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もはや俺が間抜けだってこと

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 そろそろいいよな?

 常人なら、もはや申し訳なさを感じるところまで尽くしてきたよな?


 俺はオーケルマンに催促した。

「ねーえ? そろそろ真実の愛を見せてくださいませんか?」


 これは賭けである。

 オーケルマンが機嫌を損ねたり意固地になったりすれば、俺と真実の愛の距離は遠のく。

 ……ピロートーク中にする話ではなかったか?


 オーケルマンはぶちゅぶちゅと汚らしい音を立てて、俺の頬をヨダレまみれにした。

 俺が一番嫌いなやつ。

 だが、これをする時のオーケルマンは機嫌がすこぶる良い。

 やっと俺の苦労が報われるぞ!!


 オーケルマンは白々しく答えた。

「ああ、その話か。真実の愛はな、この部屋にはない。国宝だからの。ワシは所有できんのだ。地下宝物庫の奥のそのまた奥に保管されている」


 は?

 俺はまた騙されたのか!?


 オーケルマンは悪びれる様子もなく、俺に2回目をせがんだ。

「何だ。宝物庫に行きたいのか? あそこは――」

 尻を撫で回す手をどけて、ベッドから出た。

 オーケルマンに背を向けている俺の顔は鬼そのものだろう。


「? どうした? 腹が減ったのか? それとも便所か?」

 食事とトイレの話題を同時にするような神経のヤツに、俺の深い悲しみと怒りが分かってたまるものか!!

 本当は今すぐにぶん殴ってやりたいところだが、短気は損気。

 曲がりなりにもこいつは権力者だ。


 俺は自分の立場が悪くならないよう、賢い立ち回りに徹するのみ。

 ネグリジェを羽織って

「最近、旦那様は前戯を雑になさっています……。マヤは飽きられたのだと、夜も眠ねぬ日々を送っております。だから今日はこれでおしまいです。うぅ……」

 しおらしく涙を拭ってみせた。


 実際にうっすら目が赤くなっているのは、いじらしい恋煩いでも嫉妬でもない!

 俺は……悔しくて泣いてるんだよぉ……!




 自室に戻り、湯浴みで体を清める。

 バスタブとベッドの中が、至福の時だ。


 ノックの音。

 まさか、オーケルマンが追いかけてきたのか?

 俺の神聖なるベッドを汚させるわけにはいかない!!


 しかしオーケルマンならば、ノックなどしないだろう。

「どうぞ」

 ノックの正体は、あの男の子だった。


 彼は今日もせっせと働いているのだ。

 ベクトルは違えど、ハードワーカー同士、労いたい気持ちが沸き起こる。


「失礼します。オーケルマン様からマヤ様に、贈り物でございます」

 食べ物が大量に盛り付けられたワゴンが部屋に運び込まれた。

 オーケルマンはこれで俺の機嫌をとろうってわけだ。


「失礼しました」

 ペコリと頭を下げて退出しようとする男の子を、俺は慌てて止めた。

「待って! 今すぐ出るから」


 男の子は俺の裸体を見ないように、目を伏せている。

 その間に透けない上等な生地の服を着た。

 大量にある衣装の中で、まともなのが数着しかない嘆かわしさよ……。


「俺さ、こんなに食べられないから、一緒に食べない? 大丈夫、誰にも言わないからさ」

 男の子は首を横に振った。

「私のような下賎な者が、マヤ様と同じテーブルで食事をすることはできません」


 何でそんなに自分を卑下するんだよ。

 この国は子供の情操教育を間違えてるぞ。


 俺は何とか引き止めようと食い下がった。

「あ、あのさ、テーブルに着かなければいいんだろ? だったらこうやってつまみ食いすればいいんじゃないか? ほら、美味いよ?」

 生ハムを手づかみで食べてみせた。

 行儀が悪い食べ方ほど、食べ物が美味しく感じることもある。


 俺は男の子が唾をゴクリと飲んだのを見逃さなかった。


「さあ、君も食べて!」

「……し、失礼します」

 生ハムを口に運んだ時の男の子の笑顔は、今までで一番最高だった。


「なっ! 美味いだろ? ほら、このエビも美味しそうだ。これは何だ? ……マカロンか?」

 食べるにつれ、男の子の緊張がほぐれていく。


「俺、君のことちゃんと名前で呼びたいからさ。俺と2人だけの時は、名前で呼んでもいい?」

「??」

 突拍子もない発言に驚く男の子は、口の周りがチョコレートまみれだ。


 可愛いな、と思いながら

「知ってるよ。名前がないんだろ? だから俺が名前をあげるよ。君は今日から俺の前では『ジュン』だ!」

「ジュンですか……?」

 口をもぐもぐさせているから、感情がイマイチ分からない。


 もしかして、この国ではダサい響きだったりするのか?

「う、うん。俺の国では偉大なる人物にのみ与えられる名前だ!!」

「はい。嬉しいです!」

 俺の本名だってことは黙っておくとしよう。


「私は仕事が残っておりますので、これで失礼します」

 チョコレートやソースなんかで口の周りを汚した様子は、前よりずっと幼く見える。

「大変だな~。でもそのままじゃ、マズイんじゃないか? 顔と手は洗っていけよ、ジュン!」


 俺の荒んだ心は、ジュンの無邪気な笑顔でほんの少し浄化された。
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