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本編
20 シンデレラは自力で舞踏会に赴く(エラ視点)
しおりを挟むお父様の死から三週間後。
エラ・ヨークとなった私は養父となったヨーク準男爵の屋敷に来ていた。
葬儀後の話し合いの席に同席していた準男爵は、父の従兄弟だった。
ケイトリンは私と徹底的に縁を切るため、わざわざ父の親戚を調べて回り、貴族位を持つヨーク準男爵を後見人として推すために連れてきていたのだった。
彼女の目論見通りになり、私は準男爵の養女となってマシューと共に引き取られることになった。
お父様が残した遺産は私のものだが、私が未成年であるうちは準男爵が管理する。
準男爵がどんな人なのか分からず、私は不安だった。
もしかしたら未成年になる前に遺産を使い果たされ、成人すると同時に捨てられるかもしれないのだ。
しかし後からマシューに聞くと、アッカー弁護士が紹介してくれた別の弁護士がきちんとしてくれたらしい。
この手の揉め事は多いそうで、特に貴族となると養女を迎え入れる場合の養育費は念書を作るのだそうだ。
ヨーク準男爵はある程度のお金を自由にできるが、それも遺産の十分の一に満たないほど。
私が未成年の間にさらにお金が必要になると、かなり難しい手続きをしないといけないらしい。
貴族は体面を重んじるうえ、準男爵位は国王陛下直々に賜った爵位なので、よほどのことがない限り私のお金に手は付けないだろうということだった。
「エラ嬢…いいや、エラ。これが妻と息子だ。今日から君の養母と義兄になる」
「はじめまして、エラ」
「は、はじめまして!ハロルドだ…」
準男爵夫人とその息子を紹介された。
今日から義理とはいえ家族になる人たちだ。
「はじめまして、エラと申します。…どうぞよろしくお願い致します」
私はじっくりと彼らを観察した。
もうお父様は居ない。
マシューは側にいてくれるが、屋敷の実権は握れない。
慎重に行動しなくてはならなかった。
「こんな可愛らしいお嬢さんが娘になるなんて嬉しいわ。どうぞ仲良くしてね」
準男爵夫人は子爵家から嫁いできたらしい。
さすがに貴族出身なだけあって表向きこちらを歓迎する態度だが、目の奥は油断なくこちらを観察していた。
「その…敬語はいいよ。もう兄妹なんだから。…よければ屋敷内を案内するよ」
一方のハロルドは分かりやすい。
歳は14歳だったか。
頬を紅潮させ、私をなめるように見てくる。
ハロルドは利用できる。
そう判断した私は、彼を取り込むことにした。
ヨーク家での生活は窮屈で退屈だった。
家畜の世話等の労働はしなくてよくなり、食事どころか着替えすらメイドたちが手伝ってくれる。
だが常に誰かが近くにいて一人になることがなく、監視されている気分だった。
マシューとはすれ違うことはあっても言葉を交わすことはなくなった。
というのも、ヨーク夫人が「貴族令嬢が家族でも婚約者でもない男性とみだりに二人きりになったり、親しく言葉を交わすものではない」と言うからだ。
私は貴族になったがマシューは平民のままなので、平等に話すことはできなくなった。
ヨーク夫人はさらに、私に貴族令嬢の嗜みとして淑女教育を受けさせた。
亡くなったお父様が貴族を相手にする商人だったためにある程度のマナーは知っているつもりだったが、ヨーク夫人が連れてきた家庭教師はとても厳しかった。
貴族名鑑を覚えさせられるのはまだしも、お辞儀の角度を細かく指導されるのは辟易した。
さらに平民だった私を見下し貶めるような言葉ばかり言う、暴力こそ振るわないが教鞭をこれ見よがしにしならせてみせるなど、陰険な糞婆だ。
でもこの婆はちょうどいい実験材料だわ。
私はハロルドがどれほど使えるのか、私の魅力がこの屋敷内でどこまで通じるのか試してみることにした。
ヨーク夫人はあまりいい顔をしなかったが、兄妹になったハロルドとの会話は制限されていない。
屋敷を案内してもらったり、積極的に買い物に付き合ってもらったりと少しずつ親交を深めていた。
最初はメイドやハロルドの従者も必ず傍にいたが、私と二人きりになりたいハロルドが遠ざけるようになり、やがて行動を見張られてはいるものの会話を聞き取れない距離まで彼らを引き離すことができるようになった。
そのタイミングで、私はあの家庭教師の話を何気なく切り出した。
「ハロルド兄さまもあの先生に師事されたのですか?」
「いいや、私の時は別の先生だったよ」
「そうなのですか…」
「淑女教育は順調かい?」
「貴族になるというのは大変ですね。ハロルド兄さまは優秀ですから、ぶたれたり本を投げつけられたりすることはなかったですよね。私ったらできが悪くって…」
「ぶたれた!?怒鳴られるならともかく、手を上げられたのか?」
「え…、でも…私は元平民だからって…あっ!いえ、その…どうか今の話は忘れてください」
私は口を滑らせたふりをして、いかにも慌てた様子でハロルドから離れる。
ハロルドは追いすがろうとしたが、「何でもありませんから」の一点張りでメイドを連れて自室に逃げた。
…さあ、どうなるかしら?
結果的に言うと、ハロルドは思い通りに動いてくれた。
家庭教師が私に暴力をふるっていると糾弾し、ヨーク準男爵に訴えてくれたのだ。
ヨーク準男爵は最初は半信半疑だったようだが、あの家庭教師は平民の使用人たちにも高飛車な態度をとっていたため、使用人たちはこぞって私とハロルドの援護射撃をしてくれた。
私が想像していたよりもずっと鬱憤をためていたようだ。
さらに義憤に駆られたハロルドが家庭教師を派遣した紹介所に乗り込み、話を大きくしてくれた。
糞婆は八歳の女の子に暴力を振るったというレッテルを貼られて屋敷を去っていった。
うふふ…いい気味。
私を不愉快にさせるからよ。
私は自分の魅力と頭脳に改めて自信を持った。
この能力を駆使すれば、時間はかかるけれどもこの屋敷を乗っ取れる。
元平民で、準男爵の養女では、せいぜい子爵家くらいまでにしか嫁げない。
だが、こんなところで終わるものか。
私はこの能力と、さらに財力もある。
必ず幸せになって見せるわ。
見ていてね、お父様、お母様。
そしてケイトリン…。
あなたには思い知らせてあげるわ。
正しいのはあなたじゃない、この私なのよ。
ヨーク準男爵の養女になり、八年が経った。
十六歳になった私エラ・ヨークは、さらに美しさと可憐さを増していた。
先日無事に遺産も受け取り、自由にお金を使えるようになっている。
だからといって、湯水のように使ったりはしない。
でも使うときは大胆に、そして計画的に使わなくては。
まずは使用人たちをお金で取り込み、ヨーク夫妻を追い詰めた。
殺すようなことはしない。
準男爵は一代限りのため、私が貴族で居続けるには養父の準男爵にはまだ生きていてもらわないと。
だから夫人と共に屋敷の離れに閉じ込めて、ハロルドと共にヨーク家の実権を握った。
ハロルドは完全に私に心酔している。
いつか私と結婚できると信じているようだ…馬鹿な男。
私は金に物を言わせてあちこちのお茶会に参加し、自分の美しさをアピールした。
低位貴族の間で途端に私のことは噂になり、伯爵家が主催する夜会にまで招待されるようになった。
伯爵家か…。
このあたりの家格で手を打つべきかしら?
条件のいい輿入れ先を探していると、思わぬ情報が耳に入ってきた。
どうやらこの国の王太子殿下が、妃となる女性を探しているところらしい。
「ねえ、ハロルド兄さま。私が王太子様の御目に留まれば、兄さまに新しい爵位を頂けるかしら?」
「エラ。私のことは気にしなくていいんだよ。私は君と静かに暮らせればそれでいいんだ」
馬鹿ねぇ。
それじゃあ、私が困るのよ。
「兄さまは優秀よ。領民や屋敷の使用人たちのためにも、このまま貴族で居続けるべきだわ」
「エラ…しかし、私は…」
「大丈夫。私の心はいつだってハロルド兄さまのものよ。二人で幸せになりましょう」
馬鹿なハロルド。
彼は私が欲しい情報を手に入れてきてくれた。
「もうすぐ王太子の妃を選ぶ夜会が大々的に開かれるらしい。エラも参加できるよ」
「まあ、元平民の私が?」
「未婚ならば身分は問われないということだ。王太子の生母である王妃様は国王陛下の従妹姫だから、血が近い高位貴族の令嬢はむしろ敬遠されている。今の国王陛下も王太子殿下も健康だが、先代まで短命の王が続いたからね。身分は低くとも血縁的には遠くて、健康な子供を産める女性を妃に据えたいという話だ」
鏡に自分の姿を映す。
水色の清楚な雰囲気の、妖精のようなドレス。
化粧は抑え目にして、アクセサリーもシルバーのシンプルなものにした。
王太子妃になるのは私。
そしてゆくゆくは王妃になる。
運命の日。
私は馬車に乗って王宮へと向かった。
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