シンデレラの継母に転生しました。

小針ゆき子

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外伝 シンデレラを訪ねて

05 舞踏会から一年後

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 「もし、そこなご婦人」
 「はい。私のことでしょうか?」
 私は呼び掛けられて振り返る。
 そこには五十代くらいの、柔和な顔立ちのおばあさんが立っていた。
 「ちょっと聞きたいんだけれどもねぇ」
 「分かることでしたら」
 「実はこの国を出ていくことになってね」
 「まあ、それは残念ですわ」
 「去年入国したときは連れがいたから手続きやら書類やら全部してもらったんだけれど、今度は一人でしなくちゃいけなくて…。この王都にそういった役所があるのかい?」
 「身分を証明するものはお持ちですの?」
 「持っているよ。前の国で作ってもらったから」
 「期限は?」
 「どれどれ…」
 おばあさんは腰に下げていた鞄から札を取り出した。
 国と国を行き来する人が必ず持っている、身分証明書のようなものだ。
 「ああ!まだ切れていないね」
 「荷物は?」
 「いんや、この身一つだよ」
 「ならば特に書類を用意しなくても、身辺チェックだけで関所を通過できるはずですわ」
 「おや、そうだったのかい。ならゆっくりと王都観光でもしてから国を出ようかねぇ」
 「お役に立ててよかったです」
 「呼び止めて悪かったねぇ。貴族のご婦人だろう?」
 「え、ええ」
 「そう怯えなさんな。こんな婆一人にあんたをどうこうできるわけないよ。そんなことより、今日は随分と市場がにぎわっているようだけど、お祭りでもあるのかい?」
 「ああそれは…。実はこの国の王様の姪御様と、隣国の王太子様の結婚が決まったんですの。隣国の大使が昨日から調印のために王都に入られていて、歓迎する宴があちこちで開かれていますから、市場も活気づいているんでしょう」
 「おやおや。王様の姪御様といえば…大公閣下のご令嬢かね」
 「よくご存じですのね」
 「マルゲリータ様だったか。知っているとも。たぶんその隣国っていうのはあたしがこれから帰る国だよ。本当だったら王女様が輿入れするって話だったが…王子様がご病気にかかって、王女様がこの国の跡継ぎになったんだってね。だから国王の姪が代わりに輿入れするかもしれないっていう噂は前からあったよ」
 「そうだったのですか」
 「少し歳は離れているかもしれないが、うちの国の王太子様はできた方らしいよ。きっとマルゲリータお嬢様は幸せになるだろうて」
 「そう願いますわ」
 「…じゃあ、あたしはそろそろ行こうかね。話ができてよかったよ」
 「え、ええ…。あの!」
 くるりと背を向けたおばあさんに、私は慌てて声をかけた。
 「あの、どこかでお会いしたことがありましたか?」
 「…いんや。あんたみたいな別嬪さんに会ったことはないよ」
 「そうですか。…旅のご無事をお祈りしておりますわ」
 「どうもありがとう。幸せにおなり」
 

 「ケイトリン!ここにいたのか」
 「アーロン様」
 夫に名前を呼ばれ、どこか霧の中にいたような心地だった私…ケイトリン・ラドルファスは現実に引き戻された。
 そうだ。
 マルゲリータ様の婚約式に出席するための、私のドレスを受け取りに行く途中だった。
 本来ならば採寸も仕上げもお針子が大公屋敷に出向くのだが、先日出産したばかりの私の採寸をすることがなかなかできず予定が押していたのと、たまには街に出て外の空気を吸いたいと思ったこともあり、お針子の店に直接出向いていたのだった。
 「突然君の姿を見失って焦ったぞ」
 「私も…どうしたんでしょう。賑わっているとはいえ人はそれほど多くありませんのに」
 「確かに不思議だ。…魔法にでもかかったようだな」
 二人で首を傾げる。
 アーロン様の腕に手をまわし、しっかりエスコートされて歩いていたはずだ。
 それがどうしてはぐれることになるのだろう。
 いくら考えても分からず、アーロン様の言う通り魔法にでもかけられた気分だった。
 
 本当はドレスを受け取ってから、レストランで食事をとって屋敷に戻る予定だったのだが、そんなことがあったので食事はキャンセルして帰りの馬車に乗り込んだ。
 少し楽しみだったのでがっかりするも、今の私の身分は大公妃、本来なら王都を護衛なしで歩くことはできない。
 どうしても気分転換がしたくて散々アーロン様に駄々をこね、今日一日だけという条件で外に出たのだ。
 なのに開始数分で行方不明になっては信用も失うだろう。
 がっかりしながら屋敷に戻るも、出迎えてくれた愛娘を見た途端、鬱屈した気分は霧散した。
 「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」
 「予定よりお早いお帰りでしたね」
 「ああ、食事をキャンセルしたんだ。ドレスだけ受け取って来た」
 「ようございました。ミランダお嬢様がぐずっておられたので…。私たちではどうにも」
 私は乳母から赤ちゃんを受け取る。
 三週間前に生まれたばかりのアーロン様との娘、ミランダだ。
 ティファニー以来18年ぶりのお産だったのでもしもの時のことを考えて乳母を雇ったが、思いのほか産後の経過が良く、積極的に育児にかかわることができている。
 ミランダは基本的にはいい子なのだが、私がいないとぐずりが止まらないことがまれにあった。
 「ミランダちゃん、帰ってきましたよ」
 呼びかければ青い瞳がきょろっとこちらを向く。
 髪の色も銀髪で、王族の血が濃く出たようだった。

 「お父様、お継母様!」
 エントランスの奥から声がして、マルゲリータが侍女と共に現れた。
 当然「お継母様」とは私のことだ。
 うーん。
 以前の継子とは違い、この娘は可愛い…というか美しい、むしろ神々しい。
 マルゲリータはますますその美しさに磨きがかかっていた。
 半年後にはこの国を出て、隣国の王太子へ輿入れすることが決まっている。
 先日秘密裏にお会いした王太子殿下は感じのいい方だったらしく、幸せオーラいっぱいだ。
 「おかえりなさい。ドレスはいかがでした?」
 「問題なかったわ」
 「早速見せてくださいませ。ミランダちゃんはお父様が預かりますから」
 「おいおい…」
 アーロン様は結婚間近の娘のぞんざいな扱いに苦笑いしながらも、とろけそうな笑みでミランダを受け取った。
 なんだかんだで生まれたばかりのもう一人の娘、ミランダを構えて嬉しそうである。
 私はマルゲリータに手を引かれ、彼女の自室へと足を運んだ。
 途中、マルゲリータが「そういえば!」と口を開いた。
 「ティファニーですけれども、ジュリアン様と一緒に婚約式に来れるそうですわ。先ほど手紙が届きましたの」
 「まあ!ジュリアン様もですか?一緒に会うのはあの二人の結婚式以来会っていないから久しぶりですね」
 「もう向かっていて、四日後には王都に到着するそうですわ。数日だけですけれども、久々にティファニーやヴァレンティーナと一緒に語り合えるのね。最後に願いが叶って嬉しいわ」
 シュトロハイム伯爵の後妻に入ったヴァレンティーナとは定期的に会っているが、クルーガー辺境伯夫人となったティファニーは、年に二、三回会えればいい方だ。
 先日も北方の国でまた小競り合いがあったようで、ぎりぎりまで婚約式に来られるか分からなかったのだが、どうやらジュリアン様が一時的に領地を離れても問題ない規模だったようだ。
 他国の王太子妃となるマルゲリータ様が婚約を経て輿入れされれば、おそらくは一生この国の土を踏むことはない。
 ティファニーと特に仲が良かったマルゲリータは、最後に会う機会を得られて浮き足立っているようだ。
 私の腕を引きながらスキップしている。
 「マルゲリータ様!!淑女がそのように早足で歩くものではございませんわ。足首が見えないよう、上品に歩いてくださいませ」
 「はい!ケイトリン先生」
 急な私の叱責に対し、きりっとした顔で返事をしたマルゲリータに、新人の侍女が目を丸くしている。
 その様子がおかしくて、私たちはつい淑女らしからぬ笑い声をあげてしまった。
 
 
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