お試しデートは必須科目〜しなけりゃ卒業できません!〜

桜井 恵里菜

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お試しデート

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翌日。

先生から「工藤も樋口で異存はないと言っている」と聞かされ、私は連絡先を書いたメモを先生に託した。

学校では誰と誰がペアになったかを公表しない為、本人同士が接触しなくて済むよう、連絡先の交換や相談ごとなども、先生が取り持ってくれるとのことだった。

その日の夜。

夕食を食べ終えて自分の部屋で勉強していると、スマートフォンにメッセージが届いた。

(あ、工藤くんからだ)

【3年2組の工藤です】という書き出しを見て、早速メッセージを開いてみる。

『この度、政府の政策による課外活動の相手役を務めることになりました。よろしくお願いします』

おそらくこのテンションは、高校生の男女のおつき合いとしては少々違うのだろうけれど、私としてはしっくりくる。

『初めまして、3年1組の樋口と申します。この度は、私のお相手を引き受けてくださってありがとうございます。ふつつか者で至らぬ点も多々あるかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします』

『こちらこそ。早速ですが、今後の活動内容について話し合いたいと思います。今週末の予定はいかがですか?』

『今週末は、土曜も日曜も予定はありません』

『では土曜日の午前10時に、中央図書館の入り口で待ち合わせでも構いませんか?』

『はい、大丈夫です。よろしくお願いします』

とまあこんな具合に、私達は淡々と初めてのやり取りを終えた。

ここから二人の関係がガラリと変わっていくとは、この時はまだ知る由もなく…

◇◇

「工藤くん、おはようございます」

「おはよう」

土曜日になり、待ち合わせの図書館に5分前に着いた時には、既に工藤くんは入り口の横で英単語帳を見ながら待っていた。

黒髪をボサッと無造作に伸ばして、黒縁の眼鏡をかけている工藤くんは、はた目から見ても「勉強一筋」といった感じがする。

「お待たせしてすみません」

「いや、待ってない。単語を覚えていただけだ」

「そうですか」

実は私も、時間があったら見ようと、同じ単語帳を持って来ていた。

(なんだか、同じ空気が流れてる気がする)

ぼんやりと、工藤くんが単語帳をカバンにしまうのを眺めながら考える。

クラスの女子ともあまり打ち解けて話すことができない私だけど、なぜだか工藤くんとは、口にしなくとも考えていることが似ている気がした。

「今日は、今後についての方針やお互いの意見交換をしたいんだけど、いいかな?」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ談話スペースに行こう」

工藤くんに続いて、図書館の入り口を入ってすぐのテーブルが並ぶエリアに向かった。

丸テーブルに向かい合って座ると、工藤くんはカバンの中からルーズリーフとペンを取り出す。

「まずは、政府のこの政策のねらいと俺達の活動内容について…」

そう言って工藤くんは、さらさらと紙にペンを走らせ始めた。

「政府は少子高齢化対策として、今回の政策を打ち出した。そのねらいは、何が1番大きいと思う?」

「はい。やはり現代の若者は、異性とおつき合いしないまま年齢を重ねる人が多いです。そこで政府は私達に、少し強引ではありますが、まずはお試しで異性とつき合うという体験をさせようと考えたのではないかと。そうすることによって、自然と異性とのつき合い方が身についたり、つき合うことへのハードルを下げることに繋がるかと思います」

工藤くんは時折頷きながら、メモを取る。

「そうだな、俺も概ね同意見だ。よって活動報告のレポートでは、その点を踏まえて言及すれば、良い評価を得られやすいと思う。では次に、俺達の活動内容について。これは俺から話してもいい?」

「はい、どうぞ」

「まず、月に2回以上の活動。これは俺にとって少々厳しい。なぜなら勉強時間を削られるからだ。男女のつき合いとなれば、1回につき2時間程度では短いだろう。昼前から夕食時間まで、くらいが妥当だろうが、そんなに時間を割いては受験勉強に支障が出る。君はどう?」

「はい、そこは私も同じ懸念事項です」

「だよな。だけど、それなりの時間を費やさなければ、活動報告は評価されない。そこでだ」

工藤くんが顔を上げて私をじっと見る。

「日常生活の中で、これはやらなければいけない、ということを2人の時間の中に組み込む。そうすることで、勉強に費やす時間を少しでも多く捻出したい」

「例えば?」

「俺は図書館や本屋で過去問や参考書を選ぶ時間だ」

「なるほど。それを私との時間の中に取り入れるってことですね?」

「ああ。それでもいいか?」

「もちろんです。私にとっても必要な時間ですから」

「よし。じゃあ、そちら側としては他に何かある?」

聞かれて私は、うーん、と考え込む。
そしてハタと思いついた。

「あっ、私、コンタクトつけてるんですけど、処方箋が切れちゃったんです。だから近々眼科へ行かないといけなくて」

「ふうん…」

工藤くんは、なんだか別のことを考えているような相槌を打つ。

「あの、それはさすがにご一緒にって訳には…。いかない、ですよね?」

「いや、大丈夫だ。俺もついて行くよ」

「え、ほんとですか?」

「ああ。待合室で単語帳読めるしな」

確かに、と私は頷く。

「じゃあ、早速今日行ってみる?」

「え、いいんですか?」

「ああ。その前に、レポートの為にもどこかで昼食を一緒に食べよう」

「はい!」

お腹が空いていた私は、思わず張り切って返事をしてしまった。

場所は任せるよ、と言われて、私は駅前のカフェを選んだ。

いつも店頭に掲げてあるボードに美味しそうなメニューが書かれていて、以前から気になっていたお店だ。

「ここでもいいですか?」

「ああ」

工藤くんはあっさり頷いて店内に入っていく。

「いらっしゃいませ。2名様ですね。テラス席と店内、どちらがよろしいですか?」

スタッフのお姉さんに聞かれて、工藤くんは私を振り返る。

「どっちがいい?」

「えっと、お天気いいからテラスでもいいですか?」

「いいよ」

無表情のまま頷き、テラス席で、とお姉さんに告げる工藤くん。

相変わらず淡々としてるなぁ。

密かにタンタンって呼ぼうかな。

いや、待って。

確か工藤くん、そんなような名前だったかも?

さすがにタンタンではないけど、何だったっけ?

「決まった?」

メニューを見ていた工藤くんに声をかけられ、うわの空で座っていた私は慌てる。

「えっと…、このワンプレートランチにします」

「分かった。ドリンクは?」

「ホットのミルクティーで」

工藤くんは私の分を頼んでくれたあと、自分にはパストラミビーフサンドイッチとコーヒーを注文した。

「あの、申し遅れましたが、私は樋口 結衣と申します」

料理を待つ間、私は改めて挨拶した。

「知ってる」

「え?ご存知でしたか。同じクラスになったことないのに?」

「1度成績を抜かれた相手の名前は忘れられない」

「あ…」

恐らく2年生の7月の定期テストのことだろう。

うちの学校では、テストが終わると成績上位30人の名前が貼り出されることになっている。

トップは毎回工藤くんだが、1度だけ私が僅差で1位になったことがあった。

私はまぐれだと思って気にしていなかったけれど、工藤くんは覚えていたのだろう。

「私の名前だけじゃなくて、顔も覚えてたんですか?」

「いや、正直言うと顔はあんまり思い出せなかった」

「そうですよね。私も工藤くんのこと、下の名前は思い出せないです」

「工藤 けんだ」

「賢!そうだ、思い出した。タンタンじゃなくてケンケンだ!」

はあ?と工藤くんが眉間にしわを寄せる。

マズイ…と私は口を押さえた。

「いや、その…。担担麺が食べたいなって思ってたら、つい…」

「担担麺?じゃあどうしてラーメン屋に行かなかったんだ?」

「あ、それは。このお店に入った途端、担担麺が頭に浮かんで…」

「どれだけ思考回路の切り替えが早いんだよ」

「そうですよね、すみません」

しょんぼりと身をちぢこめていると、お待たせしました!と料理が運ばれてきた。

「わあ、美味しそう!」

私の前に置かれたオーバル型のプレートには、彩り良く様々な料理が盛りつけられている。

工藤くんが私の手元を覗き込んで聞いてきた。

「へえー、色んな種類が1度に食べられていいな。それは何?」

「これ?サフランライスかな。こっちはバーベキューチキンで、これがエビグラタン。あとはサーモンのマリネとミネストローネ。あ、レポート用にメモしますか?」

「いや、この程度ならその必要はない」

「ですよね。工藤くんだもんね」

あはは、と乾いた笑いのあと、私は早速料理を食べ始めた。

「んー、美味しい!なんだかとっても本格的な味がする。お得だな、このプレート。どれ食べても美味しいもん。あ、テザートも頼んじゃおうかな」

うっとりとひとりごちていると、工藤くんがしみじみと口を開いた。

「女子ってそんなにも食べ物で幸せになれるんだな」

「うん、なれますよ。美味しい物さえあれば、彼氏とかいらないかも」

工藤くんはじっと一点を見据えて何やら考え込んでいる。

ひょっとしてレポートに書こうと、心にメモしているのかも?

「あ、あくまで私の場合ですよ?他の女の子は違うと思います」

急いでつけ加えるが、工藤くんは返事をしない。

マズイ。

この調子だと、私を観察して「女子とは…」ってレポートを書きかねない。

工藤くんの素晴らしい頭脳に、女子高生の代表として私がインプットされては困る。

(うーん、言動には気をつけよう)

私はおしとやかに食事を進めた。

カフェを出ると、私は行きつけのコンタクトレンズのお店に工藤くんを案内した。

「こんにちは。処方箋の期限が切れたので、更新をお願いします」

受付で会員証を渡すと、カウンター席に工藤くんと並んで座る。

「更新ですね。現在、定額プランをご利用中ですが、プランの変更はありませんか?」

「はい」

「かしこまりました。では書類を準備しますので、少々お待ちください」

スタッフの女性が席を外すと、工藤くんはまじまじとテーブルにあったパンフレットを読み始めた。

「この定額プランって何?」

「ん?ああ。レンズ1枚に対しての料金ではなくて、ひと月ごとに料金を払うの。そうすれば、例えばコンタクトを落としちゃったりしても、追加で注文出来るから」

「へえー、それでひと月3千円もしないんだ」

「うん。レンズに傷が入っちゃっても、気兼ねなくポイッと捨てて新しいのをつけられるから、私は気に入ってるの」

工藤くんは、感心したようにしきりに頷いている。

「工藤くんも、コンタクトに興味あるの?」

「ああ。眼鏡だと、レンズとの距離が開く分、焦点が定まりにくくて目が疲れる気がするんだ。コンタクトならストレスフリーだろうな、でも俺、大ざっぱだから、絶対レンズ破いたり落としたりするだろうなって思ってて」

「分かる。私も最初そう思ってたんだけど、それなら定額プランがありますよって言われて、そうなんだ!って決めたの」

「ああ。まさに俺も今、そうなんだ!って思ってる」

あはは!と私は思わず声を上げて笑う。

「それなら工藤くんも、思い切って今日試してみたら?」

「え、できるのか?」

「うん。これから眼科で診てもらって、問題なければお試しで入れてくれるよ。あ、保険証持ってる?」

「ああ、財布に入れてある」

それなら、と、私は戻って来たスタッフの人に話をして、二人で併設された眼科に向かった。

「視力も変わらずですね。では引き続き同じものを使ってくださいね」

「はい」

私の診察はすぐに終わり、あとは工藤くんにつき添って様子を見守った。

「診察の結果、コンタクトを使用しても問題ないとのことでした。早速試してみましょうか。どのようなレンズをご希望ですか?」

白衣のお姉さんにレンズのパンフレットを広げられて、工藤くんは、うーんと悩む。

「樋口はどれ使ってるの?」

「私はこれ。2週間の使い捨てで、ドライアイになりにくいタイプのもの」

「あ、それいいな。俺も勉強してると目が乾くから。じゃあ、俺もこれにします」

かしこまりました、とお姉さんは笑顔でテキパキと準備をする。

「では早速レンズを入れてみますね。まっすぐ前を見ていてください。はい、右目入りましたよ」

「え、うわっ!」

工藤くんは遠くを見て驚きの声を上げる。

「すごっ、よく見える」

「では左目も入れますね。はい、どうですか?」

くるりと後ろを振り返り、部屋を見渡して工藤くんは感動している。

「世界が、世界が変わった…」

「あはは!工藤くん、なんか生まれ変わったみたいな口ぶりだね」

「ああ、まさにそんな気分。なんて快適なんだ。ちっとも痛くないし。俺、小学校3年生の頃から眼鏡だったから、眼鏡なしでこんなふうに見えるなんて、もう感激しかない」

工藤くんがこんなに饒舌になるなんて、と驚いていると、ふと工藤くんが私を見た。

「樋口って、こんな顔だったんだな。ぼんやりとしか見えてなかった」

「え?工藤くん、眼鏡の度が合ってなかったの?」

「そうみたい。もう3年も同じもの使ってたからな」

「やだ!ふふふ、工藤くんって完璧なイメージなのに」

思わず笑ってから、私は急に工藤くんに見とれて口をつぐむ。

(工藤くん、眼鏡かけてないとこんな顔なんだ。目がスッと切れ長で、なんか、なんて言うか…)

かっこ、いい?

次の瞬間ハッとして、頭の中に浮かんだ言葉を振り払った。

「ありがとうございました。ではお二人とも、次回は半年後にお待ちしていますね」

お姉さんに見送られて、私達はお店を出た。

「半年後か、忘れそう。あ、樋口。行く時は俺にも声かけてくれる?」

「うん、分かった。課外活動の時間に一緒に行こう」

「ああ、頼むよ。それにしてもすごいな、コンタクトって。俺もう、意味もなくあちこち見ちゃうよ」

キョロキョロする工藤くんに、私はまたしても笑ってしまう。

「これで勉強もはかどりそう?」

「そうだな。快適にできそうだ」

「良かった」

「樋口、ありがとうな」

「え?そんな、お礼を言われることなんて何も…」

「いや、樋口のおかげで世界が広がったよ。今日はすごく有意義だった」

穏やかな笑みを浮かべる工藤くんから、私はしばらく目を逸らすことができなかった。

そのあとは、せっかく補助金ももらえるしと、カフェでデザートとお茶を楽しんでから別れた。

「次回は2週間後の土曜日でいい?」

「うん、大丈夫」

「じゃあその時に、今後の予定も話し合おう。そろそろ大学のオープンキャンパスを回りたいと思ってたんだ」 

「あ、私も!」

「それなら、行き先が同じところは一緒に回ろう。考えておいて」

「うん、分かった」

家に帰ると、私は早速レポートをまとめる。

なんて書こうかと迷ったけれど、ひとまずタイムスケジュールで一日の行動を振り返り、感想と次回の展望を書く。

普段関わることのない相手と食事をしたり会話することで、自分の物事に対する見方が変わり、新鮮な気持ちになったこと。

異性とのおつき合いに対するイメージが湧き、抵抗がなくなったこと。

今後もお互いの勉強時間を削ることなく、時間を有効活用しながら見聞を広げていきたいと締めた。
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