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番外編
デイジー・リンカーン
しおりを挟む私はデイジー・リンカーン。
由緒正しい伯爵家に生まれた。
父は私を可愛がってくれ、欲しいものは何でも与えてくれた。
父だけではなく、使用人やお友達も皆私をちやほやしてくれる。
だって私は美しいもの!
いつか素敵な殿方に嫁いで、ずうっと幸せに暮らすのよ。
そうして成人して参加した王宮での夜会で、私は運命の人に出会った。
アーロン・ラドルファス大公様!
金髪碧眼という美しい色に、整った顔立ち。
背が高くて均整の取れた体つき。
そして大公というお立場!
まさに私が嫁ぐにふさわしいお方だった。
聞けば最初の奥様を亡くされていて、その後は再婚されていないらしい。
やっぱり!
私という存在が現れるのを待っていてくださったんだわ。
最初の奥様との間に御子が二人いるようだが、私が新しい妻になって私が子を産めば、その子が跡継ぎになるわよね。
だって正妻の子ですもの。
「大公閣下、初めまして」
「…君は?」
挨拶に出向けば、アーロン様の青い瞳が私を映した。
ああ、近くで見ると本当に素敵な方。
きっとアーロン様の方も、私の美しさに心奪われているはずだわ。
「デイジー・リンカーンと申します。あちらでお話ししませんか?」
「…すまないが、別の約束がある」
「少しだけですからっ」
「失礼する」
引き留めようと腕を取ろうとしたが、アーロン様はさっと身を引いて行ってしまった。
恥ずかしがっているのかしら。
きっと私みたいな美しい令嬢に会ったことがなくて驚いたのね。
私は早速お父様にアーロン様の妻になりたいと話した。
「ふむ…。お前には侯爵家の跡取りを考えていたんだが…」
「侯爵家なんていやよ!大公様の方が身分が高いでしょう」
「確かに、大公様に嫁いでお前が子を産めば…。国王や王太子にもしものことがあれば…」
お父様はぶつぶつ言っていたが、最終的には私を応援してくれることになった。
だって、反対する理由がないものね。
すぐにお父様はアーロン様に私を嫁がせたいという申し入れをしたようだが、なんと戻ってきたのはお断りの返事だった。
「嘘よ!そんなはずないわ」
「大公閣下は、今は幼い子供たちと静かに暮らしたいとお考えのようだ」
「アーロン様がそんなこと言うはずないわ!私と結婚したいと思っているはずよ。だって、夜会で私を見つめていたもの」
「それは本当か?」
「間違いないわ、お父様!」
するとお父様は腕組みをした。
「閣下が前の正妻を亡くしてからすでに四年経っている。周りにも後妻を娶るようにせっつかれているはずだ。
少し内情を調べてみよう」
そうして調べて分かったことは、アーロン様にはやはり浮いた話がないこと。
嫡子のグリフィン様は体も丈夫で問題なく社交デビューを果たしているが、ご息女でもうすぐ7歳になるマルゲリータ様は引きこもり気味らしいことだった。
お可哀そうなアーロン様。
きっと根暗な娘が心配で、ご自分が幸せになるのに引け目を感じていらっしゃるのだわ。
私が妻になったら、すぐに部屋から引っ張り出して適当な貴族に嫁がせてしまいましょう。
アーロン様の娘といえど、私たちの幸せの邪魔をするのは許せないわ。
「大公家がマルゲリータ嬢の家庭教師を募集している。住み込みが条件らしい」
「まあ、もちろん応募するわ。一緒にお屋敷で暮らせば、アーロン様もすぐに私の良さに気づいてくださるわ」
素敵、素敵!
これで何もかも上手く行くわ。
待ってて、アーロン様。
私は家庭教師の面接のために大公家へ出向いた。
アーロン様が直接面接に立ち会ってくださった。
やっぱり、私が気になるのね。
着飾ってきて正解だったわ。
「デイジー・リンカーン嬢…」
「覚えていて下さったのですね、アーロン様!」
「…どこかで会ったかな?」
「でも今名前を…」
「履歴書に書いてあったからね。どこかの社交場であったようだが、さすがに私をファーストネームで呼ぶことは許していないはずだ。今後はやめてもらいたい」
「恥ずかしがらずとも大丈夫ですわ。私のこともどうぞデイジーとお呼びください」
「…これまで家庭教師の経験は?」
「ありません。でも大丈夫ですわ。私はアーロン様を支えることができます」
「私ではなく、娘の家庭教師を募集したのだが…」
「アーロン様、アーロン様のお好みの色はなんですの?今度の夜会はパートナーとして連れて行ってくださいますわよね?」
「…面接は終わりだ。お引き取り願おう」
「アーロン様!どうぞ私の屋敷へいらして下さい。父に紹介いたします」
「執事長、客人がお帰りだ」
「アーロン様!!」
私は訳の分からないまま屋敷を出されてしまった。
もう!アーロン様ったら、どうしてそうつれないの?
本当は私のことが気になるくせに。
まあいいわ。
家庭教師になって屋敷に出入りできるようになったら、好きなだけアーロン様と一緒にいられるもの。
今のうちに根暗娘の嫁ぎ先でもお父様に見繕ってもらおうっと。
ご機嫌で伯爵邸に戻った私だが、まさか数日後、不採用の通知が来るとは夢にも思わなかった。
「そんな馬鹿なことあるはずないわ!!」
「選ばれたのはウォーターハウス侯爵家の縁者だそうだ」
「侯爵家!?」
なんてこと。
侯爵家の権力で無理矢理横やりを入れたんだわ。
「選ばれたのはどんな女なの!?」
「詳しいことは分からない。侯爵家の遠縁のようだが、今は貴族籍にないようだから正確な情報が分からない」
「貴族じゃないの?アーロン様の周りを下民の女がうろつくなんて!!」
私は居ても立っても居られず、大公家に向かった。
しかし門をくぐろうとすると門番が前を遮る。
「どういった御用ですか?」
「アーロン様に会わせて!」
「お名前を教えてください。お約束は?」
「私はデイジー・リンカーンよ!早くアーロン様に会わせなさい!」
「本日お約束されている客人にそのような名前の方はいらっしゃいません。お引き取りを」
「無礼者!!私は伯爵令嬢よ!」
「どのような身分の方でも、お通しすることはできません」
「お父様に言いつけてやる!アーロン様だって、私にこんな仕打ちをしていると知ったらあんたたちを解雇するに決まってるわ」
「…お引き取りを」
ああ、なんてことなの。
きっと邪悪な手段で家庭教師の座を手に入れた侯爵家の女が手をまわしたんだわ。
どうしたらこの無能な男たちにわかってもらえるの?
「アーロン様に会わせてちょうだい!きっと何かの間違いよ!!」
「お引き取り下さい。お通しすることはできません」
「嘘よ、選ばれるのは私よ!お願い、アーロン様!!」
「いい加減にしろ、役所に突き出されたいのか!?」
門番は私を恫喝してきた。
酷い!私は何も悪くないのに。
私は座り込み、涙を流した。
周りがざわざわとしている。
そうよ、私はこんなに可哀そうなの。
アーロン様、早く気づいて、早く私を迎えに来て。
しかし私を迎えに来たのは制服を着た警邏隊だった。
私はあっという間に男たちに拘束される。
「きゃあっ!何するのよ」
私は必死に抵抗するが、三人掛かりの男たちの力にかなうはずもなくずるずると引きずられた。
「離して、離して!アーロン様のお傍に立つのは私よ、アーロン様ーーー!!」
そのあと、私は必死になってアーロン様の周りを調べた。
家庭教師になった侯爵家の女は、子供が二人もいる出戻りの女らしい。
アーロン様は私と愛し合っている。
万が一にもそんな年増女に心奪われることはないはずだが、アーロン様に会えない日々が続きやきもきした。
先日の騒ぎがアーロン様の耳に届いて今度こそ中に入れるかもしれないと屋敷を何度か訪ねたが、門番の守りはさらに固くなっていて入ることはできなかった。
アーロン様と会えなくなってから一か月半。
ようやく会う機会が巡ってきた。
王家主催の夜会が行われることになったのだ。
どうやら北の領地で蛮族の侵攻があったらしく、それを防いだ辺境伯に受勲することになったらしい。
あまり社交の場に出られないアーロン様だが、父によればその辺境伯はアーロン様のかつてのご学友らしく、間違いなく出席するだろうということだった。
私はドレスと宝石で着飾り、お父様のパートナーとして夜会に出席した。
今度こそ…今度こそアーロン様に訴えるのだ。
お側に相応しいのは私だと。
きっとアーロン様は分かってくださるわ。
会場に入ってからお父様と別れ、私はアーロン様を探し回った。
そこでようやく見つけたアーロン様は、今日に限って見知らぬ女をエスコートしていた。
なに、何なの、あの女は!
一見しただけで上等だと分かるドレスを身にまとった、茶色の髪の女だった。
歳はアーロン様と私のちょうど間くらいだろうか。
「ラドルファス大公閣下がパートナー同伴なんて珍しい」
誰かのささやきが私の耳に入る。
やはりいつも一人で参加されるアーロン様が女性を連れているのは目立っているようだ。
「とても美人だな。どこの令嬢だ?」
「さあ?あれほどの美女なら一度見れば覚えるはずだけれど…見たことがないな」
「とうとう大公閣下も再婚する気になったのかしら?前の奥様が亡くなられてもう五年近く経っているものね」
「どうやらパートナーの女性は、ご息女の家庭教師らしいぞ」
なんですって!?
じゃああの女が、私とアーロン様の間に割って入った女なの?
やっぱりアーロン様の妻の座が目当てなのね。
出戻りの年増女、それも平民のくせに不相応なドレスを着て、厚かましくもアーロン様にエスコートされているなんて。
私は怒りのままに突撃しようとしたが、そこへ王族の方々の到着を告げる笛の音が響いた。
会場の全員…もちろん王弟のアーロン様も膝をついて礼を取る。
さすがに式の最中は行動を起こすわけにいかない。
式が終わるのを待つしかなかった。
「ちょっとあなた、アーロン様とはどういった関係なの?」
待って、探して、ようやく例の女が一人でいるのを見つけた。
アーロン様は隣にいない。
きっと飽きられているのね。
でもまたアーロン様に迫られても迷惑だ。
ちゃんと釘をさしておかねばならない。
なのに女は伯爵令嬢の私に対して礼をするわけでもなく立ち尽くしている。
「ちょっと、この私が質問しているのよ、聞いているの!?」
やっぱり平民ね。
躾がなっていないわ。
強く言ってもまだ女が動かないので、私はさすがに苛々してきた。
「何とか言いなさいよ!知っているのよ、あなた平民なんでしょう?卑しい身分のくせにアーロン様にまとわりつかないで!アーロン様のご迷惑なのよ!!」
これだけ言っているのに、まだ女は動かない。
伯爵令嬢の私にこんな無礼を働いて、謝罪の一つもないなんて。
「さあ、早くここから出ていきなさい!!平民が来るところじゃないのよ!」
「…失礼ですけど、どちら様ですか?」
「はっ!?」
ようやく女が口を開いたかと思えば、思わぬ言葉だった。
私を知らないはずないでしょう!
社交界の華なのよ!!
「私はケイトリン・ウォーターハウス。侯爵家の者ですわ。あなたのお名前を聞いた覚えがないのですけど、どこかで会ったことがありましたか?」
「こ、侯爵家!?そんなはず…そんなはずないわ。平民だって言ってたもの」
家名にウォーターハウスが付くということは、現当主に近いってこと?
いいえ、きっと嘘だわ。
遠縁にしか過ぎないのに、大公妃の座を狙って嘘をついているのね。
「あなた身分を詐称しているのね?そんなこと許されると思っているの!?これだから卑しい平民は…!」
「名乗る気がないのならそこをどいてください。連れに飲み物を持っていきたいのです」
「いい加減にして!!」
平民のくせに、貴族の私を馬鹿にして!
お父様に言いつけて、酷い目に合わせてやる!!
気づけばどんどん人が集まってきていた。
ちょうどいいわ、この平民女をつるし上げるいい機会よ。
「どうしたのですか!?」
騎士の装いをした男が家庭教師の女へ駆け寄ってきた。
「あら、アーロン様のいない隙に別の男と逢引をしていたのね。やっぱり卑しい娼婦じゃない」
やっぱり…思った通りの女だったわ。
「私はラドルファス家の家庭教師です。自分の名も名乗れないような礼儀の知らない人に侮辱されるいわれはありません」
「私はリンカーン伯爵家の娘よ!」
「まあ、リンカーン伯爵家ではそのような挨拶を教えているのですか?ご立派な教育方針ですこと」
「この…っ」
なんて無礼な平民なの!
私は思わず手を上げる。
思い知らせてやる!!
しかし腕は振り下ろされる間に後ろから掴まれてしまった。
「私の連れに何をしている!」
「あ、アーロン様!」
そこには恋焦がれたアーロン様がいた。
「アーロン様、ようやくお会いできましたわ」
アーロン様は私から手を放し、向かい合った。
「…君は誰だ?」
「デイジー・リンカーンですわ」
「知らないな。私の連れに何の用だ」
「アーロン様、騙されてはなりません。その女は平民にも関わらず、侯爵家の人間だと身分を偽ったのです。それに、そこの騎士と逢引をしていました。私、見たんです、二人が親しくしているところを!その女を追い出してください!アーロン様のパートナーは私が努めますから!!」
やっとよ。
やっと言えた!
アーロン様はきっと分かって下さる。
そして私の手を取って、妻にと請うて下さるわ。
さあ、アーロン様。
間違いを正しましょう。
しかしいくら待ってもアーロン様は欲しい言葉を下さらなかった。
もしかしたら、人が多くて照れていらっしゃるのかしら?
でもこういったことは皆の前ではっきりさせた方がいいのに。
「デイジー!これはどうしたことだ」
「お父様」
騒ぎを聞きつけたのか、お父様が駆け付けてきてくれた。
お父様が来てくれれば百人力だわ。
「リンカーン伯爵」
「どういうことです?娘がなにか?」
「お父様、あの女が私からアーロン様をとろうとするのよ。
他の男に、あの騎士に色目を使っていたくせに…ほら、お父様がおっしゃっていた平民の女よ!王宮に入れないはずなのにどうしてここにいるのかしら?早く追い出してちょうだい!!」
「娘に何をした?」
お父様が家庭教師の女を睨んでいる。
そうよ、その女が全部いけないの!
ああ、愉快。
あのすました顔がこれからぐちゃぐちゃになり、絶望して許しを請うのだわ。
もしかしてアーロン様はお父様がいらっしゃるのを待っていたのかしら?
貴族の結婚は親も交えないといけないものね。
私ったら、焦ってしまったわ。
そんなことを考えていた私は、次からの展開が全く理解できなかった。
アーロン様はまるで女の盾になるようにその背に庇うと、父と私を厳しい目で睨みつけたのだ。
「リンカーン伯爵、どういうことだ?あなたの娘は私の連れに暴力をふるおうとした。ラドルファス大公家に含むところがあるということかね?」
「ま、まさか…。そんなはずはありません。何かの誤解です」
「誤解?誤解とは、連れがシュトロハイム伯爵に色目を使ったと言ったことかね?それとも君の娘と私がまるで特別な関係であるように言ったことか?君が娘に何か言ったのではあるまいな?」
…あら?
何これ、おかしいわ。
まるで私が悪いことをしたみたいじゃない。
「先ほどから私の連れを平民呼ばわりしているが、彼女はれっきとしたウォータハウス侯爵家のご令嬢だ。嘘だと思うならウォーターハウス侯爵に確かめるといい」
「…それには及びませんよ」
すっと人が割れて、若い貴族の男が現れた。
何度か夜会で見かけたことがある。
若くして侯爵家当主となっているが、未だ婚約者がいないと他のご令嬢の注目の的になっていた方だ。
あの人がウォーターハウス侯爵なの?
「そこにいるのは間違いなく、私の実の姉ケイトリン・ウォーターハウスです。伯爵家の令嬢ごときが私の大事な姉を侮辱するなど…リンカーン伯爵家とのお付き合いを考えなくてはなりませんね」
「そんな…っ。侯爵の姉!?」
嘘よ、嘘よ!
遠縁の、出戻りの女じゃなかったの?
せいぜい従姉弟程度の関係だと思っていた。
混乱する私たち父娘に、さらにあの騎士姿の男が追い打ちをかけた。
「リンカーン伯爵、ご令嬢は私とウォーターハウス侯爵令嬢が逢引をしていると、さも事実かのように…しかもこの公衆の前で大声で発言しました。これはシュトロハイム伯爵家への侮辱と受け取ります。後程正式に抗議させていただきますよ」
「お待ちを!シュトロハイム伯爵!大公閣下に侯爵殿も…!娘の無礼は謝罪します。どうか今回はお目こぼしを…!」
あの若い騎士がシュトロハイム伯爵様!?
同じ伯爵家といえど、リンカーン家よりずっと家格も王家の信頼度も上だということは流石に知っていた。
あの女、そんな大物をたぶらかしていたのね。
「お父様、ちがう、違うわ…。こんなはずじゃないの。だってあの女が…」
「黙れ!!」
とうとう父が私を恫喝した。
怒りと動揺で目が血走っている。
父にこんな感情を向けられたことがなく、私は竦み上がってしまった。
そんな私の腕を、父は掴む。
爪まで立てられて逃げないようにされた。
「この度は娘が申し訳ございませんでした。後日改めて謝罪に伺います。娘は混乱しているようですので、本日はこれで失礼させていただきます」
父はアーロン様たちに頭を下げると、すぐに私の腕を引きずって会場の出口へと大股で向かった。
「そんな…っ、お父様!私は悪くないわ。あの女のせいなの」
「黙れと言っているだろう!!」
こんな…こんなはずじゃなかった。
私はアーロン様と一緒に大公家へ行くのよ。
なのにお父様は話を聞いてくれない。
無理矢理馬車に押し込まれ、私たちは王宮を後にした。
「デイジー、お前の嫁ぎ先が決まった」
私にそのことを告げに来たのは領地にいたはずの兄だった。
「アーロン様がようやく目を覚まして下さったのね、私を迎えに来てくれたのでしょう?」
あの夜会の次の日、父は私を修道院に入れると言っていた。
アーロン様やシュトロハイム伯爵の怒りを解くために必要なのだと…。
数年修道院で過ごせば、そのうち良い嫁ぎ先を見つけてくれると言っていた。
でも私は修道院に行くつもりはなかった。
私はアーロン様と結婚して、ラドルファス大公妃になるのだ。
兄の言葉に私はとうとうアーロン様のお迎えが来たのだと確信したが、兄は鼻を鳴らした。
兄といっても年が離れていて、あまり交流がない。
父と母はほとんど別居状態で、父は私を、母は兄を可愛がり、王都と領地に分かれて住んでいた。
「お前も馬鹿な女だな。あれほど父上に溺愛されていたのに、分不相応な相手に夢中になって身を亡ぼすなど。…まあ、父上も道ずれにしてくれたことには礼を言っておくよ」
「お兄様、何を言っているの?」
「兄と呼ぶな、おぞましい。お前のような頭のおかしい女を妹に持った覚えはない」
「お父様はどうされたの?」
「すでに領地に向かった。半年ほど蟄居させてから家督を譲ってもらう。そのあとは『病死』だ」
この「病死」の意味は、さすがの私でも分かった。
兄は父と私を排除して、伯爵家を乗っ取る気だ。
「酷いわ、お兄様!私とお父様が何をしたというの!?」
「酷いのはお前の頭の中身だ。今まで散々ラドルファス大公に娼婦のように迫っていたらしいな。社交界でリンカーン伯爵家は笑いものだそうだ」
「なっ…!そんなはずないわ。アーロン様と私は想い合っているのよ」
「大公閣下がお前ごときと?ありえないな。鏡をよく見たらどうだ?」
「何ですって!?」
「さらに先日の夜会ではウォーターハウス侯爵家の令嬢とシュトロハイム伯爵を侮辱したとか…。これから社交界でリンカーン家の名誉を取り戻すためにどれだけの労力を強いられると思っているんだ。私の息子にも碌な縁談が来ないだろう。なのに嫁ぎ先を見繕ってやったんだ。感謝されこそすれ、責められるいわれはないな」
兄が合図をすると、彼の後ろに控えていた男たちが私を取り囲んだ。
私は逃げられないように手足を拘束され、担ぎ上げられる。
「お兄様!やめて、お願い、助けて!!」
「お前は国を一つ挟んだ国の貴族に妾として嫁いでもらう」
「妾ですって!?」
そんな馬鹿な!
外国の貴族の…それも妾になれっていうの?
伯爵令嬢の私が!?
「お前を庇えばラドルファス大公家、ウォーターハウス侯爵家、シュトロハイム伯爵家に我が家は睨まれたままだ。三家の怒りを解く条件として、この婚姻を大公家から打診された」
「アーロン様が?私を外国に?…そんな馬鹿な」
「いい加減に現実を見ろ。大公閣下はお前の顔などもう見たくないそうだ。下手に修道院に送り込んで、そのうちまた出てこられても迷惑だと。外国に送ってしまえば甘やかされて育ったお前は戻ってこれないだろうとおっしゃっていたぞ」
「嘘よ…嘘よ、嘘よ、嘘よ!!!」
しかし抵抗らしい抵抗もできず、私は罪人を運ぶような外鍵付きの馬車に押し込まれてしまった。
馬車は数日走り続けたが、国境を一つ越えたところで急に止まった。
私は馬車から引きずり出される。
私を運んできた男たちが舌なめずりをしてこちらを見ていた。
ここまでくれば、私にもこの後の展開は理解できた。
私は見知らぬ外国で、この男たちにこれから殺されるのだ。
依頼したのは兄…。
依頼料には私の体も含まれているのだろう。
アーロン様が紹介したという貴族にはどう説明するのだろうか。
途中で私が舌を噛み切って自害したことにでもするのか。
どうしてこんなことになったのかしら…。
男たちに凌辱されながら考える。
私は幸せになりたかった。
愛する人に愛されて、皆に傅かれて、尊敬される人間になりたかった。
そのために邪魔者を排除しようとしたのに、排除されたのは私だった。
結局、ぼろぼろに犯しつくされて首を絞められるその瞬間まで。
私は自分の何が悪いのか分からなかった。
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