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番外編
そしてシンデレラは…
しおりを挟むガタガタガタガタ…。
私、エラは久々の馬車に乗って揺られていた。
みすぼらしい辻馬車だったが、文句など言えるはずもない。
あのままだったら、私は確実に殺されていた。
だから逃げなくてはいけなかったのだ…どこか遠くに。
あの運命の舞踏会でチャーミングに見初められ、王太子の婚約者となった私は幸せでいっぱいだった。
いずれ王太子妃、そして王妃になって、この国で最も高貴な女性になれると信じていた。
ところがその直後、私は思いのほかチャーミングが追い詰められていることを知った。
彼は決して有能ではなかった…それだけならば大して問題はなかっただろう。
歴代の王に無能は山ほどいる。
大事なのは王族の青い血を引き継いでいくことであって、国王と正妃の間に生まれた唯一の男子という立場は簡単には揺らがないものだ。
仮にチャーミングにとびきり優秀な弟がいたとしても、彼は王太子であり続けたはずだ。
しかしチャーミングはただの無能ではなく、短慮で傲慢で浅はかで、けれども権力だけは持っている危険な王子だった。
前の婚約者に公衆の面前で婚約破棄するという愚かな行為を平然とやってのけたらしい。
その失態は高位貴族の間では有名だったが、王家の恥であるために国内では隠匿され、準男爵家にいる私の耳には入ってこなかった。
そしてあの舞踏会ですら、国王陛下の名前を勝手に使って開くという、反逆ともとれる行為で開かれていた。
国王陛下がその件を不問にしたのは、ひとえに王族としての面子を保つために違いない。
この件でチャーミングを廃嫡しようとすればできたのかもしれないが、理由が情けなさ過ぎて、庶民はもちろん他国からも侮られていただろう。
国の面子というものは、国家を保つために意外と大事なのだ。
ともあれ愚かなチャーミングは廃嫡の危機にあった。
気が付いていないのは本人だけ…なんともおめでたいことである。
しかし私にとって都合のいい男であることに変わりないのも事実だった。
「チャーミング様、私を貴族の皆様に紹介してくださいませ」
私はチャーミングにねだって、いくつかの夜会に連れて行ってもらった。
思った通り、高位貴族であればあるほどこちらを冷めた眼差しで見ている。
チャーミングの立場が危ういことを知っているのだ。
私はひとまず、宰相のメトカーフ侯爵とは立場を異にする貴族を取り込むことにした。
メトカーフ侯爵は、チャーミングが婚約破棄を突き付けた令嬢の父親…間違いなくチャーミング廃嫡を目論む急先鋒だろう。
私はメトカーフ侯爵と領地問題で揉めていたり、政治的に敵対する貴族に近づき、資金援助や縁組の斡旋をし始めた。
警戒する貴族が大半だったが、接触するうちに私が愚かなチャーミングの手綱を握りつつあることに気づいたのだろう、態度が軟化する者も少しずつ出て来た。
友好的な高位貴族が増え、私の元に王家のより正確な情報が入ってくるようになった。
チャーミングはやはり、廃嫡になる気配が濃厚のようだ。
特に国王の母である王太后は強くそれを望んでいて、チャーミングを廃嫡に追い込むに足る材料を集めている気配がある。
先の婚約破棄騒動では、チャーミングがまだ成人した直後であったことや、王位継承権を持つ王族が少なく、内紛に発展しかねないなど様々な政治的理由で廃嫡に至らなかったようだ。
舞踏会を勝手に開いたことについても、傷ついた人間がいたわけではない。
むしろ地方の貴族が一斉に王都に集まったことで一時的に街は賑い、庶民には好意的に受け取られてしまっている。
やはり廃嫡の理由にするには、明確に、誰でも悪と認めるような行為が必要なのだろう。
チャーミングはこのままでは確実に国王にはなれない。
…だが、追い落とされるのはすぐではない。
ひとまず邪魔な存在は王太后…いいや、リリアーナ王女だろうか。
王太后はリリアーナ王女をヒドルストン王国の初の女王にしたいようだ。
確かに何度か会ったが、チャーミングと双子とは信じられないほど聡明な王女だった。
表向きこちらをにこやかに歓迎していたが、青い瞳は油断なく私の真意を見抜こうとしていた。
なんとなく、私はケイトリンのことを思い出した。
リリアーナ王女と挨拶を交わす度、ケイトリンのすみれ色の瞳を思い出す。
この女は危険だ…やはり私が王妃になるためには消えてもらわなくてはならない。
私はリリアーナ王女を消すための方法を模索し始めた。
さすがにいきなり暗殺とはいかない。
今まで人を陥れたことは何度もあるが、命まで奪ったことはない。
養父母を幽閉した時でさえ、入念に根回しをし、味方に付いてくれる使用人を厳選して実行した。
長年住んでいた屋敷の中だからこそできたことだ。
来たばかりのほとんど伝手のない王宮で、一国の王女に簡単に攻撃を仕掛けられない。
リリアーナ王女が王位を継ぐのに問題のある人物だと思わせることはできないかしら?
例えば、夜な夜な男を侍らせて乱痴気騒ぎをしているとか…。
ただの噂だけでは意味がない。
捨て駒を使って既成事実を作り、それを第三者に目撃させれば…。
王家は必死に隠匿するだろうが、簡単に噂は消せない。
一気にチャーミングが有利になるだろう。
私はチャーミングの別宅で義兄のハロルドと面会した。
彼は私の結婚と同時に子爵位を賜る予定で、あの舞踏会以来、私同様ずっと王都に滞在していた。
「久しぶりね、ハロルド兄さま。王都には慣れた?」
「ああ、エラ…。君に会えなくて寂しかったよ」
「兄さま、抱きしめたいけど今は駄目よ。少しの間だけ我慢して頂戴」
私はちらりとドアの方へ視線を向ける。
会話が聞こえない程度に距離を取ってもらっているが、チャーミングが付けた護衛を二人連れている。
「もう少しで兄さまも本当の貴族の仲間入りね。チャーミング殿下に頼んでお嫁さんも見つけてもらわなくては」
「エラ、私は…」
「わかっているわ、兄さま。でもどちらの結婚も私たちが幸せになるために必要なことなのよ。大丈夫、きっと全て上手くいくわ。そしていつかは二人で…」
切なそうな表情をすれば、ハロルドの頬は紅潮し、目が潤んだ。
こんな言葉だけで満足してくれるなんて…本当に扱いやすい男だわ。
「実はお願いがあるの。兄さまに助けてほしいのよ」
「どうしたんだ?」
「リリアーナ王女に目を付けられたようなの。まだ何もされていないんだけど、とても恐ろしい目で睨んでくるのよ」
「なんだと…」
「もちろん直接何かあればチャーミング殿下に言うわ。でもいつでも殿下が居て下さるわけではないし、王宮では王女様の方が強いわ。もしどこかに閉じ込められ、ならず者をけしかけられたらと思うと…」
「馬鹿な!そんなことはさせない!!」
「十分気を付けるつもりよ。でも、できる限りの手は打っておきたいの。リリアーナ王女のここ最近の行動と、彼女の周辺を調べることはできる?」
ハロルドは馬鹿だがチャーミングと違って無能ではない。
この私ですら感心するほど、人を使うのが抜群に上手い。
どんな伝手を使うのか、「この情報が知りたい」と強請れば、詳しい人物を探し出して情報をうまく引き出したり、あるいは自分の手の内に取り込んでしまうのだ。
もしハロルドがこのまま子爵位を得れば、私の後ろ盾がなくとも一目置かれる存在になることだろう。
貴族の中でも正確な情報は武器になる。
ハロルドは快く依頼を引き受けてくれた。
でも私は気づかなかった。
まさかその依頼が、転落のきっかけになるなんて。
「お前のせいだ!お前が…あの母娘にこだわったから!!手を出したからこんなことに…!」
私は首に手を当てた。
白い肌にはチャーミングに首を絞められた時のあざが残っている。
とにかく最後まで馬鹿な男だった。
私が居なくてもそのうち自業自得で廃嫡される予定だったのに。
私は確かに失態を犯したが、それは彼の失脚をただ単に後押ししただけだ。
でもチャーミングを馬鹿にしてばかりもいられない。
ハロルドの報告を聞いてから、私は本当にどうかしてしまった。
リリアーナ王女はミランダ王太后に可愛がられていて、数日ごとに引退した彼女の離宮に足を運んでいた。
その離宮にいた女官の一人が、なんと義姉の一人だったヴァレンティーナだったのだ。
女官をこちらに取り込めないかと思っていたので、女官全員の素性も調べてもらっていた。
そうしてヴァレンティーナが「いじわるな義姉」だと気づいたハロルドが、私に報告してきたのだ。
しかもさらに調べてもらうと、母親のケイトリンともう一人の娘ティファニーは、王弟の屋敷で働いているという。
元貴族で生活能力もなく、実家にも前の婚家にも戻れず、無一文でみじめな生活をしていると思っていたのに。
いつの間にかあの三人は貴族の籍を獲得し、結婚こそしていないものの華のある職場で生き生きと働いていた。
私の目の前は真っ赤になった。
この感情は「怒り」とも「憎しみ」とも違う…敢えて言うならば「苛立ち」だろうか。
なぜ不幸せになっていないの、ケイトリン…!!
父も、マシューも、チャーミングも、ハロルドも、マリク町長の町の皆も、みんなみんな私の思い通りに動いてきた。
でもケイトリンだけは違う。
彼女だけは私の中の異物だった。
彼女とその娘たちは不幸になるの、絶望するの。
そうでなければ許さない。
私は早速ケイトリンたちのことをチャーミングに話した。
チャーミングは私の話に憤慨し、彼女たちを断罪することに同意してくれた。
ここですっかり舞い上がってしまっていた私は、リリアーナ王女を狙っていた時に持っていた慎重さを失ってしまっていた。
心のどこかで、一貴族でしかないケイトリンたちをどう扱おうと王家は動かないと思っていたのかもしれない。
これまでのチャーミングの失態が見逃されてきたように、多少やり過ぎても隠匿されると思ってしまった。
一番愚かだったのは、チャーミングの周りに敵のスパイがいると考えなかったことだろう。
私たちが考えていたことは、ラドルファス大公とミランダ王太后に筒抜けだった。
そして、ケイトリンは王弟のラドルファス大公にとってただの使用人ではなかった。
ずっと後になって知ったことだが、ラドルファス大公はケイトリンを妻に望み、何年もかけて外堀を埋めていたらしい。
当然私の存在もその過程で知ったらしく、要注意人物と認識されていた。
そして私はチャーミングと共に暴走し、連中の罠にまんまとはまった。
ラドルファス大公と王太后の一派に拘束された私は、一度チャーミングとは別々の場所に拘束された。
牢ではなく、食事も体を清めるための湯も許されたが完全な軟禁状態だった。
事情聴取などを受けるかと思ったが、完全に放置されたまま二ヵ月半ほどが過ぎた。
そしてようやく私の目の前に現れたのは、あのラドルファス大公だった。
チャンスだ!
彼に縋って、この状況から抜け出さなくては。
「久しぶりだな、エラ・ヨーク…。色々考える時間はあったはずだが、少しは己を省みたか?」
「なぜなのです、大公閣下…。どうして私はこのような目に…」
瞳を潤めて弱々しい態度を取る。
この軟禁生活で多少はやつれているはずだから、効果はあるはずだ。
「私はチャーミング様に、ケイトリン夫人にされた仕打ちを相談しただけです。
チャーミング様が夫人と娘たちを牢に入れたのは驚きましたが、私は最後まで夫人と和解したいと思っておりました」
「お前が牢で言った台詞は全て記録したと言っただろう。『記憶にない』では済まないんだよ、エラ・ヨーク」
激高した私が「ケイトリンたちをめちゃくちゃにして!!」と言ったことか。
だが具体的に「性的暴行を加えろ」と言ったわけではない…なんとか躱さなくては。
しかし私のその思考を読んでいたかのように、ラドルファス大公は目を細めた。
「もういい。お前の口から出るでまかせに興味はない」
「大公閣下!お聞きください、私は…っ」
「これからのお前の役割だけ教えてやる。…喜べ、王子妃になれるぞ」
「…は?」
言い縋ろうとしていた私は、思わぬ言葉に固まった。
王子妃?
あんなことがあったのにチャーミングと結婚しろというの?
「もう気づいているだろうが、チャーミングは数か月後、病気療養のために王太子の座を自ら返上する。そのあとに結婚式を挙げてもらう」
「そ、そんな…じゃあ、王妃になれないじゃない!」
ついつい取り繕っていない本音が出た。
「悪い話ではあるまい。義兄を使って養父母を屋敷に軟禁していたことや、ケイトリンたちにしたことも公にはならない。お前は病気の王子を支える慈悲深い賢女として人々の記憶に残ることになるぞ。住む場所も用意してやる。働く必要もない。チャーミングと永遠の愛を育めばいい」
「いや…いやよ!待って!!」
あっという間に背を向けてしまった大公に駆け寄ろうとするが、眼前で扉は閉まった。
その扉にかじりつき声の限り叫ぶも、大公はもう二度と私の前に姿を現すことはなかった。
その後さらに二ヵ月ほど軟禁が続き、ようやく外に出られたと思えば教会に連行された。
そこにはやはりやつれたチャーミングがいて、義務的に結婚の儀式が行われた。
ウェディングドレスも美しいヴェールも豪華なケーキもない。
王子の結婚式だというのに客はもちろん互いの両親もおらず、居るのは神父と見張りの兵だけ。
絶望しかない結婚式だった。
それが終わると、その日のうちに馬車に詰め込まれ、どこかの屋敷に運ばれた。
古くはあるがそれなりに立派な作りの屋敷…それが夫婦になった私とチャーミングに与えられた新居だった。
ガタガタガタガタ。
今馬車は隣国との国境に向かっている。
手綱を握っているのはハロルドだ。
いつの間にか幽閉先から逃げ出していたヨーク準男爵は、私とハロルドに閉じ込められていたことを訴え出ていた。
私には罪状が増え、ハロルドにも追手が差し向けられたが、彼は上手く逃げおおせていたらしい。
廃嫡され幽閉されてからは酒を飲んでは暴れるチャーミングに怯える毎日だった私の元に、彼が見張りの兵のふりをして現れた時には驚いた。
「一緒に逃げよう」と伸ばされた手を、私はためらいなく取った。
このままチャーミングと一緒にいたところで未来はない。
いつか彼に殺されていただろう。
ハロルドは「別の国に行こう。二人で一緒に暮らそう」と言った。
…それもいいかもしれない。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ハロルドの愚直さもここまでくるといっそ感心する。
親も友人も何もかも捨てて来たはずだ。
そんな執着の塊に、今の気力の萎え切った状態で逃げ出そうとは思わなかった。
「エラ、疲れていないかい?」
「大丈夫よ、ハロルド兄さま。…国境はあとどれくらいで越えられるの?」
「あと一日半…いいや、二日かな。これから天気が悪くなりそうだ。慎重に馬車を走らせないと」
「…そうなのね」
幽閉先を逃げ出して、馬車に乗って半日ほど。
これがまだまだ続くのか。
出そうになったため息を飲み込んだその時。
「う、うわっ!なんだこれは!!?」
ハロルドの慌てた声がしたかと思うと、馬車が大きく揺れた。
振り落とされまいと近くのものにしがみつく。
「ハロルド?ハロルド、どうしたの!?」
「と、とり…!?鳩が…ぎゃあああああっっ!!!」
ハロルドの尋常ではない叫び声。
そして。
奇妙な浮遊感が私を襲った。
「エラ・ヨークの遺体に間違いない」
そう断言すれば、検査官は頷いて遺体を覆っていた布を元に戻した。
確認は簡単だった。
崖から馬車ごと落ちたにも関わらず、エラの遺体にはほとんど損傷がなかった。
チャーミングを始め多くの男たちを虜にした美貌には傷一つなく、精巧な人形のようだった。
…ある一点を除いては。
「父上…いえ、ラドルファス大公閣下」
呼びかけられて振り返れば、そこには息子のグリフィンがいた。
彼にはハロルド・ヨークの聴取を任せていた。
ハロルドは馬車が崖から落ちる直前に投げ出され、重傷を負ったものの一命をとりとめていた。
「ハロルドはどうだった?」
「屋敷に侵入し、エラを連れ出した経緯は問題ありません。ただ、事故については奇妙なことを」
「奇妙?」
「鳩に突然襲われたと。それで馬車の操作を誤ったと言っています。…どう思われます?」
「…」
グリフィンはハロルドが嘘を言っているか、あるいは気が狂ったと思っているようだ。
しかし私はそうは思えなかった。
チャーミングとエラを幽閉している屋敷は、グリフィンの管轄である公爵領内にあった。
結婚と共に公爵位と王都に近い領地を得たグリフィンは、国王陛下よりチャーミングとエラの監視の役を与えられていた。
そしてその役目は、先日リリアーナ王太女が男児を出産したことで終わりを迎えることになった。
チャーミングの「病死」が決まったのだ。
初孫の顔を見た国王夫妻は、幽閉されてもなお荒れる一方の息子を完全に諦めることにしたようだった。
今頃グリフィンの手の者がチャーミングに毒杯を与えている頃だろう。
問題になったのがエラの処遇だ。
チャーミングの死を嘆き後を追って自殺した、という筋書きが一番しっくりくるだろう。
だが国王夫妻はエラの命を奪うことについては難色を示した。
彼女は嘘をついただけだ。
その嘘が様々な人を不幸にし、身を滅ぼさせたのもまた事実だが、人の物や命を奪ったわけではない。
リリアーナ王女に対する物騒な目論見も結局失敗したので、罪といえるのは養父母に対する監禁とケイトリンたちを誘拐させたことくらいだ。
まるで生贄のようにチャーミングの花嫁にしたことへの罪悪感もあるのだろう。
それにエラはまだ若い…というよりは幼い。
貴族としての教育を受けたとはいえ、元は平民でまだ十六歳だ。
性悪な娘であることに変わりはないが、虫けらのように命を奪うことに抵抗があるのは仕方なかった。
そこで逃亡していたハロルド・ヨークを使うことにした。
彼はヨーク夫妻の監禁の罪で追手を差し向けていたが、ヨーク準男爵が訴えを取り下げていたためそのまま放置していた。
しかし数週間前から、どこからどう嗅ぎ付けたのか、エラの軟禁先の屋敷の周囲に出没し始めたのだ。
私は国王の許可を取ると、グリフィンが用意した部下にハロルドを接触させた。
やはりハロルドがエラを軟禁場所から連れ出そうとしているのを確認すると、エラの信望者のふりをさせて協力を申し出た。
「外国に親戚がいる。そこに彼女を連れて行ってほしい。移動手段や国境を超える手続きは任せてくれ。親戚には結婚相手とその兄が先に行くと伝えておく」と、まるで外国でエラと夫婦になりたいかのように伝えた。
善意だけならハロルドも警戒しただろうが、エラに対する欲望をちらつかせれば、逆に相手を利用すればいいと思わせられるかもしれない。
ハロルドはよほど焦っていたのか、数度のやり取りでグリフィンの部下の偽の誘いに乗った。
そうして一度脱走させ、国境前で二人を捕まえる手はずだった。
チャーミングと引き離してからエラの罪状を増やし、国外追放を言い渡した上で他国の修道院に入れることになっていたのだ。
ミランダ王太后の母国…海を隔てたミナージュ王国の、戒律の厳しい修道院だ。
ただし一生出られないわけではなく、神のもとで八年間真面目に仕えれば解放され、結婚も許される。
ミランダ王太后は八年では短いと主張していたが、ウィルフレッド国王の慈悲で、修道院を出た後も五年は監視下に置かれる、という条件で刑期が内々に決定していた。
エラはどれほど善行を積んでも一生母国の土を踏むことはないし、花の盛りを修道院で過ごさねばならない。
国王陛下は十分すぎる罰だと思ったようだ。
しかし陛下の慈悲をあざ笑うかのように、死神はエラの魂を連れ去ってしまった。
「…いいや、死神ではなく悪魔か」
「なんですって?」
ぽつりとつぶやいた私に、グリフィンが怪訝な顔をする。
「彼女の遺体の状況を見れば、悪魔の仕業としか思えない」
「あの綺麗すぎるエラ・ヨークの遺体ですか?何か不審な点でも…?」
「目が…」
「は?」
「眼球が、つぶれていた」
息を呑む気配がした。
「目の色を確認しようとして検視官が気づいた。鳥のくちばしに突かれたように、表面が不規則に削れていたんだ」
「崖から落ちた時の衝撃のせいで損傷しただけでしょう。考えすぎですよ」
「…」
「閣下、報告書は私が書きます。先に王都にお戻りになって下さい」
「…」
「閣下…?」
「そうだな…」
私は窓に向けていた視線をゆっくりと外した。
同時に白い鳥が飛び去るのが視界の端に映る。
だが、私は振り返らなかった。
応援ありがとうございます!
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フラッとたまに読みに来てます(`・ω・´)ゞ
シンデレラが死んでれらというのが浮かんでしまうんですよね〜(^ー^;)
花嫁逃げられできました。
コミカライズして欲しい!
こんなシンデレラ…ありでしょ。🥹
もっと視点が読みたかったと思いますが、面白かったし、個人的ですが、最高のシンデレラでした😊
感想ありがとうございます。
シンデレラを悪人にするというよりは、継母に感情移入できるように書いたつもりです。
コミカライズするにはヒーローヒロインがお歳を召してますかね…(苦笑)
「花嫁に逃げられた王子」経由でこちらに辿り着きました。花嫁〜が、すごく面白くて少し残酷な所もあって、「こういうの大好き♥」と、一気読みしてしまいました。結構前の作品なんですね。今までこの作品を知らなくて損した~。昨日は嬉しいのと悔しいのと、でも他の作品も読みたいし。結局、夜中の2時まで読んでしまいました。登場人物が一人ひとり際立っていて、魅了的でした。(上手く説明できないけど、ヒロインやヒーロー、その周りの人たち、勘違い女も含めて好き)また、作品を拝読出来ることを、お待ちしております。ありがとうございました。
感想ありがとうございます。
別のサイトで公開していたのですが運営に不可解な理由で削除されてしまい、慌ててアルファさんに移した作品です。
本編が終了した後にようやくシンデレラ感が出てくる、コメディ→ホラーな感じを目指しました。
お楽しみいただけたようで幸いです。