管理世界が発展しないから、お前ら何とかしろと言う駄女神

久遠 れんり

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第1章 壊された生活と異世界の村

第29話 村で、初めての夜 その2

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 隆君がうとうとし始めて、お開きとなった。
 各自が歯磨きに行ったり、トイレに駆け込んだりし始めた。

 私の部屋は、空いていた3畳程度の広さの所。
 布団は、昼間に村長さんの家へ行って、貰って来てくれていたようだ。

 歯磨きと、洗顔をして。
 ……スキンケア用品がない。
 つい癖で顔を洗っちゃったけど、逆に突っ張るかしら。
 そう思っていたら、後ろから川瀬さんが教えてくれた。

 この薄いお皿のが、ミネラルたっぷりの泥。
 こっちが、へちまとアロエの保湿剤。使った後は、洗い流してね。

 へー、女の人が多いから。いろいろ考えているんだ。
 言われた順で、洗顔をやり直す。

 彼の部屋に行こうかとも思いながら、勇気が出せず。
 多少躊躇をしていると、居間の板戸の隙間から明かりが漏れていた。
 そっと覗く。
 彼が、一生懸命。彫刻刀で文字を彫っていた。

「あれ、どうしたの?」
 覗いている私に気がつき、彼から問いかけられる。
「寝ようと思ったら、明かりが見えたから」

「ああごめん。忘れないうちに、やっておかないとね。何かあると、すぐ忘れちゃうんだ」
「それは何?」
「ああ。ここではね。住人が増えたら、必ず表札を作るんだ。さっきも言ったけれどこの村では、家は共有の財産だから。この家は、今使っています。という意思表示と、見慣れない人がいたときの、紹介がてらかな? 見慣れない人には、特にさりげなく気を遣うんだ。みんな、全然知らないところに放り出されるから、慣れるまではね」
 そう言いながら、かれは優しく笑う。

 そこでやっと、私は気が付いた。
 向こうにいたときの彼と、笑い方が違う。

 向こうにいたときの笑いは。
 そうだ、人に合わせての愛想笑い。
 それに比べると、なんというか自然で。
 そうよね。向こうでは、あのノートに書かれていたことを実践していたにすぎない。

「もう、平均は追わなくなったの?」
 あっ、私は何を。つい口に出してしまった。思わず口を押えて、彼を見る。

 彼は、目を見開いて驚いている。
「……そうか。あのね。久美。 ……川瀬さんが言うにはね」
「久美でいいわよ。どうせ普段から、呼んでいるんでしょう」
 私がそう言って膨れる。
 ふふっと彼は笑う。
 川瀬さんに、そんな相談までしたんだ。

「それじゃあまあ。久美が言うには。今この世界の環境が、俺の思う平均に届いていないという事らしいよ」
「環境が、届いていない?」

「そう。俺が向こうで、平均にこだわって生きていたのを、知られているとは思わなかったけれど。そのペンダントを付けているということは、家のかあさんあたりが、俺の遺品と称して面白がって見せたんだろう。でもそんなことができるのは、きちんとした生活があって。余裕があるからに過ぎない。色々な物が準備されて、自分たちは学校へ行って、勉強をするだけ。それすらも、面倒臭かったりしてね」
 そう言って、また微笑む。

「それが、こっちへ来ると。まあ。今からたった1年前の話だ。家は、この家を借りた。でもね。水一杯ですら、井戸へ汲みに行って、それだけじゃ駄目で、それを沸かして、数時間かけて冷ます。誰かがそれをしないと、コップ一杯の水すら飲めない」

「あれ、井戸って、そのまま飲めないの? 今は水道って、どこかに上水道でも作ったの?」
「いや、俺が妖精たちに頼んで、地下深くから。そのまま飲んでも大丈夫な水を、くみ上げて使っている。それで水道を作った。ついでに、下水も整備して、ここの一段下側に、浄化槽の大きなのを造って。その後さらに、ろ過したものを川へ流すようにしている。それも水質チェックは妖精がしてくれる。彼らは、いろんなものに興味があるから、お願いをすると喜んでくれてね。そのお礼に、魔力を上げると喜ぶんだ」

 そういいながらも、彼の手は、文字を彫っている。

「これでどう?」
 そう言って、私の名前が入った、表札を見せてくれる。
 言っては悪いけれど、普人君たちの文字に比べると、私の文字が上手すぎる。
 これが1年の、彼のしてきた努力の後なんだろう。

「1年で、すごく上手になっているね。みんなに悪いわ」
「ぷふっ。褒めてくれて嬉しいけれど。ああいや。そうか、1年の差と言えばそうだね」
 彼は、何か納得をしてしまった。
「どうしたの?」

「いやまあ。最初来た時は、道具も何もなくてね。ゴブリンの持っていた剣というより、針でこれを彫ったんだ。ほらこれさ」
 と言って、30~40cmある針を見せてくれた。

「彫るというより傷つけたとか、文字通り掘ったが正しいのかもね」
「それなら今は、もっと奇麗に彫れるなら、彫りなおすのは?」
「みんなに聞いてもいいけれど、一応記念だからね。どうだろう?」
「そうね。記念か。たまたまあの事故で、犠牲になった被害者どうしが、暮らし始めるときの。……どうして、見知らぬ男女混合で暮らし始めたの?」

「ああ最初に、火が使えるとか、おかまでご飯が炊けるかとかいろいろね。できるのが、俺だけだったんだよ」
「……私もできない。普人君は。ああ、あの膨大な知識ノートね」
「ぷふっ。知識ノート。あれを見られていたのか。すごいだろ。自分でもよくあんなことをやっていたと思うよ」
 彼は、懐かしそうに、微笑む。

「ただね。予想して平均が取れたとき、すごく気持ちがよかったんだ」
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