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CASE:4
ナニモノ
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相澤千聖の真似のつもりだろうか。いつの間にか俺との距離を縮めていた芹は、最後の台詞と共に俺の腕を掴み、グイッと顔面を俺に寄せてきた。
「この後、クローゼットに身を潜めた相澤様と医院のスタッフササキさんは、後から部屋に入ってきた医院長とそのスタッフの話を盗み聞きます。内容は予想できるんじゃないですか? 勘の良い、あなたなら」
「医療ミス……ですか」
「その通りです」
千聖が通っていた庵野美容外科クリニックは、テレビCMを数多く打つほどの大手企業であり、そのぶん悪評も多く囁かれていた。
都内各所に分院が建ち、予約は常に満杯。その人気と比例するように、スタッフの対応へのクレームや術後のケアに対する希薄さなどのマイナスイメージも膨らんでいくのだが、何故だかいつも、ワイドショーや情報誌はこの件に二の足を踏んでいた。
「男性はクリニックの医療ミスにより死亡したと?」
「はい。その詳細や隠蔽を語る会話を、相澤様はササキさんと共にクローゼット内から撮影しました。スマートフォンに記録されたその動画を使って、以降相澤様とササキさんはクリニックを相手取り脅迫を始めます。要求はお金。約1年ほど繰り返されたこの脅迫で、クリニックは2億円余りをおふたりに渡しました。相澤様はそのお金を使って、大胆にも同院で美容整形を繰り返します」
「同院で?!」
「ええ。クリニックもまさか、脅迫の相手が自分のところで整形を繰り返している患者だとは夢にも思っていなかった。犯人として目をつけた人間は皆、脅迫が始まった前後に医院を退会したものや辞職したスタッフ。詰まるところ、脅迫されるような心当たりが病院側にも無数に存在したのですよ」
さらに厄介であったのは、その脅迫で渡した金のほとんどが脱税による泡銭であることだった。故に訴えることも警察に相談することも叶わぬまま、クリニックは相澤千聖にお金を流し続けることになる。
「脱税、ですか。その証拠を掴んだのはその、ササキというスタッフですね」
頷く芹。すると芹はとぼけ眼で、半音声色を上げて俺に訊いた。
「おや。少々顔色が悪いようですが。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。それよりいい加減離してもらえませんか、この手。おかげで不快なんですけど」
「ああ、これは失敬」
芹はさも今気づいたかのような大袈裟なリアクションをした後、パッと俺の腕から離した手を顔の横に掲げる。
そうして満足したのか、芹は記憶を懐かしむように小さく笑った。
「それにしても、相澤様も自分の腹にハサミを突き立てるとは、大胆なことをなさいました。まあお陰で、野中海里の部屋で江畑様に同じことをさせるアイデアを思いついたのですけどね」
芹の話半分に、俺はやっと解放された左腕を回転させながら、掴まれて赤くなった部分を右手のひらで摩る。そしてふと、手の甲の十字印に目を向けた。
契約——相澤千聖は大金を目的に、芹と契約を交わしたはずだった。(実際、本契約をしたかどうかは定かではないが)
となると、ひとつの疑問が浮かぶ。
「相澤千聖はそんなにも大金を手に入れておいて、更にあなたとの契約にお金を求めたんですか? それに、相澤千聖の契約金は500万円。美容外科クリニックから大金を引っ張ることのできるこの状況で、いくらなんでもたった500万円の為にリスクを冒す必要が——」
「ササキさん」
「はい」
「美容外科クリニックのスタッフ、ササキさんは今どこにいると思いますか」
「どこにいるって」
そんなの——
“こっちが知りたいよ”
「えっ」
心の声は
芹の声と共に確実に
俺の鼓膜を揺らしたのだった。
「この後、クローゼットに身を潜めた相澤様と医院のスタッフササキさんは、後から部屋に入ってきた医院長とそのスタッフの話を盗み聞きます。内容は予想できるんじゃないですか? 勘の良い、あなたなら」
「医療ミス……ですか」
「その通りです」
千聖が通っていた庵野美容外科クリニックは、テレビCMを数多く打つほどの大手企業であり、そのぶん悪評も多く囁かれていた。
都内各所に分院が建ち、予約は常に満杯。その人気と比例するように、スタッフの対応へのクレームや術後のケアに対する希薄さなどのマイナスイメージも膨らんでいくのだが、何故だかいつも、ワイドショーや情報誌はこの件に二の足を踏んでいた。
「男性はクリニックの医療ミスにより死亡したと?」
「はい。その詳細や隠蔽を語る会話を、相澤様はササキさんと共にクローゼット内から撮影しました。スマートフォンに記録されたその動画を使って、以降相澤様とササキさんはクリニックを相手取り脅迫を始めます。要求はお金。約1年ほど繰り返されたこの脅迫で、クリニックは2億円余りをおふたりに渡しました。相澤様はそのお金を使って、大胆にも同院で美容整形を繰り返します」
「同院で?!」
「ええ。クリニックもまさか、脅迫の相手が自分のところで整形を繰り返している患者だとは夢にも思っていなかった。犯人として目をつけた人間は皆、脅迫が始まった前後に医院を退会したものや辞職したスタッフ。詰まるところ、脅迫されるような心当たりが病院側にも無数に存在したのですよ」
さらに厄介であったのは、その脅迫で渡した金のほとんどが脱税による泡銭であることだった。故に訴えることも警察に相談することも叶わぬまま、クリニックは相澤千聖にお金を流し続けることになる。
「脱税、ですか。その証拠を掴んだのはその、ササキというスタッフですね」
頷く芹。すると芹はとぼけ眼で、半音声色を上げて俺に訊いた。
「おや。少々顔色が悪いようですが。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。それよりいい加減離してもらえませんか、この手。おかげで不快なんですけど」
「ああ、これは失敬」
芹はさも今気づいたかのような大袈裟なリアクションをした後、パッと俺の腕から離した手を顔の横に掲げる。
そうして満足したのか、芹は記憶を懐かしむように小さく笑った。
「それにしても、相澤様も自分の腹にハサミを突き立てるとは、大胆なことをなさいました。まあお陰で、野中海里の部屋で江畑様に同じことをさせるアイデアを思いついたのですけどね」
芹の話半分に、俺はやっと解放された左腕を回転させながら、掴まれて赤くなった部分を右手のひらで摩る。そしてふと、手の甲の十字印に目を向けた。
契約——相澤千聖は大金を目的に、芹と契約を交わしたはずだった。(実際、本契約をしたかどうかは定かではないが)
となると、ひとつの疑問が浮かぶ。
「相澤千聖はそんなにも大金を手に入れておいて、更にあなたとの契約にお金を求めたんですか? それに、相澤千聖の契約金は500万円。美容外科クリニックから大金を引っ張ることのできるこの状況で、いくらなんでもたった500万円の為にリスクを冒す必要が——」
「ササキさん」
「はい」
「美容外科クリニックのスタッフ、ササキさんは今どこにいると思いますか」
「どこにいるって」
そんなの——
“こっちが知りたいよ”
「えっ」
心の声は
芹の声と共に確実に
俺の鼓膜を揺らしたのだった。
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