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第55話 テキ屋とヤクザ

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 リミのために借りたアパートの隣には、やはり賃貸ではあるが亜鉛トタン造りの平屋の一軒家が同じ茶の色合いで凛立している。軒数を数えた事はないが、おそらく二十棟はあるだろう。

この中の道沿いの一軒にチンピラのおっちゃんが住んでいた。『おっちゃん』はリミが適当に名付けたニックネームで実年齢はかなりの爺さんのような気がした。

 リミを見つけては「ヒロコ、タバコを1本恵んでくれ。」と言ってくる。私にしてみれば、お近付きになりたくない人物なのだが、リミは一向に気にしておらず「ヤクザなんて怖くないよ、優しいよ。」だそうだ。

夜の仕事の強みだろうか。

リミのアパートに面している道路は幅が狭く、クルマを停めると人の往来でさえも妨げてしまうのだが、どうしても停めざるをえない時もあった。こういう時に限ってこの『おっちゃんヤクザ』さんは自宅にいて私たちの様子をうかがっている。

 「こら、テメェ、ここにクルマ停めんじゃあねえよ。」

何度も言われ、怖い思いをしたが、その度に『ヒロコ』が登場するのである。

 「なんだ、ヒロコちゃんの知り合いか。まぁいいかぁ。おい、おまえ、タバコを1本よこせや。」となる。

 「あのう、僕の吸っているタバコはセブンスターなんですが、ヒロコさんのメンソールとは違いますけれど・・・」と言ったら「タバコなんて吸えりゃあいいんだ、煙になるだけなんだから」だそうだ。

 夏は窓を開けっ放しにして、道路に面しているにもかかわらず部屋の中は丸見え状態でも一向にお構いなし、ステテコだけで寝っ転がっている。おまけに窓に取り付けられている網戸は全く機能しないほど破れたままになっていた。

 ある夜のことである。いつものようにクルマを致し方なくリミのアパートの前に停めた。案の定、『おっちゃんヤクザ』さんは登場してきたのだが、いつもとは違い怒鳴りつけてこない。

 「なぁ、にいちゃんよ、俺なぁ故郷に帰ることにしたよ。もうこっちには嫌気がさした。この前、大家に網戸を貼り直してくれって頼んだんだ。こんなボロボロの網戸じゃあ蝉だってミンミン言って入ってきやがる。そしたらよ、大家の奴、俺になぁ、次の賃貸契約の更新はしないって言ってきたんだ。50万円やるから出てけってよ。ひでえもんだぜ。俺はヤクザじゃあない、テキ屋だって何度言っても信用しないんだ。」

 的屋とヤクザでは大違いなのだがこの『おっちゃんヤクザ』さんはご近所の方たちにしてみても、ちょっとした事に因縁を付けてくる怖い人には違いなかった。

 寂しそうな横顔をリミに向けて「ヒロコは幸せになるんだぞ。」と言った。

最後の最後までリミのことをヒロコという名で言い通したこのおっさんの姿を見ることは二度となかった。

 
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