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14話
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その情報を聞いた時は一瞬、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか信太にはわからなかった。だが我に返ると「いや、悲しいことだろ」と自分に突っ込む。
営利目的で電車を走らせている以上、何らかの理由でその車両が会社にとって利益をあまり上げなくなる場合、その車両は廃車になる。これは寿命に限らない。故障や改良が度重なり運用離脱が長くなるとわずかな期間しか走っていなくとも廃車になるし、ダイヤ改正などで走行性能が劣る古い車両を淘汰する場合もある。
「嘘、だろ」
「……本当。兄さんのみどりは次のダイヤ改正に伴って廃車されることになった」
「で、でも、でもじゅ、寿命とかそんなじゃないだろ? だってまだまだ走られる……」
「……そういうこともあるんだよ」
正直、伝えたくはなかった。
お前の彼女、使えないってことで殺されるみたいだよ。
利一視点で考えると、要はそんなことを信太は伝えていることになる。信太からしても電車を、もちろん性的にではないが、こよなく愛しているからそれなりにわかる。辛いなんてものではないだろう。だが特に有名な車両でもないのだ。黙っていれば知らないまま廃車ということになる。
恋愛面で言うと、信太にとって大好きなはずの電車はライバルになるし、彼女がいなくなるというのは単純にありがたいことでもある。だがさすがに廃車は利一にとってどれほど辛いことかと思うと、やはり少しも喜べなかった。
その日、利一は休みを取り、一日中恋人である車両に揺られていた。朝夕の混み合う時は立ち、日中の空いている時は座って揺れに身を任せていたようだ。その際、心の中ではやはりキスをしていたのだろうか。それとも最後の会話を慈しんでいたのだろうか。
E222系のみどりちゃんはそして引退しホームから消えた。利一はいつもと変わらない生活を送っている。陽平から聞いたが、職場でも変わらないようだ。信太がいれば心置きなく泣いたり悲しんだりできないだろうと、ここのところ利一の家には立ち寄っていなかったが、変わらない様子がむしろ心配だった。気になって仕方なく、信太はとうとう家までやって来た。
「あれ、信太。久しぶりだな」
いつものように笑いかけてくる利一を近くで見た信太は舌打ちしたくなった。
……目の下にクマ作って笑ってんじゃねーよ。
部屋の中は思ったほど散らかってはいなかったが、そもそも家に帰っても何もしていないのではないだろうか。
「……飯、ちゃんと食ってんのか」
「食べてるよ、当たり前だろ」
穏やかに微笑む利一を信太は全く信用できなかった。
「……とりあえず、買い物してきたから。飯、食うだろ」
「あ……うん……でも今はいい、かな……」
絶対お前、食ってないだろ……!
気持ちはわかるものの妙にイライラとしながら信太は勝手に台所へ向かった。精をつけるために肉でも、と買ってきたが止めて雑炊を作ることにした。これならあまりまともに食べていない胃にも優しいだろう。
でき上がると無理やり座らせて食べるのを強要した。最初はほんの少しの一口ですら戸惑っていた利一だが、ゆっくりともう一口、さらに一口、と口へ運んでいく。
「美味いだろ?」
「……うん」
スプーンを器に置き、利一は目を手で覆った。
「うん……」
その後しばらく利一はずっと泣いていた。大人がこんなに泣いているのは見たことないかもしれないなどと思いつつ、信太は何も言わずに自分の分を黙々と食べた。
「信太、ありがとうな」
ひたすら泣いた後、目を思い切り腫らしながら利一が笑いかけてきた。まだ泣きそうな笑みではあったが、少なくとも我慢している顔つきじゃなくて信太は少しだけホッとする。
「お兄ちゃんなのにいっぱい泣いちゃったなあ」
「……んなもん、泣いたらいいだろ」
「えー……」
「お前、一人でもずっと泣いてなかったんだろ」
「ん、そうだな。何か泣いたらみどりとの思い出が悪いものみたいになりそうで」
周りに気を使ってとかじゃなくてあくまでも自分と好きだった相手のことなところが利一らしい。
「馬鹿じゃないの。んなことある訳ないだろ」
「うん、そうだな。ほんと、そうだった。泣いてもちゃんとみどりとの思い出は綺麗だよ。大切だ」
「……ちゃんと、好きだったんだ、な」
「えっ、何で。好きだって俺、言ってただろ?」
ほぼ性的な話しか記憶にないよ馬鹿。
「エロいことばかり言ってただろお前」
「そりゃ男だし。それにポエムみたいな気持ちは自分の中に留めておくものだろ」
「……はぁ。ほんと兄さんは兄さんだよ」
「それ、褒めてくれてるのか?」
「どっちかというと呆れて馬鹿にしてる」
「何で!」
少しいつもの調子が戻ったところで、信太は「なあ、」と切り出した。
「みどりちゃんは本当に残念だったと思うよ……でもいつまでも悲しんでても駄目だろ」
「……うん」
「よし。これからしばらくはちょくちょく寄るからな。ちゃんと飯、食ってるか確認してやる」
「えぇー……じゃあ信太がご飯、作ってくれるってこと? うん……なら楽しみにしようかな」
「ほんっとお前……」
「助かるよ。信太は本当にいい子だな」
「俺、二十四だからな?」
「うん。あー、何か元気出てきた」
「……はぁ。まあ、そりゃよかった」
「気持ち癒すためにも頑張って新しい恋を探すよ」
おい。
切り替え速すぎかよと信太は微妙な顔を利一に向けた。いや、いいことなのだろうが、とても複雑だ。しかし待てよ、と手をそっと握りしめた。
「あ、新しい恋だけど」
「うん?」
「お前、また電車で探す気?」
「そうだろうなあ」
「みどりちゃんが浮かばれない。とりあえず一旦は人間にしてみないか」
「えっ、でも俺、好きになるのいつも電車だし……それにさ、人とも付き合ってみたけどすぐ振られちゃうんだけど」
「そりゃ考えてもみろよ。女の子が自分より電車にハァハァしてるの垣間見たらドン引きするだろ? するんだよ、普通はな」
「でも」
「だから! ちょっと俺にしてみろ」
上手い言い方なんてあるはずもない。そもそも男同士でしかも兄弟なのだ。どんな言い方だろうが上手いはずがない。ならもう直球しかない。
ポカンとしている利一に信太はもう一度繰り返した。
「俺にしてみろ」
「何て」
営利目的で電車を走らせている以上、何らかの理由でその車両が会社にとって利益をあまり上げなくなる場合、その車両は廃車になる。これは寿命に限らない。故障や改良が度重なり運用離脱が長くなるとわずかな期間しか走っていなくとも廃車になるし、ダイヤ改正などで走行性能が劣る古い車両を淘汰する場合もある。
「嘘、だろ」
「……本当。兄さんのみどりは次のダイヤ改正に伴って廃車されることになった」
「で、でも、でもじゅ、寿命とかそんなじゃないだろ? だってまだまだ走られる……」
「……そういうこともあるんだよ」
正直、伝えたくはなかった。
お前の彼女、使えないってことで殺されるみたいだよ。
利一視点で考えると、要はそんなことを信太は伝えていることになる。信太からしても電車を、もちろん性的にではないが、こよなく愛しているからそれなりにわかる。辛いなんてものではないだろう。だが特に有名な車両でもないのだ。黙っていれば知らないまま廃車ということになる。
恋愛面で言うと、信太にとって大好きなはずの電車はライバルになるし、彼女がいなくなるというのは単純にありがたいことでもある。だがさすがに廃車は利一にとってどれほど辛いことかと思うと、やはり少しも喜べなかった。
その日、利一は休みを取り、一日中恋人である車両に揺られていた。朝夕の混み合う時は立ち、日中の空いている時は座って揺れに身を任せていたようだ。その際、心の中ではやはりキスをしていたのだろうか。それとも最後の会話を慈しんでいたのだろうか。
E222系のみどりちゃんはそして引退しホームから消えた。利一はいつもと変わらない生活を送っている。陽平から聞いたが、職場でも変わらないようだ。信太がいれば心置きなく泣いたり悲しんだりできないだろうと、ここのところ利一の家には立ち寄っていなかったが、変わらない様子がむしろ心配だった。気になって仕方なく、信太はとうとう家までやって来た。
「あれ、信太。久しぶりだな」
いつものように笑いかけてくる利一を近くで見た信太は舌打ちしたくなった。
……目の下にクマ作って笑ってんじゃねーよ。
部屋の中は思ったほど散らかってはいなかったが、そもそも家に帰っても何もしていないのではないだろうか。
「……飯、ちゃんと食ってんのか」
「食べてるよ、当たり前だろ」
穏やかに微笑む利一を信太は全く信用できなかった。
「……とりあえず、買い物してきたから。飯、食うだろ」
「あ……うん……でも今はいい、かな……」
絶対お前、食ってないだろ……!
気持ちはわかるものの妙にイライラとしながら信太は勝手に台所へ向かった。精をつけるために肉でも、と買ってきたが止めて雑炊を作ることにした。これならあまりまともに食べていない胃にも優しいだろう。
でき上がると無理やり座らせて食べるのを強要した。最初はほんの少しの一口ですら戸惑っていた利一だが、ゆっくりともう一口、さらに一口、と口へ運んでいく。
「美味いだろ?」
「……うん」
スプーンを器に置き、利一は目を手で覆った。
「うん……」
その後しばらく利一はずっと泣いていた。大人がこんなに泣いているのは見たことないかもしれないなどと思いつつ、信太は何も言わずに自分の分を黙々と食べた。
「信太、ありがとうな」
ひたすら泣いた後、目を思い切り腫らしながら利一が笑いかけてきた。まだ泣きそうな笑みではあったが、少なくとも我慢している顔つきじゃなくて信太は少しだけホッとする。
「お兄ちゃんなのにいっぱい泣いちゃったなあ」
「……んなもん、泣いたらいいだろ」
「えー……」
「お前、一人でもずっと泣いてなかったんだろ」
「ん、そうだな。何か泣いたらみどりとの思い出が悪いものみたいになりそうで」
周りに気を使ってとかじゃなくてあくまでも自分と好きだった相手のことなところが利一らしい。
「馬鹿じゃないの。んなことある訳ないだろ」
「うん、そうだな。ほんと、そうだった。泣いてもちゃんとみどりとの思い出は綺麗だよ。大切だ」
「……ちゃんと、好きだったんだ、な」
「えっ、何で。好きだって俺、言ってただろ?」
ほぼ性的な話しか記憶にないよ馬鹿。
「エロいことばかり言ってただろお前」
「そりゃ男だし。それにポエムみたいな気持ちは自分の中に留めておくものだろ」
「……はぁ。ほんと兄さんは兄さんだよ」
「それ、褒めてくれてるのか?」
「どっちかというと呆れて馬鹿にしてる」
「何で!」
少しいつもの調子が戻ったところで、信太は「なあ、」と切り出した。
「みどりちゃんは本当に残念だったと思うよ……でもいつまでも悲しんでても駄目だろ」
「……うん」
「よし。これからしばらくはちょくちょく寄るからな。ちゃんと飯、食ってるか確認してやる」
「えぇー……じゃあ信太がご飯、作ってくれるってこと? うん……なら楽しみにしようかな」
「ほんっとお前……」
「助かるよ。信太は本当にいい子だな」
「俺、二十四だからな?」
「うん。あー、何か元気出てきた」
「……はぁ。まあ、そりゃよかった」
「気持ち癒すためにも頑張って新しい恋を探すよ」
おい。
切り替え速すぎかよと信太は微妙な顔を利一に向けた。いや、いいことなのだろうが、とても複雑だ。しかし待てよ、と手をそっと握りしめた。
「あ、新しい恋だけど」
「うん?」
「お前、また電車で探す気?」
「そうだろうなあ」
「みどりちゃんが浮かばれない。とりあえず一旦は人間にしてみないか」
「えっ、でも俺、好きになるのいつも電車だし……それにさ、人とも付き合ってみたけどすぐ振られちゃうんだけど」
「そりゃ考えてもみろよ。女の子が自分より電車にハァハァしてるの垣間見たらドン引きするだろ? するんだよ、普通はな」
「でも」
「だから! ちょっと俺にしてみろ」
上手い言い方なんてあるはずもない。そもそも男同士でしかも兄弟なのだ。どんな言い方だろうが上手いはずがない。ならもう直球しかない。
ポカンとしている利一に信太はもう一度繰り返した。
「俺にしてみろ」
「何て」
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