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32.手術

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「古い時代のつぼやお金が展示されていたよ。最新鋭の時計もあった。動物の剥製や虫の標本も見ることができて大満足だ」
 付属博物館から出てきたミノルは、迎えに来ていたショウタとセイスケに嬉しそうに展示品について話をしていた。
「面白かったか?」
 セイスケが訊くと、満面の笑みで頷くミノル。
「良かったな」
 ショウタはミノルの頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「ねぇ、セイスケ先生。妹さんはどうだった?」
 学食の方へ歩いていく途中、ミノルは手をつないだセイスケに訊いた。
「フミは手術することになった。執刀医はショウタだ。私も補助につく」
 淡々とセイスケは答える。ショウタの手術は成功すると信じているし、ショウタがフミを救えないのであれば、他の誰も救うことができない。足掻いても無駄だとセイスケは思っている。それほど彼はショウタを信頼していた。
「そうか、重い病気なんだな。ショウタさん、頑張ってね」
 ミノルはミホと微妙な距離を開けて前を歩いているショウタにそう言った。ミホと手でも繋げばいいのにと思っていたが、ショウタが午後に手術を控えているのならば、平常心を保てなくなりそうだからこのままで仕方がないかと思うミノルだった。
「もちろんだ。俺は頑張るぞ」
 セイスケのために、そして、セイスケに恩を返したい自分のためにも頑張るしかないとショウタは思っている。


「そんな事情なので、午後はミホさんと二人でケイト見学をしてもらえるかな」
 セイスケは申し訳なさそうにしているが、ミホとミノルは覚悟していた。
「ミホ姉ちゃんと一緒にナナサカ神社へ行って、病気が治るようにお願いしてくるからな」
「遅くならないように旅館に帰るんだぞ」
 ショウタはミホのことが心配であった。
「わかっているって。ミホ姉ちゃんは僕が守るから」
 心配性のショウタに少し呆れながら、ミノルはミホを守るのは自分だというように細い腕を曲げてみせた。


「ここが学食なんだ」
 ショウタはかなり広い食堂に一行を案内した。
 平日の昼時はとても混雑しているが、本日は日曜日なので人はそう多くない。それでも、分厚い本を抱えた学生で七割方椅子は埋まっていた。

「まぁ、ショウタ君ではないの。久し振り」
 そう声をかけたのは食堂で働く従業員である。異形の鬼であるショウタはとにかく目立っていたので、卒業から数年経っているのも拘らずよく覚えていた。
「食堂のおばちゃん、お久しぶりです」
 見知った顔を見て久し振りにケイトへ戻ってきたと感慨深いショウタだった。

「また、全品書き制覇とかするの?」
 学食の料理の種類は十種類ほどである。しかし、学生向けなので一品の量はかなり多い。ショウタはそれらを完食してしまって皆を驚かせることがあった。
「あの時は若かったから」 
 ショウタは恥ずかしそうにしている。自分でも大食らいの自覚はあるらしい。
「今でもそれぐらい食べるんじゃないのか? なぁ、ミホ姉ちゃん」
 ミノルは容赦ない。ミホもショウタならそれぐらい食べることができるのではないかと思っていたが、小さく頷くだけに留めた。


 学食のメニューの半分、五人前を完食したショウタは豆大福を取り出した。
「学生にとっても人気があるんだ」
 学生時代の懐かしい味を前にショウタは嬉しそうだ。
「確かに美味いな」
 一口かじったセイスケにも美味しさがわかった。
「優しい甘さだわね」
 もちろんミホも大好きな味だった。
「餅がぐーんと伸びるぞ」
 ミノルもはしゃぎながら食べている。
 結局、ショウタは四個の豆大福を腹に入れて、午後からの手術で使うためのエネルギー補給を完了した。



 ケイト帝国大学附属病院に向かうショウタたちと別れ、ミホとミノルはケイトの繁華街へとやってきた。
「お店がいっぱいだね」
 ミノルはきょろきょろしながら道の両側を眺めている。
「本当ね。人も多いわ。ミノル、はぐれないように手を繋ごうか?」
「今日だけな。明日は、僕はセイスケ先生と手を繋ぐから、ミホ姉ちゃんはショウタさんと手を繋いだらいいよ」
「えっ、そ、そんなことしなくても、私は大人だし、はぐれたりしないから」
 一気に挙動不審になってしまうミホ。
「手を繋ぐぐらいで赤くなっていたら、結婚して大丈夫なの?」
 八歳児のミノルに心配されてしまうミホは二十四歳であった。


 広い階段を登ったところに赤くて目立つ門がある。そこが有名なナナサカ神社だ。疫病消除の神を祀る社の総本山である。
 ミホとミノルは階段を上がり門をくぐった。
「セイスケ先生の妹さんの病気が治りますように」
「ショウタさんの手術が成功しますように」
 二人は本殿前で真摯に神に祈りを捧げた。



「ショウタ先生。もう会えなくなるかもしれないから、今謝らせて。あの時は本当に悪かったわ。亡くなった母の分と合わせて、本当にごめんなさい」
 麻酔をする直前、フミはショウタに声をかけた。死への恐怖はあるが、兄たちの態度を見て、ショウタならば自分を助けてくれるだろうとフミは思っている。ショウタを信頼しているが、謝らないまま死ぬのは嫌だとミホは感じる。
「謝罪は受け取ります。最初から怒ってなんていないですけどね。それに、これから会おうと思えばいつだって会えますよ。フミさんがその気ならば」
 ショウタはフミを安心させるように柔らかく笑った。セイスケの妹に認められたようで嬉しかったのだ。
「そうね。結婚式には呼んで頂戴。甥っ子の門出だもの。それまでに病気を治して絶対に参加するわ」
 フミも微笑む。死の恐怖は消えて若き異形の医師に命を委ねる覚悟ができていた。




 ケイトには送電施設があり、富裕家庭では電灯がつけられている。
 ケイト帝国大学付属病院の手術室にも大量の電灯があり、煌々と明るく輝いていた。
 その下に全裸になったフミが寝かされていた。麻酔がきいていて意識はない。

『確かに凄いな。セイスケが馬鹿げていると言うはずだ』
 イチノスケはショウタの手先に目が釘付けになっていた。
 鬼の力と速さで振るわれるメスは、簡単に腹部を切り裂いていく。あまりの速度に出血さえ殆ど無い。
 ショウタが使うメスは、鬼の力に耐えられるように刀鍛冶に鍛えてもらっている逸品である。美しい波紋が浮かび、ニッポン刀のような切れ味を誇っていた。
 

 直腸を三スンほど切り取ったショウタは、素早く直腸を縫い合わせていく。
「出血も大丈夫だな」
 兄弟ということで輸血要員でもあったセイスケとイチノスケだったが、その必要はなかった。
 鬼の能力を使うショウタには患部が予めわかっている。そのため、最小の開腹で手術できるのだ。
 目視だけではわかりにくい腫瘍もショウタなら外からわかる。
 手術は鮮やかに進んでいった。

『これは凄いな。ショウタを外へ出したのはこの病院の損失だった』 
 クボタはナルカ中央病院へショウタを送り出したことを後悔していた。
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