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第61話 妊娠

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 「嫌だよ、行かないよ。昼間の仕事が大切だよ。でもママさん、昼の仕事も夜の仕事も同じに大切だって言っている。リョウヘイ、どうすればいい?」

 昼の職場である野菜カットの工場に「夜はスナックでホステスをやってますので、どうぞご理解ください。」

こんなバカ正直なセリフを言えるはずがない。両立は初めから無理があった。

 ただ、このタイミングで思わぬ出来事が起きた。

 リミが妊娠した。

 リミが妊娠したと知った時、正直、心の準備は全くできていなかったので、決心というかケジメというものの重大さが身に備わっていなかった。

子供が生まれるという事は父親になると同時にリミと正式に婚姻する事になる。今まで私がリミにおこなってきた事は偽善者でもできうるが、この2つの決断は偽善ではできないものだ。

 「アカチャン、欲しくないのか?」

リミは私の心を読み取って聞いてきた。あるいはあからさまに私の顔に困惑の様相が出ていたのかもしれない。

 「いや、そういう事ではなくってさぁ、いつ、俺たち、そういう行為をしたかなぁ?」

 「う~んとねぇ、かなりしてないかなぁ、忘れた。」

 「リミって、もしかしたら百発百中なのか?」

 「ピャクピャクチュウってなんだ、プレグナントのことか?日本語は妊娠か。」

 リミにはすでに二人の子がいた。第一子は日本に出稼ぎに来ていたフィリピン人男性との間にできた男の子で、日本で出産している。この時、このふたりは不法滞在者だったので母子手帳がない。定期健診もまったく受けずに全額実費で出産していた。

 それから3年後、同じ男とのあいだに二人目の子供を身籠ると出産費用を捻出できずに、男はリミの前から消えてしまった。

取り残されたリミは3歳になる男の子を連れ、身重の身体で帰国したのである。

 フィリピンでは中絶は認められていない。カトリック色の強い国であるから、高い木に登って落ちる事で堕胎させるか、出産を決意するしかなかった。

 二人目の子は女の子だった。自宅で出産したと言う。助産師も呼ばずに、臍の緒は実母が切った。だから、私にとっては初めての子でもリミにとっては三人目の子になる。

 「アカチャンできやすいよ。欲しいだろ。」

 「まぁ、そうだけれど婚姻届ってビザがなくても受け付けてくれるのだろうか?」

 非常に疑問だった。

 日本という国がリミを不法滞在者にしているのに、市町村は婚姻届けを受理したのである。おまけに入国時までさかのぼって国民健康保険料を支払えば保険証も作ってもらえる。

支払い金額は36万円くらいだったと思う。

 リミのお腹は日を追うごとに膨らんでいき、腹の中で我が子は胎児のうちから、やたらと暴れて蹴る。生まれる前からヤンチャぷりを露呈して、出産予定日が9月30日になった。

 超音波エコーに映し出される胎児の横顔は身体に比べて大きく思われ、下腹部の画像から男の子である事がわかった。

 「アカチャン本舗か西松屋に連れていけ!」

 「今度はなにが欲しんだよ?」

 「ミルトン買うの忘れた。」

 ほとんど休日の度に、まだ生まれていない我が子のために振り回されていく。

 そして、この頃、私が思っていたのは「なぁ、リミ、アパートはやめて一軒家を買っちゃおうか? 4LDKくらいのを、中古でも良いじゃあないか。」だった。

 私に万が一のことを考えると借家では不利になる。まして、妻は日本人ではない。

 「金アルカ? 頭金あるのか?」

このリミの質問に「なければ、サッサと作っちゃえばいいんだよ。夜通し働けば1年もしないで100万円くらいは貯まるよ。」と言ってしまった。

 ここから苦難が始まった。
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