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言い合いと仲直り
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「わあ!工藤くん、やっぱりよく似合ってる!」
次の日。
待ち合わせの図書館に現れた工藤くんを見て、私は挨拶の言葉よりも先にそう言ってしまった。
工藤くんは、昨日のブルーのシャツを着ていたからだ。
「おはよう!早速着て来てくれたんだね」
「おはよう。なんか落ち着かないんだけど。ほんとにこれで大丈夫?」
「もちろん!私の見立てた通り、よくお似合いです」
「そうですか。ご期待に添えたようで、何よりです」
「あはは!」
どこまでも真面目を貫く工藤くんも、私の期待通りで笑ってしまう。
二人で談話スペースのいつものテーブルに着くと、工藤くんはカバンから参考書を取り出した。
「はい、これ。昨日言ってたやつ」
「ありがとう!本当に頂いてもいいの?」
「もちろん、どうぞ」
私はもう一度お礼を言うと、パラパラとめくってみた。
どのページもびっしりと書き込みがしてある。
「すごいねぇ。しっかり参考書を解き潰すって、こういうことを言うんだろうな。きっと隅から隅まで頭の中に入ってるんでしょ?工藤くんは、ただ頭がいい人なんじゃない。誰よりも努力して、知識を身につけた人なんだね」
そう呟いてから顔を上げると、工藤くんは顔を赤くして固まっていた。
「え?どうかした?」
「いや、別に」
そしてそそくさと、カバンから手帳を取り出す。
「あの…。昨日のオープンキャンパスの話の続きなんだけど」
「うん。なに?」
「俺、決めた。医学部に絞って受験する」
えっ!と私は息を呑んだ。
「すごい!決めたんだね、医学部への道。工藤くんなら絶対に受かるよ。私、誰よりも応援するから」
「ありがとう。だからオープンキャンパスも、ごめん。樋口と同じところは回らない」
「うん、分かった。もちろんそれでいいよ」
「でも、できるだけつき添って一緒に行くよ」
「え、いいよ。工藤くんに関係のないところばっかりだよ?」
「いや、色々見ておくのは参考になるから。それよりも、樋口に聞きたいことがあって」
「なに?」
「ああ。昨日樋口が挙げた大学は、全部滑り止めだろ?本命はどこ?差し支えなければ教えて欲しい」
ん?と、私は首をひねる。
「昨日伝えた大学、滑り止めなんかじゃないよ。この中から選ぼうと思ってる」
「え、嘘だろ?樋口なら余裕で受かる大学ばっかりじゃないか」
「まさか、そんな。それに私、指定校推薦で決めようと思ってるの」
ええー?!と、工藤くんは更に驚く。
「樋口なら、国公立の上位校目指すとばかり思ってた」
「いやいや。私、数学苦手だしさ。指定校推薦でこの辺りの大学、どこかに行ければそれで充分満足なんだ」
工藤くんは、納得いかないとばかりに腕を組む。
心なしかムッとしているようにも見えた。
「樋口のこと、なんかちょっと見損なった」
「…は?なに、急に」
「だって俺、昨日の樋口の言葉を聞いて腹くくったんだ。よしって気合い入れ直して、医学部受験しようって覚悟決めた。樋口がすごくかっこよく思えてさ。負けてたまるかって焚きつけられた。なのに樋口は、自分には激甘なんだな」
「はあー?なんで工藤くんにそんなこと言われなきゃいけないのよ?」
「知るかよ。最初にふっかけたのはそっちだろ?」
「ふっかけてなんかない!勝手に決めないで」
「ああ分かったよ!勝手に俺が勘違いして、お前の言葉に感銘受けたりなんかして、悪かったな!」
「何その言い方。もういい!」
私は参考書とカバンを手に、勢い良く立ち上がる。
ちらりと視線を向けると、工藤くんは唇を引き結んでうつむいていた。
切れ長の目元と爽やかな髪型の工藤くんは、ブルーのシャツがよく似合っていてかっこいい。
そんなことを考えてしまった自分に腹が立ち、私は急いでその場を去った。
◇◇
「おはよう!樋口さん、髪切ったんだね。心境の変化でもあったの?」
翌日の月曜日。
登校して教室に入ると、隣の席の沢田さんに話しかけられた。
「おはよう。暑くなってきたから、短くしたかっただけなの」
咄嗟にどうでもいいような口調でそう言ってしまう。
「そうなんだ。でもすごく似合ってる」
「え、そうかな?」
「うん。いいなー、私もイメチェンしようかなー」
沢田さんは、長い髪の毛先をクルンと指に巻きつけながら首を傾げる。
(女の子っぽいなぁ。私にはこういう可愛らしさ、欠片もないわ)
ふいに昨日の工藤くんとのやり取りを思い出して、はあ…とため息をついてしまった。
「ん?樋口さん、なんか悩みごと?」
「あ、ううん。別に」
「そう?」
またもや可愛く首を傾げてみせる沢田さんに、愛想笑いで誤魔化していると、後ろの席の笠原くんが登校してきた。
「おはよう、沢田」
「あ、おはよう」
その途端、二人の間に何やらホワワーンとした空気が流れる。
(ん?なんだ?)
気のせいかとも思ったが、やはり私には馴染みのないメルヘンな雰囲気が漂っている。
(あ!沢田さんと笠原くんのスクバ、同じマスコットがついてる)
二人のスクールバッグを交互に見比べると、犬のキャラクターのキーホルダーがついていた。
沢田さんのは女の子、笠原くんのは男の子で、お揃いのマスコットだ。
(なーるほど!二人って課外活動のペアなんだ)
ふむふむと納得した私は、他の人も観察してみた。
すると、何人かいつもと様子が違う人がいる。
髪型や雰囲気が変わっていたり、特定の人を目で追っていたり。
分かりやすく、次はいつ会える?と話し合っているペアもいた。
(そっか。みんな課外活動で何度かデートした頃だもんね。いい感じになってるんだなぁ)
ニンマリしてしまってから、昨日の散々な出来事を思い出して、またため息をつく。
結局私は、次にいつ会うか、工藤くんと決めていないままだった。
◇◇
(あーあ、明日はオープンキャンパスか)
あれから2週間が経ち、相変わらず何も工藤くんとやり取りしないまま、私は最初のオープンキャンパスの日を翌日に控えていた。
(ま、いいか。どのみち工藤くんには関係のない大学だもんね。一人で気ままに見学してこよう)
そう気持ちを切り替えて机に向かい、参考書を解いていた時だった。
スマートフォンに工藤くんからメッセージが届いた。
(なんだろう…)
嬉しいような、読むのが怖いような…
ドキドキしながら画面を開く。
『こんばんは。明日のオープンキャンパス、9時に駅前で待ち合わせでいい?』
え、いやいや。
あなたに関係のない大学ですし。
一人で行くので結構です。
そう返信しようとして手を止める。
しばらく考えてから、思い切って入力した。
『こんばんは。はい、それで大丈夫です。よろしくお願いします』
迷う前に送信する。
そうだ、深く考えてはいけない。
淡々とやり取りしよう。
相手はケンケンだけど。
真顔で画面を見つめていると、すぐに返事が来た。
『分かった。じゃあ、明日。おやすみ』
『はい。おやすみなさい』
ケンケンと淡々とやり取りして、私はスマートフォンを机に置いた。
◇◇
「おはようございます」
「おはよう。行こうか」
「はい」
翌日、待ち合わせの駅に現れた工藤くんは、以前と変わらない黒のボトムに白いTシャツ姿だった。
なんとなく気まずい雰囲気のまま、私達は駅の改札を通って電車に乗る。
それ程混んではいないが席は空いておらず、私達は車両の奥まで進んで黙ったまま電車に揺られていた。
しばらくして大きな駅に着くと、一気に大勢の人が乗り込んできた。
どうやら同じオープンキャンパスに行く学生らしい。
ギュウギュウのすし詰め状態になり、私は奥の車両連結ドアに追いやられた。
それでもまだ人がぐいぐいと押し寄せて来て、私はドアと板挟みになり、身体がよじれて思わず顔をしかめる。
と、工藤くんが私の顔の両側に手をつき、かばうようにして囲ってくれた。
少し空間ができて、私はホッと息をつく。
「ありがとう」
小さくお礼を言うと、工藤くんは頷いた。
そして私よりも更に小さな声で呟く。
「樋口、この間はごめん」
耳元でささやかれる声に、私は思わずドキッとする。
「ううん、私の方こそごめんなさい」
そのあとも、やっぱり無言のまま電車に揺られる。
けれどさっきまでの気まずい沈黙ではなく、気恥ずかしい沈黙に変わっていた。
駅に着くと、また一斉に人の波が動き出す。
流されるように電車から降りると、私と工藤くんの距離が開いていた。
「樋口」
呼ばれて顔を上げると、工藤くんは左手を伸ばし、私の右手を繋いで歩き出す。
人混みから抜け出しても手を離すタイミングがつかめず、結局大学に着くまで繋いだまま歩いた。
「オープンキャンパスのパンフレットです!」
大学の入り口で渡されたパンフレットを手に取り、ようやく私達は手を離す。
思わずパンフレットで扇ぎたくなるくらい顔が火照っていた。
「樋口、どれに参加したい?キャンパスツアーとか?」
パンフレットに書かれたスケジュールを見ながら、工藤くんが聞いてくる。
「んー、キャンパスツアーはいいかな。自分で自由に見て回りたいから。あ、この模擬講義は聴きたい。あとは、部活とサークル見学もいくつか」
「え、樋口って何か部活やりたいの?今は帰宅部だよな?」
「うん。中学の時はソフトテニス部だったの。高校は受験に専念したくて入らなかったけど、またやりたいなって思ってて」
「へえー、知らなかった」
「工藤くんは?何かやってたの?」
「小学校の時からサッカーやってた。高校は、樋口と同じ理由で帰宅部だけど」
サッカー?!と、私は意外な返事に驚く。
「工藤くんが、サッカー?なんかちょっと、想像つかないんだけど…」
「あ、今、たいして上手くない俺を想像してるだろ」
「うん。…って、あ!ごめんなさい」
「ははは!いや、いいよ。多分、樋口の想像よりは上手いと思うよ?」
「そうなんだ!いつか見てみたいな、工藤くんがサッカーやってるところ」
そんな話をしながら、まずは時間が合う模擬講義の教室に向かう。
「わあ、広いね」
「ああ」
階段状の長いテーブルの席に並んで座り、マイクで講義をする教授の話に耳を傾ける。
テーマは国際教養についてだった。
「樋口って、文学部志望だっけ?」
20分程の短い講義のあと、教室を出ると工藤くんが尋ねてきた。
「文学部にこだわってる訳ではなくて、できれば将来英語を使った仕事がしたいの。だから、大学によっては国際コミュニケーション学部とか、要は国際系の学部に行きたいなって」
「なるほど」
「でも具体的にどんな仕事がしたいかは漠然としてて…。卒業後のビジョンが見えてないから、そんなのでいいのかなって焦ってる」
「今はそれでいいんじゃない?だって、可能性を広めるのが大学だからさ。ガチガチに意思を固めてから学ぶのもいいけど、ある程度フレキシブルに頭を柔らかくして知識を吸収してから、進む道を決めるのもいいと思うよ」
私は工藤くんの言葉をじっと頭の中で噛みしめる。
「そっか、そうだよね。ありがとう!なんだか気が楽になった。楽しみだな、大学生生活。学びたいことたくさん!」
ふふっと笑うと、工藤くんも穏やかに微笑んでくれる。
「その為には受験勉強、がんばらなきゃね!」
「ああ、そうだな。お互い夢の為にがんばろう」
「うん!工藤くんもがんばってるんだって思うと、なんかやる気が湧いてくる」
「そうか?」
「そうだよ。頼もしい戦友だね」
二人で他愛もない話をしながら、キャンパスを歩いて回る。
すれ違う大学生達がキラキラと輝いて見えた。
学食で安くて美味しい定食を食べると、購買部に行き、工藤くんは並んだ本をじっくり眺め始めた。
「大学のテキストってすごいな。こんなの本屋さんで見たことない」
「教授が書いてる本だもんね。気に入った本があれば、それを書いた教授が講義してる大学に行くっていうのもアリかな?」
「ああ、もちろん。この教授がいるからって理由で志望校を決めるのも、立派な志望動機だよ」
「そうだよね。私、興味のある本、色々読んでみる。それにしても、工藤くんといると、やるべきことや自分の考えがはっきりと見えてくる気がする。色々ありがとう、工藤くん」
「いや、そんな。こちらこそありがとう。俺も樋口から良い刺激をもらってるよ」
「そうなの?だといいけど」
私達は広いキャンパスをのんびりと見て回った。
カフェテリアで休憩し、行き交う学生達を見ながらなんとなく口を開く。
「私、大学生活は誰とどんなふうに過ごすんだろう。工藤くんとは同じ大学に行かないし、工藤くんよりも2年早く社会に出るんだよね。今はこうして一緒にいるけど、来年の今頃はもう私は工藤くんと接点もなくなるんだろうな」
ついこの間までは、同じ学校にいながらしゃべったこともない相手だったのに、と私は不思議な気持ちになる。
ふと隣を見ると、工藤くんはじっとうつむいて手にしたコーヒーカップを見つめていた。
そのあとは今後のオープンキャンパスの予定を確認してから、家路につく。
今後しばらく、活動内容はオープンキャンパス巡りになりそうだった。
駅前で工藤くんと別れて、帰宅すると早速レポートを書く。
オープンキャンパスの内容や、工藤くんと話したことで自分の考えがまとまったこと。
志望校選びのヒントも得られたことなどを書いていく。
そのうちに、先日工藤くんと言い合いになったことを思い出した。
結局あの日は活動したとは言えず、レポートも書いていなかった。
(工藤くん、どうしてあんなに機嫌が悪くなったんだろう。私は工藤くんが医学部受験を決めて嬉しくなったのに)
あの時工藤くんは私に、自分には激甘なんだな、と言っていたっけ。
(それって、大学の選び方ってこと?いや、それも含めて将来のこととか?)
私はもう一度自問自答する。
どうして指定校推薦で大学を決めようとしているのか。
それは、早く決めて楽になりたいから。
指定校推薦でうちの高校に話が来ている大学は、いわゆる中堅と言われるレベルの大学。
そこに入れれば充分かな、と思っていた。
どうしてもここに行きたい!
この学部で学びたいことがある!
そんな気持ちは微塵もない。
(え、それで指定校推薦受けるってダメでしょ)
今更ながら、そのことに気づく。
(楽して入学して、そのあとも適当に大学の4年間を過ごすの?就職も適当に決めるの?工藤くんは医学部受験を決めて、これから厳しい医学の道を進む覚悟をしたのに?)
沸々と、このままではいけないという気持ちが湧いてくる。
(私、もっとちゃんと考えよう。志望校も1から考え直す)
それを今度、工藤くんにも伝えようと思った。
次の日。
待ち合わせの図書館に現れた工藤くんを見て、私は挨拶の言葉よりも先にそう言ってしまった。
工藤くんは、昨日のブルーのシャツを着ていたからだ。
「おはよう!早速着て来てくれたんだね」
「おはよう。なんか落ち着かないんだけど。ほんとにこれで大丈夫?」
「もちろん!私の見立てた通り、よくお似合いです」
「そうですか。ご期待に添えたようで、何よりです」
「あはは!」
どこまでも真面目を貫く工藤くんも、私の期待通りで笑ってしまう。
二人で談話スペースのいつものテーブルに着くと、工藤くんはカバンから参考書を取り出した。
「はい、これ。昨日言ってたやつ」
「ありがとう!本当に頂いてもいいの?」
「もちろん、どうぞ」
私はもう一度お礼を言うと、パラパラとめくってみた。
どのページもびっしりと書き込みがしてある。
「すごいねぇ。しっかり参考書を解き潰すって、こういうことを言うんだろうな。きっと隅から隅まで頭の中に入ってるんでしょ?工藤くんは、ただ頭がいい人なんじゃない。誰よりも努力して、知識を身につけた人なんだね」
そう呟いてから顔を上げると、工藤くんは顔を赤くして固まっていた。
「え?どうかした?」
「いや、別に」
そしてそそくさと、カバンから手帳を取り出す。
「あの…。昨日のオープンキャンパスの話の続きなんだけど」
「うん。なに?」
「俺、決めた。医学部に絞って受験する」
えっ!と私は息を呑んだ。
「すごい!決めたんだね、医学部への道。工藤くんなら絶対に受かるよ。私、誰よりも応援するから」
「ありがとう。だからオープンキャンパスも、ごめん。樋口と同じところは回らない」
「うん、分かった。もちろんそれでいいよ」
「でも、できるだけつき添って一緒に行くよ」
「え、いいよ。工藤くんに関係のないところばっかりだよ?」
「いや、色々見ておくのは参考になるから。それよりも、樋口に聞きたいことがあって」
「なに?」
「ああ。昨日樋口が挙げた大学は、全部滑り止めだろ?本命はどこ?差し支えなければ教えて欲しい」
ん?と、私は首をひねる。
「昨日伝えた大学、滑り止めなんかじゃないよ。この中から選ぼうと思ってる」
「え、嘘だろ?樋口なら余裕で受かる大学ばっかりじゃないか」
「まさか、そんな。それに私、指定校推薦で決めようと思ってるの」
ええー?!と、工藤くんは更に驚く。
「樋口なら、国公立の上位校目指すとばかり思ってた」
「いやいや。私、数学苦手だしさ。指定校推薦でこの辺りの大学、どこかに行ければそれで充分満足なんだ」
工藤くんは、納得いかないとばかりに腕を組む。
心なしかムッとしているようにも見えた。
「樋口のこと、なんかちょっと見損なった」
「…は?なに、急に」
「だって俺、昨日の樋口の言葉を聞いて腹くくったんだ。よしって気合い入れ直して、医学部受験しようって覚悟決めた。樋口がすごくかっこよく思えてさ。負けてたまるかって焚きつけられた。なのに樋口は、自分には激甘なんだな」
「はあー?なんで工藤くんにそんなこと言われなきゃいけないのよ?」
「知るかよ。最初にふっかけたのはそっちだろ?」
「ふっかけてなんかない!勝手に決めないで」
「ああ分かったよ!勝手に俺が勘違いして、お前の言葉に感銘受けたりなんかして、悪かったな!」
「何その言い方。もういい!」
私は参考書とカバンを手に、勢い良く立ち上がる。
ちらりと視線を向けると、工藤くんは唇を引き結んでうつむいていた。
切れ長の目元と爽やかな髪型の工藤くんは、ブルーのシャツがよく似合っていてかっこいい。
そんなことを考えてしまった自分に腹が立ち、私は急いでその場を去った。
◇◇
「おはよう!樋口さん、髪切ったんだね。心境の変化でもあったの?」
翌日の月曜日。
登校して教室に入ると、隣の席の沢田さんに話しかけられた。
「おはよう。暑くなってきたから、短くしたかっただけなの」
咄嗟にどうでもいいような口調でそう言ってしまう。
「そうなんだ。でもすごく似合ってる」
「え、そうかな?」
「うん。いいなー、私もイメチェンしようかなー」
沢田さんは、長い髪の毛先をクルンと指に巻きつけながら首を傾げる。
(女の子っぽいなぁ。私にはこういう可愛らしさ、欠片もないわ)
ふいに昨日の工藤くんとのやり取りを思い出して、はあ…とため息をついてしまった。
「ん?樋口さん、なんか悩みごと?」
「あ、ううん。別に」
「そう?」
またもや可愛く首を傾げてみせる沢田さんに、愛想笑いで誤魔化していると、後ろの席の笠原くんが登校してきた。
「おはよう、沢田」
「あ、おはよう」
その途端、二人の間に何やらホワワーンとした空気が流れる。
(ん?なんだ?)
気のせいかとも思ったが、やはり私には馴染みのないメルヘンな雰囲気が漂っている。
(あ!沢田さんと笠原くんのスクバ、同じマスコットがついてる)
二人のスクールバッグを交互に見比べると、犬のキャラクターのキーホルダーがついていた。
沢田さんのは女の子、笠原くんのは男の子で、お揃いのマスコットだ。
(なーるほど!二人って課外活動のペアなんだ)
ふむふむと納得した私は、他の人も観察してみた。
すると、何人かいつもと様子が違う人がいる。
髪型や雰囲気が変わっていたり、特定の人を目で追っていたり。
分かりやすく、次はいつ会える?と話し合っているペアもいた。
(そっか。みんな課外活動で何度かデートした頃だもんね。いい感じになってるんだなぁ)
ニンマリしてしまってから、昨日の散々な出来事を思い出して、またため息をつく。
結局私は、次にいつ会うか、工藤くんと決めていないままだった。
◇◇
(あーあ、明日はオープンキャンパスか)
あれから2週間が経ち、相変わらず何も工藤くんとやり取りしないまま、私は最初のオープンキャンパスの日を翌日に控えていた。
(ま、いいか。どのみち工藤くんには関係のない大学だもんね。一人で気ままに見学してこよう)
そう気持ちを切り替えて机に向かい、参考書を解いていた時だった。
スマートフォンに工藤くんからメッセージが届いた。
(なんだろう…)
嬉しいような、読むのが怖いような…
ドキドキしながら画面を開く。
『こんばんは。明日のオープンキャンパス、9時に駅前で待ち合わせでいい?』
え、いやいや。
あなたに関係のない大学ですし。
一人で行くので結構です。
そう返信しようとして手を止める。
しばらく考えてから、思い切って入力した。
『こんばんは。はい、それで大丈夫です。よろしくお願いします』
迷う前に送信する。
そうだ、深く考えてはいけない。
淡々とやり取りしよう。
相手はケンケンだけど。
真顔で画面を見つめていると、すぐに返事が来た。
『分かった。じゃあ、明日。おやすみ』
『はい。おやすみなさい』
ケンケンと淡々とやり取りして、私はスマートフォンを机に置いた。
◇◇
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「はい」
翌日、待ち合わせの駅に現れた工藤くんは、以前と変わらない黒のボトムに白いTシャツ姿だった。
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それ程混んではいないが席は空いておらず、私達は車両の奥まで進んで黙ったまま電車に揺られていた。
しばらくして大きな駅に着くと、一気に大勢の人が乗り込んできた。
どうやら同じオープンキャンパスに行く学生らしい。
ギュウギュウのすし詰め状態になり、私は奥の車両連結ドアに追いやられた。
それでもまだ人がぐいぐいと押し寄せて来て、私はドアと板挟みになり、身体がよじれて思わず顔をしかめる。
と、工藤くんが私の顔の両側に手をつき、かばうようにして囲ってくれた。
少し空間ができて、私はホッと息をつく。
「ありがとう」
小さくお礼を言うと、工藤くんは頷いた。
そして私よりも更に小さな声で呟く。
「樋口、この間はごめん」
耳元でささやかれる声に、私は思わずドキッとする。
「ううん、私の方こそごめんなさい」
そのあとも、やっぱり無言のまま電車に揺られる。
けれどさっきまでの気まずい沈黙ではなく、気恥ずかしい沈黙に変わっていた。
駅に着くと、また一斉に人の波が動き出す。
流されるように電車から降りると、私と工藤くんの距離が開いていた。
「樋口」
呼ばれて顔を上げると、工藤くんは左手を伸ばし、私の右手を繋いで歩き出す。
人混みから抜け出しても手を離すタイミングがつかめず、結局大学に着くまで繋いだまま歩いた。
「オープンキャンパスのパンフレットです!」
大学の入り口で渡されたパンフレットを手に取り、ようやく私達は手を離す。
思わずパンフレットで扇ぎたくなるくらい顔が火照っていた。
「樋口、どれに参加したい?キャンパスツアーとか?」
パンフレットに書かれたスケジュールを見ながら、工藤くんが聞いてくる。
「んー、キャンパスツアーはいいかな。自分で自由に見て回りたいから。あ、この模擬講義は聴きたい。あとは、部活とサークル見学もいくつか」
「え、樋口って何か部活やりたいの?今は帰宅部だよな?」
「うん。中学の時はソフトテニス部だったの。高校は受験に専念したくて入らなかったけど、またやりたいなって思ってて」
「へえー、知らなかった」
「工藤くんは?何かやってたの?」
「小学校の時からサッカーやってた。高校は、樋口と同じ理由で帰宅部だけど」
サッカー?!と、私は意外な返事に驚く。
「工藤くんが、サッカー?なんかちょっと、想像つかないんだけど…」
「あ、今、たいして上手くない俺を想像してるだろ」
「うん。…って、あ!ごめんなさい」
「ははは!いや、いいよ。多分、樋口の想像よりは上手いと思うよ?」
「そうなんだ!いつか見てみたいな、工藤くんがサッカーやってるところ」
そんな話をしながら、まずは時間が合う模擬講義の教室に向かう。
「わあ、広いね」
「ああ」
階段状の長いテーブルの席に並んで座り、マイクで講義をする教授の話に耳を傾ける。
テーマは国際教養についてだった。
「樋口って、文学部志望だっけ?」
20分程の短い講義のあと、教室を出ると工藤くんが尋ねてきた。
「文学部にこだわってる訳ではなくて、できれば将来英語を使った仕事がしたいの。だから、大学によっては国際コミュニケーション学部とか、要は国際系の学部に行きたいなって」
「なるほど」
「でも具体的にどんな仕事がしたいかは漠然としてて…。卒業後のビジョンが見えてないから、そんなのでいいのかなって焦ってる」
「今はそれでいいんじゃない?だって、可能性を広めるのが大学だからさ。ガチガチに意思を固めてから学ぶのもいいけど、ある程度フレキシブルに頭を柔らかくして知識を吸収してから、進む道を決めるのもいいと思うよ」
私は工藤くんの言葉をじっと頭の中で噛みしめる。
「そっか、そうだよね。ありがとう!なんだか気が楽になった。楽しみだな、大学生生活。学びたいことたくさん!」
ふふっと笑うと、工藤くんも穏やかに微笑んでくれる。
「その為には受験勉強、がんばらなきゃね!」
「ああ、そうだな。お互い夢の為にがんばろう」
「うん!工藤くんもがんばってるんだって思うと、なんかやる気が湧いてくる」
「そうか?」
「そうだよ。頼もしい戦友だね」
二人で他愛もない話をしながら、キャンパスを歩いて回る。
すれ違う大学生達がキラキラと輝いて見えた。
学食で安くて美味しい定食を食べると、購買部に行き、工藤くんは並んだ本をじっくり眺め始めた。
「大学のテキストってすごいな。こんなの本屋さんで見たことない」
「教授が書いてる本だもんね。気に入った本があれば、それを書いた教授が講義してる大学に行くっていうのもアリかな?」
「ああ、もちろん。この教授がいるからって理由で志望校を決めるのも、立派な志望動機だよ」
「そうだよね。私、興味のある本、色々読んでみる。それにしても、工藤くんといると、やるべきことや自分の考えがはっきりと見えてくる気がする。色々ありがとう、工藤くん」
「いや、そんな。こちらこそありがとう。俺も樋口から良い刺激をもらってるよ」
「そうなの?だといいけど」
私達は広いキャンパスをのんびりと見て回った。
カフェテリアで休憩し、行き交う学生達を見ながらなんとなく口を開く。
「私、大学生活は誰とどんなふうに過ごすんだろう。工藤くんとは同じ大学に行かないし、工藤くんよりも2年早く社会に出るんだよね。今はこうして一緒にいるけど、来年の今頃はもう私は工藤くんと接点もなくなるんだろうな」
ついこの間までは、同じ学校にいながらしゃべったこともない相手だったのに、と私は不思議な気持ちになる。
ふと隣を見ると、工藤くんはじっとうつむいて手にしたコーヒーカップを見つめていた。
そのあとは今後のオープンキャンパスの予定を確認してから、家路につく。
今後しばらく、活動内容はオープンキャンパス巡りになりそうだった。
駅前で工藤くんと別れて、帰宅すると早速レポートを書く。
オープンキャンパスの内容や、工藤くんと話したことで自分の考えがまとまったこと。
志望校選びのヒントも得られたことなどを書いていく。
そのうちに、先日工藤くんと言い合いになったことを思い出した。
結局あの日は活動したとは言えず、レポートも書いていなかった。
(工藤くん、どうしてあんなに機嫌が悪くなったんだろう。私は工藤くんが医学部受験を決めて嬉しくなったのに)
あの時工藤くんは私に、自分には激甘なんだな、と言っていたっけ。
(それって、大学の選び方ってこと?いや、それも含めて将来のこととか?)
私はもう一度自問自答する。
どうして指定校推薦で大学を決めようとしているのか。
それは、早く決めて楽になりたいから。
指定校推薦でうちの高校に話が来ている大学は、いわゆる中堅と言われるレベルの大学。
そこに入れれば充分かな、と思っていた。
どうしてもここに行きたい!
この学部で学びたいことがある!
そんな気持ちは微塵もない。
(え、それで指定校推薦受けるってダメでしょ)
今更ながら、そのことに気づく。
(楽して入学して、そのあとも適当に大学の4年間を過ごすの?就職も適当に決めるの?工藤くんは医学部受験を決めて、これから厳しい医学の道を進む覚悟をしたのに?)
沸々と、このままではいけないという気持ちが湧いてくる。
(私、もっとちゃんと考えよう。志望校も1から考え直す)
それを今度、工藤くんにも伝えようと思った。
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