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七 鬼様は兄様

第一章 風の丘 (破婆羅 ver)

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  一、



 僕は飛んでた。
まるで身体が羽のように軽くって、フワフワしてた。

 見下ろしたコンクリートの地面が遠い。
深い深い、まるで井戸みたいに底知れない闇のような空間に見えた。

 今から落ちていくだろうコンクリの地面をじ―っと見入って、
  (‥‥‥‥ん―――‥‥)
コシコシコシ‥‥僕は目を擦る。
 (‥‥ん―――‥‥)
もっかい、コシコシコシ‥‥
 (‥‥ん―――?)

 なんだ?ちっちゃい、ちっちゃいアリみたいなのがうちゃうちゃしてる?!
まさか、いくら何でもこの高さから見えるわけないでしょ?だって、走ってる車なんか、子どもが遊んでるミニカーにしか見えないよ。
 堕ちていきながら周りが見えるほどの余裕?
この期に及んで、精神的異常?


 後、数メートル?
段々近くなってはっきりしてきた。
うちゃうちゃアリのように見えてたのは、
(あ、やっぱり‥‥)


 『こっち、こっち‥‥‥‥』


 鬼さんがこっちって手招きしてる。
しかも、あんなにたくさんいるなんて!
コンクリだったはずの地面は黒い虫みたいなのが蠢いてるみたいだった。



 僕は深い闇の中へ堕ちた――――――







 チピピピ‥‥ッ――――

 夜の間に羽を休めていた鳥たちが朝を待って飛び立っていく。
朝靄の中に清々しい光が揺れている。
草木は朝露に濡れて、その光にキラキラと反射していた。



 ドスッドスッ‥‥‥‥

 重い足音が城内に響きわたる。

 「ね―ッ!ミツキは?ミツキはどこ?ミツキは―――っ!!」
  足音と一緒に半泣きになっている太い声が届いた。

 ドスッドスッドスッ!

 足音をさらに荒げて食堂に入ってきた。

 「ね、ね、華歯クワシ!ミツキ知らない?ミツキ堕ちてこなかった?」

  食堂のテーブルの横で姿勢正しく立っていた召使の肩を掴んで揺さぶった。
軽く二メートルはあるその身体は、赤褐色の肌でムキ出た筋肉は豪気そのものだ。

 「破婆羅ハバラ様、落ち着いてくださいませ」

  黒髪を後ろできしっと結わえた華歯は、動ずることなく一言で治めてしまった。


 もう長く鬼子母神様の側に仕えている身分、とは言っても、十年、二十年の単位ではないが、鬼子母神様(以降、鬼神母キシモ)の直系の公子を、乳母として育ててきたゆえに、捌くことなど容易いもの。

 華歯は赤褐色の胸の辺りに手をかざしてぽん、ぽんと宥めながら、
「朝食の準備ができております」
 声色一つ変えずに言って聞かせた。
「だってさ!だってさ!ふっかふかの布団まで準備してたんだよぉぉ!!」
 朝の静かな食事の場というのに吠える声が耳に痛い。



 「朝から‥‥ギャ―ピ―、ギャ―ピ―、うるせえよ」
  テーブルの向こう側からぐっと低い声が聞こえた。

 「んあぁぁ?」
  あれほど半泣き状態だったのに、その声に反応して琥珀色の両目がぎろりと振り返る。

 「ガキじゃねぇんだし、少しは落ち着けよ」
  腰掛けている椅子を少し斜めに倒してバランスを取りながら、片手に果実を握っている。

 「んだとぉ?」
  ピキピキ…堪忍袋の緒が限界までにきている。

 破婆羅は今にもそのテーブルに乗り上げそうな勢いだ。

 黒塗りの面に金箔で装飾されたテーブル…とは言っても、幅は大きいサイズの大人が優に寝転んでも支えられるくらい。そして、とにかく長い。

「シャリ‥‥‥‥」
 果実をかじる唇は鮮やかに赤く、その目の色とは対照的だった。
銀にも近い白鼠色の両目で破婆羅を上目遣いに見ながらにやりと笑って言う。
「オレが先にミツキを見つけてやる。お前より先に見つけて、ミツキといいことして‥‥」
「おま…っ!ぜっ、絶対そんなことさせねぇからな!」
 挑発的な目に破婆羅の筋肉が剝き上がった。

 「おやめください。榴伽羅ルカラ様も破婆羅様も」

 ピシャン。
はい、ここまで。


 「母様はまだ来られていない‥‥?」
  この現場を知っていたか、知らずか。
桫慟羅サドゥラ様‥‥おはようございます」
 物おじしない所作で、華歯はいつも通りに挨拶をする。
それから、垂れ絹の掛かった奥の玉座へ視線を向けた。

「はい、まだお見えになられておりません」
「そうか…後で私が伺ってみよう」
 桫慟羅は微かに笑っていつもの定位置へ座る。

 彼を纏うように天鵞絨ビロード色の長い髪が流れた。


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