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一の姫
十五、少女
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女の子は、小春ににぃっと笑いかける。
無邪気なような、不気味なような、背筋に寒気が走るような笑顔だった。
「遊ぶって、何をするの? ……って、聞いてないし」
小春がたずねたと同時に、彼女はだっと走り出した。
赤い稚児装束が、ひらりと翻る。
昔――ただの小春だったときには、姉弟がいた。
弟はよく小春に懐いてくれていたけれど、もうずっと前のことだ。
今になって、子どもと遊べと言われても、どうすればいいのか分からなかった。
「お姉さん、こっち」
「ちょっと待って――。え?」
今、彼女はなんと言った?
聞いた言葉が信じられなくて、立ち上がろうとした恰好のまま、小春は固まった。
そんな小春の様子を見て、彼女はしたり顔で笑う。
「はやく、こっち来てよ」
「ねぇ、なんで今お姉さんって言ったの」
「だって、あんた女でしょ?」
目を細めて、めんどくさそうに彼女は言った。
「私は安倍晴明。れっきとした男で――」
「誤魔化そうったって、無駄。あたしにはすべて分かるもの」
「……なっ」
くすくす、と彼女は笑い声を漏らす。
黒々とした彼女の瞳を見ていると、まるで吸い込まれてしまいそうだった。
彼女は、当てずっぽうで言っているわけじゃない。
安倍晴明が女であることを――小春であることを、彼女は知っているのだ。
「どうして、分かったの」
「あたしだから」
歌うように、彼女は笑う。
「あんたは、どうしてここに来たの?」
「……六条の君に会いに」
「あの子に会いにきたのね! あたしもあの子に会いたいと思ってたのよ。行きましょ」
そう言って、彼女は小春の手を引いた。
ひんやりとした感覚が、指先から伝わる。
手先はこれまで一度も水仕事をしたことがないかのように、滑らかだった。
この子は、おそらく高貴な方の娘なのだろう、と小春はあたりを付ける。
はて、六条の君の家にどなたか高貴な方が来訪しているのだろうか。
この歳で、小春のことを見抜くだなんて、かなり敏い子であることはたしかだ。
いや、小さい子だからこそ、小春のことを見抜けたのかもしれない。
「ねぇ、君の名前は?」
彼女に手を引かれて歩きながら、名前をたずねる。名前を聞けば、どこの家の子か手がかりが見つかるだろう。
そう思ってたずねると、彼女はぴたりと歩みを止めた。
「あたしの名前? あたしは……六花」
むつか、と名前を口のなかで転がす。
かわいらしい名前だった。
「あんた、本当の名前はなんて言うの?」
そう聞き返される。
一瞬迷って、小春は覚悟を決めて名乗った。
「小春」
「ふーん。そっちの名前のほうが似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
困惑していると、六花が小春を見上げた。
「小春はさぁ、どうしてそんな恰好をしているの?」
「……陰陽師になるためだよ」
「陰陽師って、強いの?」
「私はまだ見習いだけど、父上や兄上は強いよ」
そうなの、とだけ六花は言って、再び歩き出す。
小さい子のようでもありながら、年齢以上の落ち着きも感じる。
六花の人となりに困惑しながらも、小春はただ六花に手を引かれて屋敷のなかを進むのだった。
無邪気なような、不気味なような、背筋に寒気が走るような笑顔だった。
「遊ぶって、何をするの? ……って、聞いてないし」
小春がたずねたと同時に、彼女はだっと走り出した。
赤い稚児装束が、ひらりと翻る。
昔――ただの小春だったときには、姉弟がいた。
弟はよく小春に懐いてくれていたけれど、もうずっと前のことだ。
今になって、子どもと遊べと言われても、どうすればいいのか分からなかった。
「お姉さん、こっち」
「ちょっと待って――。え?」
今、彼女はなんと言った?
聞いた言葉が信じられなくて、立ち上がろうとした恰好のまま、小春は固まった。
そんな小春の様子を見て、彼女はしたり顔で笑う。
「はやく、こっち来てよ」
「ねぇ、なんで今お姉さんって言ったの」
「だって、あんた女でしょ?」
目を細めて、めんどくさそうに彼女は言った。
「私は安倍晴明。れっきとした男で――」
「誤魔化そうったって、無駄。あたしにはすべて分かるもの」
「……なっ」
くすくす、と彼女は笑い声を漏らす。
黒々とした彼女の瞳を見ていると、まるで吸い込まれてしまいそうだった。
彼女は、当てずっぽうで言っているわけじゃない。
安倍晴明が女であることを――小春であることを、彼女は知っているのだ。
「どうして、分かったの」
「あたしだから」
歌うように、彼女は笑う。
「あんたは、どうしてここに来たの?」
「……六条の君に会いに」
「あの子に会いにきたのね! あたしもあの子に会いたいと思ってたのよ。行きましょ」
そう言って、彼女は小春の手を引いた。
ひんやりとした感覚が、指先から伝わる。
手先はこれまで一度も水仕事をしたことがないかのように、滑らかだった。
この子は、おそらく高貴な方の娘なのだろう、と小春はあたりを付ける。
はて、六条の君の家にどなたか高貴な方が来訪しているのだろうか。
この歳で、小春のことを見抜くだなんて、かなり敏い子であることはたしかだ。
いや、小さい子だからこそ、小春のことを見抜けたのかもしれない。
「ねぇ、君の名前は?」
彼女に手を引かれて歩きながら、名前をたずねる。名前を聞けば、どこの家の子か手がかりが見つかるだろう。
そう思ってたずねると、彼女はぴたりと歩みを止めた。
「あたしの名前? あたしは……六花」
むつか、と名前を口のなかで転がす。
かわいらしい名前だった。
「あんた、本当の名前はなんて言うの?」
そう聞き返される。
一瞬迷って、小春は覚悟を決めて名乗った。
「小春」
「ふーん。そっちの名前のほうが似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
困惑していると、六花が小春を見上げた。
「小春はさぁ、どうしてそんな恰好をしているの?」
「……陰陽師になるためだよ」
「陰陽師って、強いの?」
「私はまだ見習いだけど、父上や兄上は強いよ」
そうなの、とだけ六花は言って、再び歩き出す。
小さい子のようでもありながら、年齢以上の落ち着きも感じる。
六花の人となりに困惑しながらも、小春はただ六花に手を引かれて屋敷のなかを進むのだった。
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