【完結】恋なんてしない、つもりだったのに。

高羽志雨

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16.動物園(1)

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 へばりつくように立っていた扉の窓に圧迫感のある景色が滑り込んでくる。
 目的の駅に着いて、千紗の目の前の扉が開き始める。扉と一緒に吸い込まれそうになって、ほんの少し後ろに体を下げた。背中が大輝にぶつかり、すぐに離れようとしたが、後ろから伸びてきた大輝の右手が千紗の体を抱えるようにしてきた。

「今、前に行ったら、ホームに倒れるよ」

 かがんでいるのか、テノールボイスが耳元近くで聞こえて、千紗は思わず身を固くした。

「あ、ごめん。ありがと」

 完全に扉が開き、大輝の手が滑るように動いて千紗の右肩に置かれ、2人は押し出されるように電車から降りだ。
 千紗は手に持っていたリュックを背負う。



 駅から伸びるメインストリートを2人並んで動物園に向かって歩く。目的の地はそれほど駅から離れていないが、それでも10分ほどはかかる。車道側を歩く大輝を見上げると、水色の絵の具をぶちまけたような一面一色の空を遠く見ていた。千紗は唇に力を入れる。

「ねえ、さっきの彼女だけど、何て言って帰ってもらったの。けっこう不機嫌そうで、あっさり南くんから離れるとは思えなかったんだけど」

 大輝が首をこちらに向けて、見下げてくる。

「あー、それ聞くんだ。わざと黙ってたんだけど」

 大輝は目を細めて口をとがらせ、こめかみをかいた。

「えーっと、嘘も方便っていうだろ。そんな感じで適当に理由を作ったんだけどさ。ホントに聞く?」

 千紗の顔をのぞきこむようにして確認してくる。
 少し広い道と交わる交差点につく。目が合っている大輝に、左へ曲がることを指さしで伝える。

「私にもかかわることだと思うんだよね。例えば、とりあえず帰ったけど、本当は納得してない彼女がどこかで待ち伏せするとか。そうなったら話のつじつまを合わせとかないと」

 千紗は自分の手が震えはじめていることに気づいた。顔も強張っているような気がする。だいぶ克服したと感じていた昔の出来事は、同じようなことに出くわすと、かなり良くない影響を持っているらしい。
 大輝は仕方がないという風にため息をついた。

「そんなことにはならないと思うけど。まあ、適当についた嘘だよ」
 
 自動車が後ろから勢いよく走ってきて、大輝は千紗を押して道の端に寄る。

「『カメラ好きのクラスメイトが動物園に写真を撮りに行くけど、人間のモデルも欲しいって言ってたから立候補した。その子、俺が本気で好きになった子だから邪魔しないで』って言ったんだ。それから『彼女は俺の気持ち知らないから。単にモデルをしに来てくれてるだけって思ってるから。迷惑かけないでよ』って。だから待ち伏せとか大丈夫だと思う」

 千紗は顔が熱くなってきた。
『本気で好きになった子』それは適当についた嘘だって言われたのに。
 頭でしっかり言い聞かせる。

 大輝にとって、千紗は友だちの蓮の彼女の友だちで、自分が彼女との付き合いを断る理由に使っているだけ。
 手の震えは治まってきている。反するように、顔の熱さは増してくるのを感じる。
 気づかれないようにと俯き加減になった千紗の顔を、大輝がのぞきこんできた。

「顔、赤くないか。あ、好きな子って言ったことに怒った?」

 怒っているように見えるらしい。
 少し戸惑ったような声に、千紗はおかしくなった。顔を上げて大輝の顔を見る。

「そうよ。なんで私を巻き込むような嘘をつくんだって思った」

 彼の勘違いに乗ることにした。
 表情が緩んだ千紗に安心したのか、大輝はホッとしたように目じりを下げる。

「まあ、もし待ち伏せされたりとかあったら、必ず俺に連絡しろよ。必ず、な」

 巻き込まれているんだから、その話に乗るのは当然だろう。
 千紗はうなずいた。

 いつの間にか、周りを歩く人たちの数が増えている。
 正面に目を向けると、動物園の大きな入り口が見えていた。門の前の広場には多方面からチケット売り場に向かう家族連れやカップルが思い思いのスピードで歩いている。
 リュックサックの肩紐を握る。

「モデルするって話したんだよね。せっかくだからお願いしようかな」

 意識して口角を上げ、大輝を見上げ、この後の大輝の行動を予想した。
 案の定というべきか、キャスケット帽の上に大きな手が乗せられた。
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