【完結】カエルレア幻想譚〜神と人間、永遠の絆〜

千鶴

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第二章

夢幻

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「そなたは神、我は人間。どう考えても立場はそちらが上じゃ。これからはこのダアド、そして子の父であるニザール、そして我の世話係を引き継いでくれたキキ。四人で我の部屋に住まうことにした。食事や生活の全ては、今神殿に居る使用人でこと足りる。そなたら神の儀式とやらにも、もう顔は出さぬゆえ。そのつもりでな」
「お、お待ちください。そんな、急に言われましても。父上はこのことをご存知なのですか?」

 ああ、とジェロス。それはまるで遠い記憶を辿るように、無関心をあらわにした態度だった。

「ゲブ……さあ、しばらく顔も見ておらぬ。ああほら、イシス神。ダアドが苦しそうではないか。手当せよ」

 ジェロスに言われ、イシスはダアドのお腹に恐る恐る手を当て、呪力を込める。途端に甘ったるく甲高い声が耳をついた。

「なんと、楽になって参りました! 神様のお力とはほんに、素晴らしいものにございますね。これもひとえにジェロス様が努力し、毎日の修行を積み重ねた結果。ヌト様という主人を失った私を快く引き受けてくださり、またそのお方と共に過ごせること、言葉もありませぬ」
「ダアドよ、そう硬くなるなといつも申しておろうに。我はそなたの子が、既に孫のように可愛く思えて仕方がないのだ。生まれるまであと少し。安心なされ、我がずっとそばについておりまする」

 ジェロスの視界には、ダアドしか映っていなかった。存在を消されたように会話が続くことに、イシスは愕然とする。しばらくして手当が終わると、ジェロスは満足したようにイシスに笑顔を向けた。

「助かったぞ、イシス神。また何かあれば声をかけるゆえ、よしなに頼むぞ」
「……失礼、致します」

 イシスは、とぼとぼと足を出すので精一杯だった。ずっと見たかった顔だった。でもそれは、自分に向けられたものではなかった。

 イシスはその足で、花園に向かう。扉の前に立つも、セトの呪力で施錠がしてあり、中には入れなかった。

 コンコンっ——中からの応答はない。
 コンコンっ——辺りは静まり返っていた。
 コンコンコンっ!! 
 
 イシスの目から、涙がこぼれる。
 
 イシスたち四神は、神という存在でありながら、人間であるジェロスが腹を痛めて産み落とした。生まれた瞬間から使命を理解していた四神は、母の愛を受けるより先に、神としての洗礼や儀式を優先して受けた。母ジェロスは、神を産んだことでやっとその身が報われると信じた。だが、長男オシリスの感情が欠落していたことで、元々居たアンクら四神を越えることは叶わなかったのだ。

 それからジェロスは、目に見えて衰退していく。ヌトには見下され、その姿にゲブも愛想を尽かし、やるせない思いのまま、只々努力で保った美貌がそこにはあった。毎日繰り返される八つの儀式に、もはや意味はあるのか。それでも意地になってやめない母を、イシスはいつも気にかけていた。叩かれても、ひどい言葉をかけられても。

「……見向きもされぬよりは、ずっとマシじゃ」

 
 ——コンコンっ

 
 はっ、と小さく息を吸った。扉の向こうから応答があったのだ。イシスは涙を振り払い、扉にすがりつく。

「オシリス?! そなたか?! 姿を見せよ!!」

 ——コンコンっ

「頼む、我をお導きくだされ。もう行き場がない」

 ——ゴンゴンっ

 繰り返されるだけの応答に、イシスは目を細めた。

「ならば……ひとつ、願いがある」

 イシスは扉から少し離れて、背を伸ばし、真っ直ぐ立つ。

「オシリス。我をそなたの妻にはしてもらえぬか。形だけでいい、口約束でよい。つらい道中、我にも意味が欲しい。永遠の命を持つそなたが一人にならぬ為、我はそのためだけに存在したい。許してくれるか?」

 
 ————ドンドンドンっ!


 先ほどまでよりも力強い返事に、イシスはそっと微笑む。

「ありがとう。ほんに、ありがとう存じまする。この命、全てを貴方様に捧げまする」
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