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新婚生活編

15.酒は飲んでも後編(受け視点)

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翌日。
「頭痛ぇ…」
俺は二日酔いの頭痛に耐えながらシャワーを浴びていた。
時刻は午前11時半。こんな時間に起きたのは久しぶりだった。
昨日の記憶は断片的にしか残っていないのだが、とりあえず無事自宅まで辿り着けたようで安心した。
今日、彗は休日出勤らしく俺が目覚めた頃には既に姿が見当たらなかったため昨晩のことを確認する事はできなかった。
きっと俺を起こさないよう静かに家を出たのだろう。
昨日は彗にしつこく絡んでいたような気もするし、何かとんでもない発言を口走った記憶もうっすらとだが残っている。
しかし正直夢か現実か曖昧だった。
帰宅後本人に確認するのが少し怖い。

「うーむ……」
俺は鏡を見ながら自分の体を確認していく。
目が覚めた時、脱ぎかけのシャツにパンツ一枚といういつもの俺なら考えられないような格好をしていたため少し驚いたが……身体には特に変わった様子はなかった。
別に彗を疑っているわけではなく、むしろ俺が酔った勢いであいつに何か妙な事をしでかしていないか心配だったのだ。

「……はぁ」
俺は大きなため息をつくと浴室から出た。
Tシャツとジーパンに着替えた俺はタオルで髪を拭きながらリビングに戻る。
すると、テーブルの上にメモと2日酔い用の市販薬が置いてある事に気付いた。

『瞬ちゃんへ
おはよー
具合悪かったらこれ飲んでね
仕事行ってきます
大好き』

俺は彗の字で書かれたそれを読んで思わず笑みが溢れた。
「過保護め……」
出勤前にも関わらず俺のためにここまでしてくれた事は素直に嬉しかった。
俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して錠剤と一緒に一気に飲み干すとソファに腰掛けた。
「はー」
昨日の俺は一体何をしたのだろう。
俺はぼんやりと天井を見上げながら昨夜の出来事をひとつひとつ思い返していた。

確か、仕事終わりに同僚の檜山から「今日は俺の誕生日だから祝ってもらうぞ!」と絡まれ、強引に居酒屋まで連行されたのが始まりだった。
強引と言っても普段から仲の良い奴だったので断る理由もなくそのまま付き合った。
問題はそこから先だ。

「あーあ!柏原は良いよなぁ優しい嫁さんが居て」
「嫁さんって……相手は男だぞ」
「いーんだよ細かいことは!」
「細かいかねぇ…」
檜山は普段よりも早いペースで酒を煽り続けた結果すっかり出来上がってしまったらしい。
「なぁ、嫁さんの写真とかねーの?」
「俺そんなに写真って撮らないんだよな」
俺はスマホのアルバムを開いてみるが、そもそも写真自体そんなに多くはなかった。
「はぁ!?1枚くらいあるだろ」
「んー……あ、あった。俺も写ってるけど…」
「お!みせろみせろ」
ひたすら遡っていくとやっと彗が写っている写真を探り当てた。
何年か前、彗と2人で水族館へ遊びに行った時に何故か撮影したものだ。
こんな写真があったなんて自分でも忘れていた。

檜山にスマホを手渡すと食い入るように画面を眺めている。
「…え、ほんとにこれがお前の嫁さん?」
「どういう意味だよ」
「いや、だって…柏原みたいなしょぼいのがなんでこんなイケメンとお近づきに……?」
「まじで失礼なやつだな。幼馴染だよ」
とツッコミを入れつつも俺は何故か少し誇らしげな気持ちになる。
檜山は納得いかないような顔をしながら再び画面に視線を落とした。
「ちなみにいつもなんて呼ばれてんの?」
「んー…『瞬ちゃん』って……」
「瞬ちゃん!?あははは、なんだそれ、かわいいな。俺も今日からそう呼ぼうかな」
「キモいからやめろ」
俺は呆れながら焼き鳥を頬張った。
「あれっなんだよ柏原~全然飲んでないじゃんかよ」
檜山はそう言ってテーブルに備え付けのタッチパネルで次々と追加の注文をしていく。
「おい、俺まだ飲むとは……」
「誕生日くらい付き合ってくれよぉ。あーあ、お前はいいよなぁ。家に帰ったらあんなイケメンの嫁さんがいて……」
「あーあーわかったよ」
それを言われてしまうと弱い。
そうこうしている間に俺もいつの間にか結構な量の酒を飲み干していたようで、気付いた時にはだいぶ酔いが回っていた。
「…でさぁ、お前ら夜の方はどんな感じなんだ?」
「んー?普通に安眠できてるぞ。お互いイビキとかもないし」
「ばーか!そういう話じゃなくてさぁ」
檜山はグラスを片手にニヤニヤと俺の方を見ている。
「夫婦の営みはどれくらいの頻度でしてんのかって話だよ」
「はぁ?するかバカ。男同士だぞ」
俺と彗は世間一般で言うところの『夫婦』ではない。恋愛感情の伴わない『親友婚』というやつだ。
それは以前檜山にも伝えたはずだが…
酔っ払って思考力が落ちているせいか、はたまた俺達の関係を理解していないだけなのかは分からないが、どちらにせよあまり触れられたくない話題だった。

「え、じゃあ新婚早々我慢させてんの?うわーかわいそ~」
「我慢って……そもそも俺たちはそういう関係じゃねーし」
「あれ、そうだっけか?でも今は多様性の時代よ?“親友婚のはずが…一緒に暮らし始めたら愛が芽生えて…♡“なーんて話もよく聞くじゃん」
檜山は某世界的アニメのプリンセスのように両手を組んで上目遣いでぱちぱちと大袈裟に瞬きをして見せた。
正直鬱陶しい。
「多様性ねぇ……」

彗も俺にはああ言っていたけど、本心ではそういう欲求を隠しているんだろうか。
不意にそんな思考が過る。
(だとしたら俺は彗に無理させてるんじゃないか?)
俺はその思考から逃れるようにペースを上げて飲み続けていたら気がつけばかなりの量のアルコールを摂取していた。

「あー……やばい、飲み過ぎたかも」
「んじゃ、そろそろお開きにすっかぁ…」
檜山は満足げに笑うと伝票を手に取りレジへと向かう。
「あ、俺払う…」
「いいっていいって~付き合ってくれたお礼~」
俺は財布からお金を取り出そうとしたが、檜山はそれを制止して会計を済ませてしまった。
「誕生日なのに悪い。ご馳走様…」
「だから気にすんなって。ほら、早く帰らないと嫁さんが心配するぞぉ」
「嫁さんじゃないって」
「はいはい、また付き合ってね。瞬ちゃん♡」
檜山はそう言いながら俺の頭をぽんぽんと撫でると、駅に向かって歩いていった。
アルコールのせいで突っ込む気力もなくなった俺はその背中を見送った後、覚束ない足どりで帰路についた。
きっと彗はもう寝てるだろうな、そんなことを考えながら鍵を差し込む。

「ただいまー……」
玄関を開けるとリビングからパタパタと音が聞こえてくる。
「おかえり。遅かったねぇ」
彗の顔を見たらなんだかホッとしてしまい一気に眠気に襲われた。

そこから先は曖昧だ。
酷く彗に迷惑をかけたような気がする。
書き置きの感じからして怒ってはいないようだが、彗が仕事から帰ってきたら謝ろうと思った。
今日は昨晩のお詫びも兼ねて夕飯に彗の好きなものを作ろうと心に決めた俺は早速スマホでレシピを検索し始めた。
ラザニア、ロールキャベツ、ハンバーグ…

「…んー…これなら出来合いの惣菜買った方が絶対美味い気がする」
スマホと睨めっこしながら俺はひとり呟いた。
しかし、彗は俺の作るものを何でも美味いと言って食べてくれるし……
決して自惚れているわけではないが、きっと「俺の手料理」というだけであいつは喜んでくれるだろう。
何より一人でじっとしていると昨日のことが気になって落ち着かないのだ。
「……よし」
俺はスーパーへ向かうために家を出た。


買い物を終わらせ帰宅すると、俺はさっそくエプロンを身に着け調理を始めた。
自炊はある程度できる方だが、わざわざ手の込んだものを作ることは滅多にない。
俺はスマホで手順を確認しながら手際よく準備を進めていく。
今日のメニューはラザニアとポテトサラダとコンソメスープだ。
きちんとレシピ通りに作れば初めてでも余程失敗する事はないだろう。

と思っていた。1時間前までは。

「これは……」
オーブンから取り出したラザニアは想像していたものとだいぶ違った見た目になっていた。
表面は真っ黒に焼け焦げているのに中身は水っぽくぐずついている。
(1時間もかけて俺はこんなゴミを…?)
俺は恐る恐るそれを口に運んだ。
表面の焦げている部分を取り除けば見た目の割に味は悪くない……しかしこんなものを人様に出す訳にはいかないと思い、作り直すことにした。
これは自分で処理しよう。

俺はもう一度同じ要領で生地を作り直し焼き始めた。今度は先ほどよりもオーブンの時間設定に注意を払って慎重に進める。
ラザニアを焼いている間にポテトサラダとスープを作っているとオーブンから少しずつ良い匂いがしてきた。

「よし!」
俺は綺麗に焼き上がったラザニアを見て思わずガッツポーズをする。そして冷ましている間に風呂の準備をしているとちょうどタイミング良く玄関の鍵が開く音がした。
「ただいまぁ~あれ、なんか良い匂いする」
俺はエプロンのまま急いで玄関へ向かった。
「おつかれ。メシも風呂も準備できてるぞ」
そう言うと彗はぽかんと間抜けな表情のまま固まってしまった。
「………瞬ちゃん」
「ん?」
「なんか奥さんみたい」
彗は目を輝かせながら俺をまじまじと見つめている。
まぁ、一応結婚しているのだから間違いではないのだが……
「あほか」
「うわーやばい。幸せすぎて疲れ吹っ飛んだ」
「そりゃよかったな」
そんな軽口を叩きながら俺たちはキッチンへ向かった。
「瞬ちゃん、体調は平気?昨日だいぶ酔ってたけど」
「ああ、お陰様……で!?」
テーブルの上には先程の失敗したラザニア1号が成功品の横に並べられていた。
冷ましてから冷蔵庫に入れようと置いておいたのだが、すっかり忘れていたようだ。
「わぁー!ラザニアなんて久しぶり~」
「まて、彗それはな……」
「瞬ちゃんが作ったの?すごいじゃん。あは、こっちの子くろこげだ~」
俺は必死に取り繕おうとしたが、時すでに遅し。
「だから、あの、そっちの失敗作は俺が食べるやつだから…」
彗は俺の話を聞かずにおもむろにフォークと取り分け用の小皿を手にすると、そのまま何の躊躇もなくそれを食べた。
「あー!お前なにしてんだよ!」
「うん、見た目は微妙だけど美味しいよ」
「彗には成功したやつ食べて欲しかったのに…」
俺は恨めしそうに訴えかけたが彗は全く気にしていない様子でニコニコしていた。
「でも俺のためにわざわざ作ってくれたんでしょー?」
「そうだけ、ど……」
「ふふ、めちゃくちゃ嬉しい」
俺はあまりの恥ずかしさに黙り込んでしまった。こいつはどこまでもスマートなのにどうして俺はいつもこうなんだろう。
「……すまん、ありがと」
俺は彗に聞こえないくらいの小さな声で礼を言ったが、彗はそれをしっかり聞き取っていたようでまた嬉しそうな顔をしていた。
改めて席に着いた俺たちは再び夕飯を食べ始める。
「美味しいねぇ」
彗が満足気にしている姿を見て俺の心にもじんわりとした喜びが広がっていくのを感じた。
「何回言えば気が済むんだよ」
俺は照れ隠しにぶっきらぼうに言い放ったが、心の中ではもっと美味いと言わせてやるぞ、と密かに決意を固めたのだった。
「でも珍しいね、瞬ちゃんがラザニア作るなんて」
「…あー…えっと、昨日はお前に迷惑かけたから……その、お詫びっていうか」
俺は彗をチラッと見て気まずさを隠すようにスープを口に含んだ。
「昨日のこと覚えてるの?」
「帰ってきたとこまでは覚えてるんだけど…その先はあんまり……でも、お前に絡みまくってた記憶はある。ごめん」
俺の言葉を聞いて少し驚いたような表情を見せた後彗はくすりと笑った。そして優しい眼差しを向ける。
「良いよ。かわいいとこ沢山見れたから」
俺は居心地が悪くなって目を逸らした。
あんな失態を晒したのは酒のせいでもあると思うが、それ以上にこいつの前だとつい気が抜けて素が出てしまうのだ。
昨日の俺は一体何をやらかしたんだろう。

そして俺は今一番気になっていることを恐る恐る尋ねた。
「あのさ、昨日の俺……彗に変なこと言ってなかったか…?」
「言ってたねぇ」
彗は特に不快そうな顔もせず穏やかに微笑んでいた。俺はそれがかえって申し訳なくなって、更に言葉を続けた。
「……なんて言ってた?」
そう訊ねると彗は一瞬考え込むような表情を見せる。
「内緒」
「おい」
「うそうそ。えっとね、『彗は俺とすけべなことしたいのか?』って聞かれたよ」
「な゛……!」
俺は彗の発言に衝撃を受けて固まった。
にわかには信じがたいが、わざわざこんな冗談を言うメリットはなにも無い……と、いうことはつまり……。
彗は俺のそんな様子を見ておかしそうにクスクス笑いながらフォークを置いた。

「でもさ、瞬ちゃんは酔っててもそんな事言う人じゃないでしょ?」
「そう、だな……」
「だから俺思ったんだよね~。この感じは多分、誰かになにか余計な事言われて気にしてるんだろうなーって……心当たりある?」
「そんなのあるわけ…」

反射的にそう言いかけたところで昨日檜山から言われた一言が俺の脳裏に浮かび上がる。

『え、じゃあ新婚早々我慢させてんの?うわーかわいそ~』

「あ……」
思わず声が出た俺を彗が心配そうに見つめている。
「瞬ちゃん?」
「お前すごいな。探偵になれるぞ…」
俺は苦笑いしながら呟くと彗はきょとんとした顔をした後ふっと笑った。
「わかるよ。だって瞬ちゃんの事だもん。で、なんて言われたの?」
俺は躊躇いつつも昨日のやり取りを説明した。
「……つまり、瞬ちゃんは俺がエロい欲求を無理に抑えてるんじゃないかって心配になったわけね」
「……ああ」
ストレートに言葉にされると非常にバツが悪いのだが俺は素直に認めるしかなかった。そして、恥ずかしさを誤魔化すように彗に問いかけた。
「やっぱり…お前は俺にそういうこと、したいって思ってるのか?」
「そりゃー好きな人と触れ合いたいって思うのは当たり前だよ」
当然のように返されて何も言えずにいると、彗が急に真剣な表情になる。
「でも俺は最初からこれ以上の関係を望むつもりなんてなかったから」
何故?と目で訴えかける俺を見て彗は話し始めた。

「だって瞬ちゃんへの気持ちは一生隠し通すつもりだったし。まぁ、あの時はつい勢いで伝えちゃったけど」
真っ直ぐな瞳を向けられて俺は恥ずかしさに負けそうになるも、何とか平静を装って話を聞いていた。
「…つまり、毎日こうして一緒に居られるだけでも俺は贅沢すぎるくらい満たされてるって事」

俺はそこまで聞くと胸の辺りがきゅうっと締め付けられる感覚を覚えた。なんだかむず痒くて視線を合わせられない。
「あ……そ、う、なのか」
辛うじて返事をしたものの、心臓がドキドキと脈打っているのを感じた。きっと今の俺は耳まで真っ赤になっているに違いない。
こんなにも真っ直ぐ好意を伝えてもらえる事が嬉しい。
でもそれは同時に罪悪感も抱かせた。俺は結局彗に何一つ与えてやれていない。
こいつはこんなにも俺を想ってくれているというのに。
「だからね、変な負い目とか感じないで欲しいんだ。俺のせいで瞬ちゃんが変わっちゃう事が1番辛いから」
まるで俺の考えを見透かしたかのように話す彗。相変わらず不思議な男だ。
普段はヘラヘラとしている癖に時々恐ろしい程勘が鋭くなる。
俺は小さくため息をついた後覚悟を決めて口を開いた。
「……わかったよ」
「ま、瞬ちゃんは生真面目だからね~。いちいち細かいとこが気になっちゃうのは仕方ないかもしれないけどさー」
俺の不安そうな様子を見て苦笑いしながらも、どこか愛おしそうな視線を向けられている気がするのは自惚れだろうか。
「そういうとこも全部含めて大好きなんだよね~」
そう言って彗は眉を八の字にして困ったように笑う。
「ねぇ瞬ちゃん、誰に何言われたって俺たちは俺たちらしく居たらいいよ」
「……うん」
俺が小さく微笑み返すと彗もまた嬉しそうに笑った。
「…それにしてもその檜山って男、やな奴だね~!俺のかわいい瞬ちゃんにセクハラするなんて…」
「まぁ、あの時はお互い相当酔ってたし……悪気はなかったと思う…」
俺の言葉を聞いた彗はムッとして口を尖らせた。
「今度その檜山さんがまた何か変なこと言ってきたら絶対教えてね」
彗は冗談っぽくヘラヘラしているが、その言葉には有無を言わせない迫力があった。俺はこくりと小さく首を振ると彗の顔に満面の笑みが広がる。
「よしっ、それじゃこの話はこれくらいにして、ご飯食べよっか」
「ああ」
俺は彗の言葉に大きく同意するように力強く返事をする。

再び料理に手をつけ始める彗を見ていると、さっきまで俺を支配していた暗い感情は綺麗になくなっていた。
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