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お似合いのカップル?
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次の日から、学校で見かける工藤くんは、眼鏡をかけていなかった。
コンタクトの調子がいいのだろう、良かった良かった、と心の中でひとりごちていると、クラスの女の子達の会話が聞こえてきた。
「ねえ、工藤くんってコンタクトにしたのかな?」
「分かんない。たまたま眼鏡が壊れただけかもよ?」
「でもさ、眼鏡ない方がいいよね」
「うん、ちょっとかっこいいよね」
やっぱりそうか。
そう思うのは私だけじゃなかったんだ。
工藤くん、眼鏡ない方が絶対いいよ。
私は他人事なのに、なぜだか嬉しくなった。
翌週になっても眼鏡をかけない工藤くんに、
「やっぱりコンタクトにしたんだね」
と、女の子達は頷き合っている。
「なんか心境の変化でもあったのかな?」
「さあねー?」
そんなやり取りが聞こえてきて、私は少し後ろめたくなる。
そしてまた約束の土曜日がやって来た。
◇◇
2回目の今回も、待ち合わせは中央図書館で10時に。
そしてまずは、今後の予定を確認する。
「オープンキャンパスの日程、調べてみた?」
「うん。ある程度カレンダーに書き込んでみたんだ」
「どれ?見せて」
工藤くんは真剣に、自分の手帳と私の手帳を見比べる。
私は伏し目がちの工藤くんの横顔をそっと見つめた。
(やっぱり眼鏡ない方がいい。目元が涼しげで、なかなかかっこいいよね)
誰にともなく心の中で呟いていると、やがて工藤くんが顔を上げた。
「二人ともかぶってる大学がいくつかあるな。そこは一緒に回ろう」
「はい」
「まずは今月末と、来月の初めと…」
工藤くんが自分の手帳に丸をつけるのを、私も身を乗り出して確認し、自分の手帳にチェックを入れる。
そのうちにあることに気づいた。
同じ大学でも、工藤くんの手帳に書かれたキャンパスは、私の志望する学部のキャンパスとは違う。
確か、この大学のこのキャンパスは…
「工藤くん、もしかして医学部志望なの?」
すると工藤くんは、ちょっと困った顔になる。
「あー、うん。まあ…、まだ決めてないけど」
「そうなんだ。あ!そう言えば、工藤くんのおうちって病院だっけ?」
同じ中学だった子がそう話しているのを聞いたことがあった。
「病院じゃなくて、医院。単なる開業医だよ」
「でもお父さん、お医者様なんでしょ?工藤くんが跡継ぎなんだね」
「別に医者になれとは言われてないんだ。だから俺も迷ってて…。こんな中途半端な状態で、医学部なんて受かりっこないと思うしね」
「そんなことは…。迷ってるっていうのは、他にやりたい仕事があるからってこと?」
「いや、俺なんかが医者を目指していいのかどうかって」
ふうん…と、私は視線を外して考え込む。
「工藤くんって、医学部に合格するだけの能力があるでしょ?それってつまり、医者になるべき人だってことだと私は思う」
え?と工藤くんは顔を上げて私を見た。
「ほら、もし私が誰かを助けたいと思っても、できることなんて限られてる。せいぜい、転びそうなおばあさんを支えるくらい。だけど工藤くんなら、もしそこでおばあさんが倒れて怪我をしても、手当をしてあげられる。病気になったら治療してあげられる。それだけのポテンシャルがあって、これから医学の道を進んでもきちんと全うできる人だもん、工藤くんは」
私がきっぱりそう言うと、工藤くんは驚いたように目を見開いている。
「医師になりたくてもなれない人がたくさんいる。だけど工藤くんなら、間違いなくなれるよ」
「あり…が、とう」
たどたどしくお礼を言う工藤くんは、しばらくうつむいたままだった。
そのあとはハンバーガーショップで簡単に昼食を済ませて、駅前のショッピングビルに向かう。
本屋さんで参考書を見るのと、私が夏用のTシャツを買うのにつき合ってもらうことになっていた。
二人並んで駅からの通りを歩いていると、大きなヘアサロンの前で若い女性スタッフに声をかけられた。
「あの、すみません。もしお時間ありましたら、カットモデルをお願いできませんか?」
え?と私達は立ち止まる。
「40分ほどお時間頂けませんか?ご希望に合わせて無料でカットさせて頂きます。私はまだアシスタントですが、仕上げはベテランのスタッフがやりますのでご心配なく。良かったらお二人同時にできますよ」
その人が振り返ると、店内から別のスタッフも出て来た。
「私達二人で、お二人にお似合いのヘアスタイルをご提案します。お二人とも、最後にカットしたのはいつ頃ですか?」
思わず私達は顔を見合わせる。
「いつだろう…、半年以上前かな?」
「え、そんなに?」
「うん。工藤くんは?」
「そう言えば、俺も3ヶ月は行ってない」
お互いに言葉を失っていると、それならぜひ!と笑顔で店内に促された。
「まあ、時間もあるし、いいか」
「そうだね」
二人で案内された席に座る。
「お荷物はこちらのカゴにどうぞ」
「あ、はい。あの、単語帳見ててもいいですか?」
「…は?!」
スタッフの女性は、工藤くんの言葉にキョトンとしている。
私は笑いをこらえるのに必死だった。
ご希望は?と聞かれて、特に思いつかない私はお任せすることにした。
今は肩下までの長さだったが、肩につかないくらいに短くしてもいいか?と聞かれて、大丈夫です、と答える。
あとはひたすらじっとしながら、時折隣で単語帳を見ている工藤くんを見ては、笑いをかみ殺していた。
「いかがでしょうか?」
40分程経って声をかけられた工藤くんが、ようやく顔を上げて鏡を見る。
「え…」
「わあ!いいね、工藤くん」
鏡の中の自分に戸惑っている工藤くんに、私は思わず声を上げる。
短く切り揃えた髪を軽くサイドに流し、鬱陶しかった前髪はすっきり整えられ、サラリと額にかかって爽やかだ。
「いい!めちゃくちゃいいよ、工藤くん」
少し前の、黒縁眼鏡にボサボサ頭の工藤くんとはまるで別人だった。
「うわー、隠れイケメンだったんだね、工藤くんって」
1人で興奮していると、できました!と私も声をかけられる。
「おお!樋口もいいよ。見違えた」
「そうかな?」
「うん。絶対こっちの方がいい」
鏡の中の私は肩よりも少し上の長さで、ボリュームを軽くしてくれたのか、ふわっと軽やかに揺れるボブだった。
「ワックスをつけて、少し髪に空気を含ませた感じにしておきますね」
お姉さんは手のひらにワックスを伸ばすと、私の髪の中に手を入れて、くしゅっと動きをつけていく。
「いかがでしょうか?お二人並んでみてください」
促されて、私達は鏡の前に並んだ。
「いいですねー。とってもお似合いのカップル!」
え、カップル?と、私達は怪訝な面持ちになる。
「お二人とも、爽やかで初々しい感じで揃えてみました。雰囲気も似てますね。どうですか?お互いの新たな一面って感じでしょうか?」
「あ、はい。まあ、そうですね」
「あら、照れちゃって可愛らしい。まだつき合い始めたばかりですか?」
「そ、そう、でしょうか、ね」
「ふふ、いいですね」
お姉さんの言葉に、工藤くんはタジタジになっている。
「ありがとうございましたー!」
スタッフの皆さんに明るく見送られ、私達はうつむいたまま歩き出す。
「なんか調子狂うな」
「そうだね。でもほんと、工藤くんかっこよくなったよ。断然こっちの方がいい」
「樋口もな。めちゃくちゃ可愛くなった」
え!と私は真っ赤になる。
工藤くんの口から、可愛いなんて言葉が出てくるとは思わなかった。
二人してギクシャクと固い動きで歩き続ける。
「とにかく、本屋に行こう。参考書を見れば、いつもの自分を取り戻せる」
「うん、そうだね」
私達はビルの5階にある本屋さんに向かった。
参考書のコーナーに行くと、私も工藤くんもスイッチが入ったように、それぞれお目当ての本を手に取ってじっくりと吟味する。
数学の参考書を選びながら思わずため息をつくと、工藤くんが顔を上げた。
「どうかした?」
「あ、うん。私、数学が苦手で…。なんとかしたいんだけど、どの参考書がいいのかも分からなくて」
すると工藤くんは、手にしていた本を棚に戻し、私の横に並んで選び始めた。
「これとか、なかなかいいよ」
渡された本をパラパラとめくってみる。
「うーん、私にはちょっと難しいかも。これの少し手前、みたいなの、ある?」
「それなら、これかな?」
迷うことなく手を伸ばした工藤くんから受け取り、中を見てみた。
「あ、いいかも!分かりやすいし、ちょうど私のレベルに合ってる気がする」
「そう?それならその参考書、俺が持ってるやつあげる」
「ええ?!工藤くんの?そんな、ダメだよ。工藤くんだって必要でしょ?」
「いや、俺はもうこのレベルは必要ない」
うぐっ、と私は妙な声を漏らす。
「家にあっても二度と見ることはないから、もらって」
「は、はい。そうおっしゃるならありがたく頂戴致します」
「うん、今度持って来る。あ、月曜日に学校で渡そうか?」
「いえいえいえ!学校で接触する訳にはいかないので」
「そう?それなら、明日も会おう」
は?と私は目が点になる。
「明日?今日会ったばかりなのに?」
「うん。活動は月に最低2回って決まりだけど上限はないし、連日会っても差し支えないだろ?」
「そうだけど…。工藤くんの勉強時間が減っちゃうよ?」
「それなら、明日は参考書を渡すだけにする。俺はそのまま図書館で勉強するから、大丈夫」
「そっか、分かった。じゃあ明日も10時に図書館に行けばいい?」
「ああ」
「ありがとう!」
笑顔でお礼を言うと、工藤くんは少し驚いたような表情のあと、頬を緩めてふっと笑った。
今日の最後の予定は、私の買い物だった。
本屋さんの下の階に、ファストファッションの大型店舗が入っている。
私はシンプルなTシャツと、薄手のロングカーディガンをパパッと選んでレジに向かう。
会計を済ませて、お待たせ、と工藤くんを振り返ると、ふとメンズコーナーの服が目についた。
「ね、工藤くん。ちょっとこれ当ててみて」
私は水色の半袖シャツを、工藤くんの胸に当てた。
「あ、いいね!工藤くん、この色似合うよ」
「え、そうか?こんな色着たことないけど」
「着たことないだけで、本当は似合うんだって。こういう色の服、持ってないの?」
「ああ。いつも下は黒、上は白って決まってるから」
「決まってるって、誰が決めたの?」
「俺」
しばしポカンとしたあと、私は思わず吹き出して笑う。
「あはは!工藤くんって、真面目なのか面白いのか分かんない」
「は?この俺に面白い要素なんて、どこにあるんだ?」
「そのセリフも面白いよ。あはは!」
工藤くんは、いよいよ眉を寄せてしかめっ面になる。
「ね、このブルーのシャツ、補助金で買えるかな?」
「え、買うの?俺に?」
「うん。どうしてもこれを着た工藤くん、見てみたいんだもん」
「はあ?何を期待してるのかさっぱり分からん」
「いいから!ね、買っちゃおうよ」
「んー、補助金は主に交通費と飲食代ってことだったから、これは下りないかもよ?」
「そっか、残念…」
しょんぼりしながら服を棚に戻そうとすると、工藤くんが横から手を伸ばしてきた。
「期待に添える保証はないぞ?」
そう言い残し、シャツを手にしてレジに向かう。
私はパチパチと瞬きを繰り返してから、工藤くんの後ろ姿に満面の笑みを浮かべた。
◇◇
(えーっと、今日の活動内容は…)
帰宅して夕食を済ませると、私は机に向かってレポートに取り掛かる。
オープンキャンパスの予定を立てたこと、昼食を食べ、参考書を選んでから服を買ったことは書いたが、カットモデルをしたことは何だか気恥ずかしくて省いてしまった。
(ま、いいか。事細かく全て書く必要はないよね)
最後に感想として、随分打ち解けて話せるようになったこと、オープンキャンパスも一緒に回ることになり、心強いと感じたこと、参考書選びも良いアドバイスをもらえたことなどを書く。
一人の時よりも二人でいる方が有意義な時間を過ごせている気がする。この調子で時間を重ねていきたい、と記した。
コンタクトの調子がいいのだろう、良かった良かった、と心の中でひとりごちていると、クラスの女の子達の会話が聞こえてきた。
「ねえ、工藤くんってコンタクトにしたのかな?」
「分かんない。たまたま眼鏡が壊れただけかもよ?」
「でもさ、眼鏡ない方がいいよね」
「うん、ちょっとかっこいいよね」
やっぱりそうか。
そう思うのは私だけじゃなかったんだ。
工藤くん、眼鏡ない方が絶対いいよ。
私は他人事なのに、なぜだか嬉しくなった。
翌週になっても眼鏡をかけない工藤くんに、
「やっぱりコンタクトにしたんだね」
と、女の子達は頷き合っている。
「なんか心境の変化でもあったのかな?」
「さあねー?」
そんなやり取りが聞こえてきて、私は少し後ろめたくなる。
そしてまた約束の土曜日がやって来た。
◇◇
2回目の今回も、待ち合わせは中央図書館で10時に。
そしてまずは、今後の予定を確認する。
「オープンキャンパスの日程、調べてみた?」
「うん。ある程度カレンダーに書き込んでみたんだ」
「どれ?見せて」
工藤くんは真剣に、自分の手帳と私の手帳を見比べる。
私は伏し目がちの工藤くんの横顔をそっと見つめた。
(やっぱり眼鏡ない方がいい。目元が涼しげで、なかなかかっこいいよね)
誰にともなく心の中で呟いていると、やがて工藤くんが顔を上げた。
「二人ともかぶってる大学がいくつかあるな。そこは一緒に回ろう」
「はい」
「まずは今月末と、来月の初めと…」
工藤くんが自分の手帳に丸をつけるのを、私も身を乗り出して確認し、自分の手帳にチェックを入れる。
そのうちにあることに気づいた。
同じ大学でも、工藤くんの手帳に書かれたキャンパスは、私の志望する学部のキャンパスとは違う。
確か、この大学のこのキャンパスは…
「工藤くん、もしかして医学部志望なの?」
すると工藤くんは、ちょっと困った顔になる。
「あー、うん。まあ…、まだ決めてないけど」
「そうなんだ。あ!そう言えば、工藤くんのおうちって病院だっけ?」
同じ中学だった子がそう話しているのを聞いたことがあった。
「病院じゃなくて、医院。単なる開業医だよ」
「でもお父さん、お医者様なんでしょ?工藤くんが跡継ぎなんだね」
「別に医者になれとは言われてないんだ。だから俺も迷ってて…。こんな中途半端な状態で、医学部なんて受かりっこないと思うしね」
「そんなことは…。迷ってるっていうのは、他にやりたい仕事があるからってこと?」
「いや、俺なんかが医者を目指していいのかどうかって」
ふうん…と、私は視線を外して考え込む。
「工藤くんって、医学部に合格するだけの能力があるでしょ?それってつまり、医者になるべき人だってことだと私は思う」
え?と工藤くんは顔を上げて私を見た。
「ほら、もし私が誰かを助けたいと思っても、できることなんて限られてる。せいぜい、転びそうなおばあさんを支えるくらい。だけど工藤くんなら、もしそこでおばあさんが倒れて怪我をしても、手当をしてあげられる。病気になったら治療してあげられる。それだけのポテンシャルがあって、これから医学の道を進んでもきちんと全うできる人だもん、工藤くんは」
私がきっぱりそう言うと、工藤くんは驚いたように目を見開いている。
「医師になりたくてもなれない人がたくさんいる。だけど工藤くんなら、間違いなくなれるよ」
「あり…が、とう」
たどたどしくお礼を言う工藤くんは、しばらくうつむいたままだった。
そのあとはハンバーガーショップで簡単に昼食を済ませて、駅前のショッピングビルに向かう。
本屋さんで参考書を見るのと、私が夏用のTシャツを買うのにつき合ってもらうことになっていた。
二人並んで駅からの通りを歩いていると、大きなヘアサロンの前で若い女性スタッフに声をかけられた。
「あの、すみません。もしお時間ありましたら、カットモデルをお願いできませんか?」
え?と私達は立ち止まる。
「40分ほどお時間頂けませんか?ご希望に合わせて無料でカットさせて頂きます。私はまだアシスタントですが、仕上げはベテランのスタッフがやりますのでご心配なく。良かったらお二人同時にできますよ」
その人が振り返ると、店内から別のスタッフも出て来た。
「私達二人で、お二人にお似合いのヘアスタイルをご提案します。お二人とも、最後にカットしたのはいつ頃ですか?」
思わず私達は顔を見合わせる。
「いつだろう…、半年以上前かな?」
「え、そんなに?」
「うん。工藤くんは?」
「そう言えば、俺も3ヶ月は行ってない」
お互いに言葉を失っていると、それならぜひ!と笑顔で店内に促された。
「まあ、時間もあるし、いいか」
「そうだね」
二人で案内された席に座る。
「お荷物はこちらのカゴにどうぞ」
「あ、はい。あの、単語帳見ててもいいですか?」
「…は?!」
スタッフの女性は、工藤くんの言葉にキョトンとしている。
私は笑いをこらえるのに必死だった。
ご希望は?と聞かれて、特に思いつかない私はお任せすることにした。
今は肩下までの長さだったが、肩につかないくらいに短くしてもいいか?と聞かれて、大丈夫です、と答える。
あとはひたすらじっとしながら、時折隣で単語帳を見ている工藤くんを見ては、笑いをかみ殺していた。
「いかがでしょうか?」
40分程経って声をかけられた工藤くんが、ようやく顔を上げて鏡を見る。
「え…」
「わあ!いいね、工藤くん」
鏡の中の自分に戸惑っている工藤くんに、私は思わず声を上げる。
短く切り揃えた髪を軽くサイドに流し、鬱陶しかった前髪はすっきり整えられ、サラリと額にかかって爽やかだ。
「いい!めちゃくちゃいいよ、工藤くん」
少し前の、黒縁眼鏡にボサボサ頭の工藤くんとはまるで別人だった。
「うわー、隠れイケメンだったんだね、工藤くんって」
1人で興奮していると、できました!と私も声をかけられる。
「おお!樋口もいいよ。見違えた」
「そうかな?」
「うん。絶対こっちの方がいい」
鏡の中の私は肩よりも少し上の長さで、ボリュームを軽くしてくれたのか、ふわっと軽やかに揺れるボブだった。
「ワックスをつけて、少し髪に空気を含ませた感じにしておきますね」
お姉さんは手のひらにワックスを伸ばすと、私の髪の中に手を入れて、くしゅっと動きをつけていく。
「いかがでしょうか?お二人並んでみてください」
促されて、私達は鏡の前に並んだ。
「いいですねー。とってもお似合いのカップル!」
え、カップル?と、私達は怪訝な面持ちになる。
「お二人とも、爽やかで初々しい感じで揃えてみました。雰囲気も似てますね。どうですか?お互いの新たな一面って感じでしょうか?」
「あ、はい。まあ、そうですね」
「あら、照れちゃって可愛らしい。まだつき合い始めたばかりですか?」
「そ、そう、でしょうか、ね」
「ふふ、いいですね」
お姉さんの言葉に、工藤くんはタジタジになっている。
「ありがとうございましたー!」
スタッフの皆さんに明るく見送られ、私達はうつむいたまま歩き出す。
「なんか調子狂うな」
「そうだね。でもほんと、工藤くんかっこよくなったよ。断然こっちの方がいい」
「樋口もな。めちゃくちゃ可愛くなった」
え!と私は真っ赤になる。
工藤くんの口から、可愛いなんて言葉が出てくるとは思わなかった。
二人してギクシャクと固い動きで歩き続ける。
「とにかく、本屋に行こう。参考書を見れば、いつもの自分を取り戻せる」
「うん、そうだね」
私達はビルの5階にある本屋さんに向かった。
参考書のコーナーに行くと、私も工藤くんもスイッチが入ったように、それぞれお目当ての本を手に取ってじっくりと吟味する。
数学の参考書を選びながら思わずため息をつくと、工藤くんが顔を上げた。
「どうかした?」
「あ、うん。私、数学が苦手で…。なんとかしたいんだけど、どの参考書がいいのかも分からなくて」
すると工藤くんは、手にしていた本を棚に戻し、私の横に並んで選び始めた。
「これとか、なかなかいいよ」
渡された本をパラパラとめくってみる。
「うーん、私にはちょっと難しいかも。これの少し手前、みたいなの、ある?」
「それなら、これかな?」
迷うことなく手を伸ばした工藤くんから受け取り、中を見てみた。
「あ、いいかも!分かりやすいし、ちょうど私のレベルに合ってる気がする」
「そう?それならその参考書、俺が持ってるやつあげる」
「ええ?!工藤くんの?そんな、ダメだよ。工藤くんだって必要でしょ?」
「いや、俺はもうこのレベルは必要ない」
うぐっ、と私は妙な声を漏らす。
「家にあっても二度と見ることはないから、もらって」
「は、はい。そうおっしゃるならありがたく頂戴致します」
「うん、今度持って来る。あ、月曜日に学校で渡そうか?」
「いえいえいえ!学校で接触する訳にはいかないので」
「そう?それなら、明日も会おう」
は?と私は目が点になる。
「明日?今日会ったばかりなのに?」
「うん。活動は月に最低2回って決まりだけど上限はないし、連日会っても差し支えないだろ?」
「そうだけど…。工藤くんの勉強時間が減っちゃうよ?」
「それなら、明日は参考書を渡すだけにする。俺はそのまま図書館で勉強するから、大丈夫」
「そっか、分かった。じゃあ明日も10時に図書館に行けばいい?」
「ああ」
「ありがとう!」
笑顔でお礼を言うと、工藤くんは少し驚いたような表情のあと、頬を緩めてふっと笑った。
今日の最後の予定は、私の買い物だった。
本屋さんの下の階に、ファストファッションの大型店舗が入っている。
私はシンプルなTシャツと、薄手のロングカーディガンをパパッと選んでレジに向かう。
会計を済ませて、お待たせ、と工藤くんを振り返ると、ふとメンズコーナーの服が目についた。
「ね、工藤くん。ちょっとこれ当ててみて」
私は水色の半袖シャツを、工藤くんの胸に当てた。
「あ、いいね!工藤くん、この色似合うよ」
「え、そうか?こんな色着たことないけど」
「着たことないだけで、本当は似合うんだって。こういう色の服、持ってないの?」
「ああ。いつも下は黒、上は白って決まってるから」
「決まってるって、誰が決めたの?」
「俺」
しばしポカンとしたあと、私は思わず吹き出して笑う。
「あはは!工藤くんって、真面目なのか面白いのか分かんない」
「は?この俺に面白い要素なんて、どこにあるんだ?」
「そのセリフも面白いよ。あはは!」
工藤くんは、いよいよ眉を寄せてしかめっ面になる。
「ね、このブルーのシャツ、補助金で買えるかな?」
「え、買うの?俺に?」
「うん。どうしてもこれを着た工藤くん、見てみたいんだもん」
「はあ?何を期待してるのかさっぱり分からん」
「いいから!ね、買っちゃおうよ」
「んー、補助金は主に交通費と飲食代ってことだったから、これは下りないかもよ?」
「そっか、残念…」
しょんぼりしながら服を棚に戻そうとすると、工藤くんが横から手を伸ばしてきた。
「期待に添える保証はないぞ?」
そう言い残し、シャツを手にしてレジに向かう。
私はパチパチと瞬きを繰り返してから、工藤くんの後ろ姿に満面の笑みを浮かべた。
◇◇
(えーっと、今日の活動内容は…)
帰宅して夕食を済ませると、私は机に向かってレポートに取り掛かる。
オープンキャンパスの予定を立てたこと、昼食を食べ、参考書を選んでから服を買ったことは書いたが、カットモデルをしたことは何だか気恥ずかしくて省いてしまった。
(ま、いいか。事細かく全て書く必要はないよね)
最後に感想として、随分打ち解けて話せるようになったこと、オープンキャンパスも一緒に回ることになり、心強いと感じたこと、参考書選びも良いアドバイスをもらえたことなどを書く。
一人の時よりも二人でいる方が有意義な時間を過ごせている気がする。この調子で時間を重ねていきたい、と記した。
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※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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