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第一章 凡庸で悪いか

この異世界は近代的でした

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 王都の城下に出たのは、この時が初めてだったが、僕の想像とは全く違った。
 王城はフランス王宮の様に豪華なお城だったので、中世ヨーロッパの様な街並みを予想していたのだが、ガラス窓のある五階建てくらいのビルがそこかしこに並んでいる近代的な街並みだった。
 街灯も沢山立っていて、原理は分からないが白い蛍光灯の様な明るい光を放ち、深夜でも明るい。道もレンガを張り詰めたような舗装路で、道幅も広く、自動車の様な乗り物まである。

 夜空には、大小二つの月があり、星の配置も地球とは全く違うので、異世界なのは間違いないが、どこかの田舎町ではないかと誤解するほどの大都市だった。

 もう少し、街を散策しようかと思ったが、身体の打ち身が痛いし眠い。
 傍に或るビルに忍び込んで、そこの階段に腰かけて眠ることにした。

「祐介さん、起きて」
 戝前由梨が、僕を揺り起こした。既に外は日の光で明るくなっている。
「戝前さん」
「皆、名前呼びなんだから、祐介さんも由梨と呼んで」
「由梨さん、どうしてこんな所に」
「祐介さんが、逃亡したと聞いて、私も城を抜け出してきた」
「勇者が居なくなると、国中で大騒ぎになるんじゃ」
「今頃、大騒ぎね。今晩、ちゃんとお城に戻るけど、今日はデートしましょう」
「えっ」
「誤解しないでね。二人で一杯話して、この街を一緒に散策しましょうと言う意味だから。最近は、朝、顔を合わせた時に挨拶する程度しか話せてないでしょう。もしかして、サイラス先生に虐められてるじゃないかと、心配してたの。だから、祐介さんと、いろいろと沢山話してみたかった。それに、訓練ばかりで、私もストレスが溜まっていたから、息抜きしたかったんだ」
 彼女は僕の手を引いて、立ち上がらせた。初めて手を握ったが、柔らかく暖かい。

 彼女は僕の手を握ったまま、ビルの外に走り出し、僕を陽光の許に連れ出した。
「いたぞ。勇者様も一緒だ」 なにがなんだかわからないが、僕なんかを探していたみたいだ。
「逃げるわよ」
 由梨は踵を返して、全速力で走り出した。僕も足は速い方なので、彼女について必死に走って、兵士たちを振り切ったが、こんどは魔法教師のローラ先生が、先回りして待っていた。
「そこまでよ。勇者様、その者からお離れ下さい。ユウスケは国宝を奪った罪人ですよ」
 サイラスのやつ、そんな濡れ衣まで着せてきたか。
「祐介さんがそんなことする筈ない。これは誰かの罠よ」
「そうかもしれませんが、きちんと拘束して連行し、真実を取り調べる必要があるでしょう。勇者さま、そこをどいて下さい」
 由梨は唇を噛み締めるように、僕の前を離れた。
「連行だと、甘いわ」
 振り向くと、あのサイラスが剣を抜いて立っていて、僕に切りかかってきた。
 剣があれば、攻撃を防ぐことができるが、今は無防備だ。殺される。
 そう思った瞬間、由梨が目の前に飛び出してきて、サイラスの剣を身体で受けた。
 真っ赤な血飛沫が舞う。
「由梨さん、由梨さん」 かなり深い傷で、どくどくと信じられない程の血があふれ出している。
「そんな、なんでこんな男なんかを」 サイラスは剣を落とし、脱力して崩れ去る。
「勇者様、私が必ず助けますから」 ローラは手を彼女の胸にあて、緑の光を放ち始めた。
「ローラ先生、私は助からない。ごほっ。ユウスケさん、お願い、私の代わりに、魔王を倒して」
 ローラはそういうと、ガクリと意識を失った。
「由梨、由梨」

 はっと目を開けると、昨晩のビルの階段にいて、夢を見ていただけだけだった。
 考えてみれば、由梨さんが僕の事を心配しているなんてありえない。由梨さんは、明るく元気で誰にでも優しいが、僕のことは、単なる勇者仲間としか見ていないし、訓練から逃げ出す様な男を最低と思う筈だ。
 たとえ本当に心配していたとしても、練習をさぼってデートしようなんて、いう訳がない。
 僕が彼女に憧れているから、あんな勝手な妄想を夢見ただけだ。

 それでも、サイラスが僕に濡れ衣を着せた可能性はありうるので、慎重に外を見たが、やはり誰も探してはいなかった。

 まだ、朝日が昇ったばかりの早朝だが、既に人が歩いていて、僕に訝し気に視線を向けたが、そのまま通り過ぎて行った。
 
 僕は、どうやればクリフトへ行けるのか分からずにいたが、とりあえず、その通行人の御婦人が向かう方に歩き出した。
 目的地は、プルキナス王国の第二の都市クリフト。サイラスに言われるまでもなく、王都ラクニスにいては、見つかりかねないので、クリフトにて修行して、勇者一行として由梨を支えられる剣士になるつもりだった。

 暫くその女性の後を着いていくと、朝市が行われていた。
 やはり、この都市は人口はかなり多いみたいで、朝市には人が沢山集まっていて、賑わっていた。
 でも、皆白人ばかりなので、黒髪で黄色人種の僕はよく目立つ。
 僕は、稀有の目を浴びることになったが、みんな親切だった。
「お兄さん、どこから来たの」と話しかけてきたり、「これ食べていきなよ。お金はいらないから」と果物をくれたり、駅への行き方なんかも教えてくれた。

 この世界には鉄道があり、クリフトへと向かう列車があるのだそうだ。

 僕は、教えてもらった通りに、その駅へと向かって歩き出した。

 列車は、一日二本しか走っていないので、駅にはたくさんの人がいた。機動車両、貨物車両、個室車両、一等車両、二等車両からなる六両編成で、僕は一等車両に乗ることにしたが、車内は面白い座席配置になっていた。
 吊り革や、棚等はなく、中央が荷物置き場で荷物置き場を挟む様に、左右に窓側を向いたソファのような長椅子が配置してあり、窓の下に手すりがついている感じだ。
 そのソファに腰かけ、車窓を眺めていたが、都市はそれなりに発展しているが、少し離れると荒野や森林ばかりで、なにもなく、ほとんどの土地は未開拓と言う感じだ。

「失礼ですが、どちらのお国の方ですか」 隣に座っていたご婦人が話しかけて来た。
 服装は中世風のドレスではなく、少し時代遅れだが、普通の婦人服と言う感じだ。
「おそらく知らないと思いますが、日本という小さな島国の出身で、この国の文明を学ぶため留学してきました」
「日本ですのね。よくは知りませんが、聞いたことがあります」 知ったかぶりしてきた。
「この列車には、初めて乗るんですが、どういう原理で、動いているのですか」
「私も良く知らなんですが……」
 魔鉱石で動いていると教えてもらったが、それをどうやって動力に変換しているかはしらなかった。魔力を持つ石は、魔鉱石以外にも魔水晶というのもあるのだそうで、魔鉱石は石炭の様にどこでも採掘できるが、魔水晶は地球のダイヤモンドの様に貴重な鉱石なんだとか。

 彼女の隣の婦人も友達みたいで、旅の間、すっかり仲良くなって、この世界の日常生活についていろいろと教えてもらった。
 王城では、水の入ったポットが用意されていて、お風呂も瓶の水や、流れているお湯を使っていたので、水道はないと誤解していたが、上水道が整備されていて、ボタンを押すと水がでるとか、調理等は専用の魔道具で行う事とか、通話魔道具というのがあり、登録してある人としか通話できない制約はあるが、携帯電話の様に話ができるとか教えてもらった。
 映像受信魔道具というインターネットテレビに近い物もあるらしい。大都市限定で、通信を増幅させる施設を中心とした範囲内でしか使えないが、好きな情報を欲しい時に見ることができ、時々、リアルタイム中継の放送なんかも流されるのだとか。
 僕が想像していた異世界のイメージとは全く違い、現代に近い生活をしていた。

 僕の国の生活についても、いろいろと訊かれたが、僕は江戸時代の時代劇を思い描いて、適当に作り話をして誤魔化した。小国が、とんでもない電気文明を持つとなると、騒ぎになりかねなので、この国の文明は優れていると煽てておいた。

 ご婦人二人は、一つ先の貿易都市ロッテルに帰るという話なので、僕は目的地のクリフトにて先に降りた。


 クリフトも大都市なので、王都ラクニス同様に人が多く、賑わっている。
 かなり大きな街なので、全てを探索するだけで、一日以上かかりそうだが、ここに暫く住むつもりなので、ざっと見て回ることにした。
 駅の周辺には、宿屋や飲食店やお店等の小さなビルが並ぶ商店街と、省庁・病院等の大きなビルが並ぶオフィス街あり、外周には、豪邸や一軒家、公園、マンション等が立ち並ぶや住宅街が配置されていて、更に外側には、田園や工場等が広がっている。

 その住宅街のビルには、ところどころ「空き部屋あります」との張り紙が出ていた。
 列車で仲良くなったご婦人達の話だと、不動産屋の様なものはなく、賃貸物件を仲介するのは管理局(役所のような公共施設)の生活環境管理課だと教わっていたが、個人での賃貸管理もしているらしい。
 今日は宿に泊まって、明日から、住まい探しをする予定でいたが、ついでなのでその空き部屋を見せてもらうことにした。

 管理人に案内してもらった部屋は、2LDKのかなり立派で綺麗な部屋だった。当然、賃貸料はかなり高く、入居時には、賃貸物件の契約では常識らしいが、担保保証金を三か月分を払わなければならないのだそう。
 国王から奨学金を貰っていたので、それなりのお金は持ってきていたが、とてもじゃないが、手持ちのお金では賃貸契約できそうにないと分かった。
 因みに、担保保証金は、家賃滞納等の契約違反を犯すと没収され、強制退居勧告されるが、通常退居する際には、その月の家賃分を差し引いた額が返金される敷金に類似したものだ。

 僕は、間借りするのは、冒険者ギルド登録してお金を貯めてからにしようと考え直し、今晩の宿を探すことにした。
 大都市なので、ホテルの様な宿屋もかなりあり、その最も安い宿を借りることにした。信じられない程の格安なので、酷い所だろうと覚悟していたが、部屋は狭くベッドも硬いが、ちゃんとしたビジネスホテルの様で、シャワー室やトイレもあり、なかなかに快適な部屋だった。

 暫くは、ここを根城にすることにし、翌日、冒険者ギルドを探したが、この世界には冒険者ギルド等は存在しなかった。
 ただ、管理局が発行するダンジョン攻略メンバー募集のチラシをところどころで見かけた。
 そこで、管理局に向かったが、そこにもダンジョン攻略メンバー募集のチラシがあった。
 職員に聞くと、緊急特務課という部署が地下にあり、そこで話を聞いてくれと言われ、薄暗い地下の緊急特務課に向かった。

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