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第一章 凡庸で悪いか

勇者になるのは楽じゃない

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 今から八年前の大晦日の深夜、僕はカウントダウンイベントに参加するため、渋谷で友達と待ち合わせをしていた。

「あれ、先日のサスケに出てた子じゃないか」
「似ている気もするが、人違いじゃないか」
 隣からそんな話が聞こえてきて、その視線の方を見ると、財前由梨がいた。先日放送されたSASUKEというテレビ番組で、女性初のファイナリストに輝いた女子大生だ。マスクを掛けていたが間違いない。有名なサスケの猛者すら超えられない難関を、次々と乗り越えるさまを見て、僕もファンになって脳裏に刻み込んだので、マスクをしていても一目で彼女だと確信した。

 どうやら、彼女も誰かを待っているらしい。
「確認してくる」隣にいた男の一人が、彼女の方に歩いていく。
「サスケにでいていた財前さんですよね。サイン頂けますか」
「違います。人違いです」 彼女はその場から逃げ出した。
 有名人になると大変だなと、その様子を見ていたが、大晦日の渋谷は人が多い。人とぶつかり、スマホについていたストラップが、外れて落下した。
 彼女は気づかず、そのまま見えなくなったが、僕はその可愛いひよこのストラップを拾い、彼女を探した。人が多いので、彼女を見つけ出すのは大変だったが、彼女もストラップが無くなっていることに気づいた様子で、地面を探しながら戻っ来ていて、見つけることができた。

 財前由梨さんと声を出して呼びたかったが、そんなことをするとまた騒ぎになりかねないと、下を見ながら歩く彼女の元に走り寄った。
「これ落としましたよ。彼氏にもらった大切なものじゃないですか」 
「ありがとうございます。でも、彼氏なんていません」
「でも、ハチ公前で待ち合わせしてたでしょう」
「それは……。ええっ、何、何が起きてるの、いや」
 彼女は急にその場にしゃがみ込んで何故か身体を両腕で必死に抑え込んだ。
「どうしたんですか、急に。大丈夫ですか」
 彼女の肩に触れた途端。私の目の前が真っ白になり、激しい眩暈がして意識が飛びそうになり、気づけば、知らない場所に全裸で立っていた。
 彼女も全裸で、意識がないのか、その場に倒れている。僕は慌てて両手で股間を押さえ、彼女を見ないようにした。
「おおっ、成功したぞ」 僕の背後から声が聞こえた。
 そこは薄暗い地下室の様な場所で、足元には大きな魔法陣が書かれていて、周囲に蝋燭が灯されていた。
 そして、その魔法陣の外側に、フード姿の怪しい人物が六人立っている。
 僕は、直ぐに、ここが異世界で、異世界召喚されたに違いないと理解した。

「勇者様にお召し物を」
 一人が、ローブを持って来てくれ、僕に手渡してくれたが、彼女の服は準備されていなかった。
 仕方なく、僕は彼女にそのローブをそっと掛けてあげた。
「能力値はどうなんだ」
「嘘だろう。俊敏性は高いが、どう見てもBランクだ」
「スキルや、加護や、称号は?」
「スキルも加護も称号もない。いや、隠しスキルに『強欲』とあるが、聞いたことが無いスキルだ。文字道理に考えると飛んでもない勇者を召喚してしまったかもしれない」
「おまけに召喚してしまったこの少女の方はどうだ」
「おおっ、まぎれもないこっちの少女こそ、勇者様だ。能力値が全てとんでもなく高い。Sランクすら超えている。スキルは『気配感知』だけだが、指導者として人を導く者に与えられる『慈愛』の加護を持ち、称号に『勇者』がある」
「まさか、こんな少女が勇者様とは驚きだが、となると、この男がおまけ召喚されたということか」
 彼らは少女と言っているが、彼女は立派な成人、十九歳の女子大生だ。日本人女性は胸も小さく若く見られるので、少女としか見えなかったらしい。
 彼女にはあの時、何かが見えていて、身体の異常を感じていたようだが、僕に何も見えなかったし、彼女に触れなければ、この異世界に来ることもなかったに違いない。

「きゃぁ、変態。あっ、何で裸なの。いやぁ」
 目を覚ました彼女は、パニックになり、僕が必死に説明したら、今度は召喚士たちに、「元の世界に帰して」と泣き叫んで暴れ、大変な騒ぎになった。
 それでも、もう二度と日本にはもどれないと悟り、彼女も漸く諦め、国王と謁見し、魔王討伐することになった。

 最初は、異世界から召喚した勇者様ということで、僕も勇者の一人として特別待遇でもてなされた。国王や召喚者達は僕がおまけ召喚されただけの凡人だと知っているが、その事は口外せず、秘密にしてくれたのだ。
 だから、僕ら二人はいつも一緒。流石に、お風呂や寝室は別だが、王城見学も食事も訓練も勉強も、常に財前由梨さんと同じだった。

 その講義の中で、家庭教師の先生から、この異世界について、いろいろと教えてもらえた。
 この世界は地球よりも、海の割合が多く、ほとんどが海で、大陸は三つあり、その最も大きい大陸に、主要八国家の五つがあり、その最大領土の国が、このプルキナス王国だ。
 海には魚人が治める小国がいくつもあるそうだが、陸地には獣人もエルフもおらず、人間と動物だけの世界なのだとか。
 では、魔王はどこにいるかと言うと、この世界とは別世界の魔界にいるのだという。
 実は、約三百年の周期で、魔界とこの世界が繋がることがあるのだそうで、その五年間は、魔界から魔物があふれ出し、この世界を蹂躙して破壊される歴史を繰り返しているのだそう。魔人は陽光が苦手で、この世界では生きられないため、ゲートが閉じれば、取り残された魔人は弱体化して死に、再び、人間の平和な世界が来るが、その五年間だけは、略奪、虐殺、暴虐等非道の限りを尽くすのだそう。
 そして、その魔界とのゲートが十年以内に開くのだそうで、既にその兆候がみられているという。

 魔界ゲートは、S級地下迷宮ダンジョンの最深層の奥にあるのだが、その前兆であるダンジョンが各地に突如出現し始めているのだ。
 ダンジョンは、最深層の深さ毎に、D、C、B、A、Sの五つのクラスに分かれていて、最深層が地下十階までのD級、地下十一階から二十階までのC級、三十階までのB級、四十階層までのA級、そして冥界ゲートが存在するS級となる。

 今のところ、B級ダンジョンまでしか見つかっていないそうだが、S級が沢山出現する前に、その魔界ゲートを潜り、人間界へと侵攻を命じている魔王を討伐することが、ミッションという訳だ。

 ダンジョン内には侵入を阻む多数のトラップが仕掛けてあり、複数の魔物が巡回していて、各階層の移動口には、門番の様なボスが居て、深層になるほど魔物は強くなる。A級ダンジョンとなれば、かなりの手練れのパーティーでなければ攻略できない。
 かといって、大軍で攻め入ることもできない。ダンジョンという特性上、通路を通れる人数が決まってしまい、長蛇の列になるうえ、ダンジョンにはトラップが多数仕掛けてあって、魔界ゲートに到達する前に全滅してしまうからだ。
 だから、基本は勇者一行と呼ぶ、十人以内の小さなパーティーで、ダンジョン突破して魔界に乗り込む。魔界ゲートが見つかった場合は、援軍として、複数の支援分隊を送り込んでくれることにはなっている。

 今は、出現したダンジョン調査を、正規軍の班、分隊規模の少人数で行っているのだそうだが、最近は正規軍の派遣が間に合わなくなっていて、大都市では有志の格闘家や猟師、狩人、格闘家や元軍人を募り、新規出現したダンジョンの調査も行っているのだとか。
 つまり、先ずは勇者ユリと僕の他に、六人程度の仲間を選び、訓練がてら、新たに出現してダンジョンを片っ端から攻略していくことになる。

 そんな訳で、その候補の国王親衛隊の軍人でナイトのサイラス先生と、魔法大学講師の魔導士ローラ先生とに、訓練を付けてもらっていた。
 僕は、中学二年まで剣道を習っていたので、サイラス先生に見込みがあると褒めてもらえた。魔法は苦手で初歩の魔法もなかなか発動できなかったが、それでも真の勇者戝前さんよりも早く使えるようになった。
 一方の戝前さんは、頑張っているのだが、全ての面で僕より劣り、才能はSランク超であっても、ごく普通の女子大生という感じだった。
 だが、五日目の昼休み、戝前さんが「もう我慢できない」と、突然、王宮の壁をすたすたと昇り始めた。流石はサスケのファイナリストと言う感じで、あっという間に登っていったが、皆が集まって来て、騒ぎになり、その後、こっ酷く怒られていた。
 どうやら、勇者として大人しく振舞っていた事が、ストレスとなり集中できなかったみたいで、その日から彼女は、聖女の様に大人し振るまうのを捨て、パルクールでもするように王宮内を走り回り、誰彼構わず、ため口を吐くようになり、国王にも、ボルタリング場を作って欲しいと要求を出した。
 それからの彼女は、まさしく天才。すべての技術を次々と吸収していき、メキメキとその才能を発揮していくことになった。

 僕も、剣術の感を取り戻し、剣術でサイラス先生から一本を取ったのだが、それが彼を怒らせることになった。
 その日は、仕返しとばかりに真剣になってきて、僕をボコボコにしたのだ。
 戝前さんが、先生に食って掛かって文句を言って、翌日からは手加減してくれたが、それでも以前とは明らかに違い、僕に敵意を向けて、特訓と言う名目で虐め始めた。
 しかも、僕が勇者ではないと知っていたらしい。秘密厳守だったのに、周囲のものに、僕がおまけ召喚者で、能力値Bランクの無能だと、暴露してまわった。
 それまでは、周囲から召喚勇者として尊敬の目で見られていたのに、僕を勇者様と呼ばなくなっただけでなく、見ると、ひそひそと悪口を言う様になっていった。
 召喚後、三週程経った頃には、財前由梨は基本剣術を習得したとして、今度は格闘技を教わることになり、魔法も基礎段階をマスターしたとして、次のステップに進むことになった。
 そんな訳で、僕と彼女とは、別メニューとなり、食事の時にしか顔を合わせなくなったが、これもサイラスが手を回したのか、その食事まで、別々となって、差別され、彼女と完全に引き離されることになった。
 サイラスは、僕に剣士の才能があると進言したらしく、僕だけは引き続き、彼の剣術指南を受け、自分でも驚くほど、強くなった気はしていたが、勇者の目が完全に届かなくなったのを機に、再びボコボコに虐めだした。
 多少手加減はしてくれているようだが、全身痣だらけで、日に日に特訓が激化していく。それは僕が強くなったからだと信じたかったが、一か月が過ぎた頃には、痛みで寝むれない程になっていった。
 このままでは殺されると、僕はこの王宮を密かに抜け出すことにした。

 だが、裏門の扉を開けようとしているところを、サイラスに見つかってしまう。
「内緒で、夜逃げか。本当に情けない男だな。そんなことをすれば、勇者ユリを悲しませることになると分からないのか」
 いつも冷たくして、虐めるように僕を打ちのめす男だったが、意外といい奴だったんだと、その時は一瞬思ってしまった。
「お前なんていない方が、ユリ様の為だが、何も残さずいなくなれば悲しまれる。だから、俺のいうとおりに、メモを残せ。いいな」
 やはり、冷徹で、僕のことなんてなんとも思っていない男だった。
 僕は、男の言われるままに、「このままでは足を引っ張りかねないので、強くなるために修行の旅にでます。探さないでください」と書かされて、「王都内だと目につくから、どっか遠くに消えろ」と、王城を追い出された。

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