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二歩目、そして兆し
しおりを挟む「ブラン君、ライラさん。今、なんて言いました?」
その静かな怒声がギルド内に響き渡ると、周囲の人々の視線が一斉にその方向へと集まった。声の主は、ギルドで受付嬢を務めるセラフィで、彼女の額には怒りの色が浮かび上がり、目には冷たい光が宿っている。彼女は冷静さを保ちながらも、その声には明らかな圧力が滲んでいた。
「……ダンジョンフロアの下降許可の申請をお願いしたく……」
ブランは何とか口を開いたものの、セラフィの圧力に押され、声は次第に小さくなっていく。彼女の冷たい目がまっすぐにブランを見据え、周囲の空気はますます重くものへと変化した。ライラもその場で身じろぎもできずに立っている。
「ブラン君。私が君に伝えた言葉、覚えていますよね?」
セラフィの声は冷静さを取り戻しつつも、どこか鋭さを帯びていた。彼女の視線がブランを鋭く捉える。
「……『もっと自分のことを大切にする』ですよね……」
ブランは小さな声で答えるが、その視線はうつむきがちだった。
「そうです。私はそう君に伝えたはずです。じゃあ、この申請書に書かれている数字は何ですか?」
セラフィは申請書に目を通し、ダンジョンフロアの下降許可欄に書かれている『Ⅹ』という数字に指を差しながら、厳しい表情でブランとライラへと質問した。
「このフロアへの下降許可だなんて、本気で言ってるんですか?」
その数字は、ダンジョンの深層と浅層のちょうど狭間に位置するフロアを示していた。フロアⅩは、浅層唯一の安全地帯《セーブポイント》とされている『生死の間』を降りた先にあり、深層ほどの危険はないが、それでも魔導士《メイジ》クラスの者であれば、十分に過酷な場所であった。
「ブラン君、ここのフロアがどんな名称で呼ばれているか、私、教えましたよね」
魔物との対峙や戦闘、ドロップ品の回収といった経験を積み重ねることで、ダンジョン攻略を始めた者たちは自分の力に自信を持つようになる。しかし、そんな心が舞い上がっている時に突然襲い掛かってくるのが「初心者殺しの層」と呼ばれるそのフロアであった。フロアⅩはその名にふさわしく、油断している冒険者にとって致命的な危険が潜んでいる場所だと認識されている。
セラフィはブランの目を真っ直ぐに見据えながら言った。
「ブラン君、ギルドが君に許可した階層は幾つですか?」
「……フロアⅡです」
「そうです。そして今日、君にはフロアⅤへの下降許可を伝えるはずでした。」
ギルドは、ダンジョンへ挑む魔導士たちの実力を測るための魔道具《ツール》を保有している。そのツールは、身体に巡る魔力の質を測定し、さらにその者が構築できる最大の魔法を組み合わせて、冒険者たちの実力を評価する。そして、実力に応じて、その実力よりも少しばかり高いフロアへの下降が許可される仕組みとなっている。
「ライラさんも今日、貴女の実力に応じてフロアⅧへの下降許可が上から伝えられています。」
ギルドという組織は、ダンジョンへと挑むメイジを最大限にサポートするために設立されたものである。もちろん、彼らを死にに行かせるためのサポートをしているわけがなかった。しかし、魔導士《メイジ》という生物は自分よりも実力が高い者に挑み、その中から得た知識が最も成長へと繋がる経験値となることを、ギルドは理解していた。だから、実力に見合ったフロアではなく、あえて少し高めのフロアへの挑戦を許可し、メイジたちが成長する機会を与えている。
「私たちギルドは最大限、あなたたちメイジの意志を尊重します。しかし、この階層への下降許可を容認することは、さすがに難しいです。」
セラフィの言葉は至極まっとうで、まさしく正論であった。だが、彼女の今の言葉はギルドの受付嬢としてのもの。セラフィは一度、深い溜息を溢してブランとライラへと視線を向けた。
「それで、どうしてこんな数字を書いたの?ブラン君ならまだしも、ライラさんがいるのに、こんな数字を書くことなんて絶対にないはずなのに。」
セラフィは目を細め、目の前の二人をじっと見つめた。ブランという少年が同年代の子供たちと比べて聡明だが、時には無謀な行動を取ることがあることを、ライラという少女が、賢明な判断に優れた少女であると、彼女は理解している。
「……私とブラン君は、エンタリティー魔法学校へ行くことを望んでいるんです」
ライラが口にしたその言葉に、セラフィは驚きの表情を浮かべた。彼女の目が瞬きをするたび、信じられないという感情が次第に強まっていく。
「今日から約二か月後、私たちが通っている魔法学校で西国《ウェストラム》での選抜が行われます。それからすぐに、他の三つの国から集められたメイジたちと共に、エンタリティーへの切符を奪い合うための試験が行われる。」
当然、そのことはセラフィも把握しているイベントだ。そして、ライラがその道へと歩もうとしていることも想像していた。問題はその少女の隣にいる少年だ。魔法を構築できない白色の魔力を持つ彼が、その過酷な道を歩もうとしていることに、セラフィは驚愕した。彼女は、彼がどのようにしてその困難に立ち向かおうとしているのか、そしてその決意の背景には何があるのかを理解できなかった。
「…確かに、あの魔法の叡智となる魔法学校へ行くには、最低でも深層——二十層へと潜れるほどの実力が必要になってくる。そして、ライラさんならきっと、二か月の間にその実力へ昇ることができる可能性がある。でも――」
セラフィは視線を少女から少年へと向ける。
「上位魔法以上の威力が必須となる深層へ、魔法を構築できないブラン君が挑むのは、ギルドとしても、私個人としても、絶対に反対です」
セラフィの鋭い目線がブランへと向けられた。そもそもダンジョンという未知の巣窟は、魔法の行使が大前提の場所である。そんな場所に刀剣一本で挑むことを望んだ幼い少年を、ギルドが許可するまでに、セラフィがどれだけギルドの上層部に頭を下げたか、想像に難くない。彼に対するあらゆる責任を、セラフィは一身に背負っていた。
「無謀と挑戦、それは似て非なるもの。そして、これからブラン君が歩もうとしている道は、挑戦ではなく、無謀な道だと断言できる」
セラフィは冷静に、しかし心の奥に宿る複雑な感情を押し隠しながら、そう言い切った。彼女がここまで強くブランに干渉するのは、単なるギルドの受付嬢としてではなく、彼とヴィオレのことをずっと前から知っていたからだ。ギルドで初めて会う以前から、二人の存在は彼女の心の中に深く刻まれている。
少年が歩む人生において、その白き魔力のせいで彼を軽蔑し、侮蔑する者たちは少なくない。だが同時に、彼を同情し心を痛める人間もごく稀ではあるが存在していた。
「魔物に殺されてしまうことが目に見えているのに、そんな者たちをフロアへ行かせるなんて、私にはできない。それに、ブラン君が無茶をするたび、あなたの妹が、そしてあなたを心配している者たちが、どれだけ悲しむかを、私は容易に想像できます」
セラフィの声には、深い憂慮と責任感が滲んでいる。彼女はブランを責めるような言い方はしないが、その瞳は厳しい現実を突きつけていた。
ブランは唇を噛み締め、言葉を探すように視線を彷徨わせた。しかし、セラフィの言葉が胸に重くのしかかる。彼女の言葉はあまりにも的確で、反論しようにもできなかった。しかし、ブランにも譲れないものがある。『魔法使いの誓い』に含まれている二つの約束。これらを果たすためには、どれほど無謀であろうとも、前へ進むことを諦めるわけにはいかないことを。
「……分かっています。でも、諦めることはできません。俺もライラも、どうしてもエンタリティー魔法学校へ行きたいんです。互いの胸の中にある誓いのために。」
その言葉に、セラフィは一瞬だけ目を閉じた。夢を追い求め、追いかけることは素晴らしいこと。しかし、現実は決して甘くない。
「ブラン君……夢を追いかけるのは確かに素晴らしいこと。でも、それが命を捨ててまで達成すべきものか、という点で話は変わってくるの。責任を全て自分で負うことができる大人が命を落とすのと、あなたたちのような責任を大人に預けることが出来る子供が命を落とすのでは、その重みが違ってくる」
セラフィの言葉には、彼らの夢を否定する気持ちはない。だがそれが、強い現実を突きつけることを止める理由にはならない。彼女の言葉には、冷静な重みがあった。
セラフィの言葉により、ブランとライラの表情が曇る。だがその瞬間、後ろから突然と声をかけられた。
「それじゃあ、二人の責任は大人である俺が持つとしようか」
男の声が三人の耳に響き、ギルド内の誰もがその男に視線を向けた。ブランとライラが後ろに振り返ると、そこには長身で堂々とした姿の男が立っていた。灰色の髪を持ち、その鋭い眼差しは、ブランの頭の中で印象的に残っている人物とリンクしていく。
その存在はこの先、ブランとライラにとって、道しるべのような存在へと変わっていくこととなる。全てが集約した魔法都市にある、至高の魔法学校の門へと潜れるほどの実力を持つ存在が、西国の首都にはいた。
ヴァルカン・ブレイク
大賢者《アークメイジ》の紋章を持つ灰色の魔導士が、ブランとライラにそう言葉を投げ掛ける。
===================
まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。
ゆっくりと書いていく予定です。
時々修正加えていくと思います。
誤字脱字があれば教えてください。
白が一番好きな色。
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