【完結】わたしのたまごだったセカイ

鳥谷綾斗(とやあやと)

文字の大きさ
2 / 43
第1章/終わりの始まり

声優志望のわたしたち

しおりを挟む
「ねぇ、知ってる? うちの高校の七不思議」

 藪から棒に、真向かいに座る南野みなみの成実が言った。
 成実はずっと握りしめていたスマホを机に置いて、マスクを外すと魔法瓶に入った飲み物を口にする。
 ほっこりと湯気が立って、あったかそうでうらやましい。わたしのミルクティーのペットボトルはすっかり冷めていた。
 わたしと成実、そして喜多きた就也の三人だけの教室は、上靴の足先がジンジンするほど寒い。まだ下校時刻の六時になってないのに暖房を切るなんて、先生は無慈悲だ。

「ちょっと羽鶴、聞いてる?」

 喉にやさしい特製はちみつレモンを飲む成実が、じぃっとねめつけてくる。慌てて「ごめん」と言った。

「その『ごめん』は知らないってこと? それとも聞いてなかったってこと?」
「……聞いてなかった」
「もー羽鶴はこれだから! ――就也は?」
「知らないな」

 就也はあっさり答えた。整った顔が夕陽に照らされて、就也の顔を見慣れてるわたしでもちょっとドキッとしてしまう。つい目線をそらした。
 結露でくもった窓の向こうは思ったより明るい。二月に入ると、少しだけ日が長くなったように感じる。
 就也は指折り数えてみせて、

「誰もいないはずなのに返事が来る花子さんのトイレ、放課後になると段がひとつ増える階段、笑うベートーヴェンの肖像画、動く模型の骸骨、死に顔が映る鏡、幽霊が出る講堂くらいしか知らない」
「めっちゃ詳しいじゃん!」

 まったくつっかえずに明瞭な発音で七不思議をそらんじる就也に、成実がツッコんだ。
 そしてチラッとスマホを一瞥して、

「じゃあ七つ目。――〈カナコちゃんの呪い〉は?」

 初耳だ。
 わたしは首を振るけど、就也は心当たりがあるようだった。

「聞いたことある気がする。確か、織屋おりや先輩が言ってた気が」
「ああ、演劇部のやたらうるさいオタクの先輩ね。あたしは文芸部の友達に聞いたんだけど――うちの高校にね、昔自殺した女子がいたの。その子の名前がカナコちゃん。カナコちゃんには夢があって、その夢のためにずっと努力してたんだって」
「夢って?」
「噂だと、小説家だったか漫画家だったか。……でも、どうしても叶わなかったから自殺したの」

 就也が「へえ」と返す。でも目線は、手の中のスマホに注がれていた。

「で、それ以来、この学校にいる『夢が叶った生徒』をカナコちゃんは呪うんだって」
「え、嫉妬ってこと?」

 迷惑な話だ、と思った。

「まあ、そうなるよね」
「呪うって、具体的には? 殺したり怪我させたり?」

 就也が無意味にスマホの手帳型ケースをパタパタさせながら訊いた。

「ううん、そうじゃなくて――」

〈カナコちゃんの呪い〉の具体的な内容に、思わず力が抜ける。

「ショボいな」

 就也に同意。あまりにもくだらない『呪い』だった。

「でも、カナコちゃんに呪われた人は最後には死ぬんだって」

 なんでそうなるの、と言おうとしたところで、ふいに成実が眉根を寄せた。

「でも、もしこの噂が本当だったらさ、――今日の結果次第じゃ、あたしたちも呪われるかもね」

 そう言って、スマホの画面を見せてきた。ゴシックでレトロポップなデザインのロゴが目に入る。


 ――『新世代声優育成企画・Arome CirCusプロジェクト オーディション結果発表』


 ああ。成実ってば、せっかく話をそらそうとしていたのにね。

「そうだな」
 同じくスマホを気にしないようにしていた就也も、観念してそのウェブページにアクセスする。
 わたしはブレザーのポケットのスマホをそろりと撫でた。
 壁の時計を見ると、午後四時五十七分。

「あと、三分切ったね」

 そう二人に確認すると、成実は眉根を寄せた。

「羽鶴、なんでそんな冷静でいられるの?」
「なんでって言われても」
「このオーディションの結果次第では、あたしたちの未来が左右されんのよ?」
「おーげさだなぁ」
「全っ然大袈裟じゃないわよ! 声優としての輝かしい未来かどん底の将来か、生きるか死ぬかの問題なのよ!」

 成実がどこまでも真剣に言った。さっきの「呪われるかも」発言は、成実の頭から抜けちゃったみたいだ。まあ呪いなんてこの世に無いしね。

 わたしたち――成実、就也、そしてわたし・小山内羽鶴の三人は、声優志望だ。
 就也は小学校から、成実は中学校からの友達。去年の春、高校進学と同時に同じ声優養成所に入所した。
 部活もそろって演劇部――といっても、うちの高校は進学の方に力を入れているから、週に二度だけのゆるふわ活動なんだけど。

「成実、羽鶴にあたるなよ。……ま、気持ちは分かるけどな。『アロサカ』は近年まれに見るビッグプロジェクトってやつだから」
「そーよっ、なんとしてでもモノにしたいの!」

 去年の秋の終わり。わたしたちは高速バスに乗って、長野から東京にオーディションを受けに行った。
『Arome CirCusプロジェクト』。
 通称アロサカは、いわゆる『中の人』が高校生限定というコンセプトの企画で制作されるアニメだ。
 しかも芸歴はいっさい関係なし。純粋にオーディションで決める、という趣旨で。

「養成所に入ってないまったく初心者でもOKなんて、思い切ったこと考えるよねぇ……」

 何度も目にしたサイトの紹介ページを見て、ぼやく。

「企画全体のコンセプトが『若い声優を育てる』だからな。オーディションに受かって役をモノにしたら、デビューはもちろん、アロサカ企画主宰のレッスンに費用免除で通えて、人によっちゃ生活費の援助までしてくれるってんだから」
「それが最高! ぶっちゃけソレ目当てで受けた子がほとんどっしょ」
「そーなの?」
「そーよっ!」

 お金がかかるのよ、と成実は強調した。

「毎月のローン支払いが大変なんだから……って、羽鶴には分かんないかぁ。オジョーサマだもんね」

 成実がわざとらしくため息をつく。
 お嬢様じゃないってば。うちはふつーの中流家庭だってば。
 ――なんて、ちょっとムッとしたのに、

「……思いっきり声優の勉強ができて、仕事までさせてもらうなんて、夢みたいなことだよね」

 成実がそうつぶやいた。少しだけ影がさすその瞳に、ムッとした気持ちが消える。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

付喪神狩

やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。 容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。 自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル

処理中です...