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7.地獄の始まり

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 翌日…

「行ってきます…」

 家を出ようとしている輝美の首には、昨日幸美が渡した首輪が付けられている。

「行ってらっしゃい…」

 無理やり作った笑顔の幸美の首には、淡いグリーンのタオルが巻かれている。

 昨日輝美が「気持ち悪いからうなじの噛み跡を隠せ」と命令したら、全く抵抗せずに幸美は従った。



「輝美…俺はいつでも輝美の味方だからね」

 自分のことをパパと呼ぶのも禁じられた幸美は、充血した瞳に少し力を込めて言う。

「お前に言われたくない。余計なこと言うな」

 低い声で牽制するように言って、輝美はドアを開けて出て行く。





 輝美が入ると、ザワザワしていた教室内に一瞬で沈黙が広がった。

 ヒソヒソした声があちこちに聞こえる。



「やっぱりお前、Ωだったんだな!」

 静寂を破ったのは、クラスの中心的人物である入進にゅうすすむだった。

 輝美は心臓を鷲掴みにされたような感覚になる。



「俺は南のこと結構買ってたんだけどな。勉強できるし、それなりに根性あるしさ。でも、昨日αだって嘘を付いたのは、やっぱりΩだよな。すぐバレる嘘を付いてさ、馬鹿だよな」

 入はみんなに聞こえるように大きな声で言う。



「優等生の化けの皮が剥がれたな」

 入の取り巻きの一人が答えて、教室内が陰湿な笑い声に包まれる。

 無数の視線に刺されながら輝美は自分の席に着く。



「俺、Ωのいる教室で勉強できるかな?コイツ、フェロモン出すんだろ?」

 離れた席から疑問の声が飛んでくる。



「俺らでちゃんと監視して、クラスの空気が乱れないように気を配るしかないだろ?」

 入が真面目な声で返す。

「俺らはもう6年生なんだ。Ω1人くらい自分らで管理しなきゃ」



 輝美の後ろの席の生徒が笑いながら輝美の頭をポンポンと叩く。

「可愛がってやるよ。愚かなΩちゃん」



 それは、これから何年も続く地獄の始まりでしかなかった…







 その日から教室内で輝美とまともなコミュニケーションを取ろうとする人はいなくなった。

 かけられる声は悪口と暴言のみ。

 他のコミュニケーションは座っているときに後ろから頭や背中を殴られたり、首輪を引っ張られたり。

 歩いているときにも足を引っ掛けられたり、体を殴られたりした。

 それを生徒たちは「Ωが調子に乗って自分たちを誘惑しないため」の適切な対応だと信じていた。





 輝美が最もショックを受けたのは、ずっと仲良くしていた友達2人さえも輝美を避けるようになったことだった。

「ごめん、俺、中学受験するからさ…」

「親が輝美とは付き合うなって言うからさ…」

 と言い訳らしいことを伝えてきたのが最後の会話だった。

「Ωは生殖に向いた生き物で、勉学には向かない。逆に勉強しようとするαやβの邪魔をする」と巷でよく言われる話を信じているんだな、と輝美は虚しく思った。

 ずっと付き合って知ってもらっていたはずの自分よりも、Ωという性のイメージの方で判断されたのが分かってやりきれなかった。





 輝美に変わらず接してくれたのは、累と蓮の2人だけだった。

 首輪を付けた輝美を見たときは、2人とも驚いてはいたが…

「輝美くん、Ωだったんだ」

 と言っただけで、いつも通りに戻った。



 学年が2つ下なので普段は一緒ではなかったが、時間が合う日は一緒に登下校した。

 放課後もときどきお互いの家を行き来した。



 なんてことないことだった。

 でも、輝美にはそれがたまらなく嬉しかった。
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