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首なし皇女?

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 細いが何度も人が往復した形跡のある道を辿ってきた。
 途中で道しるべもあったし、地図に書かれていた通り、カショウギクという紫色の花の大合唱が聞こえ、木々の間から壮大な瀑布も見えた。
 それなのに、歩けども歩けども城が見えない。道は思ったより急で、カオウの瞬間移動に慣れきった運動不足の体に登山はきつい。

「まだ……一時間……経たないの?」

 はあはあ息をしながら愚痴るツバキ。体感的には二時間は経っている気がした。
 無言で歩いていたトキツが立ち止まり、当惑した表情で振り返る。

「行き過ぎてる」
「ええ!?」

 目の前には"この先中級魔物生息区域"と書かれた注意書があった。地図には同じ意味の赤い線が引かれており、城は線の内側……こちら側にある。

「見逃したってこと? 戻る?」
「能力で確認してみるよ」

 トキツは視界を広げて周辺を見てみた。
 しかし辺りには自然と、動物しかいない。

「どこにも城がない」
「どういうこと?」

 うーんと唸りながらギジーと首を捻りあう。

「たぶん何かの力で邪魔されてる」
「何か?」
「精霊の祠のときみたいだ。あるはずなのに見えない」

 トキツはしばらく熟考して、やがて「まさかなあ……でもなあ……」とぶつぶつ言いながら一つの答えに行き着き、辟易した顔をした。

「たぶん、副長官の授印の力だ」
「副長官!?」
「ああ。彼がいるかもしれない」
「どんな能力なの?」
「視線をずらす能力って聞いたことがある」
「……ちょっと何言ってるかわからない」
「俺たちは城を探している。だから見えない」
「……さっぱり何言ってるかわからない」
「消えたわけではないのに、探すと見えなくなるらしい」
「うん、ごめん。全然わからない」

 視界に入っているはずなのに、認識できなくなるのだという。ここにあるといれば見えるが、このへんにあるはずといるだけでは見えない。そう説明されてもツバキは要領を得ないが、とにかく、城を探している二人には城が見えず通りすぎてしまったらしい。軍も同じ理由で見逃したのだ。

「一度視線が合えば見えるらしいけど。どうしようか、このままじゃ近づけない」
「精霊なら近づけるかしら」

 ツバキは近くに水がないか辺りを見回した。
 生憎川はなかったが、山道から外れたところにある岩肌から水が染み出ていた。その流れの先に小さな水溜まりがある。
 地表に露出した太い根の間の窪みに溜まった、ほんの少しの水。
 ツバキがロナロの紋章を胸の前で描いてから水に手をつけると、眼窩に目がなく針穴のような鼻の魚が現れた。リタを見つけた精霊だ。

 精霊は”近い”と言って姿を消し、少し離れた場所で”こっち”と跳ねる。
 そこでは川というほどでもない量の水が大きな石が点在する間をちょろちょろと流れていた。
 精霊は”この先にいる”と水の流れに逆らって上り始める。
 精霊がいる場所だけ地面がなくなっており、ツバキの目には川を泳いでいるというより暗闇を泳いでいるように見えた。

 最短距離なのか、案内されるのは整備されていない道だった。足場が悪く何度も転びそうになりながら、水がない場所では声を頼りに精霊の姿を探しながらついていく。
 そのとき霊力を使っている実感は全くない。魔力との違いもわからない。ただ精霊の声が聞こえる、それだけだ。
 だが体力もおそらく霊力もかなり使っていた。

 そうやって三十分ほど歩いたころ、ぴたりと精霊が止まる。

「着いたって言っているけれど」

 しかし、広く開けた土地はあるが、そこに城は見えなかった。
 だがもう一度精霊に聞いても"すぐそこにいる"としか言わない。トキツの言う通り、視線をずらされて見えなくなっているのだろうか。

「見えないのにどうやって入ればいいのかしら」

 一度目を瞑って「私は通りすがりの登山者です」と念じてみたが無意味だった。

 とりあえず休憩しようと座れそうな石を探して腰かける。自分の空間の中を覗き、トト村へ来る前に買った竹筒とおにぎりを三人分取り出した。竹筒の中身は、ツバキとトキツは緑茶でギジーはシスルジュースだ。
 それらを二人に渡そうと振り返って、ドン引きしている二人に気づく。ギジーの口の端がヒクヒクしていた。ツバキはきょとんと首をかしげる。

「どうしたの?」
『首と手が突然なくなったんだぞ! 驚かないでいられるか!』

 空間の中を探すとき頭を入れたので、どうやら彼らからは首のない体に見えたようだ。

「空間に入っているんだから仕方ないでしよう」
『だ、だからって心臓に悪い!』
 
 青い顔をして憤慨するギジー。
 トキツに至っては「首が……首が……」とぶつくさ言って卒倒しかかっている。

 ツバキはクスッと笑って謝りながら、カオウが空間を覗き込む姿を初めて見たときを思い出した。
 あれは確か出会って三ヶ月のころ。首がない状態で動かなくなってしまったので、カオウが死んじゃったー!と大泣きしたのだ。
 空間を出てからツバキが号泣していると気づいたカオウは、幼い子どものあやし方なんて知らずオロオロとするばかりだった。

 懐かしい記憶に笑みがこぼれる。
 あのときカオウは何を取ろうとしていたのだったか。
 記憶が蘇ったことへの喜びと、十年前でさえ朧気になることへの悲しみと、どちらに重きを置くかで気持ちは変わる。

(今は思い出せたことを喜ぼう)

 ツバキはおにぎりをパクっと頬張った。



 
 オウサという青菜の漬物を混ぜ込んだおにぎりを食べていたトキツは、ピリッと刺すような剣呑な視線をいくつか感じた。
 小さな声でツバキを呼び、静かにするよう人差し指を立て、緊張した面持ちで周囲に目を走らせる。

「見張られてる。四人……いや、五人か?」
「と、盗賊?」
「この山の向こうに村はないはずだから、城の見張りだろうな」

 トキツが立ち上がってズボンの土を払い首を回すと、見計らったように木陰に隠れていた男たちが出てきた。ツバキたちを取り囲みじりじりと間合いをつめてくるが、そこには四人しかいなかった。

「俺から離れないで」

 そう言われ、身がすくんでいたツバキも慌てて立ち上がる。

 トキツはツバキを背にかばいながら、飛びかかってきた一人の男の剣を弾いてすぐさま切り返した。
 皇女の命がかかっているので手加減はできない。この皇女はこんな至近距離で人が斬殺されるところを見たことがあるのだろうかという心配が頭をよぎる。

 その間に後方の男が剣を振り下ろそうとしていた。ツバキを挟んで後ろを守っていたギジーが長い爪で男の顔を思いっきりひっかく。男が怯んだ隙に、先程の男を切ったトキツが振り向いてすぐさま止めを刺した。

「伏せろ!」

 不穏な空気を感じたトキツがツバキの頭を押さえて地面に伏せた瞬間、突風が通過した。避けた先に立っていた木がバキッという音を立てて二つに折れる。
 風が吹いてきた方向には緑色の髪の男がいた。
 授印を持っているようだが、辺りに魔物は見当たらない。授印だからといって始終一緒にいるわけではないが、近くにいるとしたら姿を消している。
 トキツに見えないなら、彼の魔力はトキツより上だ。

「ツバキちゃん。この辺に魔物はいる?」
「…………」

 ツバキは震えていた。
 斬られた男の腹から流れる血を青ざめた顔で凝視している。衝撃的過ぎて目を逸らせない様子だった。

 男がまた手から風を噴射した。トキツはツバキを担いでそれを避け、一旦ここから離れようと木々が生い茂る場所へ駆け出す。
 三人が隠れられるほど太い木の陰でしゃがんだ。
 男たちはまだ追いついていないようだが、見つかって風が木に直撃したらただではすまない。しかも敵はもう一人と、姿を消した授印もいる。

 ツバキの顔色は悪いが今なら話せそうだ。

「大丈夫か?」
「あ、うん。ごめんなさい。びっくりしただけ」
「さっき魔物がいた?」
「狐の魔物がいたわ。今は隠れてしまって見えないけれど」
「姿を見せるように命じられる?」
「やってみる」

 しばらくして狐が出てきた。今度は姿を消しておらずトキツにも見えた。狐は来たくないのに勝手に体が動き動揺しているようだった。必死に足をふんばっているが一歩一歩と操られるように足が前に出て焦っている。

「眠ってもらったほうが良いわよね?」

 しかしツバキが狐に向かって念じても狐は足がガクガクするだけで眠らなかった。
 木の枝に登ったギジーが丸い目で観察する。

『ありゃあ、契約した人間に思念で話しかけられて、そっちに意識が引っ張られているな』
「どういうこと?」
『人との絆が強いんだと思うぜ、ツバキの力に抗えるくらい。魔力も高いし、ツバキが疲れてるってのもあるだろうけど』

 トキツは能力で敵の位置を確認した。緑の髪の男は警戒しながら授印の元へ行こうとしており、もうすぐ目視できる距離。もう一人は左側から来ているがまだ遠い。

 ギジーにツバキを守るよう頼んで、木陰に隠れながら緑髪の男へ近づいた。
 男の背後へ向かって細長い苦無を投げつけた。
 男はギリギリで前転して避け、トキツに向かって風魔法を放つ。隠れていた木が破壊される前にトキツは飛びのいて走り出した。次々襲ってくる突風を避けながら林の中を駆け抜け、跳躍して木に登り身をひそめる。

 腰に巻いた布をめくって取り出した携帯用の吹矢を手早く組み立てる。小さいが殺傷能力は高い。男が木の下へやって来た。狙いを定めて、放つ。

 キャン! と狐の悲鳴が響いた。授印が男を突き飛ばして矢を受けたのだ。パタリとその場に倒れ込む。
 突き飛ばされた男が手を大きく下から上へ振って風の刃を放った。トキツの正確な位置までわかっていなかったらしく、隣の木が破壊される。

 男が授印の元へ駆け寄り、魔力を与え始めた。
 その隙だらけの背中に再び矢を吹くが、それを予想していた男がトキツに向かって手を突き出す。風で矢は弾き飛ばされ、トキツの左肩をかすめた。服が切り裂かれ肩が熱くなる。
 間髪入れず第二波。足場の幹に風が当たって粉砕、トキツは落下しながら鎖を男へ投げて巻きつけようとしたが、それも弾き返される。

 トキツは受け身を取りながら降り、すぐに近くの木へ隠れた。しかし復活した授印の風がその木を倒し、また木に隠れながら逃げる。
 二人が分かれて挟み撃ちされる前に片をつけなければいけない。だが近寄れないし、吹矢を構える余裕もない。

(仕方ないか)

 トキツは片手で握れるほどの小袋を男へ投げた。男がそれも魔法で跳ね飛ばそうとする前に、苦無より薄く表面がザラザラしている特殊なナイフを袋へ投げる。ナイフが袋を破った瞬間、激しい光と爆発音がして、男と授印の視覚と聴覚を奪った。

 破裂音が二度し、二つの体躯が倒れる。

 トキツの手には銃があった。
 目が眩んで動けなくなった男たちの真横へ移動したトキツが銃の引き金を引いたのだ。
 それはロウが武器商人から押収した銃の一つだった。
 押収したのは小銃ライフルが多いが、拳銃もなかなかの数があった。扱える者が少ないので軍でもまだ使われていない。使い勝手を試せとジェラルドから命じられて持っていたのだが、まさか本当に実戦で使うとは思わなかった。

 助かったが、銃を持っているとツバキには知られたくないなと考えたとき、焦るギジーの声が頭に響く。

<トキツ!二人加勢が来た!囲まれちまった!>
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