平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

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一の姫

十三、六条の君

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 それから数日。

「晴明どのぉ……!」

 甲高い声に、小春は書物を読んでいた視線を声の元にあげた。
 庭に、ぽつんとたたずんでいるおかっぱ頭の子ども。

「文彦! どうしたの?」

 小春は子ども――文彦の名を呼んだ。
 入りな、と文彦に手招きをして、小春は軒先へと向かった。
 庭に面したひさしに座った小春の隣に、文彦が腰を下ろした。

「文、また受け取ってもらえなかったんだ」

「葵の君は、見ていないってこと?」

「うん。お付きの女房っぽい人に渡して、すこし返事をもらえると思ってちょっと待ってたんだ。でも……、こんな和歌に返事はできないって言われてすぐ突き返された」

 肩を落とす文彦を慰めるように、小春は背に手をあてた。

「ありがとう。それが分かっただけでよかったよ」

 文彦は、自分のせいだと責任を感じているようだった。
 明るい声色になるよう、意識して文彦にお礼を言う。

「これ、お礼」

 お使いをしてくれたお礼にと、持っていた唐菓子を渡そうとすると、文彦は目を輝かせた。

「貰っていいの?」

「もちろん。頑張ってくれたからね」

「ありがとう。晴明どの!!」

 小春の手からもぎ取るように唐菓子を取った文彦は、すぐにお礼を言ってどこかへ駆けて行ってしまった。
 さすが、宮中で過ごしているだけあって強かだ。
 慌ただしさに苦笑しながら、小春もよっこらせと腰をあげた。


 ***


 頭中将から、3人の候補の話を聞いた小春たちは、まずそのうちのひとり、――葵の君と接触を図ることにした。


 葵の君は、大納言家のひとり娘だ。
 美人と噂の彼女は、引く手あまたで男君からの求婚が絶えない。
 とはいえ、一向に結婚しない彼女に、周りは彼女の理想が高すぎるのではないかと噂した。
 これまでたくさんの求婚の文が送られているにもかかわらず、彼女に実際に出会った男君はいないのではないかと言われるような始末だった。

 小春たちとて、すぐに文を交わしてもらえる仲になれるとは思わない。
 それでも、葵の君に読んでもらえたかどうかも分からない状況というのには困ってしまった。

 こんな鉄壁の守りをもつ姫君と良い仲になれるのだから、頭中将という男の偉大さを感じる。
 さすが色好みだ。

 葵に書いた文の内容は、こうだ。

 ――頭中将について、聞きたいことがある。
 すこし、話す時間を貰えないか。

 陰陽師であることは伝えたうえでの文だが、どこまで彼女に事の重大さが伝わっているかは分からない。
 ただ、直接的に葵の君に詳細を伝えるというのは憚られた。
 葵を疑っているとすこしでも伝われば、今後は絶対に会って貰えないだろう。
 葵の自尊心の高さは、噂からでも十分にうかがえた。

 さて、もう一度葵に文を書くか。
 それとも……。
 几に肘をつき、思考にふけろうとした矢先。

「晴明! いるか!」

 意気揚々と部屋に入ってきたのは保憲だった。
 その手に持った文をまるで戦利品のように宙に掲げている。

「どうしたんですか、兄上」

「どうもこうもないよ。――六条の姫君が、了承してくれた」

「えっ?! 本当ですか?」

 六条の君は、頭中将と関係があった3人の姫君候補の一人だ。
 彼女には、保憲から文を送っていたのだ。

「僕が嘘を言うわけがないじゃないか」

「もちろん、そうですが」

「ぜひ、来てくださいだって」

「……そうですか」

 なんとなく、浮足立っているような保憲に、なぜか胸のあたりがもやもやとした。
 当然、返答もそっけないものになる。

 六条の君は、あまたの男君との噂が途切れない、まさに頭中将の男版といったような女だ。
 だからこそ、頭中将とも噂があり、彼女も左大臣家の姫君を恨んでいたのではないかと頭中将は語った。
 
 保憲が嬉しそうなのは、きっと調査を進められるからだ。
 ぜったいに、六条の君と会えるからではない。
 胸のざわめきに、気づかないふりをして、小春は自分にそう言い聞かせた。
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