シンデレラの継母に転生しました。

小針ゆき子

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本編

01 私はケイトリン

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 目の前には可愛らしい女の子。
 薄茶色のふわふわした髪に水色の瞳、そして頬っぺたとぷっくり唇は薔薇色だ。
 これで羽が背中にあれば、妖精かと思っただろう。
 「はじめまして、お継母様かあさま。エラと申します」
 …え、この子いま何て言った!?
 おかあさま??
 「…」
 「お継母様…?」
 「ケイトリン、どうしたんだい?もしかしてエラが気に入らないのかい?」
 「…え!?」
 ぼーっとしていた私は我に返って周りを見渡した。
 夫となった男とその娘、そして自分が生んだ娘が二人、四組の瞳がこちらの様子を固唾をのんで見守っている。
 そうだった!
 今日から暮らす再婚相手の屋敷で、彼の娘を紹介されていたのだった。
 この妖精は私の継子ままこだわ!
 「申し訳ありません、旦那様。エラがあまりに可愛いから見とれていたのです」
 とっさに謝れば、夫はまるで自分を褒められたかのように顔を緩ませた。
 「そうだろう、自慢の娘なんだ」
 「始めまして、エラ。私はケイトリンよ。よろしくね」
 「はい。よろしくお願いいたします」
 エラは行儀よく、スカートをつまんで淑女の礼をした。
 新しい夫は娘をよく躾けているようだ。
 「こちらは長女のヴァレンティーナと次女のティファニーよ。ティファニーはエラと同い年だけど、生まれ月はティファニーの方が早いから、どちらもあなたのお義姉様ねえさまね」
 「ヴァレンティーナよ。よろしくね、エラ」
 「ティファニーです。仲良くしてね」
 前の夫との間に生んだ二人の娘が前に進み出て共に礼をする。
 エラはにっこりと私たちに微笑みかけた。
 こうして私ケイトリンには、エラという継子ができたのだった。


 これって、シンデレラの世界じゃない!?
 間違いないよね、だってあの子の名前、エラって言うし。
 継母に義姉が二人…間違いない!
 持ってきた荷物を自室に運び込むと、誰もいないことをいいことに頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 色んな記憶や感情がごちゃ混ぜになって混乱する。
 考えを整理しなくては。
 エラを見たとき、急に「シンデレラ」という物語が頭に思い浮かんだのだ。
 父親を亡くし、継母と義姉たちにいじめられ、シンデレラ灰かぶりのエラと蔑まれる不遇の少女。
 しかし王子の妃を決める舞踏会に、魔法使いの助けを借りて美しい姿で参加し、見事王子の心を射止める。
 そしてこれまでシンデレラを虐げて来た継母たちは残酷な報復を受けるのだ。
 その継母が私…。
 いやぁーーー!!
 そんなのダメよ!
 だって、継母と義姉たちの末路って…。
 鳩に目玉をくり抜かれるなんて怖すぎるわっ!
 どうしてこんな記憶が突然戻ったのかわからない。
 でも戻ったからにはシンデレラの継母と同じ運命を辿るつもりはない。
 とにかく継子をいじめるのダメ!
 娘たちも再教育!
 絶対に破滅を回避してやるわ!!


 ここで私のことを少し話さなければなるまい。
 私、ケイトリンは元侯爵令嬢だ。
 由緒あるウォーターハウス侯爵家の長女として生まれたが、母は私が幼い時に亡くなり、当主の父は後妻を娶った。
 そう、シンデレラの継母もまた継子なのだ。
 私の継母は跡継ぎである弟を生み、私を疎み始めた。
 父も跡継ぎにしか興味がなかったものだから、私は侯爵家で孤立していた。
 そして私は十六歳の時に、十五歳年上の男爵に嫁がされた。
 最初の夫はギャレット・トムリンソンという裕福な男爵で、困窮していた侯爵家に多額の資金を援助する引き換えに高位貴族の娘である私を望んだのだった。
 身売り当然の結婚だったが、男爵家での生活は思いのほか快適だった。
 夫は私を大事に扱ってくれ、ドレスや宝石などなんでも買ってくれた。
 いま思えば一回り以上も年上であることに引け目を感じていたのだろうが、私は窮屈な侯爵家から解き放たれ、優しく気遣ってくれる夫に甘えに甘えた。
 二人の可愛い子供にも恵まれた。
 長女のヴァレンティーナは黒髪にアンバーの瞳をしていて、ちょっとつり目だが将来が楽しみな美少女だ。
 次女のティファニーは私譲りの茶色の髪にすみれ色の瞳で、目元が父親にそっくりだった。
 夫は娘たちを溺愛し、私のこともますます大事にしてくれ、本当に幸せな八年間だったと思う。
 しかし夫は熱病にかかり、半年前にあっさりとこの世を去ってしまった。
 彼はこれまで重い病にかかったり寝込んだりしたことはなかったので、まさに青天の霹靂だった。
 私との間には女の子しかいなかったので、男爵位は夫の弟が継ぐことになった。
 義弟にはすでに長年連れ添った奥方と跡継ぎの息子がいて、私たちは男爵家にとどまることはできない。
 実家は父が亡くなり弟が新たな侯爵になっていたが、継母がまだ存命だったので頼ることはできなかった。
 幸い義弟は生活が落ち着くまで男爵家にいていいと言ってくれたので、私は市井に降りる準備をしていた。
 そんな時に声をかけてきたのが、新しい夫となったバーノン・ガルシアだった。
 彼はトムリンソン男爵家に出入りしていた商人で、主に外国の商品を取り扱う貿易商だった。
 いつも珍しい品を持ってきてくれるので、出入りしていた多くの商人の中でも特に印象に残っていた男だ。
 彼が言うには、ちょうど私が前夫を亡くした時期に彼も病弱だった妻を亡くしたという。
 もうすぐ七歳になる娘が一人いるが、仕事で長く家を空けることも多いので、身分のしっかりした女性を後妻に迎えたいとのことだった。
 私は悩んだ末、ガルシア夫人になることに決めた。
 生家で虐げられていたのである程度の生活能力はあると自負しているが、娘二人を抱えて市井に降りるとなると仕事も限定されてくる。
 愛する娘のためなら娼婦になることも厭わないが、それは最後の手段に取っておきたかった。
 バーノン・ガルシアは妻がいる身でありながら私のことを気に入っていたらしい。
 それに私が元侯爵令嬢だということも知っているはずなので、ヴァレンティーナたちにも無碍なことはしないだろう。
 こうして私は豪商の妻、ケイトリン・ガルシアとなったのだった。
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