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第二章 サイケデリック革命ラバーズ

「私がいるから」

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 ふるふると手を挙げて。


「……ち、違います」


 小さな声量だったけど、特徴的なアニメ声は、湖の底から響いてくる重要キャラでもあるかのように、みな押し黙る教室に不思議なエフェクトをもってして響き渡る。


「……わ、私がいるから、私がいるからっ、モトちゃんは――神井基樹は、神井基樹という存在体として完璧も完璧、レオンくんの言う完璧超人なのですよっ」
「……ちょ、ちょーっ、えっ? 恩田?」
「私がいるからっ!」


 なぜか、恩田は、オレを睨み上げていた。恨めしげに、いや、いっそ憎々しげに――。


 恩田を、教室ぐるみのいじめというその長年の苦痛から救い上げた、や、そこまで完遂してなくとも、後数分もあればきれいに話をまとめ、わずかな風の流れを無理くりにでも善良を本質とする妖精のオレたちが押し広げ、恩田を――救済できるはず、なのだった。

 恩田の背後では風がすさまじくうごめいている。いままでこの教室で見たどんな風の流れよりもなんだか気持ちの悪い渦を描いていて、どうしてだろうとぼんやり思ってみれば、その風のうごめきは――神井のように教室じゅうの隅々まで雰囲気として行き渡らせることのできるそれではなくとも、恩田の周囲だけで完結しているくせに風速がやっばいから、気持ち悪いという違和感につながっているのであった。

「……いいですか。私が、恩田春子が、欠点もなんもかんも引き受けてるからこそっ、モトちゃんは、完璧超人委員長でいられたのですっ」
「な、なに言ってんだよ、恩田……」
「――私はあなたたちに確かに私のいじめを止めてほしいと頼んだけれどもそれはこういう結果じゃない!」
「じゃあなんだっていうんだよ、おまえ……いじめられて苦しいって悲しいって、泣いてたじゃねえかよ!」
「あんなの、演技よ! 気づかないだなんてよっぽど平和でのんきでノータリンな文化圏のお国から来たのねやっぱりあなたたちって!」
「な、なによノータリンって、そこまで言わなくたって……!」

 オレは片手でローザを制した。

「……なあ。恩田。真面目に答えてくれ。おまえは昼休み、オレたちを見つけた。そんで、いじめられてつらいと言ったんだよな。神井基樹に従っているのは演技だと。……本当は平和な教室を望んでいるのだと」
「だ、だ、だからっ! その演技が演技だってことよ、そんなことも気づかないわけっ、おめでたいのですね! ……というかこの時期の転入生なんて困るだけ、イレギュラー、異分子でしかない、まがまがしくって、星のめぐりもあなたたちはよくない、はっきり言って迷惑でしかないのっ!」
「転校してきたのは仕方ないだろうが、オレたちだって好きで来たわけじゃ――」
「だから、好きで来たわけじゃないのであれば、大人しくしててくださいということなのですよ!」

 オレは思わず恩田の顔を穴が空くほどまじまじと見た。

「……いじめを止めてほしいとか。あんなの。テストに決まってるじゃないですか。ああ、こんな、ネタ晴らしだなんてうつくしくもない。あそこであなたたちがいじめを止める方面に動けば、最底辺はローザさんに決定して、私はひっそりとローザさんと共依存するふりをして教室の話題を盛り上げただけです。いじめられっ子と、元いじめられっ子ですからね? 最高じゃないですか。カースト上位のひとたちが、いじめがいもあるってものです。セットになればいじめのバリエーションっていうのも増えるんですよ、そういうの、わかります?」
「……わっ、かんねえよ、オレにはぜんっぜんわっかんねえよ!」


 気づけばオレは、吠えていた。
 みっともなく。


「なんの為だよ、なんの為にそんなこと――おまえらそんなことしてて不毛じゃねえのか? なんでおまえらさあ、なんも言わねえんだろ、聴いてるんだろ、オレの話もローザの話もなんなら恩田の話もよお! 聴いて意味理解して、そんでなんでそうやって黙ってるんだよ! 人形かよ! 気味悪ぃよ、気持ち悪ぃよ、モブキャラよりも性質悪いわ!」


 誰も、反応、しなくって。


「耳があんだろ、目があんだろ、手だって足だってあんだろう、なんもなくとも心があんだろ! それなのにどうしておまえらっ――」


 それ以上は、叫べなかった。
 ぞっ、とした羽の感覚が、あまりにもおそろしくって。
 冷淡……いや、それでさえもない。



 無関心。



 この教室のやつらは、揃いも揃って――あろうことか、オレたちに興味を失いはじめている。

 ローザもさあっと青ざめている、……きっとオレも、あのくらいの顔をいましている。


「……まあ、みんな。事故だよ。放課後にね、ごめんね。みんなも忙しいだろうに、ご苦労だったね。はい、じゃあ、かいさーん」


 神井がすっかりいつもの、この教室の帝王としての調子を取り戻して、言った。


 それだけで、教室は静止から解放される。


 なにごともなかったかのように、言葉を交わしはじめ、大多数のやつらはかばんをひっつかんでさっさと教室の外に消えてしまって。


 オレが言葉を尽くしてようやくわずかこじ開けられそうだった風の通り道はすっかりと消え失せ――。


 後は、嫌な空気の残りかすだけだった。
 篠町もだるくかばんを背中から提げて立ち去る。


 神井と恩田が残る。
 恩田も、なにごともなかったかのように卑屈に俯いたままだった。


 神井はなぜか、憐れむような顔をした。


「……まあ。僕だって、そりゃね、本気ってわけでもないが。あなたたちには申しわけないとすら思ってるよ、人間としての良心でね。――だがあんたら。なんだい、根っからいい子で、あまりにも、善良すぎやしないかい?」


 そう言うと、ふっ、と笑って、神井も教室を後にした。その背後に背後霊のようにしてぺったりとくっついていく恩田は、ほんの一瞬だけこちらをちらりと見て――けれどもすぐに、消えていった。


 オレも、ローザも、最後まで動けなかった。
 オレは。


 ……自分が本当は根っから妖精であったのかもしれないと、そんなことこんな形で知りたくもなかったと、そんなことばかり考えていて、鼻をすすりはじめたローザの泣き顔さえもいつものようにうまく見てやることができ、なかった。
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