心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝

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「カサラバが登城しない?」

王太子リンドーグは、魔女の力で回復した身体を早速手近な女で試していた。
女に被さり、遠慮なく鳴かせる。
呪いによる後遺症はない。
機嫌よく女を揺すっていた所に、臣下の一人が緊急だと部屋に入ってきたのだった。

「はい。訪れがなかったので、お迎えに上がったのですがカサラバ様は…」

リンドーグは女から離れ、抱いていたメイドを乱暴に突き放して、部屋を出た。
馬車を走らせて侯爵家に向かう。


「カサラバの訪れがない。どうなっているんだ」

ずかずかと侯爵家の屋敷に上がり込み、引き留めようとする侯爵家の家人を無視して婚約者の部屋に辿り着くと、ノックもなしに扉を開く。

「…カサラバ?どうした。どうして城に来な…カサラバ?」

彼女は居た。
揺り椅子に座り、ただ一点を見つめている。
リンドーグの呼びかけに何の反応も示さない。

様子が違うことにすぐに気がついた。
カサラバは何時だって、リンドーグが目の前に現れたら笑顔を見せていたから。

しかし、今の彼女に笑顔はない。
婚約者のリンドーグが目の前にいると認識していないようだった。
青いその目には何も映っていない。

光を反射しキラキラしてたカサラバの眼差しは、明日への希望の無い死刑囚のような暗い瞳に変わっていた。

「…カサラバ」

もう一度呼んでみる。
反応はない。
彼女の手に触れてみるが、体温を感じなかった。
まるで…人形のようで…。

はっとして手を引いた。

何を馬鹿なことを。

彼女の前に跪く。
己の婚約者にカサラバをと望んだのはリンドーグだった。

女を食い散らかしたのは、王太子の獣欲でカサラバを傷つけぬため。
彼女もそれを知っていたから、認めてくれていた。


「殿下。勝手に屋敷に上がられては困ります」

「侯爵…これは」

家人が呼んだのか、当主が顔を見せた。

「娘はあなたの回復と引き換えに心を失いました。もう屍も同然です。どうか、婚約を解消してそっとしておいてはもらえませんか」

「心を…?」

そういえば、呪われていた間リンドーグは夢現に聞いていた。
呪いを解呪した魔女が対価に求めたものがある、と。

リンドーグは健康な身体を取り戻し、代わりに婚約者の心を失ったとでもいうのか。

「…カサラバの回復は、見込めないのか?」
「対価として魔女に払った以上、取り戻すにはそれ以上のものを要求されるでしょうね」

リンドーグの持つもので、カサラバの心と同等または、それ以上のもの。

唇を引き結ぶと、リンドーグは来たときと同じように、嵐の様に去っていった。
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