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第1章/終わりの始まり
声優志望のわたしたち
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「ねぇ、知ってる? うちの高校の七不思議」
藪から棒に、真向かいに座る南野成実が言った。
成実はずっと握りしめていたスマホを机に置いて、マスクを外すと魔法瓶に入った飲み物を口にする。
ほっこりと湯気が立って、あったかそうでうらやましい。わたしのミルクティーのペットボトルはすっかり冷めていた。
わたしと成実、そして喜多就也の三人だけの教室は、上靴の足先がジンジンするほど寒い。まだ下校時刻の六時になってないのに暖房を切るなんて、先生は無慈悲だ。
「ちょっと羽鶴、聞いてる?」
喉にやさしい特製はちみつレモンを飲む成実が、じぃっとねめつけてくる。慌てて「ごめん」と言った。
「その『ごめん』は知らないってこと? それとも聞いてなかったってこと?」
「……聞いてなかった」
「もー羽鶴はこれだから! ――就也は?」
「知らないな」
就也はあっさり答えた。整った顔が夕陽に照らされて、就也の顔を見慣れてるわたしでもちょっとドキッとしてしまう。つい目線をそらした。
結露でくもった窓の向こうは思ったより明るい。二月に入ると、少しだけ日が長くなったように感じる。
就也は指折り数えてみせて、
「誰もいないはずなのに返事が来る花子さんのトイレ、放課後になると段がひとつ増える階段、笑うベートーヴェンの肖像画、動く模型の骸骨、死に顔が映る鏡、幽霊が出る講堂くらいしか知らない」
「めっちゃ詳しいじゃん!」
まったくつっかえずに明瞭な発音で七不思議をそらんじる就也に、成実がツッコんだ。
そしてチラッとスマホを一瞥して、
「じゃあ七つ目。――〈カナコちゃんの呪い〉は?」
初耳だ。
わたしは首を振るけど、就也は心当たりがあるようだった。
「聞いたことある気がする。確か、織屋先輩が言ってた気が」
「ああ、演劇部のやたらうるさいオタクの先輩ね。あたしは文芸部の友達に聞いたんだけど――うちの高校にね、昔自殺した女子がいたの。その子の名前がカナコちゃん。カナコちゃんには夢があって、その夢のためにずっと努力してたんだって」
「夢って?」
「噂だと、小説家だったか漫画家だったか。……でも、どうしても叶わなかったから自殺したの」
就也が「へえ」と返す。でも目線は、手の中のスマホに注がれていた。
「で、それ以来、この学校にいる『夢が叶った生徒』をカナコちゃんは呪うんだって」
「え、嫉妬ってこと?」
迷惑な話だ、と思った。
「まあ、そうなるよね」
「呪うって、具体的には? 殺したり怪我させたり?」
就也が無意味にスマホの手帳型ケースをパタパタさせながら訊いた。
「ううん、そうじゃなくて――」
〈カナコちゃんの呪い〉の具体的な内容に、思わず力が抜ける。
「ショボいな」
就也に同意。あまりにもくだらない『呪い』だった。
「でも、カナコちゃんに呪われた人は最後には死ぬんだって」
なんでそうなるの、と言おうとしたところで、ふいに成実が眉根を寄せた。
「でも、もしこの噂が本当だったらさ、――今日の結果次第じゃ、あたしたちも呪われるかもね」
そう言って、スマホの画面を見せてきた。ゴシックでレトロポップなデザインのロゴが目に入る。
――『新世代声優育成企画・Arome CirCusプロジェクト オーディション結果発表』
ああ。成実ってば、せっかく話をそらそうとしていたのにね。
「そうだな」
同じくスマホを気にしないようにしていた就也も、観念してそのウェブページにアクセスする。
わたしはブレザーのポケットのスマホをそろりと撫でた。
壁の時計を見ると、午後四時五十七分。
「あと、三分切ったね」
そう二人に確認すると、成実は眉根を寄せた。
「羽鶴、なんでそんな冷静でいられるの?」
「なんでって言われても」
「このオーディションの結果次第では、あたしたちの未来が左右されんのよ?」
「おーげさだなぁ」
「全っ然大袈裟じゃないわよ! 声優としての輝かしい未来かどん底の将来か、生きるか死ぬかの問題なのよ!」
成実がどこまでも真剣に言った。さっきの「呪われるかも」発言は、成実の頭から抜けちゃったみたいだ。まあ呪いなんてこの世に無いしね。
わたしたち――成実、就也、そしてわたし・小山内羽鶴の三人は、声優志望だ。
就也は小学校から、成実は中学校からの友達。去年の春、高校進学と同時に同じ声優養成所に入所した。
部活もそろって演劇部――といっても、うちの高校は進学の方に力を入れているから、週に二度だけのゆるふわ活動なんだけど。
「成実、羽鶴にあたるなよ。……ま、気持ちは分かるけどな。『アロサカ』は近年まれに見るビッグプロジェクトってやつだから」
「そーよっ、なんとしてでもモノにしたいの!」
去年の秋の終わり。わたしたちは高速バスに乗って、長野から東京にオーディションを受けに行った。
『Arome CirCusプロジェクト』。
通称アロサカは、いわゆる『中の人』が高校生限定というコンセプトの企画で制作されるアニメだ。
しかも芸歴はいっさい関係なし。純粋にオーディションで決める、という趣旨で。
「養成所に入ってないまったく初心者でもOKなんて、思い切ったこと考えるよねぇ……」
何度も目にしたサイトの紹介ページを見て、ぼやく。
「企画全体のコンセプトが『若い声優を育てる』だからな。オーディションに受かって役をモノにしたら、デビューはもちろん、アロサカ企画主宰のレッスンに費用免除で通えて、人によっちゃ生活費の援助までしてくれるってんだから」
「それが最高! ぶっちゃけソレ目当てで受けた子がほとんどっしょ」
「そーなの?」
「そーよっ!」
お金がかかるのよ、と成実は強調した。
「毎月のローン支払いが大変なんだから……って、羽鶴には分かんないかぁ。オジョーサマだもんね」
成実がわざとらしくため息をつく。
お嬢様じゃないってば。うちはふつーの中流家庭だってば。
――なんて、ちょっとムッとしたのに、
「……思いっきり声優の勉強ができて、仕事までさせてもらうなんて、夢みたいなことだよね」
成実がそうつぶやいた。少しだけ影がさすその瞳に、ムッとした気持ちが消える。
藪から棒に、真向かいに座る南野成実が言った。
成実はずっと握りしめていたスマホを机に置いて、マスクを外すと魔法瓶に入った飲み物を口にする。
ほっこりと湯気が立って、あったかそうでうらやましい。わたしのミルクティーのペットボトルはすっかり冷めていた。
わたしと成実、そして喜多就也の三人だけの教室は、上靴の足先がジンジンするほど寒い。まだ下校時刻の六時になってないのに暖房を切るなんて、先生は無慈悲だ。
「ちょっと羽鶴、聞いてる?」
喉にやさしい特製はちみつレモンを飲む成実が、じぃっとねめつけてくる。慌てて「ごめん」と言った。
「その『ごめん』は知らないってこと? それとも聞いてなかったってこと?」
「……聞いてなかった」
「もー羽鶴はこれだから! ――就也は?」
「知らないな」
就也はあっさり答えた。整った顔が夕陽に照らされて、就也の顔を見慣れてるわたしでもちょっとドキッとしてしまう。つい目線をそらした。
結露でくもった窓の向こうは思ったより明るい。二月に入ると、少しだけ日が長くなったように感じる。
就也は指折り数えてみせて、
「誰もいないはずなのに返事が来る花子さんのトイレ、放課後になると段がひとつ増える階段、笑うベートーヴェンの肖像画、動く模型の骸骨、死に顔が映る鏡、幽霊が出る講堂くらいしか知らない」
「めっちゃ詳しいじゃん!」
まったくつっかえずに明瞭な発音で七不思議をそらんじる就也に、成実がツッコんだ。
そしてチラッとスマホを一瞥して、
「じゃあ七つ目。――〈カナコちゃんの呪い〉は?」
初耳だ。
わたしは首を振るけど、就也は心当たりがあるようだった。
「聞いたことある気がする。確か、織屋先輩が言ってた気が」
「ああ、演劇部のやたらうるさいオタクの先輩ね。あたしは文芸部の友達に聞いたんだけど――うちの高校にね、昔自殺した女子がいたの。その子の名前がカナコちゃん。カナコちゃんには夢があって、その夢のためにずっと努力してたんだって」
「夢って?」
「噂だと、小説家だったか漫画家だったか。……でも、どうしても叶わなかったから自殺したの」
就也が「へえ」と返す。でも目線は、手の中のスマホに注がれていた。
「で、それ以来、この学校にいる『夢が叶った生徒』をカナコちゃんは呪うんだって」
「え、嫉妬ってこと?」
迷惑な話だ、と思った。
「まあ、そうなるよね」
「呪うって、具体的には? 殺したり怪我させたり?」
就也が無意味にスマホの手帳型ケースをパタパタさせながら訊いた。
「ううん、そうじゃなくて――」
〈カナコちゃんの呪い〉の具体的な内容に、思わず力が抜ける。
「ショボいな」
就也に同意。あまりにもくだらない『呪い』だった。
「でも、カナコちゃんに呪われた人は最後には死ぬんだって」
なんでそうなるの、と言おうとしたところで、ふいに成実が眉根を寄せた。
「でも、もしこの噂が本当だったらさ、――今日の結果次第じゃ、あたしたちも呪われるかもね」
そう言って、スマホの画面を見せてきた。ゴシックでレトロポップなデザインのロゴが目に入る。
――『新世代声優育成企画・Arome CirCusプロジェクト オーディション結果発表』
ああ。成実ってば、せっかく話をそらそうとしていたのにね。
「そうだな」
同じくスマホを気にしないようにしていた就也も、観念してそのウェブページにアクセスする。
わたしはブレザーのポケットのスマホをそろりと撫でた。
壁の時計を見ると、午後四時五十七分。
「あと、三分切ったね」
そう二人に確認すると、成実は眉根を寄せた。
「羽鶴、なんでそんな冷静でいられるの?」
「なんでって言われても」
「このオーディションの結果次第では、あたしたちの未来が左右されんのよ?」
「おーげさだなぁ」
「全っ然大袈裟じゃないわよ! 声優としての輝かしい未来かどん底の将来か、生きるか死ぬかの問題なのよ!」
成実がどこまでも真剣に言った。さっきの「呪われるかも」発言は、成実の頭から抜けちゃったみたいだ。まあ呪いなんてこの世に無いしね。
わたしたち――成実、就也、そしてわたし・小山内羽鶴の三人は、声優志望だ。
就也は小学校から、成実は中学校からの友達。去年の春、高校進学と同時に同じ声優養成所に入所した。
部活もそろって演劇部――といっても、うちの高校は進学の方に力を入れているから、週に二度だけのゆるふわ活動なんだけど。
「成実、羽鶴にあたるなよ。……ま、気持ちは分かるけどな。『アロサカ』は近年まれに見るビッグプロジェクトってやつだから」
「そーよっ、なんとしてでもモノにしたいの!」
去年の秋の終わり。わたしたちは高速バスに乗って、長野から東京にオーディションを受けに行った。
『Arome CirCusプロジェクト』。
通称アロサカは、いわゆる『中の人』が高校生限定というコンセプトの企画で制作されるアニメだ。
しかも芸歴はいっさい関係なし。純粋にオーディションで決める、という趣旨で。
「養成所に入ってないまったく初心者でもOKなんて、思い切ったこと考えるよねぇ……」
何度も目にしたサイトの紹介ページを見て、ぼやく。
「企画全体のコンセプトが『若い声優を育てる』だからな。オーディションに受かって役をモノにしたら、デビューはもちろん、アロサカ企画主宰のレッスンに費用免除で通えて、人によっちゃ生活費の援助までしてくれるってんだから」
「それが最高! ぶっちゃけソレ目当てで受けた子がほとんどっしょ」
「そーなの?」
「そーよっ!」
お金がかかるのよ、と成実は強調した。
「毎月のローン支払いが大変なんだから……って、羽鶴には分かんないかぁ。オジョーサマだもんね」
成実がわざとらしくため息をつく。
お嬢様じゃないってば。うちはふつーの中流家庭だってば。
――なんて、ちょっとムッとしたのに、
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