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同じようで違う立ち位置。
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リューイはベッドの上でぼーっとしていた。
昨日は約束通りパンケーキをウィリディスと作ったし、そのあとで牧場に足を運んだ。
はじめて見た牛にリューイは感激し、自分の端末の代わりにウィリディスの端末で写真を撮っていた。
幼い子供のように一日はしゃいだためか昨夜はベッドですぐに眠りに落ちた。割りと普段より早い時間に寝たためか目覚めるのも早かった。
とはいえど寝起きで頭はまだ動いていない。
「…今日パーティなんだっけ…」
こちらにきてから楽しくて日付感覚がなくなっていた。
朝起きるとウィリディスの端末を借りてレックスやシルバと話すのが常だったが、今日は少し早い。
フィーディスは通話にでない。しかし少し寂しそうな顔をしてリューイと話をしているのを見つめているらしい。
リューイは話すべきか悩んでいた。話さねばならないだろう。フィーディスとこのまま仲違いしたままというわけにはいかない。
重たいため息をついた。
「…散歩いこう」
まだ朝食までに時間はある。起きたリューイはベッドを降りて部屋を出た。
だが今まで館の内部はウィリディスとともにいたため一人で歩いたことはない。当然迷子になった。
適当に歩みを進めれば外に行き着くかと思ったのだが間違いだったらしい。
どこだここ、と周囲を見回す。
部屋の扉はどこも一緒だし、区別がつかない。
「……迷った。困ったね!」
リューイは独り言をつぶやきながら歩く。執事やメイドとすれ違うも誰もリューイを気にしない。
邪魔になってはいけない、と元居た部屋を探し出す。
足を止めて窓から外を見つめる。いっそ外から行ったほうがいいだろうか。だが勝手に窓を開けるのもはばかられる。
「ウィル…どこにいるかな」
小さくため息をついてから歩き出そうとしたが前から歩いてくる姿にいったん動きを止めた。
黒いスーツに身を固めた男である。ウィリディスではないし、アカテスでもない。
だがその顔立ちは少し二人と似通ってもいた。彼はリューイの姿を見止めると眉をひそめた。
「あの…」
「首輪つきのΩがなぜここにいる」
「え…」
「ここには番持ちのΩしかいないはずだ。お前は首輪つきなのだろう。番のいないΩはいるはずがない」
「俺はウィルの知り合いで…」
「ウィリディスの?ありえない。あいつの求めたΩはクロエただひとりだ。ウィリディスを騙して入り込んだか」
「違う!」
リューイは大きな声で否定した。
だが彼は鼻を鳴らしてリューイの腕を強くつかんだ。そのあまりの強さにリューイは顔をしかめた。
こんなことをされる謂れはない。引きずられるようにして歩き出す。
掴まれた腕は痛む。抵抗するものの力の差は歴然で無駄だった。
「放せっ。俺はウィルと暮らしてるんだ」
「余計に嘘だな。あいつが他人と一緒に暮らすはずがなおのことない」
「本当だってっ」
リューイの声にすれ違う執事が驚いたように見つめてくるが何も言わなかった。
そのまま廊下を進み、朝食を取っていた部屋の前に着いたのがリューイにも分かった。
中で声がする。
「母さん、首輪つきのΩをうちに入れるなんてどういうことですか!」
「ニキアス、リューイくんまで…」
「リューイ?」
大きな音を立てて開かれた扉の向こうにはウィリディスとアクティナがいた。
二人とも驚いた顔をしているし、知らない名前にリューイはきょとんとする。
「ウィリディス、お前もだ。首輪つきのΩなんか連れてきて何がしたい。お前のΩとしての番はクロエのみだろう」
「リューイは番じゃない。それよりリューイの腕を放してくれ」
「だめだ、こいつはこのまま外に連れていく。お前がαとの子供を作るつもりがないのはわかる。だがこんなΩとお前では釣り合いもしないだろう」
リューイの顔色が変わった。
無理やり腕を引けばはじかれたようにこちらを見つめる男。リューイは男をにらみつける。
「…ウィルに…釣り合うなんてはじめから思ってない…でも、それをあんたに言われたくはないっ」
「リューイ、待て」
ウィリディスの止める声があった。リューイはそれを聞かずに部屋をまた飛び出した。
誰よりも自分が思っていることを他人から言われてしまった。想いを自覚してしまった瞬間から、自分とウィリディスの間には超えようにも超えられない溝があることを知ったのだ。
リューイが出て行ってしまえばウィリディスは兄をにらむ。詰め寄ったウィリディスをアクティナが止めた。
「…リューイくんを探してあげたら?彼の香りはあなたが一番わかっているでしょう?それと、ニキアス」
アクティナは笑顔で息子を見つめた。
アクティナとアカテスの長男でウィリディスの兄である男は一瞬たじろいだ。
「朝食の前にしっかり反省しましょうか。どういった事情があるかも知らずに好き勝手に言い放ったと思えば人一人傷つけて…ねぇ?」
「……朝食が並ぶまでにはリューイを連れてくる」
「わかったわ」
ウィリディスは部屋を出た。
何故リューイは釣り合わないと叫んだのだろうか。リューイにはリューイのいいところがある。
死んだことになっているリューイからしてみれば自分との立場は天と地ほどの差もあるのだろう。
ほかの誰かに何を言われたとしても、リューイには胸を張って隣に立ってほしかった。
それほどまでに大事だった。
そこまで思ってウィリディスは足を止めた。自覚してはいけなかったかもしれない。
胸元を握り締めて頭に浮かんだことを何度も反芻する。
「知らなければよかった…」
ぽつりとこぼす。誰もウィリディスのその言葉の裏にある思いを知るわけがない。
深く呼吸し、ウィリディスはゆっくりと歩みだした。意識すればリューイの香りがわかる。
迷うことなくリューイのもとへと足は向かっていた。
リューイは思ったよりもすぐに見つけた。上へと上がる階段のそばで父と何か話しているようだった。
顔の暗いリューイの頭を優しくなで、父は何か口を動かしている。顔をあげたリューイの眉は下がっていた。
笑った父がリューイに顔を寄せる。
「だめだっ」
手の届く距離まできたウィリディスは声と同時に父からリューイを引き離していた。
目を丸くするリューイ、楽しそうに自分を見つめる父、二つの視線にウィリディスは我に返る。
リューイの体から手を放して少しばつが悪そうに顔をそむけた。
「リューイくん、迷子になってはだめだよ。この屋敷は広いから探すのも大変だしね」
「はい…」
「…ウィル、手を放してはダメだよ。君自身のためにも」
アカテスはどこまでお見通しなのだろうか。
優しく笑う瞳を見つめながらうなずいた。先に行くね、とアカテスはその場を去っていく。
リューイと二人取り残されて沈黙が落ちる。
リューイになにかいうべきだろうか。かける言葉はやはり見つからない。
二人で黙りこんでいた時間はそう長くはなかったはずである。しかし永遠にも思えた時間だった。
「リューイ、すまない。兄がひどいことを言ったな」
「…せんせーが謝ることじゃないでしょ」
リューイの言葉に壁があるように思えた。
そうだな、とつぶやきつつまた沈黙が落ちる。
リューイが釣り合わないとは思わない。それは確かなことだ。
だがそれを口にすべきか悩む。
「せんせ、朝ごはんできたの」
「あぁ。お前をつれていこうとしたらいなかったから」
「そっか…ごめんね、早起きしたから散歩いこうとしたの」
「迷子になったか」
「なった」
リューイが歩き出す。ウィリディスもそれにあわせて歩き出した。
並ぶことはなくわずかに距離をおいていた。言葉少なに先ほどの部屋に戻ればメイドたちがテーブルに食事を並べているところだった。
オレンジジュースやミルク、ヨーグルトにパンケーキ、実家にしては珍しい品が並ぶ。
ニキアスも席についていたがリューイはそちらを見ようとはしない。
「リューイくん、こっちみて」
アクティナが呼べばリューイはそちらを向く。アクティナは微笑んでいた。
「さっきはニキアスがごめんなさい。勝手ながらあなたのことを話したわ。納得はしてないようなのだけど」
「当たり前です、母さん。首輪つきのΩなんて俺たちには毒にしかならないでしょう」
「ニキ。アクティナも私もウィリディスも、お前が思っているほど簡単にΩに誘惑されはしないよ。わかっていてその言葉をいうのかい」
静かなアカテスの言葉にニキアスは押し黙る。
アクティナはニキアスを小突いた。
「あなた、リューイくんより年上の癖にいうべきこともわからないの?そんなんだから彼女に愛想つかされて家を追い出されるのよ」
「ぐ………悪かったな」
「いえ」
大丈夫だとリューイは首を振る。
席につけば食事が始まる。リューイの顔はどこか暗いままである。
アクティナがちらちらとウィリディスをうかがう。ウィリディスはリューイの様子をみているからか食事の手は進まない。
どうしたものかと小さくため息をついた。アカテスと目が合えば彼は首を振る。手を出すな、ということらしい。
「息子くん、今夜のパーティはちゃんと出るように。お前の研究に手を貸してくれる方もいるのだから」
「わかっている」
「食べ終わったら部屋においで。招待客のリストがある」
うなずくウィリディスはもくもくとパンケーキを食べるリューイへ再び視線を向けた。
リューイはなにも言わない。
「リューイくんはあとで部屋に送らせるよ、大丈夫」
口を開きかけたウィリディスよりも先にアカテスが告げた。
口を閉じてウィリディスはうなずく。
朝食を終えればそれぞれの部屋に戻る。リューイは別れ際にウィリディスから受け取った端末でレックスやシルバに連絡を取る。
相変わらずフィーディスの声は聞こえない。
「…フィーディスに伝えて。帰ったらちゃんと話すからって」
『わかった!』
「あとね、レックスたちにも大事な話があるんだ。聞いてね」
『うん』
「いまじゃないから緊張しなくていいよ。明日の夜には帰ると思うから。お土産もあるし楽しみにしててね」
『うん!待ってるね』
他愛ない話をしばらく続ける。昨日はあんなことをした、こんなものを読んだ、と楽しく告げてくる。
リューイはそれ聞きながら知らず知らずのうちに笑っていた。
リューちゃんは何したの、と問われて牧場に行ったよと返した。
『動物さんいたの?』
「いっぱいね」
『僕もいきたーい』
「そのうち連れてきてもらおうか」
『いいって言ってくれるかな』
「言ってくれるよ。いい子にしていたら絶対大丈夫」
『うん、じゃぁもっとお勉強するね!』
「そうだね。今日もがんばれ」
子供たちとの通話を終えればリューイは端末を机に置いた。そこには一昨日書物庫から借りてきた小説が置かれている。
昨日は結局読むことができなかった。テーブルの上からそれを手に取ってベッドに戻る。
ベッドにうつぶせに横たわりリューイはページを静かにめくっていく。
主人公は自己犠牲の精神でも持っていたのだろうか。何故容易く過去を変えることを選択できたのだろうか。自分はおろか、大切な人でさえ消えてしまうというのに。
未来がなくなれば出会ったことすらないことにはなってしまう。だから、なのだろうか。
過去で出会った人々の未来が末永く続けばいいと、そう思ったのだろうか。途切れてしまうことよりも続くほうを選んだのだろうか。
ページをめくる手を止めて少し思案した。
「せんせーは俺の体で実験してって言ったら喜ぶかな。それとも怒る…?」
彼の研究内容を考えれば喜ぶとは思えない。きっと彼の実験に協力するということは自分も少なからず病気にかからねばならないからだ。
Ωである自分は下手すれば死ぬ。それをして喜ぶとはとうてい思えなかった。
「俺が役に立てることってなんだろう…せんせーの役に立ちたいのに、俺はだめなのかな…」
アクティナも渋い顔をしそうだ。よくしてくれているから。
リューイはつくづく自分が嫌になってしまった。本をそのままに仰向けになってベッドの天井を見上げる。
役には立ちたいが困らせたいわけではないのだ。だが、自分でできることがあるならば進んで手伝いたい。リューイはウィリディスの家に本を置いてきてしまったことを後悔した。
「せんせーに頼んでまた書物庫にいく…?でもきっと今日のパーティの準備で忙しいよね」
ベッドから体を起こす。勝手に出歩いてはまた迷子になるのは目に見えている。働いている誰かしらに声を掛けたら連れて行ってもらえるだろうか。しかしまた使用人と思わしき人たちも忙しそうである。
そこまで考えてリューイはあきらめた。
一人ベッドの上でいろいろと考える。ウィリディスが探してくれている養子先はどんな人たちなのだろうか、まだ分化先もわからない子供を引きとってもしΩだった場合自分のように捨てられないだろうか。
捨てられなくともひどい目に合ったりしないだろうか。
大丈夫だろうと思っていても心配事は尽きない。自分の番相手のことは考えないようにしていた。
番先が決まったとしてもウィリディスを想うことは可能だろうか。うなじを噛まれてしまったら自分に生まれた想いすらもなかったことにならないだろうか。
「俺…ウィルが好きだよ」
口にすればたまらなくなる。胸が苦しい。
胸元を抑えて体を丸めた。ほほを涙が伝う。
ともすれば漏れそうになる嗚咽を歯を食いしばることでこらえた。
「好き…ウィル、大好き…」
伝えられたらこの苦しい思いもなくなるのだろうか。
きっとなくなるなるだろうが、その代わりにウィリディスを失ってしまいそうな気がした。
今の時間が無くなってしまうのならば、伝えなくていい。リューイが番のもとへ行くそのときに伝えられればいい。
リューイは抱いた想いをいかなる時も漏らしてしまわぬように心に蓋をした。
気づかれてはいけない、膨らませてはいけない。
苦しいと心が声を上げるがそれに気づかないふりをする。
「俺は、この先誰も好きにならないし…番の相手にも絶対うなじは噛ませない…」
決意するようにリューイは静かにつぶやいた。
昨日は約束通りパンケーキをウィリディスと作ったし、そのあとで牧場に足を運んだ。
はじめて見た牛にリューイは感激し、自分の端末の代わりにウィリディスの端末で写真を撮っていた。
幼い子供のように一日はしゃいだためか昨夜はベッドですぐに眠りに落ちた。割りと普段より早い時間に寝たためか目覚めるのも早かった。
とはいえど寝起きで頭はまだ動いていない。
「…今日パーティなんだっけ…」
こちらにきてから楽しくて日付感覚がなくなっていた。
朝起きるとウィリディスの端末を借りてレックスやシルバと話すのが常だったが、今日は少し早い。
フィーディスは通話にでない。しかし少し寂しそうな顔をしてリューイと話をしているのを見つめているらしい。
リューイは話すべきか悩んでいた。話さねばならないだろう。フィーディスとこのまま仲違いしたままというわけにはいかない。
重たいため息をついた。
「…散歩いこう」
まだ朝食までに時間はある。起きたリューイはベッドを降りて部屋を出た。
だが今まで館の内部はウィリディスとともにいたため一人で歩いたことはない。当然迷子になった。
適当に歩みを進めれば外に行き着くかと思ったのだが間違いだったらしい。
どこだここ、と周囲を見回す。
部屋の扉はどこも一緒だし、区別がつかない。
「……迷った。困ったね!」
リューイは独り言をつぶやきながら歩く。執事やメイドとすれ違うも誰もリューイを気にしない。
邪魔になってはいけない、と元居た部屋を探し出す。
足を止めて窓から外を見つめる。いっそ外から行ったほうがいいだろうか。だが勝手に窓を開けるのもはばかられる。
「ウィル…どこにいるかな」
小さくため息をついてから歩き出そうとしたが前から歩いてくる姿にいったん動きを止めた。
黒いスーツに身を固めた男である。ウィリディスではないし、アカテスでもない。
だがその顔立ちは少し二人と似通ってもいた。彼はリューイの姿を見止めると眉をひそめた。
「あの…」
「首輪つきのΩがなぜここにいる」
「え…」
「ここには番持ちのΩしかいないはずだ。お前は首輪つきなのだろう。番のいないΩはいるはずがない」
「俺はウィルの知り合いで…」
「ウィリディスの?ありえない。あいつの求めたΩはクロエただひとりだ。ウィリディスを騙して入り込んだか」
「違う!」
リューイは大きな声で否定した。
だが彼は鼻を鳴らしてリューイの腕を強くつかんだ。そのあまりの強さにリューイは顔をしかめた。
こんなことをされる謂れはない。引きずられるようにして歩き出す。
掴まれた腕は痛む。抵抗するものの力の差は歴然で無駄だった。
「放せっ。俺はウィルと暮らしてるんだ」
「余計に嘘だな。あいつが他人と一緒に暮らすはずがなおのことない」
「本当だってっ」
リューイの声にすれ違う執事が驚いたように見つめてくるが何も言わなかった。
そのまま廊下を進み、朝食を取っていた部屋の前に着いたのがリューイにも分かった。
中で声がする。
「母さん、首輪つきのΩをうちに入れるなんてどういうことですか!」
「ニキアス、リューイくんまで…」
「リューイ?」
大きな音を立てて開かれた扉の向こうにはウィリディスとアクティナがいた。
二人とも驚いた顔をしているし、知らない名前にリューイはきょとんとする。
「ウィリディス、お前もだ。首輪つきのΩなんか連れてきて何がしたい。お前のΩとしての番はクロエのみだろう」
「リューイは番じゃない。それよりリューイの腕を放してくれ」
「だめだ、こいつはこのまま外に連れていく。お前がαとの子供を作るつもりがないのはわかる。だがこんなΩとお前では釣り合いもしないだろう」
リューイの顔色が変わった。
無理やり腕を引けばはじかれたようにこちらを見つめる男。リューイは男をにらみつける。
「…ウィルに…釣り合うなんてはじめから思ってない…でも、それをあんたに言われたくはないっ」
「リューイ、待て」
ウィリディスの止める声があった。リューイはそれを聞かずに部屋をまた飛び出した。
誰よりも自分が思っていることを他人から言われてしまった。想いを自覚してしまった瞬間から、自分とウィリディスの間には超えようにも超えられない溝があることを知ったのだ。
リューイが出て行ってしまえばウィリディスは兄をにらむ。詰め寄ったウィリディスをアクティナが止めた。
「…リューイくんを探してあげたら?彼の香りはあなたが一番わかっているでしょう?それと、ニキアス」
アクティナは笑顔で息子を見つめた。
アクティナとアカテスの長男でウィリディスの兄である男は一瞬たじろいだ。
「朝食の前にしっかり反省しましょうか。どういった事情があるかも知らずに好き勝手に言い放ったと思えば人一人傷つけて…ねぇ?」
「……朝食が並ぶまでにはリューイを連れてくる」
「わかったわ」
ウィリディスは部屋を出た。
何故リューイは釣り合わないと叫んだのだろうか。リューイにはリューイのいいところがある。
死んだことになっているリューイからしてみれば自分との立場は天と地ほどの差もあるのだろう。
ほかの誰かに何を言われたとしても、リューイには胸を張って隣に立ってほしかった。
それほどまでに大事だった。
そこまで思ってウィリディスは足を止めた。自覚してはいけなかったかもしれない。
胸元を握り締めて頭に浮かんだことを何度も反芻する。
「知らなければよかった…」
ぽつりとこぼす。誰もウィリディスのその言葉の裏にある思いを知るわけがない。
深く呼吸し、ウィリディスはゆっくりと歩みだした。意識すればリューイの香りがわかる。
迷うことなくリューイのもとへと足は向かっていた。
リューイは思ったよりもすぐに見つけた。上へと上がる階段のそばで父と何か話しているようだった。
顔の暗いリューイの頭を優しくなで、父は何か口を動かしている。顔をあげたリューイの眉は下がっていた。
笑った父がリューイに顔を寄せる。
「だめだっ」
手の届く距離まできたウィリディスは声と同時に父からリューイを引き離していた。
目を丸くするリューイ、楽しそうに自分を見つめる父、二つの視線にウィリディスは我に返る。
リューイの体から手を放して少しばつが悪そうに顔をそむけた。
「リューイくん、迷子になってはだめだよ。この屋敷は広いから探すのも大変だしね」
「はい…」
「…ウィル、手を放してはダメだよ。君自身のためにも」
アカテスはどこまでお見通しなのだろうか。
優しく笑う瞳を見つめながらうなずいた。先に行くね、とアカテスはその場を去っていく。
リューイと二人取り残されて沈黙が落ちる。
リューイになにかいうべきだろうか。かける言葉はやはり見つからない。
二人で黙りこんでいた時間はそう長くはなかったはずである。しかし永遠にも思えた時間だった。
「リューイ、すまない。兄がひどいことを言ったな」
「…せんせーが謝ることじゃないでしょ」
リューイの言葉に壁があるように思えた。
そうだな、とつぶやきつつまた沈黙が落ちる。
リューイが釣り合わないとは思わない。それは確かなことだ。
だがそれを口にすべきか悩む。
「せんせ、朝ごはんできたの」
「あぁ。お前をつれていこうとしたらいなかったから」
「そっか…ごめんね、早起きしたから散歩いこうとしたの」
「迷子になったか」
「なった」
リューイが歩き出す。ウィリディスもそれにあわせて歩き出した。
並ぶことはなくわずかに距離をおいていた。言葉少なに先ほどの部屋に戻ればメイドたちがテーブルに食事を並べているところだった。
オレンジジュースやミルク、ヨーグルトにパンケーキ、実家にしては珍しい品が並ぶ。
ニキアスも席についていたがリューイはそちらを見ようとはしない。
「リューイくん、こっちみて」
アクティナが呼べばリューイはそちらを向く。アクティナは微笑んでいた。
「さっきはニキアスがごめんなさい。勝手ながらあなたのことを話したわ。納得はしてないようなのだけど」
「当たり前です、母さん。首輪つきのΩなんて俺たちには毒にしかならないでしょう」
「ニキ。アクティナも私もウィリディスも、お前が思っているほど簡単にΩに誘惑されはしないよ。わかっていてその言葉をいうのかい」
静かなアカテスの言葉にニキアスは押し黙る。
アクティナはニキアスを小突いた。
「あなた、リューイくんより年上の癖にいうべきこともわからないの?そんなんだから彼女に愛想つかされて家を追い出されるのよ」
「ぐ………悪かったな」
「いえ」
大丈夫だとリューイは首を振る。
席につけば食事が始まる。リューイの顔はどこか暗いままである。
アクティナがちらちらとウィリディスをうかがう。ウィリディスはリューイの様子をみているからか食事の手は進まない。
どうしたものかと小さくため息をついた。アカテスと目が合えば彼は首を振る。手を出すな、ということらしい。
「息子くん、今夜のパーティはちゃんと出るように。お前の研究に手を貸してくれる方もいるのだから」
「わかっている」
「食べ終わったら部屋においで。招待客のリストがある」
うなずくウィリディスはもくもくとパンケーキを食べるリューイへ再び視線を向けた。
リューイはなにも言わない。
「リューイくんはあとで部屋に送らせるよ、大丈夫」
口を開きかけたウィリディスよりも先にアカテスが告げた。
口を閉じてウィリディスはうなずく。
朝食を終えればそれぞれの部屋に戻る。リューイは別れ際にウィリディスから受け取った端末でレックスやシルバに連絡を取る。
相変わらずフィーディスの声は聞こえない。
「…フィーディスに伝えて。帰ったらちゃんと話すからって」
『わかった!』
「あとね、レックスたちにも大事な話があるんだ。聞いてね」
『うん』
「いまじゃないから緊張しなくていいよ。明日の夜には帰ると思うから。お土産もあるし楽しみにしててね」
『うん!待ってるね』
他愛ない話をしばらく続ける。昨日はあんなことをした、こんなものを読んだ、と楽しく告げてくる。
リューイはそれ聞きながら知らず知らずのうちに笑っていた。
リューちゃんは何したの、と問われて牧場に行ったよと返した。
『動物さんいたの?』
「いっぱいね」
『僕もいきたーい』
「そのうち連れてきてもらおうか」
『いいって言ってくれるかな』
「言ってくれるよ。いい子にしていたら絶対大丈夫」
『うん、じゃぁもっとお勉強するね!』
「そうだね。今日もがんばれ」
子供たちとの通話を終えればリューイは端末を机に置いた。そこには一昨日書物庫から借りてきた小説が置かれている。
昨日は結局読むことができなかった。テーブルの上からそれを手に取ってベッドに戻る。
ベッドにうつぶせに横たわりリューイはページを静かにめくっていく。
主人公は自己犠牲の精神でも持っていたのだろうか。何故容易く過去を変えることを選択できたのだろうか。自分はおろか、大切な人でさえ消えてしまうというのに。
未来がなくなれば出会ったことすらないことにはなってしまう。だから、なのだろうか。
過去で出会った人々の未来が末永く続けばいいと、そう思ったのだろうか。途切れてしまうことよりも続くほうを選んだのだろうか。
ページをめくる手を止めて少し思案した。
「せんせーは俺の体で実験してって言ったら喜ぶかな。それとも怒る…?」
彼の研究内容を考えれば喜ぶとは思えない。きっと彼の実験に協力するということは自分も少なからず病気にかからねばならないからだ。
Ωである自分は下手すれば死ぬ。それをして喜ぶとはとうてい思えなかった。
「俺が役に立てることってなんだろう…せんせーの役に立ちたいのに、俺はだめなのかな…」
アクティナも渋い顔をしそうだ。よくしてくれているから。
リューイはつくづく自分が嫌になってしまった。本をそのままに仰向けになってベッドの天井を見上げる。
役には立ちたいが困らせたいわけではないのだ。だが、自分でできることがあるならば進んで手伝いたい。リューイはウィリディスの家に本を置いてきてしまったことを後悔した。
「せんせーに頼んでまた書物庫にいく…?でもきっと今日のパーティの準備で忙しいよね」
ベッドから体を起こす。勝手に出歩いてはまた迷子になるのは目に見えている。働いている誰かしらに声を掛けたら連れて行ってもらえるだろうか。しかしまた使用人と思わしき人たちも忙しそうである。
そこまで考えてリューイはあきらめた。
一人ベッドの上でいろいろと考える。ウィリディスが探してくれている養子先はどんな人たちなのだろうか、まだ分化先もわからない子供を引きとってもしΩだった場合自分のように捨てられないだろうか。
捨てられなくともひどい目に合ったりしないだろうか。
大丈夫だろうと思っていても心配事は尽きない。自分の番相手のことは考えないようにしていた。
番先が決まったとしてもウィリディスを想うことは可能だろうか。うなじを噛まれてしまったら自分に生まれた想いすらもなかったことにならないだろうか。
「俺…ウィルが好きだよ」
口にすればたまらなくなる。胸が苦しい。
胸元を抑えて体を丸めた。ほほを涙が伝う。
ともすれば漏れそうになる嗚咽を歯を食いしばることでこらえた。
「好き…ウィル、大好き…」
伝えられたらこの苦しい思いもなくなるのだろうか。
きっとなくなるなるだろうが、その代わりにウィリディスを失ってしまいそうな気がした。
今の時間が無くなってしまうのならば、伝えなくていい。リューイが番のもとへ行くそのときに伝えられればいい。
リューイは抱いた想いをいかなる時も漏らしてしまわぬように心に蓋をした。
気づかれてはいけない、膨らませてはいけない。
苦しいと心が声を上げるがそれに気づかないふりをする。
「俺は、この先誰も好きにならないし…番の相手にも絶対うなじは噛ませない…」
決意するようにリューイは静かにつぶやいた。
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名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
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お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
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