの時間……というか、要は心の準備がしたかったのだ。
たった数秒では、心の準備が出来た。とは言いがたい。然し、これ以上悩んでいても、結論は変わらないのだから、さっさと終わらせてしまったほうがいいだろう。そう考えた私は、静かに頷く。
「そうだな。頼む」
私は、いつの間にか、引かれていた布の上に寝転がると、フェデルはガシッと私の両足を掴んだ。反射的に、〝やばい、逃げられない〟と言う気持ちが湧き上がり、体を震わせる。何故そんなことを思ったのかは不明だ。特に足を掴まれる事にトラウマがある、と言うわけでもないのだが……。
「大丈夫でしょうか?」
フェデルが心配そうにこちらを見つめる。
ほら、不信感をもたれてしまった。彼は何も悪くない、と言うのに……。
いつもなら、人に申し訳ない、と思うことの少ない私だが、今回ばかりは、流石に申し訳ないと、少し思わなくはない。だからといって謝りはしないけど。
「大丈夫だ」
端的にそれだけ伝えると、手をクロスさせ、大きく息を吸う。彼は申し訳なさそうな顔を引き締め、少し、私の足に体重を乗せる。
ぐっと力を込め、上半身を起こす。すると目の前いっぱいに、フェデルの顔が広がった。
彼はこちらを見て、にっこり笑っている。その顔はまるで、〝よく出来ました〟といっているかのようで……。
「やっぱ、チェンジで」
「な、何故でしょうか」
目の前の顔は、〝何か自分が悪いことをしたのだろうか〟といっているように見える。
単に腹が立つから。それだけである。然し面と向かって、そう、言う訳にもいかない。これを伝えるくらいなら、不誠実でも無視したほうが、マシだろう。
そう思ったので実行してみる。
足を押さえている手を、丁寧に引き剥がす。彼は何を思っているのか……、抵抗はしない。説明を待っているのかもしれない。私には説明する気がないというのに……。哀れな奴だ。
黙って立ち上がり、部屋を出ようとすると、ようやく彼も、説明してもらえないことに気がついたようで、物音を立てる。立ち上がったのだろう。そして、私が丁度、ドアノブに手をかけたと同時に、声を上げた。
「ど、どこへ行くんですか?」
彼の声は慌てていたがこれも無視。というか何処に行く、とは特に決めておらず、答えようがなかった……というのが正しい。
♱
部屋を出ると、特にどこに向かう、と言うわけでもなく歩く。問題は場所ではない。誰かに出会えればいいのだ。
ふらふらとしていると、こっちに向かってメイドが歩いてきた。
別に彼女はこちらに用がある、と言いたいわけではなく、ただ、純粋に、この先に行きたいのだろう、という意味である。
何故彼女が、こちらに用がない事が、分かるのかというと、そもそも、私の世話をするのは、フェデルの役割で、それ以外の使用人とは、殆ど関わらない。
そうじゃないと、専属使用人という肩書きが無駄になってしまう。
だから、彼女が用事があったとしても、フェデルに対して、であって、私に対して、では絶対にない。まあフェデルに対しても用事はなさそうだが。
何せ彼女はこちらを見向きもしない。それよりも重要な用事がある、と言わんばかりの必死さで、こちらに向かってきている。
忙しそうなところ悪いが、声をかけることにした。
クラスメイトの顔すら覚えていない私だが、彼女のことは覚えている。
何故かと言うと、小さかったからだ。
綺麗な銀髪を小動物の耳のようにツインテールにしている。
私のような歳の者がしても、あざとい、と揶揄されそうな髪型だが、彼女のような小さな子にはよく似合っていた。
この間の後ろ姿からは分からなかったが、顰めた表情をしていても顔立ちが整っていることが分かる。
彼女に声をかけたのも、記憶に残っていたことで、勝手に親近感が湧いていたのかもしれない。
目的のためには、誰かには声をかける必要があったわけだしな。それなら少しでも知っている人物を、と選んだ結果なのだろう。
「すいません、なにか急いでるんですか?」
彼女の歩くスピードは意外と早い。その小さな体でどうしたらその速度が出るのだろうか?と疑問に思うほどだが、それほどまでに急いでいる、ということなのだろう。
だからこそ、まだ遠いうちに声をかける。女性としては、はしたないかもしれないが、やむを得ないだろう。そのまますれ違ってもらっても困る。
彼女は私の声を聞くと、こちらを見上げ、立ち止まる。
その表情は、〝話しかけられてようやく気付いた〟とでも言っているかのようだった。
……真剣になりすぎて、こちらに気付いてなかったのだろうか?
そんなことは、起こり得ない。……とは言い切れないが、相当集中してないと、気がつかない。なんてことは起こらないだろう。だって真正面にいるんだからね。どう頑張っても、視界に入ってくる。
「人を探してるんです」
彼女は、目を伏せた。
そうすることによって、長かった睫毛が、より際立って見える。まるで人形のようだ。
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